アカガネの工房
薪割りをする前にやり方を勉強してもらう。
そんなマルイシさんの言葉を受けてやってきたのは、月光樹の木工さんがいるという工房だった。
「すいませーん」
「おう、なんだ!」
入口で声をかけると、大きな返事があった。とてもハスキーな声だ。
何やらバタバタと片付けでもするような音がしたかと思うと、現れたのは身長2メートルを超えるゴリゴリにマッチョな巨漢だった。
「でっかい!」
「ははは! なんだ、いきなりご挨拶じゃねぇか!」
思ったよりも高い声を聞いて巨漢をよく見てみると、なんとこの人は女性のようだ。
トーカちゃんより大きな女性なんて滅多に見ないし、ましてこんなに筋肉ムキムキな人なんて見たことない。
ねじり鉢巻にタンクトップ。角の色も髪の色も瞳の色まで綺麗な銅色だった。
彼女は私の失礼な一言を笑いとばすと、私を見定めるように眺めてきた。
「その見た目、お前がスクナってやつだろ。厄介な呪い受けてんなぁ。そんな全身呪われてるヤツ初めて見たぜ」
「あはは……」
なんかもう自然と私の情報が里中に知れ渡ってるよね。
いやまあ、別にいいんだけども。
「ま、いいか。で、なんの用だ?」
「薪割りのクエストを受けたんですけど、ここでやり方を教えてもらうようにマルイシさんから言われたので」
「ふぅん……なるほど、確かに良い武器持ってやがる」
女性は改めて私の全身を見渡してから、背負っている宵闇を見て頷いた。
「ああ、そうだ。オレの名前はアカガネってんだ。敬語は要らねぇ、ヘコヘコされっとイライラすっからな。よろしく頼むぜ」
差し出された手を握り返すと、思い切り握力を込めてくるのがわかった。なぜそんなことをするのかはさておき、安易に力比べに乗るのもアレなのでちょっと工夫してするりと抜け出す。
何より、思いきり手を握るのには流石にトラウマがあるしね……。
「……ウナギみてぇなやつだな、お前」
「いやあ、それほどでも」
アカガネは少し納得のいかなそうな表情を浮かべていたが、すぐに工房の裏に向かって歩き出した。
「ついてきな! 流石に工房の中で斧振り回すわけにもいかねぇからよ」
「はーい」
連れてこられた工房の裏庭には、沢山の丸太が転がっていた。
大きいのや小さめの、それからとにかく太いものもあれば、細いのもある。本当に大小様々という感じで、木の種類も3種類くらいはありそうだった。
「薪割りのクエストを受けてきたってことは、月光樹が死ぬほど硬いってことは知ってるな?」
「それは聞いたよ」
「月光樹は月の魔力を吸って育つ魔木ってやつでな。家具にすれば100年壊れねぇし、武具にも使える万能素材だ。更にこいつの薪は他の木に比べてめちゃくちゃ長く燃えてくれる。まあ、木材としちゃあ理想的なモンさ」
「でも、硬くて加工が困難だと」
「そういうこった。そもそもな、加工用の道具を作るのがまず難しい。オーバーヘビーメタルが必要だからな」
思わぬところで見知った名前が出てきた。
オーバーヘビーメタル。それは私が背負っている宵闇を形作る重金属の名前だった。
「オーバーヘビーメタルは精錬できる鍛冶師が少ねぇから、とにかく高ぇ。道具一個で100万近く取られるのが相場だ。だが、アレくらい頑丈な金属じゃなきゃ月光樹は加工できねぇっつーのも確かでな」
「月光樹強すぎない?」
「世界樹の次に強靭とまで言われるくらいだ。素材としちゃあ本気で一級品だよ。お前が一昨日流鏑馬で使った弓、ありゃオレが月光樹を削り出して作ったもんだぜ」
「へぇ……確かにあれはいい弓だったね」
あの時流鏑馬で使った弓は、アカガネの作品だったらしい。
癖らしい癖が一切ないとても誠実な弓だった。
ゲーム内だから全部の弓が癖のない造りって可能性もなくはないけど、少なくともあの弓が使いやすかったのだけは確かだった。
「さて、こいつを見な」
薪割りをするための裏庭に来たアカガネは、そう言って薪割り台代わりの切り株に大きな丸太を転がした。
長さは2メートルくらいはあるだろうか。とても薪割り用の丸太には見えないソレは、黒檀に近い色味をしていた。
