寄合所とクエストと
「凜音、菜々香。困ったことがあったらいつでもここに帰ってきなさい。私たちはいつでも、貴女たちの姿を見守っていますから」
「はいっ!」
「ふふ、別れ際に湿っぽい雰囲気にするのもいいけど、来週末には大会で会うじゃないの」
「そう言えばそうでしたね……菜々香とはあまりにも久しぶりの再会でしたし、また長いこと会えないような心持ちでした」
「うっ、ごめんなさい」
「ナナ! しばらくしたらアタシもWLOやっからよろしくなー!」
「残念ですが、ロン姉様は私と一緒にみっちりチュートリアルからですよ」
「マジかよ!?」
「大マジです」
そんなこんなで、リンちゃんの実家で楽しく過ごした翌日。
騒がしく見送られた私とリンちゃんは、午前中にはマンションに帰宅していて。
リンちゃんが「疲れたからとりあえず寝るわ」と言ってベッドに潜り込んでしまったせいで暇になった私は、一日ぶりにWLOに潜っていた。
「今日は鬼人の里をガッツリ散策するぞー」
朝の肌寒さなんかすっかりないような穏やかな暖気に包まれて、私はぐっと伸びをしながらそう宣言した。
1日ぶりの配信。鬼人の里は今まさに昼の支度中なのか、里の住人がそこそこ忙しなく活動しているのが見える。
『やったー』
『キター!』
『平日の昼くらいに楽しそうなことするのやめてくれー』
『リスナーに優しくないんじゃが』
『いいなー鬼人の里いいなー』
『グリフィスの周りの敵が無駄に強いの腹立つ』
「ゼロノアはもっとしんどいらしいけどねぇ」
イベントでガッツリとレベリングをしたことで、私のレベルは80を優に超えてしまっている。
そのせいでお散歩気分だけど、本来グリフィス周辺の適正レベルはフィーアス周辺に比べれば段違いに高い。
苦戦する人は苦戦するだろうな、というのは十分想像できる話だった。
「さて、私としてはあと5日で月光宝珠を貰うために、この里の人のお手伝いをしなきゃいけない……つまりクエストをクリアしなきゃなんだけども」
『おつかいクエストきちゃー!』
『↑クエスト自体がおつかい定期』
『鬼人の里のおつかいってなんやろな』
『グリフィスまで買い物とか?』
『↑ほんとにただのおつかいで草』
「とりあえず里の寄合所に行こう。村人の依頼はそこで取りまとめられてるんだってさ」
一軒一軒お家を訪ねていかなきゃいけないのかと思ってたんだけど、クエスト……というか依頼はちゃんと管理されているらしい。
恒常的なものから突発的なものまで。鬼人の里限定の冒険者ギルド、という表現が近いのかな。
「昨日ねー、リンちゃんの実家に行ってきたんだよ。配信はできなかったけど、お父さんとお母さんのお墓参りにも行けたんだー。私も実家はリンちゃんちの近くにあったからさー」
『へぇー』
『テレビで見たことあるやつだ』
『だから配信なかったんだー』
『実家に行く仲なんすねぇ〜』
『今どきお墓参りは偉い』
「まあ実家には3歳の頃から毎日行ってたこともあるしね。お墓自体が減ってるのはあるよね~」
鬼人の里を歩きつつ、昨日あったことを話す。
配信中は誰かと共に行動したりしない限り、こうして雑談することが多い。黙々と作業してるのを見ていたってそんなに楽しくはないだろうしね。
「おっ、あの建物かな」
そんなこんなで寄合所を探して歩き回っていると、そこそこ大きな建物が見えてきた。
建物が和風な作りなのは鬼人の里の他の建物と変わらないけど、白曜の家の次くらいには大きな建築物かもしれない。
中に入ってみると、昼時なのもあってチラホラとプレイヤーの姿も見受けられた。
「こんにちはー」
「おお、いらっしゃ……うおっ!?」
相変わらず呪いでひび割れた私の容姿が目を引くのか、寄合所の職員っぽい鬼人の里のおじさんがぎょっとした目線を向けてきた。
おじさんは私のことを上から下までひとしきり眺めてから、ポンと手を打って頷いた。
「ああ、その腕輪。お嬢さんが何かと話題のスクナちゃんかな。ボクの名前はマルイシ。この寄合所の職員のひとりだよ」
「スクナです。何かと話題って、何かしましたっけ?」
「流鏑馬で満点を出したんだろう? あと、黒曜様と連れ立って歩いてたとか、白曜様の御屋敷から出てきたのを見たとかかな」
「心当たりがありすぎる」
『一昨日の行動全部報告されてて草』
『目立つからね仕方ないね』
『見た目がね……』
『みんな二度見するもんね』
リスナーのコメントの通り、今の私はあまりにも見た目がアレだ。全身のヒビのせいでザ・闇属性って感じの見た目をしてる。
