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腹ぺこ菜々香

「朝早くに来ると聞いていたので、食事を用意しておきました」


 そう言ってトキさんに連れてこられたのは、お屋敷の食堂だった。

 貴族の食卓。そう表現するのが最もわかりやすいかなと思えるほどにどでかい食卓に、豪勢な食事がずらりと並んでいる。

 ガッツリ大盛りのフルコースがずらりと並んでいる。前菜からドリンクまで、全部アメリカンサイズなのではないかと思えるほどにデカかった。


「すっごい美味しそー」


 特にあのステーキ。今焼き上げたのかと思うほどに熱々に見える。絶対美味しいやつだ。あれ絶対美味しいやつ。


「お母様、まだ朝よ……?」


「ええ、そうですね」


「朝からこの量は流石にきついわよ……」


「そうなのですか? しかし私は毎朝このくらいは食べますし、菜々香にお腹いっぱい食べさせてあげるには最低でもこのくらいは必要かと思ったのですが」


 あまりにもたくさんの朝ごはんを見たせいか、リンちゃんがトキさんをたしなめている。

 リンちゃんは朝ごはんガッツリ派じゃないし、そもそも大食いじゃないから、ひと目でこの量は無理だと判断したんだろう。


 逆にトキさんは見た目からは想像できないほどに健啖家だから、テレビで見かける大食い選手くらいにはよく食べる。

 控えめに言って一人前3000キロカロリーは下らなそうなこのフルコースも、私の知るトキさんなら容易く食べきるだろう。


「もう、気持ちはわかるけどナナとお母様を基準に考えないで。私も燈火もこんなに食べられないわよ」


「ごめんなさい、配慮が足りませんでした」


 リンちゃんに叱られたからか、トキさんがしょんぼりとしている。まあ、食べきれなかったらもったいないもんね。

 お金持ちだからって、リンちゃんは食べ物を粗末にしたりはしない。

 元々そんなに食事に興味がないのもあるけど、リンちゃんは必要な時に必要なだけしか食べない人だからだ。

 だからって訳じゃないけど、リンちゃんの家は食品ロスがもの凄い少なかったりする。

 え、私が根こそぎ食べてるせい? ハハハ、ソンナハズナイヨ。


 でも、だからってトキさんが食べ物を粗末にする人な訳じゃない。

 だってトキさんはリンちゃんを育てた人だ。当然その価値観はリンちゃんと似通ったものになる。

 普段からこのくらい食べてるというトキさんの主張の真偽はさておき、トキさんがこの量をペロリと食べられるのは事実だし……要はあれだ。親の実家に帰ったらおばあちゃんがめちゃくちゃたくさんご飯を出してくるやつ。