「こいつが月光樹の丸太だな。こいつは含有する魔力の量が多いほど色が濃くなる性質があってな。黒に近ければ近いほど硬くなる。こいつは100年モノくらいかな」
「へぇー……それじゃあ、あの弓に使ったのは魔力少なめだったんだ?」
あの時使った弓の色を思い出して聞いてみると、アカガネはその通りだと頷いた。
「魔力が多い方が頑丈で火持ちもいいんだが、弓に使うにはちっとばかし硬すぎるのさ。さて、試しに殴ってみるか?」
「いいの?」
「ああ、構わねぇさ。思いっきりやってみな」
そう言って腕を組むアカガネを後目に、私は宵闇を抜いて正眼に構える。
呪いのせいでスキルの発動は封じられてるから、今できるのは思いっきり叩くことくらいだ。
衝突の瞬間、鐘を思い切り叩いたような重苦しい音が鳴り響く。
面白いことに、衝撃が手に返ってこない。丸太を通して地面に吸い込まれてしまったような、そんな不思議な感触だった。
「面白いだろ? こいつは受けた衝撃を分散しちまうんだ。そのせいで切りづれぇんだけどな」
「防具としては強そうだね」
「おう、軽くて頑丈な鎧になるぜ」
未だに手に残る不思議な感触を楽しんでいると、不意にアカガネが何かを投げてきた。
受け取れる位置ではなく、私の目の前に落ちるように放られたそれは、漆黒の斧。
戦闘用の斧ではない。木こりがよく持っているような、ある意味ではスタンダードな斧だ。
ひと目見てわかったのは、コレが私が使っていた影縫や宵闇と同様の、オーバーヘビーメタル製だということ。
ご丁寧に刃から柄の部分まで全てオーバーヘビーメタルで作られているらしい。そりゃあ重いはずだ。
「銘は《途切歌》ってんだ。この里でコイツを振れるのはせいぜい両手の指くれぇの人数しかいねぇ。理由はお前もよくわかってんだろ」
「マルイシさんに聞いたからね……重いんでしょ、ソレ。私の宵闇と同じ理由でさ」
「そういうこった。まあ、その金棒振り回して戦えるんだ。お前ならわりかし普通に使えると思うぜ」
アカガネはそう言うと、私に斧を持つように目線で促す。
それを見た私が宵闇を背中に戻して目の前に突き刺さった《途切歌》を持ち上げようとすると、全く持ち上がらなかった。
なんでだろうと思ったけど、この感覚は覚えがある。初めてメテオインパクト・零式を持った時と同じなのだ。
「そっか。宵闇装備したままだから筋力値が足りないんだ」
「そりゃそうだろ」
装備の有無は関係なく筋力値の限界範囲がある……ということなのかな? わからないけど、多分そういうことなんだろうと思っておく。
宵闇をインベントリに収納した私はもう一度斧を持ち上げた。
宵闇よりも少し重い。けど、それでも私の筋力値なら問題なく持つことができる程度だ。
「へぇ……すっごい特殊な重心してるね、これ」
「おお、わかるか」
「うん、ここまで来るともうほとんどハンマーみたい」
全体がオーバーヘビーメタル製なのは間違いなく、形も戦斧ではなく木こり用の一般的な斧とそれほど違いはない。
けれど、小さく見える斧の刃の部分に異常に重量が偏っていて、まるでハンマーでも持っているような不思議な感覚だった。
「そういえば、装備しなくても使えるんだね」
このゲームでは、武器の類は自分の所有物として装備しなければまともな効果を発揮してくれない。
見た目上の効果、例えば剣なら切断みたいな効果は発揮されるけど、攻撃力なんかはほとんど期待できない。
たとえ伝説の聖剣だったとしても、自分の装備でなければ初心者の剣と大差ない性能まで落ちてしまうのだ。
「そいつは道具カテゴリだからな。見た目上は斧だが、そもそも武器じゃねぇのさ。基本的に道具は武器と違って、誰が持ってもアイテムとしての性能は発揮するんだよ」
「へえ、初めて聞いた」
鍛冶師の金槌とかは攻撃にも使えるってはるるが言ってたけどなぁ。
私がそんなことを考えているのがわかったのか、アカガネは苦笑していた。
「道具カテゴリのアイテムは誰が持ってもアイテムとしての性能を発揮するが、逆に専用の職業が持った時だけ武器としての性能を発揮したりすんのもあんだ。鍛冶師の金槌、木こりの手斧、裁縫師の針なんかだな」
「ほほう」