ただでさえそれで注目されてるのに、一昨日の出来事がまるっと話題性に富んでたってことなんだろう。
黒曜白曜は里長姉妹だし、流鏑馬も満点を出した人はまだいないって話だったしね。余計に話題になったのかもしれない。
「さて、ここに来たということはなにか用事があるんだろう? クエストかな? それとも書物を読みに来たのかな?」
「クエストです。なるべく里の人の役に立てるようなのってありませんか?」
早速本題に入ってくれたマルイシさんの話に乗りつつ、当初の目的を果たすべく質問する。
呪いの解呪のための月光宝珠。それは白曜曰く、この里の住人の手助けをすることで貰えるらしいからだ。
「スクナちゃんの得意分野はなんだい?」
「戦闘です」
「失礼だけど、レベルを聞いてもいいかな?」
レベルを聞かれて、一応メニューカードを確認する。
一昨日確認してからレベルは上がってないはずだけど、そもそも一昨日確認した数値が若干あやふやだからだ。
「今は……86ですね」
「86! うん、それはなかなか強いな。この里に来た旅人の中でも相当な強者だよ」
ほほう、86は高い部類なんだ。
と思ったけど、そりゃ高いはずだ。
グリフィス周辺でのプレイヤーのレベルなんて、どんなに高くても70は超えない程度だろう。
となれば、『この里にたどり着いたプレイヤーの中で』という括りなら十分すぎるほど高いに決まっている。
「そうだな……スクナちゃんのレベルなら、このあたりの依頼ならなんでも受注できるよ。こっちが里の中でできる雑用系、こっちが里の外に出る必要があるやつだね」
「なるほどー。ちょっと待っててもらっていいですか?」
「ああ、構わないよ。決まったら声をかけてくれ」
マルイシさんはそう言うと、寄合所の仕事に戻っていった。
「どっちがいいかな? 私は中かなー」
『里の中が見たいー』
『中がいい』
『森の中も気になるけどなー』
『スクナが好きな方にしなされ』
『里の中かなー、やっぱ』
「まあそうだよねー。じゃあとりあえず中の方針で」
おおよそ意見が一致していたことに安心しつつ、マルイシさんから渡されたクエスト用紙の束をめくる。
えーと……月光樹の薪割り、月光樹の薪割り、月光樹の加工手伝い、月光樹の薪割り、警備隊の教練補佐、月光樹の薪割り……月光樹の薪割りのクエスト多いな!?
「月光樹の薪割りが八割くらいなんだけど」
『草』
『樹生える』
『大森林ですねこれは』
『よっぽど嫌な仕事なんかねぇ』
ざっと見ても100枚くらいあるクエスト用紙の八割以上が月光樹の薪割りの依頼だった。
詳しく見てみると、住民の家に行って薪を割るという名前通りの仕事のようだ。
なんだろう、そんなにしんどい仕事なのかな。
「うーん……外向けの依頼は結構面白そうなのもあるけど……とりあえず薪割りしとく? 好感度稼ぐにはこういう人気なさそうなクエストこなした方がいいってありがちだよね」
『わかる』
『ありがち』
『薪割り需要が高すぎる』
『人気ないにしても余りすぎじゃね』
『薪割りはしんどい以前にできないんだよなぁ』
『薪割り以外にもなにかやろうよ』
『里中の薪を割るんじゃ』
「できないってどういうこと?」
何となく薪割りの方向に気持ちが向いている中、ふと気になったコメントがあった。
これだけたくさん薪割りの依頼が残っているのだ。何か理由があるに違いない。
『ステが足りないんだよ。詳しくは直接聞きな』
「ステータスかぁ」
薪割りにステータスが必要というのがピンとこなくて、少し考えてみる。
単純に考えるならやっぱり筋力かなぁと思う。やっぱり、薪を割るとなれば力があるにこしたことはないだろう。
あとは器用さとかはあっても損はなさそうだ。どの道、たかが薪割りで足りなくなるようなステータスとも思えないけど……。
「よし、じゃあとりあえず薪割りを受けてみて、ダメそうなら月光樹の加工手伝いをしようか。すいませーん、マルイシさーん」
リスナーと意見を交わし、とりあえず薪割りのクエストを受ける方向で決まった私は、寄合所の中で雑務をこなしていると思われるマルイシさんに声をかけた。
彼は私の呼び掛けを聞いて顔を上げると、納得したような顔でこちらに来てくれた。
「受けるクエストが決まったんだね」
「とりあえず月光樹の薪割りと加工手伝いの依頼を受けます」
「えっ、それにするのかい?」
私が受けるクエストを口頭で説明すると、マルイシさんはとても意外そうな反応を返してきた。
「まずいですか?」
「いや、ものすごくありがたいんだ。でも月光樹の薪割りに関してはちょっと条件があってね。スクナちゃんの筋力値はいくつくらいかな?」
