怜の教え
お墓参りを終えた私は、トキさんの提案で《VR道場》なるフリーの仮想空間に来ていた。
リンちゃんはVR機器の配信設定をするとかで今はいない。
トーカちゃんは特訓中だし、ロンさんは検査中か寝てるかのどっちかだと思う。
ちなみに仮想の道場に来たことで、私とトキさんは白い道着に身を包んでいたりする。
道場にいると言っても、私たちは道場の真ん中あたりに腰を下ろして、なんならお茶を啜っているくらいのんびりしていた。
トキさんは「手解き」とは言ったけど、手合わせをするとは言わなかった。
そもそもトキさんは武闘家じゃないし、あくまでも私の戦い方に関して意見をくれるってことだろう。
「菜々香、私が昔貴女に教えたことを覚えていますか?」
「動物の急所と、それの破壊の仕方……ですよね?」
「よく覚えていましたね」
トキさんの反応を見るに、私の回答は間違っていなかったようだ。
有り余る力を持て余していた幼い頃の私。
ちょうどリンちゃんを犬から守った後くらいからだろうか。
リンちゃんにべったりだった私にトキさんが教えてくれたのは、リンちゃんを守るために必要な、最も効率よく生物を無力化する方法だった。
「菜々香、貴女は近接戦闘において自分から攻めるのが不得手であるという自覚はありますか?」
「うっ……はい」
あまり突っつかれたくないことを指摘されて、思わず顔を逸らしてしまう。
琥珀にも指摘されたことがあるように、私はとにかく戦いの際に攻めるのが苦手だ。
逆にカウンターをメインに立ち回ることには慣れているから、琥珀にはそれを磨いた方がいいと言われたこともある。
「落ち込む必要はありません。その自覚があるのであれば、私の教えはきちんと身に染み付いているということですからね」
「えっ、そうなんですか?」
少しだけほっとしつつ、私はトキさんに視線を戻す。
私の不甲斐なさに怒っている訳ではないみたいだ。
「そもそも、貴女に力の使い方を教える時に、私は貴女に必ず相手の攻撃を見てから反撃するように教えました。その理由は覚えていますね?」
「正当防衛を成立させてからじゃないと犯罪になるから」
「その通りです」
私の返答はお眼鏡に適ったのか、トキさんは満足そうに頷いた。
そもそも私がトキさんに教えてもらったのは、「リンちゃんを守る方法」であって、目に付いた生物全てを壊すような暴力じゃない。
そして、法治国家であるこの国では、基本的には先に殴った方が悪いことにされる。
だから私は、「相手の攻撃を一発だけ受けてから相手を無力化する」という意識を、トキさんに念入りに刷り込まれたのだ。
もちろん受けると言っても実際には受け流すだけなので、そこらの暴漢に襲われて怪我をしたことはないけどね。
ついでに言うとこれは対人間に限った話であって、動物相手なら先手を取ってデストロイしていいと言われていた。
「あの時正当防衛の術を教えたのは、貴女が目に付いた不穏分子を片っ端から殲滅しかねない子だったからです。それこそ少しでも凜音への悪意を感じた瞬間、老若男女を問わずに壊しに行くようなじゃじゃ馬でしたからね」
「そ、そんなに暴れん坊でしたかね……?」
「暴れん坊というより危険物、まるで爆弾のようでしたね。特に凜音に対しては異常なほど過保護でしたよ。試しにグループの者を凜音にけしかけてみたら全員病院送りにされましたし」
サラッと言われたけど、結構酷いことを言ってたような気がする。
トキさんが言ってるのは、恐らく5歳くらいの時の話のはず。
そういえばあの頃はやけにリンちゃん狙いの悪漢が多かったような……?
「私が人を壊す時に四肢から潰して無力化するよう教えたのは、当時の貴女が力を制御しきれずにいたせいでもあります。凜音に触れる時の強さか、全力か。あの頃の貴女がカウンターで急所を突いたら、十中八九殺人事件が起きてましたね」
「……うん、確かにそうかも。でも、そっか。私の戦い方にもちゃんとルーツがあったんだなぁ」
急所狙いだとか、部位破壊狙いだとか、もうすっかり思考の癖として馴染んじゃってたから忘れてた。
しかし、今の話を聞く限りだと、トキさんはなるべく私に「壊させない」為に力の使い方を教えてくれていたようだ。
「とはいえ、貴女は大きく変わりました。昔のように凜音しか見えていない訳ではなく、仕事を通じてコミュニケーション能力を養い、今では凜音を通さない友人もいて……今はもう、力加減を誤ってしまうこともないでしょう?」
「はい。と言っても、力加減に関しては事故の前からそうでしたけど」
「あら、そうだったのですね。それは知りませんでした」
私が力を制御できるようになったのには割と段階があって、さっきトキさんが言ってた通り最初は「リンちゃんに触れられる」か「全力」かの2択しかなかった。
そこから細かく調節していって、だいたい10歳くらいの時には私の力加減は完全な状態になっていたと思う。
その頃にはほとんど、リンちゃんを襲ってくるような不届き者はいなかったけどね。
「さて、ここまで話したのはあくまで現実世界の話です。これから菜々香が戦い抜いていくのはVR、仮想空間になるはずです。であれば、仮想空間での戦い方というものを知らねばなりません」
確かに、これまで私は仮想空間だからといって戦い方を変えてきたりはしなかった。
実際、WLOはかなり精巧な世界を作り上げてくれているから、現実との差異もほとんどない訳で……現実世界との違いは、生物から血が出ないってことくらいな気さえする。
「本来ならば凜音が教えるべきことなのですが、あの子はあの子で菜々香を信頼しすぎていますし、何よりなるべく自由にさせてあげたいなどと考えているのでしょう。それを間違いとは言いませんが……」
トキさんは何か言いたげに言葉を詰まらせたが、まあいいでしょうと言って話を戻した。
「これから菜々香はゲームで生計を立てていくことになります。どのジャンルで戦うにせよ、仮想空間というものを理解しなければ他のプレイヤーに遅れを取ることになるでしょう」
「仮想空間の、理解……」
「なので、まずは仮想空間における身体能力について学んでいきましょう」
そんなこんなでトキさんの手解きは、今更ながら仮想空間というものに対する説明から始まった。