ミニゲームの後に
この流鏑馬場ではちょっとした賭けもできたりします。
射手が何ポイント取るか当てたら賭け金の10倍ペイされたり。ぴったり当たらなければ全額没収。
マックス3000イリスまで賭けられて、ヒミコは1000ポイントになけなしの2000イリスを賭けて無事2万イリスを獲得してウハウハしてました。
というこそこそ裏話。
「あれ? みんなどうしたの?」
気持ちよく全弾命中させてきたら、みんながポカンと口を開けていた。
いや、なんかヒミコさんだけはすっごいドヤ顔で腕組みしてるな。何してるんだろう、あの人。
「いや……すまん、ただただ凄いな」
「えへへ、ありがとうございます」
最初にフリーズから戻ってきたのは受付のおじさんだった。
褒め言葉にお礼を返しつつ、安定した挙動で走ってくれた馬を撫でて、ひょいっと馬上から飛び降りる。
最後の4個はなかなか面白い趣向だった。ああいうのはプレイヤーとして心が踊るね。
それに、最後はリンちゃんに倣ってちょっと《魅せプ》してみちゃった。
ホントなら2本同時に撃つ必要は微塵もなかったのだ。
でもあの時手で風を測ってみて、2本でもいける風の道が見えたから。リンちゃんもよくやってるって言うし、私も得意なことぐらいは魅せて行かないとね?
それにしても弓を使うのは本当に久しぶりで、中学校の頃リンちゃんと遊びに行った弓道場以来だった。
けど、貸してもらった弓がとても素直だったおかげで、一切のストレスを感じることなく流鏑馬を楽しむことができた。
癖のある子はそれはそれで面白いんだけど、こういう狙いを付けるタイプの遊びでは素直な射線を描いてくれる弓がいい。
とてもシンプルな木製の弓だけど、作った人はいい腕をしてると思う。
「あの黒曜様ですら820ポイントしか取れてないんだがな……」
「へぇ……黒曜もこういうのやるんだね」
「真面目な方だが、意外とノリのいい所もあるんだ。嬢ちゃんは黒曜様と会ったことがあるんだな」
「うん、里に入ろうとして止められちゃった」
「ハッハッハ、そりゃあそんな禍々しい見た目の呪いに侵されてるやつは止めるだろうさ」
大口を開けて笑うおじさんに、私も思わず笑みを浮かべてしまう。
見かけによらず明るい人だ。彼のおかげで固まっていた他の人たちも表情を崩して、流鏑馬場が和やかな雰囲気に包まれた。
「とりあえず嬢ちゃんにはこいつをやる。500ポイントを取った報酬の《月火花》だ」
「わぁ……お、おっきい花だね?」
おじさんがインベントリから取り出したのは、花弁だけでも30センチくらいはありそうな巨大な花だった。直径だと何センチだろう……?
花弁は透明感のある黄色で、形はラフレシアみたいに平べったくてでかい。
ただ、中心には綺麗な宝石のような物が埋まっていて、ラフレシアのように臭気を撒き散らしてはいなかった。
「真ん中の宝玉の部分が武具の素材になる。が、俺のオススメは装飾品への加工だな。装飾品になら花弁の部分も使えるのさ。こいつは微弱だが月光属性を帯びてる。知らんだろうが、月光属性のアイテムは呪いを抑えてくれるんだ」
「月光属性については知ってるけど、神聖な属性だってことしか知らなかったな。全体的に対呪いの効果があるんだね」
「そういうことだ。その呪い、よっぽど厄介なモンだろう? 少しでも抑えられるなら抑えといた方がいい」
「ありがとう。大切に使わせてもらうね」
私がこの月火花を貰えたのはおじさんの優しさからだったようだ。
個人的には属性武器を作れる火とか水の属性結晶が欲しかったけど、まあこれはこれでレアっぽいしよしとする。
「次に750ポイントの報酬だ。こいつはすげぇぞ」
おっ、結構細かくポイントを刻んで報酬をくれるんだ。
そう思ってウキウキする私の前に置かれたのは、高さ3メートルはありそうな巨大な……金属質な毛を持った猪の死体だった。
大きな死体だ。多分体重だけでも優に1トン以上はある。
本来ならこのゲームのモンスターは死ぬとポリゴン片になって消滅する。
でも確か《解体》系のスキルを極めると、こういう丸ごとの死骸みたいな解体ができるようになるんだとか。
「おぅ……これは?」
「こいつは《メタル魔猪》。丸々一頭をプレゼントだ。こいつの肉は尋常じゃないほど美味くてな。しかも肝から骨までなんもかんも美味いんだ。ついでに体毛や皮は防具にも使える無駄のなさ。1頭まるごとだと50万イリスはする高級食材なんだが、こいつを嬢ちゃんにやるよ」
「あ、ありがと。確かに美味しそうかも」
「里の料理屋に持ち込めばきっちり捌いてくれるぜ。そんときゃあ少しでいいから店に融通してやってくれな」
「ん、任せて」
私の筋力でも、流石にこの重さは……いや持ち上げられないこともないかも……無理だわ。
ググッと手前だけは持ち上がるけど、全体としては全く動かない。せいぜい向きを変えるのが精一杯だった。
仕方ないからインベントリに突っ込んで……うわっ、インベントリの容量が一気に3割持ってかれた!?
