《結界術》
第7の街の名前、どっかで別の名前で書いちゃったような気がする……もし前に別のを書いていたとしたら、一応こっちが正ですので悪しからず。
「レベル221……!?」
「あれ、そっちが気になっちゃうの?」
雪花としては私がレベルに驚くのは想定外だったのか、少し気が抜けたような表情を浮かべてそう言った。
「いや、色々突っ込みたいけどさ……レベルって普通に100超えるんだね」
まあ、つい最近のイベントで戦った《ゴルド》なんかはレベルが99だった。彼が特殊なボスであったことを加味しても、最初のイベントで戦えるボスがその強さであることを考えれば、最高値が100を超えるのは当然だとは思う。
それでも、あっさりと200超のレベルを見せられると、少しくらいは驚いてしまうわけで。
そんな私が漏らした言葉を聞いて、雪花は両手の人差し指でバッテンを作った。
「普通には超えられない。レベルは本来なら100で打ち止めなの。限界を超えるには試練を乗り越える必要がある」
「試練って、人それぞれ違うクエストみたいな?」
「ううん。セフィラの神殿で誰でも試練は受けられる。職業によって試練の内容は変わるけれど、個人によって変わるって話は聞いたことがないかな」
試練だとか神殿だとか、気になることは多いものの、雪花の台詞にはそれ以前に聞いたことのない名詞が入っていた。
「せふぃら?」
「創造神を祀る聖都のこと。異邦の旅人の中では第7の街って言い方のほうがしっくりくる?」
「あー……なるほど」
雪花の言葉を聞いて、私は道理で聞いたことがないはずだと納得した。
第7の街。そこはプレイヤーが立ち入った事がない場所だからだ。
理由は単純に、つい数日前に大型アップデートで解禁されたばかりの土地だからだ。
そもそもの話、現在プレイヤーが踏破したのは第6の街であるゼロノアまで。
ついこの間の大型アップデートで解禁された第7の街に続くダンジョンがとんでもない巨大迷宮だとかで、アプデから数日たっているにも拘らず、未だに誰もたどり着けていないという状況なんだとか。
誰かが一度でもクリアしてくれればルートを辿れるから楽なんだろうけどね。まあ、どの道まだグリフィスまでしか来ていない私には縁遠い話だった。
「でも、セフィラの試練はスクナちゃんには関係のない話かもしれない」
「えっ、なんで?」
「スクナちゃんは《童子》なんでしょ? 基本的に特殊職業の神様はセフィラには祀られていないから、試練を受けられるかはわからないの」
「そうなんだ……」
まあ、確かに酒呑は神殿に祀られるような神様ではないんだろう。
だって彼女は「封印」されているのだ。偉業を称えられて召し上げられた~とかそういう功績でもなく、どちらかと言うなら罪を犯したから封じられたんだったはず。
確か……なんかこう……そう、国を3つくらい滅ぼしたって琥珀が言ってたような記憶があるから、神は神でもどちらかと言えば悪神の類だと思う。
ついでに言えば、私も今まさに酒呑の力に呪われてる訳だしね。
しかし、特殊職業の神が第7の街には祀られていないってことは、他の種族でも酒呑と似たような存在がいるってことなんだろうか。
そういえば、一番最初に酒呑に会った時、彼女が人族に手を出すと厄介なのに目をつけられるみたいなことを言ってたような……?
「どうかした?」
「あ、うん、なんでもないよ。《童子》になってから例外ばかりだなぁと思っただけ」
「ふふ、そういうものなんだよ」
そういうものなんだ……。
まあ、《童子》に関してはプレイヤーにしか成れない職業だけど、それ以外の特殊職業に関してもそうだとは限らない訳で。
実際にそういう人たちを見てきたのであろう雪花がそう言うのなら、そういうものなんだと今は納得するしかないかな。
話が大きく逸れてしまったけど、そもそも私は呪符を買おうとしていたのだ。
辿り着けもしないセフィラのことを考えていても仕方がなかった。
「さて、そろそろ話を戻そう。スクナちゃんはどんな呪符が欲しい? 基本的になんでもあるし、無ければ作るよ」
無ければ作る。なんて頼もしい一言だろう。
まあでも、それができるのが最上級符術士なんだろうね。
「1番欲しいのは魔法防御系の呪符かな」
「魔法防御系はこの辺り。こっちから順に安くて、端っこが一番高いよ。効果は値段に比例すると思って」
そう言って雪花がずらりと並べたのは、色とりどりの呪符の束だった。
表面には如何にも御札って感じの神社やお寺でよく見るミミズみたいな文字が書いてある……けど、札の中央に書かれてる文字はカッチリとした字体で私でも読めるみたいだった。
一番左の白い呪符がマジックバリア。これはどんな魔法スキルでも必ず覚えられる簡易な無属性防御魔法だったと思う。正面に壁を出して攻撃を防ぐ、典型的なバリアだったかな。
一番弱い防御だけど、それでも初級の魔法くらいは防げるらしい。コスパはいまいちみたいだけどね。
次にファイアウォールに連なる、《ウォール系》の魔法。こちらは物理攻撃にも若干耐性がある他、属性相性の影響を強く受ける。例えばウォーターウォールは炎の魔法に対して強いとか、そういう追加効果を持つ。
次に《バリア系》の防御魔法。これは最初のマジックバリアとは全く違っていて、術者を覆い隠すようにそこそこ大きなバリアを張ってくれる。リンちゃんが使徒討滅戦なんかで使っていた《エレキバリア》もこのバリア系だ。
