黒曜との雑談
「それじゃ!」
「うん、また来てね」
結局1時間くらいかけて呪符を購入した私は、他のお客さんで徐々に賑わいだした雪花のお店を後にした。
里の住人は当然として、プレイヤーの姿もチラホラと。もしかしたら私が配信してたから来たのかもしれないし、元々このお店が開いてるのを狙っている人だったのかもしれない。
ともあれ私も欲しかった呪符を10枚きっちり買えたから、十分に満足していた。
「でもやっぱりこれだよねぇ」
私が改めてインベントリから取り出したのは、先ほど作ってもらった《絶界》の呪符。
見た目は黄金色なだけのただの御札なのに、金塊のような重さ。思わずうっとりとしてしまう程に美しい呪符だった。
「ねー、綺麗じゃない?」
『きれー』
『きれい』
『綺麗だけど手に入れ方がが』
『金塊の暴力を見た』
『成金鬼娘』
「成金は否定できないな……」
リスナーに呪符を見せびらかしたら成金と言われてしまった。コツコツ稼いだ訳じゃないから全く否定出来ないのが辛いところだ。
「3つ目の金塊置いた時にぴゃっ!? って言ってたもんね」
『似てて草』
『そっくりで草』
『ガチでそっくりなの怖い』
『録音流すのはずるだよ』
『これが声帯模写ってやつですか?』
『↑そうです』
「声帯模写は結構簡単にできるよ」
『嘘乙』
『嘘乙』
『嘘乙』
『嘘乙』
「そこまで一致団結しなくてもいいじゃん」
人の声を真似るのはそんなに難しいことでもないと思うんだけどな。ほら、テレビとかでも声真似がそっくりな芸人さんとかいるじゃない。あれを少し高い精度でやるだけだから、練習すれば誰でもできるんだよ。
なんて言ったらリスナーに鼻で笑われた。解せぬ。
そんなこんなでお買い物のことをからかわれたりネタにしたりしながら夕暮れ時の里を歩いていると、道の先から黒曜が歩いてくるのが見えた。
「こんばんは、スクナさん」
「こんばんは。何してるの?」
「里の見回りです。このくらいの時間になると異邦の旅人が増えますから、里の住人とトラブルにならないように目を光らせているんです」
「やっぱりトラブルとか起こるものなの?」
「ええ。主に血気盛んな里の若者が異邦の旅人に戦いを挑むので」
「あ、むしろトラブル起こしてるのは鬼人族側なんだ」
「お恥ずかしいことですが……」
黒曜は少し顔を赤らめながらそう言った。
鬼人族は戦いが好きな種族らしいし、新鮮なプレイヤーを見たら勝負を挑みたくなるものなのかな?
「ちょっと思ったんだけど、鬼人族って何歳くらいまで若造扱いなの?」
琥珀は50歳を超えてて、それでも自分のことを若造って言ってた。でも、雪花のお店に行く前に薪割りをさせてもらった推定100歳以上のご婦人は、話していて近所のおばちゃんくらいの雰囲気だったんだよね。
ふと思いついただけの私の質問を聞いてキョトンとした表情を浮かべると、黒曜はクスリと笑って答えてくれた。
「そうですね、だいたい50歳を超えて成人と言ったところですから、80歳を超えればすっかり独り立ちした大人といったところでしょうか?」
「80かぁ」
まあ、琥珀とご婦人の間くらいだからおかしなことはないとは思う。
そんなことより琥珀って鬼人族的にはまだ成人したばかりなんだね。大卒の新社会人くらいのイメージだと考えると、今が全盛期の若者なのかもしれない。
相対的には思ったよりも若かった琥珀に若干の衝撃を受けていると、そう言えば、と黒曜が話を切り出した。
「スクナさんは今、里の依頼をこなしてくれているんですよね?」
「うん、まだ薪割りだけだけど」
「いえ、とても助かります。里の外向けに依頼を出したはいいものの、筋力値がどうしてもネックのようで他の依頼ばかりが捌けてしまって困っていたんです」
「300越えは流石にね。でもさ、黒曜ならアレくらい簡単にできるでしょ? 黒曜がやってあげてもいいんじゃないの?」
私のカンだけど、黒曜は私なんかの比じゃないほど高いステータスを持っている。多分、レベル的には雪花すら超えてるんじゃないかな。
琥珀とどっちが強いかと聞かれれば、かろうじて琥珀の方が強い。そのくらいの強さだと思う。
「ええ、できるかと言われればできます。しかし、私がなんでもやってしまうと里の皆が怠けてしまいますから。あくまでも私は里の治安を守る立場でしかないのです」
