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スクナの投擲講座

「とはいえ教えるって言っても、私も10割方感覚でやってるからなんとも言えないんだけど」


「それ100パー感覚でやってるってことじゃろ?」


「そうとも言う」


『頑張って言語化して』

『スクナならできる』

『諦めないで』


「みんなのために頑張るね」


 とはいえ、ほんとに感覚で全部できちゃうからなぁ。

 うーん、どうしたものか。


「よくよく考えると、ちゃんと見せたこともないもんね」


「確かにいつもスクナたそが唐突にやっちゃうからマジマジと見た事はないのぅ」


「何かいい感じの的が欲しいな……そうだ、ヒミコさん」


「なんじゃ?」


「ちょっと的になってくれない?」


「嫌じゃけど!?」


 私の提案を聞いたヒミコさんは、漫画だったらガーン! と効果音がつきそうなくらい大袈裟に驚いた。


『酷すぎて草』

『あまりに無情すぎる』

『容赦なく的にしようとしてる……』


「あっごめん言い方間違えちゃった。ちょっと的を持っててくれない?」


「ああ、それならいい……いやよくないって。万が一外れたらワシに刺さるやつじゃろそれぇ」


「大丈夫だよ、絶対外さないから」


「自信満々なスクナたそ好き……いいよ、ワシ持つよ。でも当てないでね?」


「それは任せて」


 なんだかんだで承諾してくれたヒミコさんに感謝しつつ、私はメニューカードを操作する。

 投擲で使う的を取り出すためだ。


「ところで何を的の代わりにするんじゃ?」


「とりあえず投擲練習用の的があるから、それにしようかなって」


「どこで手に入れたんじゃそんなもん」


「イベントのアイテム交換。ほら、私欠片を24万個集めたでしょ? イベント終了後の交換で、なんか使えそうだなーってアイテムをいくつか交換しておいたんだ。それでもまだ半分以上の欠片が残ってるんだけど」


