生産と契約と
「という訳で再放送じゃー」
『わこつ』
『わこつ』
『初見』
『待ってた』
『時間を守る社会人の鑑』
『イクゾー』
時刻は午後1時。少しだけ仮眠を取ってから、私は約束通りに放送を再開させた。
早速200人ほどのリスナーがいてたまげたけど、仮にもピークは1万人を超えていたわけで、その内の何%かが残留してくれたのなら嬉しい限りだった。
「初見さんはどうもー。とりあえずまだデスペナは抜けてないので壊れちゃった金棒とズボンを買い替えなきゃですね」
『金棒氏……』
『あいつは良い奴だったよ』
『まさか戦闘1回で壊れるとはなぁ』
『耐久高いのがウリって聞いたぞ』
『まあボス相手だし多少はね』
《フィニッシャー》の代償で粉砕されてしまった金棒と、切り裂かれた足とともにロストしたベルト付きの革ズボン。
今の私は、この2つの代わりとなるものを補充する必要があった。
ちなみに革ズボンが壊れても麻のズボンが自動で装着されてた。お色気シーンはないようだ。
「まあ金棒が壊れたのは私が使ったアーツのせいですね。耐久全損と引き換えの最終奥義ってやつ」
『ふぁっ』
『耐久全損は流石に笑う』
『打撃武器スキルの《フィニッシャー》だね。代償の重さの割にはイマイチ威力がないことで有名な奴。ただ、習得できる熟練度の低さと両手で持っていればどんな体勢でも発動できる利点もあって、正真正銘フィニッシュブローとしては使えなくもない感じ』
『耐久度説明兄貴!?』
『相変わらずタイピング早すぎて草』
『↑おまいらも大概だぞ』
もう予測して待機してるんじゃないかと思うほどのスピードで書き込まれた詳細情報に、コメント欄が騒然としている。
たぶん朝の配信にもいた人だろう。少なくともプレイヤーだとは思うんだけど、自分のプレイはいいのかな?
「とりあえず武具店に行くぞー。ちゃんと金棒に代わる新しい武器の情報も仕入れたからね」
1時間ちょっと残ったデスペナルティを考慮して始めた配信だから、買い物の時間はいくらでもある。
まだ使う機会の来てないポーションとか、解毒薬みたいなアイテムも買い揃えたいので、早速ショッピングを始めるために私は武具屋へと向かうのだった。
☆
「やぁやぁ、君が噂のスクナくんだね」
「んっ?」
武具店を訪れた私は、突然知らないプレイヤーに声をかけられた。
短髪の白髪にハチマキを巻いたナイスミドル。
装備はかなり凝ったデザインの軽鎧で、店売りとは比較にならない出来から恐らくプレイヤーメイドであろうと予測がつく。
少なくとも始まりの街のNPCショップを利用するような初心者プレイヤーではないな。
そんな印象を抱かせるプレイヤーだった。
容姿と名前が知られているのは、それなりに注目を集めたからだろう。
しかし配信中の私に話しかけるということは、顔や装備がまるっと映ってしまうということでもある。
まあ、自分から話しかけてきたわけだし、気にすることないか。
今の視聴者さんは500人くらいだから、それほど大きな問題ではないと思うけど。
「どなたですか?」
「おっと、これは失礼したね。私は子猫丸という、一介の生産プレイヤーだよ」
「これはどうも、スクナです」
敬語というわけではないけど、とても丁寧な物腰でナイスミドルはそう名乗った。
しかし子猫丸とはなかなか可愛らしい名前だ。
渋みに溢れた男性が名乗る名としてはギャップがあってむしろありかもしれない。
「それで、ご用件は?」
「話が早くて助かるよ。リンネくんからの入れ知恵かな?」
「リンちゃんの知り合い?」
「フレンドになるくらいには交流があるね」
子猫丸さんが可視化したメニューウィンドウをこちらに向けてくる。
フレンド一覧が記されたそこには、確かに《リンネ》の3文字が刻まれていた。
「って事は……前線級のプレイヤーだよね」
「ははは、察しがいいね。今は第4の街 《フィーアス》を拠点にしているよ。さてと、話が逸れても時間の無駄だし、単刀直入に行こう。私に君の防具を作らせてもらえないか?」
