もうひとりの仲間
「でも、そんなに適性が高いなら、最初からトーカちゃんを誘ってもよかったんじゃないの?」
変な空気になったので、気を取り直して話を続ける。
トーカちゃんが才能あるプレイヤーであるならば、リンちゃんがそれを放置するのもおかしな話だと思ったからだ。
「それに関しては私から断っていたんですよ。HEROESは鷹匠グループのゲーミングチームです。リン姉様は創設者だから当然だとしても、それ以外も身内で固めていては世間体が悪いですから」
「私はいいって言ったんだけどね。ま、そこは燈火の自由だし、何より私が誘った頃の燈火はものすごい荒んでてね」
リンちゃんがちょっと楽しそうにそう言った瞬間、燈火ちゃんはリンちゃんに鋭い視線を飛ばした。
「……リンねぇ、それはお互い様でしょう?」
それは、私が聞いたことがないくらいに低い声。視線の鋭さと相まって、その表情には結構な迫力がある。
こんな風にリンちゃんを威嚇するトーカちゃんは初めてで、少しびっくりした。
「ふふふ、ちょっとからかっただけよ。猫を被るならもう少しちゃんと被っておきなさい」
「はぁい。……あの頃は私も色々あったんですよ。だいたいさっきも言いましたけど、リン姉様だってあの時は狂ったようにゲームにのめり込んでたじゃないですか」
「紛れもない全盛期だったわねぇ。今の方が上手いけど、我ながらあの頃の方が勢いがあったわー」
渋い顔で俯くトーカちゃんとは対照的に、リンちゃんはあっけらかんとした表情で笑っていた。
2人の言うあの頃、というのが何年前のことを指すのかは私はわからないけれど。
少なくともそれはトーカちゃんにとってはあまり触れられたくない過去で、リンちゃんにとっては懐かしむくらいには割り切れた過去ということなんだろう。
そして、何となくわかってしまったことがもうひとつ。
それは2人が荒れていた理由というのが、たぶん私のせいだということ。
私が狂ったようにアルバイトをしていたのと同じだ。
あの日の事故は良くも悪くも私たちの関係を変えたのだ。
「さて、話を戻しましょ。WGCSのオールスターズ、今年のジャンルは《VRシューティング》よ」
「VRシューティング……」
おお……そっか、私はHEROESのVR部門のメンバーなんだから、この大会のジャンルも当然VRゲームになるに決まってるんだ。
プロゲーマーらしいことなんにもしてないし、配信者としてずーっとやってきたせいですっかり忘れてた。
「ちなみに感覚としてはサバゲーに近い感じね」
「サバゲーかぁ……」
それはいわゆる、エアガンをパスパス撃ち合うやつのことだろう。できる場所が減っちゃったせいで廃れかけてるけど、最近はVRサバゲーなんてのもあるらしい。リンちゃんが言ってるサバゲーは多分それのことだ。
だってリンちゃんがリアルでサバゲーなんかやったら謎の力が働いて絶対に怪我するし。
「ナナには対軍戦闘訓練の方が馴染み深いわね」
「ナナ姉様、軍隊との戦闘経験がおありなんですね」
「そんな経験ないよ!?」
「あら、そうだったかしら?」
ありもしない記憶を語るリンちゃんもリンちゃんだけど、リンちゃんの言うことをすっと受け入れちゃうトーカちゃんもトーカちゃんだ。
流石の私も軍隊と戦ったことはないって。軍人と戦ったことならあるけどさ。
「うーん、でもまあ、それなら私向きかな」
シューティングゲームは得意な方だ。何よりもVRなのがいい。コントローラーでキャラを操作するよりずっと直感的に動けるだろうから。
「そういうこと。それに私たち以外にもうひとりメンバーがいるしね」
「おお、もうひとりいるんだね」
確かにリンちゃんはひとり都合がつかなくなったとは言ってたけど、3人だけでWGCSに挑むとは言ってなかった。
トーカちゃんが代役をする子以外にもうひとり、つまり4人で参加することになるのだろう。
「多分顔合わせはギリギリになるわね。その子、今海外なのよ」
「海外?」
「お金渡して武者修行させてるわ」
「へぇー。やる気がすごい子なんだね」
わざわざ海外まで行ってゲームの修行なんて、なかなかできることじゃない。
しかしインターネットやらオンラインが発達した現代で、わざわざ武者修行のために海外に行く必要があるんだろうか。
「ナナ、この広い世界には魔境があるのよ。小さな国の小さな街の廃れたゲーセンで格ゲーを遊んでたローカルなグループの最弱プレイヤーが、圧倒的な実力で世界を制したりすることがあるの」
「そりゃまた、漫画や小説みたいな話だね」
ククク、やつは四天王の中でも最弱……みたいな話かと思ったけど、あれはやられ役の台詞だったか。
ローカルってことは多分ネットに繋がってないような環境。例えばアーケードのような筐体だったり、コンシューマーでもネットワークなしのオフラインでトレーニングしてたんだろう。