一応中級程度の魔法と、それに匹敵する物理攻撃までは耐えられる。使徒討滅戦の時は常にフィールドの端っこで使っていたから衝撃波では壊れなかったけど、多分至近距離なら即座に割られるくらいの強度だと思う。
そして次が……と目を滑らせたところで、あるスキル名が目に付いた。
「結界術、青?」
「スクナちゃんは《結界術》を知ってるの?」
「……いや、見たことがあるだけだよ」
使徒討滅戦の後、私と琥珀が戦っていた時、その余波から始まりの街を守るためにメルティが使っていたのが《結界術・黒》という名前の術だったはず。
発動した際の声が聞こえただけだけど……私は確かに一度、結界術を見たことがあるのだ。
「そっか、じゃあ詳しく説明してあげる」
雪花はちょっと嬉しそうにそう言うと、並べた呪符から何枚か引き抜いた。
「結界術は名前の通り、結界を張るスキルのこと。外からの攻撃を防ぐための《防御結界》と、内側に何らかの効果を発揮する《補助結界》の2種類があるの」
「ふむふむ」
「補助結界のわかりやすい例だと、結界内にいるとHPが回復し続ける《回復結界》がある。回復量は本職のヒーラーほどじゃないけど、回復結界の中だと回復魔法の効果も飛躍的に上がるの」
「バッファー向けのスキルっぽいね」
「うん、その通り。このスキルだけを見れば立ち位置としては支援に特化してる。攻撃を反射する結界もあるとはいえ、結界術そのものでは攻撃は一切できないから」
防御、あるいは補助効果のある結界を発動するスキルかぁ。これまでプレイヤーの間で使っているという話を見たことがないから、多分マスターランクスキルのひとつなんだと思う。
でも、どういう方向でスキルを育てていくと派生するんだろう?
単に魔法の組み合わせと言うなら誰かが見つけてそうだし、もしかして妖術が必須とかそういうパターンもあるのかな。
「で、肝心の防御効果だけど、一番弱い《結界術・青》でも中級程度の魔法は全て弾けるくらいの硬さがある。一番硬い《結界術・黒》に至っては、最上級魔法ですら完全に防いでくれる絶対の防御だよ」
「おおー、それはすごいな」
「ちなみにどの結界も魔法と同じくらい物理耐性もあるんだけど……物理攻撃の威力は魔法と違って見た目ではわかりにくいから気をつけてね」
なるほど、そういえば魔法の使えない私と琥珀の戦いでも、メルティが使ったのは《結界術・黒》だった。
そう考えると、魔法に対しても物理に対しても一番硬い結界を選択したということになるのかな。
「ちなみに、効果範囲と効果時間って決まってる?」
「呪符に込める場合、効果範囲は術士の半径数メートルで、時間は一律で10秒。壊されない限りは10秒間続く代わりに、10秒経つまでは自分からも攻撃できないの」
「ほほう。じゃあ結界術って内側にも防御効果があるんだ」
「内外に同じだけの硬さがあるよ」
それは対人戦では少し使いづらそうな性能だ。
純粋な防御には使えても、一瞬のガードとかには使えなさそう。だってせっかく攻撃から身を守っても反撃できないってことだもんね。
でも、私が一番受けたくない範囲魔法攻撃とかを防ぐのには使えるんだから、ものは考えようかな?
そもそもこのゲーム、言うほど対人要素はないしね。
人型の相手と戦ったのは、ロウを除けばNPCとセイレーンの騎士たちだけだ。それを対人要素と言っていいのかは微妙だと思う。
「ちなみに結界術は一番安くて《結界術・青》が5万イリスから」
「5万かぁ……」
雪花の告げた値段を聞いて、私はぼんやりと呟いた。
まあ、5万程度なら今の私からすれば本当に端金ではある。
ゴルドを倒した時の遺産は腐るほどあるし、巨竜アルスノヴァの時も100万くらいは貰っている訳だからね。
実際問題、この《青》が一番使いやすいんじゃないかと密かに思っていたりする。
中級程度の魔法ということは、最悪身を守ってから自力で砕いて追撃なんて使い方もできなくはないからね。
上級魔法から上は割と真面目に強力なアーツがなければ出せない威力だから、使えば結局アーツの技後硬直で動けなくなるのがオチだし。
「ちなみに上の方のお値段は?」
「上級クラスから身を守れる緑で30万、黒は1枚100万ポッキリ。補助結界も色々あるし、魔法や妖術の呪符も沢山あるから、いっぱい散財していって?」
「うーん、正直だなぁ」
初対面でお金の匂いとか言うようなキャラだからか、素直に散財を要求されると思わず財布の紐が緩んでしまう。
どれも買えてしまうだけにパーッと使ってもいいんだけど。何せゴルドのおかげでお金は腐るほどあるからね。
と、ゴルドのことを思い出したのと一緒に、あの戦いの後からずっと気になってたことを雪花に聞いてみることにした。
「雪花にちょっと教えて欲しいことがあるんだけど」
「なに?」
「これってさ、イリスでいうとどのくらいの価値があるの?」
私がそう言ってインベントリから取り出したのは、ゴルドからドロップした黄金の延べ棒。
ずっしりと重たいそれをお店のカウンターに置くと、ゴトンと大きな音が鳴った。
これはお金に困っていないから売ることもせず、10本もあるのに価値がわからないままだった金塊だ。
「なっ、なななななななななっ……?」
雪花は目を見開いて壊れたロボットのような声を出すと、そのまま完全にフリーズした。