筋力値だったら今は結構な数値になっている。ボーナスステータスポイントも相変わらず結構余ってるし、地味に忘れがちだけど《童子》は物理ステータスに補正があるから、その分も上乗せだ。
とはいえ、300を超えたあたりからはあんまり見てないからなぁ……。
「えーっと……350は超えてるくらいです」
「おお、それなら大丈夫だよ! いやーほんとありがたいなぁ!」
私の筋力値を聞いたマルイシさんは、とても嬉しそうにそう言った。すごいテンションが高くなってて、私もびっくりした。
「ああ、月光樹って言うのは迷いの森の中でも一番数の多い木の名前でね。燃料としても、材木としても、武具に使うことさえできるほどに万能な素晴らしい木材なんだけど……とにかく尋常じゃなく硬いんだ」
「ほぇー……」
「割るためには特別な斧が必要でさ。それを振るうにはすごい筋力が必要なんだ」
「あ、それで筋力値が300以上じゃないとダメなんですね」
ぽんと手を叩いた私に、マルイシさんはそういうことと言いながら大きく頷いた。
これがさっき言ってたステータスが足りる足りないの部分か。なるほど、薪を割るのに力が必要なんじゃなくて、薪割り用の斧を持つのに力が必要なんだね。
「物理技能に優れた鬼人族とはいえ、筋力値300を超えるのはやはり才覚がなければ難しい。メニューカードによってレベルやステータスが可視化された現代でも、そこに至った住民は多くないんだ」
マルイシさんの言うとおり、鬼人族の筋力ステータスは高い。ボーナスを考慮しなければ、その基礎数値は人族の1.3倍もある。
つまり、レベル1の時点で13。初期のボーナスが10あるけれど、鬼人族は生まれつき必ず魔法技能のどれかにステータスが振られてしまうから、レベル1時点での最大値は22になる。
プレイヤーもNPCも等しく1レベル毎に5ポイントのボーナスがあるとして、残り278を割るとだいたい56レベル分のボーナスを極振りすれば300は超えることがわかる。
実際にはレベルアップごとに1.3ずつ筋力が増えるので、10レベルにつき13ずつ加算して……。
レベル50くらいまで筋力極振りをし続ければだいたい300は超えるんじゃないかな。たぶん。
とはいえこれは、筋力値を極振りした場合の話だ。
NPCのボーナスステータスポイントはある程度ランダムに振り分けられるため、琥珀のように神様に愛されでもしない限りはそんな都合のいいステータスにはならない。
そう考えると、筋力にある程度ステータスが偏ったとしても、レベル100前後までレベルを上げないと筋力は300に届かないんじゃないだろうか。
私だって40レベル分近くボーナスを筋力値に振り続けたんだからね。
「月光樹の薪割りは、里の中でも一部の人にしかできないんですか?」
「そうなんだよ。ソレ専門の職人がいるくらいなんだけど、それくらい強い人には正直里の警備に回ってもらいたいし……でも、月光樹はいっぱいあるからなんとか活用したくもある。そんな訳で、恒常クエストとして常に張り出してるんだ」
つまりこのクエストの人気がないと言うよりは、単純に月光樹の薪割りができる存在がほとんどいないということだった訳だ。ステが足りないんじゃ仕方ない。
プレイヤーの中でも私くらい筋力に寄せたステ振りの人はそれほど多くはないし、筋力値300超えのプレイヤーがみんな鬼人の里に来る訳でもない。
里に来たら来たで、外向けのクエストを受けたい人の方が多いのは私でもわかるし……。
まあ、なんというか、要するにこれは今の私にはうってつけのクエストだということだ。
「よし、とりあえず片っ端から割っていきます!」
「おお、やる気だね! じゃあ、まずはここに行ってくれるかい?」
そう言ってマルイシさんから渡されたのは、1箇所だけ大きな赤丸を付けられた里の地図だった。
多分この赤丸のところに行けってことなんだろう。
「まずはここで斧を借りつつ、薪割りのやり方を学んでくるといい。そこは工房なんだけど、この里で一番の木工さんが住んでるんだ」
「わかりました!」
「それじゃあ頑張ってきてね~」
笑顔のマルイシさんに手を振って、私は寄合所の外に出た。
「さーて行くぞ~」
『出陣じゃー!』
『ぶぉぉぉぉぉぉ(法螺貝の音)』
『いざ参る!』
『突撃ィィィ!』
「戦に行くみたいな雰囲気になってるのおかしいよね?」
たまによく分からない理由でテンションを上げるリスナーに首をかしげつつ、私は斧を借りるべく木工さんの工房へと向かうのだった。
ざっと計算したらスクナの筋力値が想像よりはるかに高くなってました。