それで世界を制するって、ほんとに魔境みたいだ。その人たちがネットの海に放たれてたら、そのゲームはまた違った環境になってたのかもしれない。
「その界隈では結構有名な話ですよ」
「へぇー……でもなんで最弱の人しか出なかったんだろ?」
「出国制限が厳しくて、一番弱かったその人しか大会に出場できなかったらしいわ」
「なるほど。急に現実的な話に戻ったね」
出国制限がある、ネットのインフラが整ってない国……結構危ない国のような気がするけど。
とはいえリンちゃんが海外修行に行かせてるんだから、安全確保はしっかりしてるんだろう。
「ま、強さだけが取り柄みたいな子だからそこだけは期待しておいて。ナナなら上手くやれると思うわ」
私ならって、私そんなにコミュ力高いほうじゃないと思うんだけどなぁ。
でも、リンちゃんが強いと断言する子だ。
少し先だけど、会うのが楽しみなのは間違いなかった。
「疲れたぁ! 検査なげぇよ!」
ちょうど話のキリが良くなったところで、ロンさんが帰ってきた。
言葉とは裏腹に、検査に行く前よりずっと元気そうな表情だった。
「1時間くらいしか経ってないでしょ。ロン姉のためにわざわざ朝から用意してくれてたんだから」
「じょーだんだよじょーだん。おっ、トーカも久しぶりだな。またデカくなったか?」
「前よりは少しだけ。ロン姉様は変わりませんね」
「外見はなぁ。アタシも結構歳いってるし、もう中身はぼろぼろだぜ? ま、お前も元気そうでよかったよ」
ぽんぽんとトーカちゃんの頭を撫でて、ロンさんはリンちゃんとトーカちゃんの間に腰を下ろした。
2人の仲は普通にいい。というか、リンちゃんの親戚同士で仲が悪い人たちはいないのだ。
「なに話してたんだ?」
「WGCSについてナナに軽く説明してたのよ」
「ほー。アタシもあんま詳しくはねぇけど、せっかくこっちで療養すんだし応援にゃいくからな」
ロンさんはニッと笑ってそう言うと、持ち込んだらしいお菓子を口に運ぶ。検査前に何も食べられなかったからお腹が減ってるのかもしれない。
あまり行儀よくはないけど、それをトキさんが見咎めないのは、どの道私たちが食べたような重い朝食ではロンさんには食べられないからだろう。
「んで、今日はこの後なんかすんのか?」
「私はお墓参りに行くつもり」
お父さんとお母さん、あの日から一度も会いに来られなかった2人に、今の私を報告しに行く。
迷いも後悔もないけれど、話したいことが沢山あるから。
「おお、そうか。ついてくか?」
「ううん、リンちゃんと2人で行くよ」
ロンさんの申し出を断ったのは、ロンさんの体調が昨日から全く良くなっていなさそうだからだ。
元気そうに見えて顔色は悪い。そんな状態でも私のことを気遣ってくれるのは嬉しいんだけど、休む時は休むべきだ。
そんな私の考えが伝わったのか、ロンさんはフッと笑って頷いた。
「そか。トーカはどーすんだ?」
「私はWGCSに向けた特訓です!」
ロンさんの問いかけに、トーカちゃんはふんすっと鼻息荒く答えた。
すっかり元の調子に戻ったみたいで、その表情は明るかった。
「アタシはこの後も色々検査受けなきゃだし、今日は各々でって感じかね。トキおばさん、そんな感じでいいすか?」
「ええ、みんな子供ではないのですから、好きに休んでください。凜音、菜々香、お墓参りに行く際は案内を付けますので声をかけてくださいね」
トキさんはそう言うと、私のことを膝から降ろした。
そしてそのまま、彼女は客間から立ち去ろうとする。
トキさんもただのお飾りではなく、鷹匠グループの中ではそれなりの立場にある人だ。
それを考えると、これから仕事に向かおうとしているのかもしれない。
リンちゃんもそれを汲んだのか、早速動き出そうと立ち上がる。
「よし、それじゃあ私とナナは早めにお墓参りに……」
「……ああ! そういえば、伝え忘れておりました」
そんなリンちゃんの出鼻をくじくような形で、部屋の扉から出ていこうとしたトキさんが珍しく大きな声を出した。
思わずみんなそちらに視線をつられて、私以外の全員が顔を青くする。
トキさんが微笑んでいる。
それは、私以外の3人にとってはトラウマの象徴だ。
だって、トキさんが微笑みを浮かべるのって、大抵子供を叱るときだから。
やんちゃだったロンさんはもちろんのこと、リンちゃんやトーカちゃんもあの表情にはいい思い出がないんだろう。
けど、私にとってはちょっと違う。
そもそも私はトキさんに叱られたことがないというのもあるんだけど、私にとってトキさんの微笑みというのは、もっと別の印象が強いのだ。
思い出されるのは、とても幼い頃の記憶。
そう、それは私がリンちゃんを守って犬に噛まれて、病院送りにされた頃の記憶だった。
「菜々香、帰ってきたら久しぶりに手解きをして差し上げます。闘争というものを思い出す必要があるでしょう?」
私に生物の壊し方を教えてくれた人は、あの頃と変わらぬ微笑みを浮かべていた。