死闘を終えて
1回目、叫んだ瞬間に蜂の巣にされた私は思った。
まずは敵の武器を奪うところからだな、と。
ナイフと銃火器じゃ流石に勝ち目がないし、ここは兵士から銃のひとつもいただかなければ。
そう思って挑んだ2回目からは、サバイバルナイフすら手元にない状態でのスタート。もちろん私は呆気なく死んだ。
この対軍戦闘シミュレーションちょっと難易度おかしくない?
3回目からは迷彩服すらない、ただのジャージ姿で。
4回目からはステージが密林から市街地に切り替わった。
5回目で初めて銃を奪うことに成功し、100人ほど殺して死んだ。
6回目以降は確実な強奪ができるようになったものの、どうしても物量に対抗できず。
挑み続けること7時間。22回目の挑戦で、私はようやく最後の兵士を追い詰めるところまで来たのだった。
「どりゃぁぁぁ!」
ひたすら兵士を殺し続けては死んでリスタートを繰り返し、あまりの難易度にテンションがぶっ壊れた私は、追い詰めた最後の兵士に弾切れのアサルトライフルを投げつけた。
「ラスト!」
グシャァ! と音を立てて兵士の顔面に銃口が突き刺さる。
それに追い討ちをかけるようにドロップキックで捩じ込み、結果としてアサルトライフルが兵士の頭を貫通した。
これで千人目。
視界の端に《ゲームクリア!》という表示が現れたのと同時に、私は着地もままならないまま地面にずべしゃっと転がり落ちた。
「あー……疲れたぁ」
もう手足を動かすのも億劫だ。
都合22回目の挑戦にして、ようやく千人全員を殺しきったのだ。
ずーっと休みなくぶっ通しで挑み続けていたのもあって、流石にもう休みたかった。
「ぬぁー……んお、戻った」
うーうー唸りながら地面に這いつくばっていると、不意に景色が市街地からVR道場に戻ってきた。一応ここが一番大元のステージって扱いなんだね。
市街地のコンクリよりはマシだなと思って仰向けになると、ふと道場に人の気配が現れた。誰かログインしてきたのかな。
「お疲れ様」
「リンちゃん!」
「懐かしいわねぇ、これ。最近やってなかったけど、随分アップデートされてるじゃない」
「リンちゃんもやったことあるんだ?」
「テスターとしてね。適当に難易度設定したから結構大変だったでしょ?」
そう言いながら差し伸べられた手を掴んで起き上がる。
苦笑いするリンちゃんを見るに、このシミュレーションは実は結構な苦行だったのではなかろうか。
私も死ぬ気でやってようやくクリアできたくらいだし……。
「ま、私としてはナナが間違いなく戦力になるって確信できてよかったけどね」
「今度の大会の?」
「そうよ。このシミュレーション、VRシューティングの練習にも使えるから。とはいえ、流石に相手が1000人でチームを組んでくるゲームは見たことないけど」
「何その地獄絵図」
1000人のプレイヤーがチームとか、それはもう戦争ゲームかなにかでは?