なるほど、はるるは鍛冶師だから本来道具カテゴリの金槌を武器として扱えるのか。
そうすると、場合によっては童子限定で武器にできるアイテムなんかもあったりするのかなぁ。
多分生産職限定の特殊な事例だとは思うけど、少しだけ気になってしまう私だった。
「じゃあ一回そいつを返してくれ」
「ほいほい」
「今から薪割りのやり方を見せる。ちと特殊だからよく見てろ」
脇に逸れた話を戻したアカガネはそう言って、切り株の上に丸太を置いた。
何度見ても大きな丸太だ。普通ならせいぜい30センチくらいだもんね。
切り株の高さも含めるとアカガネよりも高い丸太をどう割るのかと思ったら、アカガネはぐっと膝を曲げて一気に飛び上がった。
「オッラァッ!」
ガァン! というまるで金属同士を打ち付けたような音が鳴り響き、振り下ろした斧の刃が綺麗に丸太を割り開く。
月光樹の丸太は、アカガネの手によって綺麗に真っ二つになっていた。
「ふぅ、これを四等分になるまで繰り返すんだ。薪としてはかなり長いが、この状態で干してから切り分けるから心配すんな。流石の月光樹もそこまでしてやれば普通の鬼人族でも割れるからよ」
「なるほどね」
やり方は見て理解した。
アカガネと私との間にある筋力差は多分関係ない。
あれは多分、《途切歌》自体の重さだけで切っているのだろうから。
「よし、とりあえずやってみろ。なに、最初は誰でも慣れないもんだぜ」
渡された斧をまっすぐ構えて、二等分された丸太の前でそっと息を吐く。
まずはアカガネがやった通りに割ってみよう。
思い切り高く跳躍する必要はない。インパクトの瞬間に最大の威力を出せる程度の高さまで跳ぶ。
「ふっ!」
軽く跳び上がって振り下ろした斧は、カンッ! と小気味よい音を鳴らして丸太を真っ二つに割ってくれた。
「こんな感じ?」
「おお……無駄な力が全くねぇ。お前、薪割りの才能があるぜ!」
「それは要らないかなぁ」
私の薪割りを見て、アカガネは割と真剣な表情でそんなことを言っていた。
それはそれとして丸太を一個割ったおかげで、月光樹の性質もなんとなく見えてきた。
この情報と今の動作の感覚を上手く噛み合わせれば、薪割り動作自体はもっと効率化できそうだった。
問題は割る時にやけにSPを食われること。インパクトの瞬間に、だいたい1割ちょっとのSPが持っていかれるのだ。
まあ、SP自体は数秒で回復するんだけど……少なくとも、薪割りの動作をしてる間は回復しない訳で。
そして、私のSP消費が常に半減状態であることを考えると、普通の人は割る度に2割以上のSPが持っていかれる計算になる。
それはつまり、4回くらいしか連続で割れないってことだ。
かといって割る度に小休憩を入れててもなかなか作業は進まないし……薪割りが不人気な理由は、こういうところにもあるのかもしれない。
でも、確かなメリットもある。それは割る度に微量ながらも経験値が手に入ることだ。
量としては、今の私がフィーアスのモンスターを倒すよりやや少ないくらい。1000回ちょっと割ればレベルアップできそうかな。
モンスターを狩ってレベル上げした方が単純な効率はいいかもしれないけど、モンスターを探す時間もひたすら割って経験値を稼げるとなると、この薪割りは案外悪くないかもしれない。
「お前になら里中の薪割りを任せても問題ねぇな。一応この里のヤツらはみんな一家に一本《途切歌》を持ってるはずだが、失くしてるかもしれねぇから持ってっていいぞ。後で返せな?」
「うん、わかった。一応持ち逃げしないように契約しとこう」
「おお、そうすっか」
私の提案で契約を結ぶと、アカガネは早速工房の方へと戻るようだった。
「んじゃ、オレも仕事があるんでな。報告は寄合所の方に行きゃぁいいが、なんか用があったらここに来い」
「はーい。じゃあ行ってきます」
そんな私の言葉を聞いて、アカガネはヒラヒラと手を振ってから工房に戻っていった。
私もマルイシさんに印を付けてもらったクエスト先を目指して、アカガネの工房を後にするのだった。
迷いの森の小川にはツキウナギというレベル100くらいのウナギがいます。
そしてアカガネは既婚者です。