WGCSとは
WGCS、ワールドゲーマーズチャンピオンシップス。
その名前自体は私も知っている。
なぜなら昔、私はリンちゃんに連れられてそのイベントに行ったことがあるからだ。
とは言っても、前に行った時は純粋に遊びに行っただけだから、すっごい大きなゲームのイベントだってことくらいしかわからないんだけどね。
「ま、ナナはそのくらいの理解でいいわよ。細かい説明すると長いし」
リンちゃんはそう言ってから、持ってきたカバンからタブレット端末を取り出した。
投げ渡されたソレをキャッチして画面に目を向けると、WGCSの公式サイトが表示されていた。
ごちゃごちゃしててよくわからないなぁと思っていると、すかさずリンちゃんから説明が入った。
「5つのゲームの公式世界大会と、《オールスターズ》のスペシャルトーナメント。WGCSは毎年必ずこの構成で開催されるわ」
「うーん……つまり6個の大会が複合したイベントってこと?」
「概ねそんな感じよ」
そう言われてもう一度公式サイトを見てみると、確かにそんな風なことが書いてある。
リンちゃんが言っていた5つのゲームとオールスターズとやらは別のバナーに分けられているから、6つの大会が並列で扱われるというよりはオールスターズだけは別枠という扱いなのかな。
まずは5つのゲームのバナーを開いてみると、今年のWGCS参加タイトルに選ばれた5つのゲームの概要がそれぞれ表示された。
FPS『デッド・オア・バレット』。
TPS『ゼロウォーズ4』。
MOBA『マスターピース』。
格ゲー『メテオリングVS』。
そしてVR格ゲー『ダブルクロス:ハザード』。
この5つのゲームが、今年WGCSで世界大会を開くタイトルになるみたいだった。
ゼロウォーズ4だけは知っているけど、それ以外は聞いたこともない……いや、格ゲーのメテオリングは旧シリーズをリンちゃんがプレイしてたかも。
とにかく、どれもここ何年かで爆発的に人気を博した作品みたいだ。
「綺麗にジャンル分けされてるんだねぇ」
「ナナ姉様、それたまたまですよ。去年なんかMOBAが2タイトルありましたし、一昨年はVR格ゲーが2タイトルありました」
「あ、そうなんだ」
全く同ジャンルのゲームがないから凄いなぁと思ったんだけど、トーカちゃんの訂正を信じるなら完全にたまたまらしい。
FPSというのは「ファーストパーソン・シューティングゲーム」の略称で、一人称の視点でプレイするシューティングゲームのこと。
ざっくりと言うと、プレイしてて画面に映るのが銃とか手足だけなのがFPSジャンルのシューティングゲームだ。
キャラクターに乗り移ったような感覚で操作することになるから、主に没入感が高くなりやすい気がする。
それと対を成すのがTPS、いわゆる「サードパーソン・シューティングゲーム」。
操作してるキャラの全身が画面内に映る形、いわゆる神の視点でキャラクターを操作するシューティングゲームだ。
キャラの表情なんかもカメラ操作次第で見えるので、使っているキャラに愛着が湧きやすかったりする代わりに、FPSほど没入感や臨場感はないかもしれない。
次にMOBAだけど……これは正直私もよく分かってない。
正式名称は確か「マルチプレイヤーオンラインバトルアリーナ」で、MOBAというのはその略称だ。ちなみに読み方はそのまま「モバ」。
リアルタイムストラテジーなんて呼ばれるジャンルのひとつらしく、リンちゃん曰く「限りなく端的に言うと陣取りゲーム」であるとか。
自陣を守りつつ敵陣を制圧すれば勝ち、という感じで勝敗の構造自体はシンプルなゲームが多いけど、戦略性は極めて高いしその場その場の判断力の高さも試されるんだとか。
まあ、陣取りゲームと覚えておけばいいんだろうと思うことにした。リンちゃんが一番得意で、私が一番苦手なジャンルだ。
この3つは私も勉強したからこそ何となく理解できてるけど、ゲームを知らない人からすればクエスチョンマークが出ちゃうだろうな。
ちなみに格ゲーとVR格ゲーなんだけど、はっきり言ってこの2つは同じ格ゲーの名を冠していても全くの別ジャンルだ。
というより、VRジャンルそのものが既存のゲームと別物すぎるって言うべきかな。
コントローラーを叩くのと体を動かすのでは全然違う。だから、この2つのジャンルで活躍するプレイヤー層はほとんど被っていなかったりするんだとか。
「ちなみに、これってどういう基準で選ばれてるの?」
「昨年のWGCS認定大会での賞金総額トップ5よ。1位はマスターピースの95億ちょっと、5番目のゼロウォーズで90億くらいだったと思うわ」
「それ接戦すぎない?」
6位のゲームが89億とか言われても納得の大接戦だよそれは。
しかしWGCS認定大会という言い方から察するに、その認定を受けていない非公認大会の賞金は加算されないみたいだ。
例えば有志が開いたオンラインの非公式大会みたいなやつね。有名で人気なゲームなら、SNSなんかを経由してそこそこ頻繁にそういうファン大会が開かれたりするものだから。
私も昔、リンちゃんに連れられて何度か参加したことがあるしね。
ちなみに賞金総額っていうのは1位の賞金だけではなく、その大会で設定された全ての賞金を合計した数値のこと。
1位が5億、2位が3億、3位が2億の大会なら、賞金総額は10億になる寸法だ。
「それにしても95億かぁ……」
「マスターピースの世界一は確か去年10億くらい賞金取ってたんじゃないかしら。何個も大会優勝してるからね」
たった1年で10億とは夢のある話だ。