「トキさんは?」
「お母様ならさっきまで仕事中だったわ。今日は平日だし、無理に時間を作ってくれてたみたい」
「そっかぁ」
何しろ急な訪問だったし、その上朝から結構な時間を私たちに割いてくれていた。
荒療治とはいえ私も人を傷つけることへの忌避感は否応なしに無くなったし、感謝すべきなのだろう。
「それで、成果はあったの?」
「まあ……人を殺し慣れたかな?」
「ふふ、物騒なことねぇ」
最小限の手数で最大限の成果を。
そんな、とても効率のいい殺人の仕方はよく理解した。
リンちゃんも笑いながら言っているあたり、欠片も物騒だとは思ってなさそうだ。
「さ、そろそろ落ちましょ。燈火もロン姉も夜ご飯待ってるのよ」
「えー、もうそんな時間? おお、ちょうど夜ご飯の時間だ」
午前中にお墓参りに行って、ロンさんとお話してから7時間ぶっ通しでの対軍戦闘だから、ちょうどご飯の時間になっていた。
私としてはお昼を抜く形になったのと、ずーっと頭を使って戦ってたせいで素直にお腹が減っていた。
早くご飯が食べたい。そう思った私はリンちゃんに促されるままに、そのままログアウトした。
☆
朝ごはんの3倍くらいボリュームのある食事を頬張りながら、今日あったことを話し合う。
ちなみにご飯のボリュームが多いのは私だけで、他の4人は逆に少なめなくらいだった。
「えっ、ナナ姉様……もうアレの一対千クリアしたんですか」
「うん、さっきクリアしてきた」
「そんなぁ……私、その難易度をクリアするのに2週間かかったんですよ」
シクシクと泣き真似をするトーカちゃんだけど、むしろあれをよくクリアできたものだ。
絶好調の私が、自分の能力をフルに使って、その上で得意武器を使ってもなお7時間以上クリアに時間がかかったシミュレーションだ。
やってて思ったけど、あれは明らかに常人がクリアできる難易度じゃなかった。
なんだかんだ、トーカちゃんは本当に優秀な子なんだなと実感する。
頭はいいし、運動も得意。実技科目においても常に優秀な成績を収めていた。
運動が丸っきしダメなリンちゃんや、逆にあまりおつむの出来がよくない私と違い、トーカちゃんは全体的な能力のアベレージが非常に高い。
そして今日、フルダイブ適性の高さという更なるプラス要素が判明したりもした。
文字通りの優等生。だからこそ、一芸特化気味の鷹匠家チルドレンの中ではやや印象が薄くなりがちなんだろうけど……。
「私は1ヶ月近くかかったんだから、むしろ燈火は誇りなさい。自分で設定しといてなんだけど、ああいう物量で無理やり押してくる系は苦手だわ」
リンちゃんはそんなことを言いながら、ちょっと顔を顰めていた。まあ、リンちゃんは運動神経が壊滅的だから、仮想空間で多少マシになっていると言ってもああいうのは苦手なんだろう。
実際、市街地を飛び回るコツを掴むまでは私も苦戦した。
アクロバティックな動きができるようになってからはかなり楽だったし、リンちゃんはその辺で引っかかったのかもしれない。
「アタシはぜってぇクリアできねぇ自信があるぜ」
「ロンさん、ドヤ顔で言うことじゃないと思う」
「貧弱さこそがアタシのアイデンティティだからな」
大きな口を開けてお肉を頬張りながら、ロンさんはそう言って笑っていた。
「それで、シミュレーションは実を結びましたか?」
「人を殺すのはもう大丈夫です」
トキさんの質問を聞いた私は、シミュレーションをしていた時のことを思い出し、仮想空間内での人殺しは慣れたことを伝える。
「あ、それと…………」
もうひとつ。
シミュレーション中に気づいたことを口に出そうとして、言葉に詰まった。
多分悪いことではないんだけど……その事実を伝えるべきかどうか、迷ったからだ。
「ん? 何かあったの?」
「あー……ううん、なんでもないよ。気にしないで」
「そう? じゃあ、深くは聞かないでおくわ」
あからさまに誤魔化した私を、リンちゃんは見逃してくれた。信頼してくれているのが伝わってきて、ちょっとだけ嬉しくなる。
ただ、トーカちゃんはそうでもなかったようで。
好奇心旺盛なお年頃だからか、ちょっとだけ話に食いついてきた。
「ナナ姉様、そう言われると逆に気になります!」
「いやー、ほんと大したことじゃないから」
「いやいや、思わせぶりな態度を取れるようになるなんて成長したもんだぜ。トーカ、ここは聞かずにいてやるのが大人の対応ってもんで……」
「ロン姉様はいつもそうやって年長者ぶるんですから! 一番小さいのに!」
「ばっ、おまっ、それ言ったら戦争だろが!」
私より身長が低いロンさんと、180センチを軽く超える身長のトーカちゃん。
その戦争は100%ロンさんが負けるのでは?
そんなことを思いつつも、ロンさんが話を逸らしてくれたのに気づいていた私は、あえてそれに突っ込むことはしなかった。
リンちゃんやトキさんもそっと私に目配せをしてから、何も言うまいとばかりに食事に精を出していた。
結局その後ロンさんは身長でマウントを取られて敗北し、勝ち誇るトーカちゃんを後目に机に伏せっていた。南無。
次回から鬼人の里に戻ります。