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狐耳の符術士

「ありがとうねぇ。次はお菓子でも用意しておくわ」


「はいっ! それじゃあまた!」


 おっとりとしたご婦人の家での薪割りを終えた私は、なるべく元気よく挨拶をしてからご婦人の家を後にする。

 クエストの用紙と地図を照らし合わせながら延々と薪を割りに回って、だいたいお昼から4時間ほど。6軒目の薪割りを終えた私は、次なるお家を目指して里を歩いていた。


「ふへぇ……基本的にご年配の人が多いからかわからないけど、完全に子供扱いされるなぁ……」


『21歳なのにね』

『さっきのご婦人も100歳超えてる現実』

『人間ならひ孫くらいの年齢差だし子供扱いでもマシなんじゃ?』

『琥珀様も50超えて若造らしいしねぇ』

『スクナもノリノリで若者ムーブしてるじゃん』

『そこらのNPCにも歴史があるんやなって』


「そうだねぇ」


 街や村の門番にすら名前があり、個性がある。NPCひとりひとりに歴史があるというか。

 AIが入っている……というよりは、本当に人の魂が宿っているような気さえする。

 プレイヤーだって、仮想のアバターにこうして意識を宿しているのだから、案外NPCにも中の人みたいなのがいたりしてね。


「そういえば、黙々と薪ばっか割ってたけどさ……私は経験値があるからやってられるけど、みんなはつまらなかったりしない?」


『案外楽しい』

『綺麗に割れるから見ててスカッとするわ』

『半分作業用BGMみたいなとこあるから』

『薪割りを延々と眺める機会なんてなかなかないからなぁ』

『ひたすら山を整地し続ける配信ばかりのゲームもあるし』


「あー……それ昔リンちゃんがメイドさんにやらせてたやつだ」


『草』

『草』

『めんどいのは確かだからなw』

『権力の濫用だ』

『アタイ許せへん!』

『ほんま草』

『自分でやれw』


 オープンワールドのクラフト系ゲームでは山を整地、つまり掘り崩して平地にするというのはそんなに珍しい行為じゃない。

 VRでやりたいかと言われたら絶対やりたくないけど、コンシューマーゲームでならそれなりに一般的な行為として挙げられる。

 山を掘り返せばその分素材も手に入ったりするからね。効率は悪くとも無駄な行為ではなかったりする。

 まあ、大抵は唐突に思いついて達成感を得るためだけの作業なんだけど。


 ちなみにリンちゃんがメイドさんに手伝わせてたのは、フィールド中の山を崩して平らにするみたいな企画を立てた時だ。

 メイドさんの仕事を滞らせたせいで、リンちゃんは後でめちゃくちゃトキさんに叱られてた。


 そんな整地作業よろしく、薪割りでも経験値だけじゃなくて《月光樹の木屑》というアイテムがちらほら手に入っている。

 燃料かなにかに使えそうだけど、今のところ使い道は見当たらないゴミのようなアイテムだった。


「えーと、次はあっちの……ん?」


 次なる目的地を地図と照らし合わせていると、何やら里の中を白い狐が歩いているのが見えた。


「ねー、白い狐がいるよ」


『ホントだ』

『かわゆい』

『野良猫みたいに里に馴染んでんな』

『レアキャラじゃん。鬼人の里にたまに出てくるらしいけど初めて見た』

『ほんとに真っ白だな』


「レアキャラ?」


 ふむ、ということはアレを見つけられたのはラッキーということか。他のプレイヤーが周りにいれば反応も見れたんだけど、残念ながら今の私の周りにはNPCしかいなかった。

 遠目に見る限り、少なくとも魔物ではないっぽい。

 里の住人はたまに目で追う人がいるくらいで、それこそリスナーの言うように野良猫を見つけた人くらいの反応だ。


 可愛いけど、近寄ると逃げられちゃうかなぁ。

 私、生まれつき動物に怖がられる体質だからなぁ。

 実はいつぞやのトリリアで水竜に甘えられたのが奇跡に思えるほどに、動物と触れ合った試しがなかったりする。


「触ってみたいなぁ」


『行っちゃえ』

『逃げられたら慰めたる』

『殺しちゃダメだよ?』


「殺さないよ?」


 私だって襲いかかってこない動物は殺さないやい!