リンちゃんの知り合いであるらしい子猫丸さんの提案は、予想していた通りの内容だった。
わざわざ生産プレイヤーだと名乗り、現在最前線とされている第5の街より一歩手前に拠点を持っていることまで明かした。
それが本当ならば間違いなく腕のいい生産プレイヤーではあるのだろうし、そこまで来ればこの提案が飛んでくるのは想像に難くない。
「作れる装備の種類は? 私は基本的にフルアーマーやローブ系の装備は使わないですけど」
「専門は軽鎧一式。金属も革もどちらも扱えるよ。今装備しているこれも、当然私が手ずから作成した自信作だよ。生産者たるもの、自分自身が広告塔にならねばいけないものでね」
「へぇ……いいセンスしてますね」
「コツは奇を衒わない事だよ」
自信満々な表情で自分の作品を宣伝しているけれど、それだけの価値はあると思う。
子猫丸さんの着ている鎧は、細部まで作り込まれたデザインを除けばとてもオーソドックスな革鎧だ。
守るべきところを守り、動きの邪魔にはならない。そんな無難な作りになっている。
このゲームでは、ステータス上の防御力が同じでも、防具のある場所とない場所では食らうダメージが変わってくる。
至極当然の話だけど、ビキニアーマーよりフルアーマーの方が硬いのだ。
そういう意味で、子猫丸さんの着ている鎧一式は、革鎧としては十分な防御力を備えていると言えるだろう。
「条件は?」
「赤狼素材による革鎧一式の作成。制作で余った素材をいくらか譲ってくれるのならば、値段は格安で対応させてもらうよ。もしも《魂》を持っているのならなおさらね」
スラスラと言葉が出てくる様は、流石に交渉慣れした前線プレイヤーと言ったところだろうか。
アレ。その内容をあえてぼかしたのは、不特定多数の前で不用意に情報を漏らしたくないからか。
子猫丸さんが欲しているのは、リンちゃん曰く現時点でゲーム内で4種類、4個しかドロップしていない激レア素材。
すなわちネームドボスモンスターの《魂》。《孤高の赤狼・アリアの魂》であろう。
ネームドボスモンスターの存在も、討伐した際に手に入る称号も、ほとんどの情報は共有されている。
ただ、《魂》に限っては、現状は最前線プレイヤー達の秘匿情報として扱われているのだとリンちゃんは言っていた。
あのリンちゃんですら秘匿しているのだから、私が不用意にその情報を漏らす訳には行かないだろう。
今の見えないやりとりでわかったのは、子猫丸さんが《魂》の情報を知っているくらいには上位の生産プレイヤーであるということ。
そして、それを使って生産をしてみたいと思っているという事だ。
なら、と私は口火を切る。
「悪くないけど、それならもう一押し欲しいですね」
正直な話、今の条件で受けてもよかった。
でも、せっかくのレアアイテムなのだ。
引き出せる条件はなるべく引き出しておきたいと、私は正直に欲をかいた。
「ふむ……そうだね。せっかくのネームド素材を逃すよりはマシだと思って、ここは涙を飲んで無料で作ろう。他に必要な素材も全てこちらで用意しようじゃないか」
涙を飲んでなんて言いながら、子猫丸さんは笑顔を全く崩していない。
値切られる前提、というより赤狼素材を扱えれば値段など幾らでも構わなかったという事だろう。
値切ってよかったと思いながら、私もまた笑顔で応えた。
「交渉成立ですね。で、具体的にはどうすれば……?」
「ああ、まずは《契約》の内容を決めるんだ」
「《契約》?」
「条件と報酬を定めて《契約》を結ぶことで、生産における不正を防ぐためのシステムだよ。例えば生産者側のアイテムの持ち逃げを防ぐとか、横流しを防ぐとかね。それ以外にはアイテムの無駄な消費をさせない事だろうか。逆に依頼者側の報酬未払いなんかもそうだ。これを破ると《犯罪プレイヤー》としての烙印を押されるから、滅多なことでは破られない拘束力を持っている」
そういうシステムもあるのか、と私は思わず感心してしまった。
滅多なことではないのかもしれないけれど、人と人との間では必ずトラブルが発生するものだ。