 ほんとにたくさんのアイテムを交換した。インベントリの半分をみっちりと埋めるくらいにはたくさんのアイテムをだ。

 その中でも珍しいもののひとつが《スキルチュートリアルアイテム》という種類のアイテムだった。


 名前の通り、始まりの街で受講できるスキルのチュートリアルで使われる練習用アイテムで、どれも割と少ない欠片と交換できた。

 例えば斬撃系スキル用の巻藁なんかもあったし、魔法用の案山子(カカシ)なんかもあって、その中のひとつに投擲用の的もあった訳だ。

 需要がないのかは知らないけど、欠片30個くらいで交換できた。投擲スキルの使用者は相変わらず少ないんだろう。


「はぇー……確かに、3万個あればひと通りのアイテムは交換できるって話じゃったもんな。ワシイベント参加できなかったから聞いただけじゃけど」


「ああ……今回のは数字付きの街限定のイベントだったもんね」


 ヒミコさんはイベント前から鬼人の里に来ていて、イベント中から今までこの里から出ていない。

 あの異空間に繋がる門は始まりの街から第6の街までの6つの都市限定で開かれたものだから、当然ヒミコさんはイベントには参加できなかったのだろう。

 あっけらかんとしてるから追求しづらいけど、本音を言えば彼女もイベントには参加したかったはずだ。


 ヒミコさんがなぜ適正レベルを遥かに超えた鬼人の里に来たかったのか、それは私にはわからない。

 そして、今なおこの里から出られずにいる理由も。

 ここに来た時と同じように、強いプレイヤーに依頼して第3の街辺りまで帰るのでもいいだろう。

 来たプレイヤーの全てがそれを断るとは思えないし、現に私は頼まれればグリフィスに送り届けるくらいはしてもいいと思ってる。


 多分、何か理由があるんだと思う。

 この里から出ない理由、強さだとかそういうことではなく、ゲーム的な理由があるのだ。

 例えば、里に居なければ達成できない特殊なクエストを受けているとか、逆にクエストを受けている限り里から出られないとか。


 まあ、今そんなことを考えても意味はないんだけどね。

 ヒミコさんはヒミコさんのやりたいようにこのゲームをプレイしているのだ。

 もし手助けを頼まれれば快く受ける。そのくらいの話でしかないからね。



「じゃあこれを持っててね」


「結構おっきいのう。持ってるというより支えるって感じじゃ」


「確かにそうかも」


 私が取りだした的のサイズは170センチくらいの男性を模したものだ。

 私やヒミコさんの身長をゆうに上回っているから、支えてもらうって言った方が正しいのは確かかもしれない。


 案外重たいそれをよいせよいせと言いながら20メートル先まで運び、ヒミコさんは的を地面に立てた。


「おっけーじゃ!」


「ありがとー! じゃあそろそろ始めようか。とりあえず簡単に、まずは急所をサクサクッと抜いてみるね」


『なぜ初手で急所を?』

『股間は……股間だけは許して……』

『↑ダメです(無慈悲)』

『お手並み拝見ですね』

『名人様風コメント嫌いじゃないよ』


 準備ができたからと、私はインベントリから20本ほどの投げナイフを取り出して地面に転がす。

 使う度にいちいち取り出したりするのは面倒だし、瞬間換装は今は封印されてて使えないからだ。


「とりあえず股間を撃ち抜くならこうかな」


 地面に落ちているナイフを5本ほど拾ってから、その内の1本を軽く放り投げる。

 投げナイフは球体なんかに比べると空気の抵抗を受けづらいから、20メートルくらいの距離なら綺麗に真っ直ぐ飛んでくれる。

 私が投げたナイフは軽快な音を立てて、模型の股間の位置に突き刺さった。


「と、こんな感じなんだけど」


『あまりに惨い』

『許してって言ったのに!』

『酷い』

『許されざる行い』

『正確に撃ち抜いてるのほんと無慈悲』


「あははははっ、いや、ほら……フリかなって」


 阿鼻叫喚のコメントに、思わず笑いがこぼれてしまう。

 まあ、あの位置は男女に関係なく刺されたくはない場所だよね。

 でもあのタイミングであんな風に言われたら狙いたくなっちゃう……なっちゃわない? 私にはもう「狙え」って言われたようにしか感じられなかったよ。


「で、まず目玉を抜くならこうで、喉元がこうで頸動脈ならここをかすらせて、心臓ならここで子宮がここで膀胱はこう、腕は肘の裏を狙うと良くて、手首も切るといい感じだからこうして、足は太ももに深く刺して、(すね)を狙うなら刺すよりも持ち手の部分で強打するイメージ。後は四肢の先端をパパパパッと刺してやれば終わりっと」


 刺す部位を説明しながらサクサクと投げナイフを投げていく。

 全部が綺麗に狙い通りの場所に突き刺さり、あるいは削り取って通り抜けていった。


「えへへ、どうかな?」


 上手くいってほっとしつつ聞くと、的の裏から顔を出して的に突き刺さるナイフを見たヒミコさんがサーッと顔を青くした。


「ひぇっ……」


『ひぇっ』

『全部言った通りのところに当たってる……』

『狙いもつけずに淡々とナイフ投げてただけなのに』

『なぜ当たる』

『本当になんというか思った通りのところにナイフが飛ぶな』

『見てて楽しい』

『なんでそんなに急所を壊すすべに長けてるの(震え声)』


「別に急所を狙わなきゃいけないわけじゃないんだよ? でも、急所を正確に撃ち抜けるようになると、それを見せ球にして急所を守らせてその隙に別のところを抉ったりできるでしょ? 当たるなら当たるで一番効率がいい場所がいいしね」


『なるほどなぁ……』

『結構しっかり考えてるんだな』

『騙されるな、絶対無意識だぞ』

『急所狙い特化だからね仕方ないね』


「なんだかんだでFPSだってヘッドショットねらうでしょ? あの手のゲームじゃ急所の概念って頭にしかないことが多いけど、リアリティを突き詰めるなら失血死を狙えるところも急所のひとつだし、いつもやってるみたいに機動力を奪ったり、確殺を狙うよりもじわじわ削ったほうがよかったりするんだよ。毒とかみたいにね」


 要は最終的に殺すとして、そこに至る手段はいくらでも存在するってことだ。

 急所狙いって、現実には何よりも警戒される。

 だから、滅多なことじゃ急所への一撃なんて入らないし、入れさせてももらえない。


 けど、今見せたみたいに人体には無数の急所があって、その全てを守ることなんてできやしない。

 そして、急所を守ろうと必死になる相手に傷をつけるのはとても簡単だ。ちょっと急所を狙おうとすればすぐにそっちを庇ってくれる。

 そしてその間に、私は優しく太ももにでもナイフを突き立ててあげればいい。

 痛覚を持つ動物はみんな、足にナイフを1本差し込むだけでまともに動けなくなってしまうのだから。


 ほとんど痛みのないこのゲームでは痛みによる行動の阻害はできないけど、ちゃんと部位を砕けば部位欠損やら部位破壊やらで行動を制限できてしまう。

 出血に関してはまた違った計算をしてるみたいだから、投げナイフ1本で出血ダメージを狙うのはさすがに難しいけどね。


「命中率に関してだけど……みんなが私くらい当てるのは多分無理だと思う」


『それはそうね』

『さすがにそこまでは求めてないからへーきへーき』

『なんかコツをひとつくらい!』


「うん、それなんだけどね。投擲スキルにはシュートっていう便利なアーツがあるんだよ。これは投げたものが風や重力の影響を受けず、ただまっすぐ飛ぶっていうだけのアーツなんだけど。投擲スキルのアーツでは多分一番練習に向いてるよ」