筋力めちゃくちゃ上げてインベントリの容量も増えてるはずなのに……メタル魔猪、ちょっとシャレにならない重量だ。
ところで、私このゲームでちゃんとした食事ってほとんどしたことないかも。
軽食系なら結構してるけどね。カフェとか。
今度アーサーと虫料理を食べる約束もあるし、そういうのを開拓するのもゲームの醍醐味かもしれない。
せっかくだし、明日にでも鬼人の里の料理屋さんに行ってみよう。
ドーン、バーン! って感じの報酬で既にお腹いっぱいな感じだけど、おじさんからの猛攻は止まらない。
そう、まだ満点を出した報酬が残っている。
「さて、1000ポイントの報酬だが……すまん、今この場で渡せるもんじゃねぇんだ」
「ほぇ?」
「ハイレアくれぇのアイテムならその場で渡してもいいんだがな。いつでもいい、夜の7時以降にあそこの家に来てくれるか。そのくらいの時間になりゃ流鏑馬も終わってる」
おじさんは今『ハイレアくれぇのアイテムなら』って言った。
それはつまり、もしかして。
ハイレアより上のレア度のアイテムが貰えるってことなんじゃないの?
ネームドモンスターからしか手に入らないレア度:ネームドを除いて、このゲームのアイテムのレア度は現状で6つある。
コモン、ハイコモン、レア、ハイレア、そしてエピックとレジェンドだ。
ハイレアまではそれなりに手に入れる手段があるアイテムたちで、ハイレアのアイテムで一番分かりやすいのは属性結晶の類だろう。
属性結晶はイベント中にいくらか流通が増えたとは言っても、未だに買おうと思えば数十万イリスは覚悟しなければならないレアアイテムだ。
特に欲しい属性の結晶やジュエルをピンポイントで手に入れるとなれば、100万は覚悟する必要がある。
だけど、レア度:エピックから上は桁違いのレアアイテムだ。
何せこのレア度を持つアイテムは、サービス開始から1ヶ月半ほど経ったWLOにおいて、公表されている限りでも現状で2つしか見つかっていない。
更にその内のひとつはとあるNPCが持つ武器であり、プレイヤーでこれを手に入れたことを公表しているのはたったひとりなのだ。
もちろん、手に入れても公表していないだけという可能性はある。それでもひとりしか所持者がわからないとなれば、プレイヤーが手に入れられるアイテムとしては破格も破格の超絶レアアイテムだろう。
ちなみにレジェンドになるともはや名の通り伝説級のレア度で、噂によると帝都の宝物庫にはレジェンドレアのアイテムがあるとかないとか。
どんなアイテムなのか気になる。すごい気になるんだけど、夜の7時はダメだ。予め立ててあった予定を切り捨てる訳にはいかない。
「今日……行きたいけど、明日にするね。この後予定があるから」
「おう、いつでも構わねぇさ。それに、よければまた流鏑馬にも参加してくれ。あの最後の4本を当てた神業には長年ここで流鏑馬をやってる俺でも震えたぜ。……レアな報酬は渡せねぇが、粗品くらいは出すからよ」
「うん、私も楽しかった。次までにもっと難易度上げといてね?」
「ははっ、了解だ。上級者コースでも作っとくぜ」
去り際に残した言葉を受けて、おじさんは楽しそうに笑っていた。
会話が終わるまで待っていてくれたのか、去り際に大きな歓声と拍手の音が背中を叩いた。
「あっ、頬が赤いのぅ」
「あはは……ちょっと照れるね」
「ふーむ、スクナたそもついに人の心を取り戻したんじゃなぁ」
「どういう意味かな?」
からかってくるヒミコさんのおデコを指で弾いて、私は流鏑馬場を後にするのだった。
☆
「ぶっちゃけた話じゃよ」
「うん」
鬼人の里を観光しながら、ヒミコさんやリスナーとのんびり駄弁る。
そんな中、ふとヒミコさんがそんな風に話を切り出した。
「スクナたそって近接より飛び道具の方が得意じゃろ?」
「まあ……そうだね」
ヒミコさんの言葉を否定する気はない。