「よし、行ってみよ!」


『悲しみの……』

『ニゲテ……ニゲテ……』

『ウルフを虐殺した記憶が蘇る前に……』

『後に語り継がれる惨劇が起こるのであった(断言)』


「みんな裏切るの早くない!?」


 ついさっきまで慰めるとか言ってたのに……。

 そんなリスナーの茶化しは無視し、意を決して狐の方に向かってみると、私に気付いた狐は驚いたことに自分から私の方に向かってきた。

 狐の高さに視線を合わせるためにしゃがんでやると、狐は私の周りを回りながら熱心に鼻を鳴らしている。

 やっぱりゲームの中なら、動物も私のことを怖がらないんだ。そう思ってちょっと嬉しくなった矢先に、とんでもないことが起きた。


 ぴょんと空中で一回転。芸を仕込まれてるんだなーと思っていたら、ポフンと音を立てて煙が巻き起こったかと思うと、狐が美女に変身したのだ。


「……いい匂い。とってもとってもいい匂いがする人」


 雪の結晶を刺繍した、薄い青色の着物。艶やかな黒髪に、瞳の色は美しい翡翠。

 人と同じ位置に耳はなく、代わりに頭の上に狐の耳がぴょこんとふたつ立っていて、お尻の辺りにふわりとした尻尾がひとつ。

 いわゆるケモ耳。そして美人。刺さる人にはぶっ刺さるであろうビジュアルの美女は、何やら嬉しそうに微笑んでいた。


「貴女、名前は?」


「す、スクナです」


「そう、スクナちゃんって言うの。私は雪花(せっか)。よろしくね」


 差し出された手を握ると、何やら怪しげな手つきで絡め取られる。

 アカガネといいこの人といい、なんだか今日はやけに手を通じたスキンシップをかけられるね。

 そんなことを考えている私を他所に、改めて匂いを嗅ぐように鼻を鳴らした雪花さんは、頬を赤く染めてこう言った。


「とってもいい匂いがする。蕩けるような、心地よい匂い」


「ええ……そんなに匂いますか?」


 WLOは匂いも再現してるすごいゲームではあるけど、私は元々嗅覚に関しては意図的に感覚の9割くらいをカットしてるから、自分の匂いがどうなのかはわからない。

 でも、ゲーム内では汗とかないからね。プレイヤーの匂いなんてそれこそ土と埃と鉄の匂いくらいなもんじゃないだろうか。

 そう思って聞いてみると、どうやら真面目に考えたのが間違いだったらしく。


「うん。スクナちゃんからはすごくいい匂いがする。すごくいい……お金の匂いが」


「おかねのにおい」


『金』

『草』

『草』

『www』

『流石に笑う』

『金塊あるもんなw』


 思わずカタコトで言葉を返してしまった。

 リスナーたちが爆笑しているのを視界の端に収めつつ、ヨダレでも出しそうな程にうっとりとしている目の前の狐耳をどうすべきか、私はそっとため息をついた。





「……なるほど、雪花は妖狐族なんだ」


 ちょっと鼻息の荒い雪花に連れられてやってきたのは、里の一角にある彼女のお店だった。


「うん。鬼人族と妖狐族は仲がいいから、割と自由に出入りさせてもらえる。特に私は《符術士》だから、定期的に呪符を里に売りに来てるの」


「符術士……そっか、琥珀も言ってたな」


 もうすっかり忘れていたけれど、琥珀と初めて出会った時、彼女が私を魔法から守るために使ってくれたのが魔法を防御する《符術》だった。

 あの時はあまり気にしなかったけど、そういえば鬼人族と妖狐族は友好関係を築いてるって琥珀も言ってたっけ。

 いつか鬼人の里についたら買いたいなーと思っていたのを今更ながら思い出していた。


「スクナちゃんは琥珀様の知り合い?」


「うん、琥珀は鬼の舞の師匠なんだ」


 鬼人の里に来てから、琥珀という名前をよく聞くようになったなぁと思う。

 鬼人の里の姫にして、鬼神の血を引く神子の一族の末裔なんていう設定もりもりの重要NPCだから当然っちゃ当然なんだろうけどね。


「じゃあ、符術士については知ってるのね」


「少しだけね。妖狐族の符術士が作る御札を使えば誰でも符術が使える……ってくらいかな」


「ん、大体あってるよ。コレは、正確には御札ではなく《呪符》というの。呼び方は重要じゃないから、好きに呼んだらいいと思う」


 そう言って雪花が取りだしたのは、色や模様の違う5枚の呪符だった。

 なるほど、確かになんかこう……神社とかに貼ってある御札とはなんか違うような気もする。あくまで感覚的な話だけどね。


「《符術》はね、スクナちゃん。古今東西あらゆる術を呪符に込めて形を成す職業でありスキルなの。呪符の中身は妖術が大半だけど、使い手次第で魔法や結界術だって呪符にすることができる」