 投擲スキル、《シュート》。説明した通りナイフが風の影響を受けず、重力で落ちることもなく、投げた時の速度と角度でそのまま飛んでいくだけのアーツだ。一応若干威力は上がる。

 射程距離は投げた時の強さに比例するから非力だとあまり効果はないけれど、この直線で真っ直ぐ飛んでいく効果は個人的に非常に強力だと思っている。

 何よりこのアーツには技後硬直がほぼ皆無だ。一応連射ができない、といった程度だから、有って無いようなものと言える。


「基本的に投擲って反復動作を延々と体に染み込ませるものなんだ。『この距離なら、このくらいの角度で、このくらいの強さで、こんな感じのフォームで投げれば届く』って情報を、ひたすら繰り返して体に染み込ませるの」


『ほうほう』

『ふむふむ』


「シュートを使えば、重力と風の影響を完全に無効化できる。フォームさえ間違えなければ、常に同じ軌道で投げられるようになるんだよ。SPは多少使うかもしれないけど、練習中からシュートを使っていくといいんじゃないかなぁ」


『簡単に言うけどそれはそれで難しいやつだね』

『でもまっすぐ飛んでくれるのは確かにありがてぇ』

『投擲スキルとか全然見てないから知らんかった』

『でも、シュートって初期アーツじゃん。スクナの言ってることを実践した上で投擲が役に立たないって結論づけられてるんじゃないの?』


「それはそうなのかもしれないね。でも、使いたければ使えばいいし、使えないって諦めるならそれでいいんじゃないかな。たくさんスキルがあるんだから、好きなように選んで使えばいいと思うよ」


 正直言って、こうして投擲を使う方法なんてものを考えて伝えたところで、リスナーがそれをやるのかと言われれば否だろう。

 少なくとも命中アシスト機能のひとつも付かなければ、PS依存の不遇スキルのままだと私は思う。


 でも、こういう不遇なスキルを好きで使う奇特な人ってやっぱりいて、そういう人たちはきっと自分の技量を磨く努力をしているはずだ。

 私は私なりに努力の仕方を提示した。後はこれを聞いた当人がやるかやらないか、それだけだ。


「あんまり参考にならなくてごめんね?」


『ええんやで』

『とりあえずちょっと試してみることにする』

『案外真面目に投擲することってないしな』


「ん、ほどほどにやってみて。当てられると楽しいよ」


「寂しいから戻ってきたんじゃが」


「あ、お手伝いありがとね。ところで的は?」


「消えてしもうた。多分耐久設定のある使い捨てアイテムなんじゃろ。ナイフは残ってたから回収してきた」


「ありがとー」


 私がリスナーとだけ話してるのが寂しかったのか、ヒミコさんが投げナイフを抱えて持って戻ってきた。

 的は消費アイテムだったのか……あ、確かにアイテムの説明見たら消費アイテムって書いてある。


「もうあんまり時間ないし、後は少し鬼人の里でも回ろうかなぁ」


「それならちょっとした茶屋に案内しよう! あそこはお茶が美味しいんじゃ」


「わあ、お願い」


 なんやかんや、やっぱり私って人にものを教えるのは向いてないなぁ。

 そんなことを思いながら、私はヒミコさんと少しだけお茶をして、そのままログアウトするのだった。

視覚聴覚触覚だけでなく機械や道具を総動員して風の音や空気の揺らぎ、温度や距離を精密に測って理想的な形で発射する。

という計算を全部破棄して感覚だけでやっちゃうので、体系的な方法としてに人に教えるのに根本的に向いてないのです。


ちなみにシュートはシュートでリリースタイミングをミスすると明後日の方向にまっすぐ飛んでいくので練習必須のアーツです。

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アフロ兄ちゃん「我ながら、よく当たる」
[気になる点] ふと思ったんだけど、某合成獣の翼似のアレってメール送信でけへんのかね? アイテムをメールに乗っけて送れるんじゃなかったっけ?
[良い点] ちがう、そうじゃない [気になる点] 命中させる方法が聞きたかったのに人体破壊講座になってるぅ [一言] ひぇっ
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