それをある程度防ぐ可能性がある時点で、かなり効果のあるシステムであると思う。
やむを得ない事情で《契約》を破ってしまった場合は、双方合意の上で運営に上奏することで許されるとか。
ちなみに、契約を破る理由で一番多いのは、後払い契約の報酬未払いだそうだ。
だから、信用性を高めるために取り引きは前払い契約が基本になっているそう。
もちろんそれで生産者が不正をしていた場合は、運営からアイテムと金銭を没収される措置が待っている。
「今回は支払いがないから、素材の扱いと期限の設定が主な条件になるね。休日で時間があるとはいえ、工房に戻って製作するから2日は貰いたい。念の為、予備日を含めて3日貰ってもいいかな?」
「期間は任せます。生産のことはわからないし……」
「そうか、助かるよ。素材に関しては全部預かってから、生産後に一度全て返却する。その後、余った素材の中から相談して譲ってもらおうと思う。使用した素材の数も明記されるし、生産自体はシステム的に100%成功するから無駄遣いの心配はいらないよ」
本来ならデザインも、ゲーム内に用意されたデフォルトから動かさなければ直ぐに作れるそうだ。
そうしないのは生産職としての拘りというより、素材から考えうる最低限の性能しか出せないという問題によるものらしい。
デザインを考え、使う素材の組み合わせを変えて、そうして作られた装備はデフォルト生産に比べてより高い性能になるのだとか。
「なるほど……かなりしっかりとルールが決まってるんですね、生産って」
「自分で素材を集めて、作って売るだけならそんなこともないんだけどね」
それでも楽しいからやるんだ、子猫丸さんはそう言って再び笑みを浮かべていた。
「あ、でも……こうして放送に顔を出しちゃったら、レア素材を奪いたい人に襲われたりとかしないですか?」
「はは、心配はいらないよ。前線プレイヤーの中に僕を襲うようなバカはいない。これでも有名クランに所属して、最前線の生産の要を背負ってるからね。僕を襲うってことはクラン全てを敵にする程度じゃ済まないのさ。そもそもPKで素材を奪うことは出来ないんだけどね」
私の心配を笑い飛ばし、子猫丸さんは自信満々の顔でそう言った。
「じゃあ、お任せします」
「うん、任せてくれ。きっとネームドの名に恥じない装備にしてみせるよ」
無事に《契約》を結んで、私から赤狼素材を受け取った子猫丸さんは、最後にフレンド登録をして第4の街にとんぼ返りしていった。
討伐の動画を見てわずか数時間で始まりの街まで駆け抜けて、再び拠点に戻る。
子猫丸さんはそれくらいの熱意があったからこそ、最前線クラスの生産プレイヤーになれたのかもしれないなぁ。
☆
「ふぃ〜……それじゃあ金棒買いに行こうかー」
『おつかれ』
『おつかれさん』
『交渉中の営業スマイルで笑った』
「接客のバイトは長いことやってたけど、交渉とじゃ違うよねー」
アバターだから違うかもしれないけれど、推定年上と思われる男の人との会話で想像以上に緊張していた私は、息をついて武具店へと入店する。
昨日訪れた時とは違って、お金に余裕が出来たのであろう第二陣のプレイヤーで店内はそこそこ賑わっていた。
「これを見てるとNPCがいない理由がわかるなぁ……」
剣や槍、杖の店に比べれば空いている打撃武器のお店に入りながら、都心の駅を思わせる混雑っぷりに辟易する。
まあ、やっぱり武具を買い揃えるってイベントは楽しいものだから、気持ちはわかるんだけどね。
私も昨日存分に楽しんだ訳で。
そんな微笑ましい気持ちで彼らを見届けながら、私は昨日同様に片手用の打撃武器コーナーを訪れる。
実は、レベル20を超えると、初心者卒業ということでNPCショップに裏商品が追加されるのだとか。
その中のひとつに「絶対気に入るわよ」とリンちゃんが自信満々に言っていた武器がある。
それが……。
「じゃーん、レベル20から開放された新武器! 《超・金棒》です! だいたい5時間ぶりにグレードアップして帰ってきました!」
要求筋力値50! 攻撃力補正は倍増の30! 耐久度は500のまま!