「黒曜なりの愛のムチって感じだね」
「ムチという程ではありませんが……正直に言えば、この里の全ての住人に薪割りくらいは容易くできるようになって欲しいと思っています」
「いやいや、それは流石に無理でしょ」
いや、普通の薪割りなら鬼人族のステータスなら誰でもできるんだろうけど、月光樹の薪割りだからね。
筋力値300の壁というのは、プレイヤーにとってもNPCにとっても高いのだ。
「いいえ、それなりに真面目な話ですよ。最低限その程度の力を身につけてもらわなければ、来たるべき聖戦に抗うことさえ出来はしないのですから」
その瞳に仄暗い光を灯しながら、黒曜はどこまでも真剣な表情でそう言った。
ガラリと変わった雰囲気に、思わず気圧される。
「聖戦……?」
「ええ。この世界の全てを巻き込むような、世界の存亡をかけた戦いです」
「はは、世界の存亡かぁ」
またいきなり話が大きくなったなぁなんて、軽く現実逃避をしながらも考える。
これは多分クエストのフラグと言うよりは、今後発生するイベントの伏線に近い情報だと思う。
そう、言ってしまえば《星屑の迷宮》イベントのようなものだ。私たちにとってのイベントは、この世界の住人にとっては必ずしも「いいこと」だとは限らない。
現にあのイベントはこの世界を侵攻しようとするセイレーンによって引き起こされた、一種の災害のようなものだったのだから。
というか、今の話ってセイレーンの侵攻がもっと活発になるとか本体が殴り込みに来るとか、そういう話の可能性もあるんじゃない?
あれだけ強大なモンスターを侵攻のためとはいえポンと放り込んでくるような奴らしいし、本格的に侵攻が始まるのであれば世界中くらいは巻き込める気がする。
「詳しいことはその呪いを解いた後、里長から聞いてください。終わりの時は必ず来る。そう予言したのは里長ですからね」
「黒曜も詳細は知ってるの?」
「いいえ。ですが、里長の予言が外れたことはありませんから」
「百発百中なんだ」
なるほど、確かにそれは信用に値するだろう。
何せ長年付き合ってきた実の姉の、圧倒的な実績に基づいた予言なのだから。
「とにかく、その予言を聞いて以来、私はこの里の戦える者たちを鍛えています。もし本当に聖戦が起こった時、彼らが何もできずに死ぬことがないように」
慈しむように語る黒曜を見て、この里をとても大切にしてるんだなぁと感慨深い気持ちになった。
この里を愛しているからこそ……ん?
「という訳で修練は毎日やってますから、スクナさんもぜひ来てくださいね。お互いにきっといい刺激になりますよ!」
「しみじみしてたのにいきなり勧誘モードにならないで!」
おっ、これはシリアスな雰囲気の流れだな? と思って場の雰囲気に乗ってたのに!
「ふふふ、何を言ってるんですかスクナさん。もし仮に聖戦が来たとしても、鬼人族だったら喜びこそすれ怯えたりなんかしませんよ。我ら鬼人は生まれながらの戦闘狂集団ですからね」
「言い方が酷い!」
「事実ですから。あとはもう少し根気よくレベル上げをする努力さえしてくれれば、薪割りができるステータスくらいは簡単に手に入るはずなんですけどねぇ……どうも鬼人族は刹那的というか、怠惰というか」
戦闘狂なのに強くなる努力は嫌。なんだなんだその絶妙に向上心のないエンジョイ勢みたいな考え方は。
もしそれが本当なら、真面目な性格の黒曜や琥珀の方が鬼人族の中では異端なのかもしれない。
せっかく強くなれる種族なんだから、もっとひたすらモンスターを狩って薪割りできるくらい強靭なステータスを手に入れればいいのに。
というかそういう視点で見ると、里の住人がいっぱい薪割りの依頼を残してるのって、ただ人任せなだけなのでは?
うっ、急に薪割りをする気が……。
琥珀と黒曜によって密かに「鬼人族は真面目」みたいな印象を持っていた私は、木っ端微塵に砕かれたその印象をどう立て直せばいいのか途方に暮れるのだった。
黒曜は茶化しましたが、それなりに重要な話だったり。
ちなみに、雪花のお店とスクナは言っていますが正確には《妖狐族の魔道具店》で、月水金土日の週5で開店し、どの妖狐族が来るかは完全にランダムで品揃えもNPCによって異なります。雪花の日は大当たりですね。