現実、仮想世界、ゲームを問わず、あのリンちゃんでさえ「異常」と評価する程度には、私は飛び道具の扱いが得意だ。
「チートとかアシストじゃないのはもうわかっとる。もしそうならBANされるに決まっとるからの。その上でじゃな……なんかコツとかあるもんなんかのぅ?」
「コツかぁ」
それはなかなか難しい質問だった。
ぶっちゃけた話をすると、当たるから当たるとしか言いようがないというか。
あまり深く考えてやったことがないから言語化が難しいのだ。
『おっ』
『知りたい』
『ただのリアルチートでは?』
『人外ムーブの謎がついに解けるのか』
『これでカンとか言われたら泣いちゃう』
『ほらほら早く教えてほら』
期待に満ちたリスナーのコメントが辛い。
「うっ……ただのカンです……」
『オワオワリで解散! w』
『はーつっかえ』
『がっかりだ』
『やっぱ才能なんやなって……』
『しくしく』
『悲しいなぁ』
「し、しょうがないでしょー! 当たるものは当たるんだから!」
『開き直ってて草』
『当たるものは当たる、名言すぎる』
『さすがワイらのスクナや!』
『そういうとこすき』
『常人を置き去りにしていけ』
『リスナー、熱い手のひら返し』
「私はもうリスナーが何を求めてるのかがわからないよ」
そう言って私が顔を両手で覆うと、コメント欄に大草原が生い茂る。慰める気全然ないね!
そんな風にリスナーと戯れる私を見て、ヒミコさんは楽しそうに笑っていた。
「わっはっは、期待通りじゃのぅスクナたそは」
「なんの期待なのソレは」
「底なしのぶっ飛び具合」
「私ほど常識的な人間もそうはいないですとも」
『???』
『??』
『常識と最もかけ離れてる定期』
『自分を常人と思い込んでる撲殺鬼娘』
『常識的ってなんだっけ』
『↑(スクナの中では)必中が常識なんだぞ』
『戦闘以外では比較的常識的だから(震え声)』
「総スカンじゃのぅ。素直に草生えるんじゃが」
「うーん、なんだか無性に金棒で何かを砕きたくなってきた」
『ひぇっ』
『ひぇっ』
『ひぇっ』
『ゆるして』
『ぼうりょくはだめですよ』
「やだなぁ、暴力だなんて。ちょっとした憂さ晴らしだよ」
『いかん、おにをめざめさせてしもうた』
『鎮まりたまへ!』
『おにがみ様がお怒りじゃ!』
『嵐が……来る……』
「うふふふふふふ」
私の宵闇はいつでも臨戦態勢だよ!
んん、なんかこの表現はあんまりよくない感じがするな。
「いやぁ、普段から配信を見てても思うが楽しそうじゃのぅ」
「やっぱりこう……うん、なんだかんだで楽しいね」
顔も名前も姿も知らない、声だって聞いたこともない。
そんな見ず知らずの人たちが、私の配信を見てコメントを残してくれる。つまらない独り言に、たくさんの反応が返ってくる。
リスナー同士で盛り上がってることもあるし、それに私が茶々を入れることだってある。
からかわれることも弄られることもある。いや、実際私はかなり頻繁に弄られてる方だと思うけど、それも配信のスパイスとして成り立っている。
今の私だからこそ思う。
配信って、楽しいんだって。
ゲームが楽しいから配信をしていて、配信をしているからもっとゲームが楽しくなる。
これまでとても狭い世界しか見てこなかった私にとっては、眩しいくらいに優しい居場所だ。
「うん、なんか嬉しくなってきたから、少しだけ飛び道具について説明しようかな」
『ふぁっ』
『なんやできるんやんけ!』
『やったぜ』
『これはやられた』
『はよはよ』
『キターー!』
『嬉しいのう嬉しいのう』
「嬉しいんじゃけど、その説明ワシらでも理解できる?」
「私なりの考え方を説明するだけだから、そこはそっちで頑張って!」
ほとんど感覚でやってるのを無理やり言語化するだけだから、理解できるかどうかはみんなに丸投げする。
こうして、私によるちょっとした投擲講座が始まるのだった。
パーフェクト算数教室くらい宛にならない投擲講座、はじまるよー!