超が付くにふさわしい性能になっていると言えるだろう。
見た目は変わっていないように見えて、色の深みが増していた。
お値段2万イリス。まあ多少の値段は仕方ない。防具が図らずもタダで手に入りそうなので、武器にくらいお金を使っていかないと。
『デェェェェェン』
『デェェェェェン』
『デェェェェェン』
『↑なんだその団結力は』
『鬼に金棒が……』
『撲殺鬼娘の再誕である』
散々な言われようである。私は別に元コマンドーの筋肉モリモリマッチョマンではないぞ。
「その撲殺鬼娘ってのやめよ? 泣くよ? もっとおしとやかな感じにしよ?」
『ぶっころ悪鬼』
『殺戮の天使』
『殴殺鬼娘』
「キレそう」
私はこの邪知暴虐なリスナーたちを必ずや除かねばならぬと決意した。
なんて冗談はさておき、緩やかに流れていく何ら変わりのない悪名を読んでいく中で、1つ目に付いた名前があった。
『打撃系鬼っ娘』
鬼っ娘と言える年齢かは自信がないけど、少なくともこれ以外のネーミングは実質悪評みたいなものだったから、とてもまともな感じに見えたのだ。
「はいというわけで配信主権限で打撃系鬼っ娘に決定しました異論は認めません!」
『えぇー』
『えぇー』
『やったぜ』
『えぇー』
『ええんちゃう?』
『打撃系鬼っ娘にじゅういっ』
『↑し、死んでる』
『(あかん)』
『↑無茶しやがって……』
「ほんと容赦ないね君たち!?」
別に私自身は年齢弄られたって怒ったりしないのに。
ちなみにリンちゃんもそういう所は無頓着な方だと思う。
好き放題なリスナーたちに憤慨しつつも、この程よいからかいが心地よくも感じてしまう。
「さー、武器も揃えたしデスペナも切れるし、ちゃちゃっとアイテム買ってから北の平原に行きますか! 目指せ《試練の洞窟》!」
空元気じみた声で気を取り直して、私は北門へと向かって歩き出す。
向かう先は《試練の洞窟》。北の平原の先にある、第2の街 《デュアリス》に続くダンジョンである。
ワイワイ騒ぐリスナー達と共に、私は新たな一歩を踏み出そうとしていた。
何話か前に出てきた生産プレイヤーさんはRTAに成功した模様です。
スクナがここであっさり素材を託したのは、彼の作る装備の見た目が気に入ったのと、フレンド一覧のリンネの名前を確認したからです。
彼に多くの後ろ盾があるように、スクナにもリンネを通じた(一方的な)後ろ盾があるという。
子猫丸「念願のフレンド登録を手に入れたぞ」
イケおじで既婚者です。人脈作りが好き。
妻もWLOにいたりして、その装備を作るために生産プレイヤーになった人。しかし妻も妻で生産プレイヤーなのです。似た者夫婦ですね。