そんなことを興奮もなくサラッと言えてしまうのは、リンちゃんがお金持ちだからだと思う。
現実にその栄誉を手に入れられるのは億単位のゲーマーの中のほんのひと握りなんだろうけどね。
「で、肝心のオールスターズっていうのは?」
「それはWGCSのエキシビションイベントのことよ」
エキシビションイベント。そう言ったリンちゃんに促されて、私は再び手元のタブレットに視線を落とす。
ページを戻して、再び公式サイトのトップページへ。
先程目をつけていたオールスターズのバナーをタップしてページを開くと、こちらも華美な演出と共に大会の概要が表示された。
細かな内容がずらりと並んで少し目眩がするけど、しっかりと目を通す。
大会についての概要を読んでいると、3点ほど気になった点があった。
ひとつ。オールスターズで使用されるゲームのジャンルは不定であり、WGCSのオールスターズスペシャルトーナメント終了時に、次回オールスターズで使用されるジャンルが発表される。
これは言葉通り、毎年選定されるジャンルが変わるということだろう。FPSの時もあれば格ゲーの時もある、そういうことだと思う。
問題は残りの2つについてだ。
ひとつ。オールスターズで使用されるゲームタイトルは、世界標準時でWGCSのちょうど30日前に解禁される最新タイトルである。
ひとつ。上記の理由から、オールスターズの各国予選大会は、本戦で使用されるゲームと同ジャンルから選定された別のゲームを利用して行われる。
はっきり言ってめちゃくちゃな内容だと思う。
この説明をそのまま受け取るなら、このオールスターズっていう大会は、本戦で実際に使用するゲームを予選で使わないということになるのだから。
「これ、どうなの?」
「まあ、初めてオールスターズの要綱を見たら大抵のゲーマーはそんな反応をするわね」
「だよねぇ……」
リンちゃんの返答に、自分の反応が間違ってなかったと安心する。
こんなの、一歩間違えば大惨事になりかねないルールだ。
本戦で使うゲームの環境がめちゃくちゃだったら? 致命的なバグがあったら? 下手をすれば大会の運営に支障をきたしかねないと思う。
「まあ、ほんとに致命的なバグは解決されるわ。そのために30日も前からソフトを解禁するんだから」
「さすがにそのくらいは考えられてるんだね」
「そもそもね、ナナ。オールスターズっていうのはあくまでもエキシビションなの。他の世界大会とは違って、時にはバグだってエンターテイメントとして成り立つような、そんなめちゃくちゃな大会なのよ」
私を諭すように、リンちゃんはそう言った。
「調整の足りない環境、定石のなさ、予期せぬバグ。これらを全部乗り越えられるような、運も実力も兼ね備えた最優のゲーマーを選定する場でもあるわ。実際毎年のようにバグの利用があって面白いのよね」
「ほんとにめちゃくちゃな大会なんだね」
楽しそうに言うリンちゃんに、私も思わず笑ってしまう。
世界レベルの戦いにバグを混じえた「なんでもあり」のルールだとすると、たしかに面白そうではある。
誰もが対等、とは言えないけれど、ダークホースやジャイアントキリングが生まれやすそうなルール設定なのは間違いない。
それにしても、バグの利用が当然となると、練習ができるようになってすぐにバグ探しが始まったりしそうだよね。
「で、その国内予選大会が来週末にあると」
「そうよ。ただ、ちょっと問題があってね」
「問題?」
「VR部門にスカウトしてた子がひとり、家庭の事情でHEROESを辞めちゃったの」
「あれま」
それは確かに問題だ。リンちゃんがスカウトしたってことはよっぽどの実力者だったんだろうし、そうでなくともメンバーが足りないってことだろうから、問題なのに変わりはなかった。
「色々考えたんだけどね、今回は穴埋めに燈火を使うことにしたわ」
「トーカちゃんを?」
「穴埋めって。リン姉様、もう少し言い方をですね……」
リンちゃんのあけすけな言葉に、トーカちゃんがむぅと唇を尖らせる。
でも、正直なところをいうと意外だ。
トーカちゃんは昔からなんでもそつなくこなせる子で、ゲームだってそれなりに上手かった。
でも、あくまでもリンちゃんに誘われていたからやっていただけという印象が強くて、こういう大会に参加するほどにゲームをやり込んでるイメージはないのだ。
そんな私の反応を見て、リンちゃんは納得したような表情でこう言った。
「そう言えば、ナナは知らないのよね。燈火はね、フルダイブ適性がものすごく高いのよ」
「フルダイブ適性?」
「要は仮想空間でのアバターの操作が上手ってこと。数値化はできないけど、はっきり言って燈火の適性はトップクラス、それこそナナに近いレベルよ」
「へぇー、トーカちゃんすごいんだねぇ」
「えへへ、2人に褒められると照れますね」
トーカちゃんはそう言って、ちょっぴり頬を染めた。
ん? 今、そこそこ大切なことを聞き逃したような……?
「私ってフルダイブ適性高いの?」
「ええ、適性のゲージがぶっ壊れてますよ」
「悲しいかな、最新技術の敗北ね」
「それほどまでに?」
それ褒めてないよね。絶対褒めてないよね。
2人して悲しそうに目を伏せるのやめてよ。
「大丈夫ですよ、菜々香。それも貴女の美徳です」
これまで私たちの会話を静かに聞いていたトキさんのズレたフォローが、私の心に虚しく響いた。
スカウターが壊れるほどのフルダイブ適性……!?
冗談はさておき、フルダイブ適性は普通に成長するものです。どれだけ人外ムーブができるかの指標と思ってもらえれば。