「使い手次第ってことは……あくまでも呪符を作成する職業であって、符術士そのものが術を覚える訳ではないってこと?」


「その通り。基本的には呪符を作成した符術士が使える術を込める。妖狐族は魔法ではなく妖術の種族だから、呪符には大抵妖術が込められてる」


 うーん、つまりアレか。符術士って言うのは自分が使える術だけを呪符にできる職業で、使い手が妖術使いなら妖術の呪符を、魔法使いなら魔法の呪符を作成できると。


「魔法と妖術って何が違うの?」


「MPを使うのは一緒。ただ、妖術は魔法に比べて搦め手に長けてるの。例えばこの呪符」


 雪花は持っていた呪符から一枚抜き取ると、フゥと呪符に息を吹きかけた。

 その瞬間、呪符から煙が吹き出し始めた。


「《妖煙(ようえん)》という初歩的な妖術を込めた呪符。モンスターからの逃走や、狙った獲物に気付かれずに不意打ちしたい時に使えたりする」


 下手な狩りに使うには高すぎるけど、と言いながら雪花は燃え尽きた呪符を握り潰した。


「魔法は基本的に戦闘に特化した技術だから、「遊び」が少ないの。妖術には割と無駄に見えるけど楽しい術もあるんだよ」


 そう言って新しく取りだした呪符を撫でると、今度は雪花を中心にして店内に雪が舞い散った。


「これは《朧雪》。ただの幻術だけど、綺麗でしょ?」


「うん。あ、ホントに触れないし冷たくない」


「幻だからね。まあ、これは遊びぐらいにしか使えない術だけど……」


「それはそうだね」


 綺麗ではある。ただ、これを戦闘で実用化するのは難しそうだ。せめて炎の幻覚とかなら使い道もあるんだけど……。

 それにしても妖術かぁ。魔法に比べると正しく和風って感じだけど、MPを使う以上鬼人族には使えなさそうだ。魔法技能が低いのを初めて残念に感じたかもしれない。


「さっき妖術は搦め手に長けてるって言ってたけど、攻撃用のは無いの?」


「もちろんあるよ。魔法ほど多彩じゃないだけ」


 流石に屋内で攻撃用の妖術は使えないのか実演はしてくれなかったけど、新たに何枚か取り出してくれた呪符が多分そうなんだろう。

 

「それじゃあ商売の時間。スクナちゃんはとってもお金持ちみたいだから、よりどりみどりだよ」


 雪花がメニューカードを操作すると、店中の空の棚に呪符がずらりと並べられた。

 ざっと見ても100種類以上。一種類1枚という訳でもないから、枚数で見ればその何倍もあることだろう。


「このお店は誰が売りに来るか次第で商品の数も質も大きく変わるの。スクナちゃんはとても運がいい。この私が来た日にこの店を訪れることができたんだから」


 この私、なんてドヤ顔で言いきっているけど、初対面の印象のせいでお金好きな残念美人ってイメージしかない。

 私が雪花にそんな視線を送ると、彼女はニヤリと笑ってメニューカードを渡してきた。


 基本的にメニューカードは本人にしか操作することはできない。カードに表示されたステータスやインベントリのアイテムリストに関しても、他者からは不可視だ。

 とはいえ、あくまでもプライバシー的な問題でしかないから、カードの中身は他人に見せるように設定することもできる。操作に関しては本人だけしかできないままだけどね。

 

 なにか見せたいものがあるんだろうと思って受け取った私は、書いてある内容を見て思わず目を見開いた。

 そこに記された雪花のステータスは、簡易な表示であってもなお私を驚かせるには十分過ぎたからだ。


「最上級符術士……《絶界》の雪花……?」


 表示されたレベルは、221。


「ふふふ、私の呪符はちょっと高いよ?」


 驚きの表情を浮かべる私を見て、雪花はイタズラが成功した子供のような笑みを浮かべていた。

というわけでやっと出ました、妖狐族と符術士です。

ちなみに妖狐族も長寿なので、雪花と琥珀では琥珀の方が3倍くらい若かったりします。若づくr……

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― 新着の感想 ―
符術の代償がHPだったら…
[良い点] 雪花さんマジささります!
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