 久しぶりの子供の帰省が嬉しくて加減が効かなくなるというアレではなかろうか。


 なんせ実の娘であるリンちゃんですらここには滅多に帰らないらしいし、それはトーカちゃんやロンさんも同じ。まして私なんかは6年半くらいぶりの来訪だ。

 無表情だからわかりづらいけれど、多分トキさん大はしゃぎ中なんじゃないかな。

 多分この量のご飯となると流石の料理長も止めたと思うし……その制止を振り切っちゃうくらいにはテンション爆上げだったんだろう。


「ま、まあまあリンちゃん。残っちゃったら私が全部食べるしさ」


「それはわかってるわ。お母様ったら久しぶりにナナが帰ってきたからってはしゃぎすぎなのよ」


「は、はしゃいでなどおりません。少し加減を間違えてしまっただけです」


「いいのよ、お母様は見かけによらずポンコツだものねー」


「り、凜音!」


 ほんの少しだけ頬を紅潮させたトキさんが、目を逸らしてうふふふふふと笑うリンちゃんの肩を掴んでブンブンしている。

 うん、なんかこう……パッと見はとても厳格な母親って雰囲気なのに、家族の前だと形無しなんだよねぇ。


「とりあえず余ったらナナに食べさせるとして……燈火は?」


「おかしいですね、もう起きてるはずなのですが……」


 頬の紅潮を抑えてそういうトキさんにため息をつくリンちゃんだけど、私の耳は既に大慌てで駆けてくる足音が聞こえている。

 バタバタと食堂に駆け込んできたトーカちゃんの足が止まることはなく、そのまま私の方に突っ込んできた。


「ナナ姉様!」


「おわ……トーカちゃん大丈夫?」


 正面から勢いよく抱きつかれたはいいものの、不動のままいたせいで飛び込んできたトーカちゃんのお腹に私の頭がめり込むみたいになってしまった。

 痛かったかなーと思って聞いたんだけど、どうやら杞憂だったらしい。


「平気です! 2週間ぶりのナナ姉様……いい匂い……」


 私をすっぽりと抱き込んだトーカちゃんは、私の後ろ髪に顔をうずめて嬉しそうにしている。

 どうしたものかなぁと考えていると、リンちゃんがトーカちゃんの耳を引っ張った。


「トリップしてないで戻ってきなさい」


「痛いっ!? いいじゃないですかぁ、リン姉様はいつもナナ姉様を独占してるんですからたまには私にも甘えさせてくださいよぅ」


「それは構わないけど、ご飯食べてからにしなさいな。貴女待ちだったんだから」


「あ、そうだったんですね。ちょっとお花摘みに行ってまして……んん?」


 私を解放することなくブーイングするトーカちゃんに対して、リンちゃんは食卓に手を向けた。

 トーカちゃんは一度食卓を見てからぎょっとしたような表情を浮かべ、一度私をギューッと抱き締めてからもう一度食卓に視線を向けて、素直に首を傾げた。

 ギューッと抱き締めるくだりは本当に必要だったの?


「……多くないですか?」


「そのくだりはもうやったからいいわ。ナナがお腹ぺこぺこみたいだから余ったらナナにあげちゃいなさい」


 そう何度も同じやり取りをしたくないのか、リンちゃんはそう言って自分の座席に足を向ける。

 トーカちゃんに上から覗き込まれたので、私は渾身のドヤ顔で応えた。


「任せて!」


「頼もしいですねぇ」


「話は終わりましたか? それでは冷める前にいただいてしまいましょう」


 ほのぼのと笑うトーカちゃんと私を見て、トキさんが軽く手を叩いてそう言った。





 食事を終えた私たちは、くつろげるようにというトキさんの計らいの下、客間へと移動していた。

 私はトキさんに捕まり、彼女の膝の上に。

 トーカちゃんとリンちゃんはそれに向き合うように並んでソファに腰かけていた。


「ふー……美味しかったぁ」


 朝からいっぱい食べられて大満足だ。

 リンちゃんとトーカちゃんのも七割くらいずつ分けてもらって、満足いくまで食べられた。

 ステーキもよかったけどお魚も美味しかった。白身魚の煮付けだったけど、あれはなんのお魚だったのかな?


「ほぼ3人分食べたはずなのに、一体どこに入っていったんですかねぇ」


「あれはね、胃が大きいんじゃなくて一瞬で消化してるのよ。物理的に容量を空け続けて押し込んでるの」


「力技すぎますね」


 満足してトキさんに背中を預ける私を見て、リンちゃんとトーカちゃんがそんなことを話していた。

 ヒソヒソと話そうが大っぴらに話そうが私の耳には届くのに、あえてヒソヒソと話しているのが憎たらしい。

 ちなみにそんな2人の言葉を聞きつつ、トキさんは私のお腹をさすっていた。


「私も流石に菜々香には及びませんね。ますます精力的なようで嬉しいですよ」


 そうは言いつつも、トキさんも自分の分はぺろりと平らげていたし、まだまだ余裕はあるはずだ。

 単純に食べられる量という意味では私より多いかもしれないくらいなのに。


 しかし私はそんな見えてる地雷を踏みに行ったりはしない。タダでさえトキさんに生殺与奪を握られているこの状況でそんなことを指摘したら、待っているのは手酷いお仕置きである。


「菜々香、ダメですよ」


「な、何も言ってないのに!?」


「邪な気を感じました」


「ひどいっ」


 お腹に回された手がこちょこちょと私のお腹を這い回る。

 くっ、リンちゃんにくすぐりを仕込んだ張本人だけに恐ろしいほどの技巧だ。

 あまりに理不尽な理由で行われる悪戯に、私は芋虫のように悶絶した。


「さて、食事も済んだことだし、燈火もいるしでちょうどいいわね。来週末の予定について話しましょう」


 私がトキさんにお腹をくすぐられて悶絶していると、不意にリンちゃんがそんなことを言い出した。


「ふぅ、ふぅ……来週末って随分と先だけど、何かあるんだっけ?」


「いや、そんなに先のことじゃないでしょ」


 そう言われるとそんな気もする。

 私とリンちゃんの時間感覚の差というよりは、このところ濃密な時間を過ごしてきたことで私の時間感覚が長くなったんだろう。

 とはいえ、来週末となると10日後くらいの話だし、先のことには変わりないような。


「そこそこ大きな大会があるのよ。ワールドゲーマーズチャンピオンシップス、通称WGCS。《オールスターズ》の国内予選がね」


 そんな私の疑問に答えるように、リンちゃんはニヤリと笑いながらそう言った。

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