流鏑馬スクナ
「それで、この流鏑馬はいったい?」
「鬼人の里のミニゲームみたいなもんじゃ。20個ある的それぞれに最大50ポイントの得点があって、何点取れるかで報酬がもらえる感じじゃな。挑戦料は1回3000イリスじゃ」
「なるほど、ミニゲームかぁ」
ヒミコさんの説明を聞いてチラリと流鏑馬に目を向ける。
今まさに挑戦しているのはNPCの人かな? あっ、馬から落ちた。
50ポイントの20個だから、1000ポイントが最大になるのかな。
「ちなみにワシは12ポイントじゃった」
「1000ポイントが満点だよね?」
「言わないで……シクシク」
思わず突っ込んじゃったけど、本人も点数が低い自覚はあったらしい。顔を覆って泣き真似を始めてしまった。
少なくともまだやってない私が言うべきじゃなかったな。
『草』
『12/1000』
『1%くらいじゃん』
『馬に乗って矢を当てれるだけでも凄いから(震え声)』
「むっ、今スクナたそのリスナーに馬鹿にされとる気配が……」
「割とそんな感じ」
『ばらさないで』
『ゲーム内からでも見られるから隠したところで』
『スクナもやってみたら?』
「そうだね、私もやってみようかな」
流鏑馬ってやったことないんだよね。
弓自体久しぶりに触るかも。
なんなら拳銃とかライフルの方が触った記憶は多い。
銃刀法のない国に旅行に行った時、リンちゃんが色々触らせてくれたからね。
「ちなみに最大の1000ポイント取るとどうなるの?」
「んー……確か500ポイントを超えると最初の一回だけハイレアくらいのレアアイテムが手に入るはずじゃ。700ポイントより上は誰もやったことがないからわからんのじゃー」
「そっか。じゃあちょっとやってみるよ」
ハイレアのアイテムと聞いてやる気が出た。
属性結晶クラスのアイテムが貰えるならやる価値はある。
1回3000イリスなら出費的にも痛くないし、やり得だ。
「応援しとるぞ〜」
『弓使えるの?』
『使えない武器がないじゃんアゼルバイジャン』
『追尾使えないゲームっぽいし純粋にPS依存?』
『↑スクナの十八番じゃん』
「まー見ててよ。レアアイテム勝ち取ってくるからさ」
見てる人は多いけど実際に参加してる人はそんなに多くないのか、私の前にはもうひとりくらいしか並んでいなかった。
参加のために、受付の鬼人族の強面おじさんに声をかける。
「おじさん、次お願いします」
「おう、構わねぇが……その全身のやつ、痛くねぇのか?」
私からイリスを受け取りつつ、おじさんは私の全身のヒビを見て心配そうな表情を浮かべていた。
強面だけど優しいね。
「ん、今は大丈夫」
「嬢ちゃんが大丈夫だってんならいいけどよ。ルールはわかるか?」
「一応説明して欲しいな」
さっきヒミコさんから聞いたけど念の為ね。
「基本的には20個ある的を、そこのレールホースに乗って射抜いていくだけだ。的の中心に近くなるほどポイントが高くて、中心から遠のくほどポイントは低くなる。矢は何本使ってもいいが、20本を超えると超えた分だけペナルティになるから気ぃつけな」
「なるべく最低限で、ってことね。わかった」
「弓は貸し出してる。コイツを使いな」
「はーい」
おじさんから弓を受けとり、レールホースという名前らしい馬の首を撫でる。
駿馬ではないかな。でも輓馬でもない。でも、すごい持久力がありそうな肉の付き方をしてる。
レールホースって名前の由来がちょっと気になるけど、さっきから走ってるのを見る限りすごい安定してそうだった。
「よろしくね」
「ブルルッ」
「うんうん、可愛いなぁ」
人懐っこい感じに頬を擦り寄せてくるレールホースに、私はちょっとだけ嬉しくなった。
やっぱりゲームはいい。動物と触れ合えるってだけで幸せだ。
いつぞやの水竜の子供は元気にしてるだろうか? 今度トリリアに行ったら会えたりしないかな。
そしてついでに、特に呪いが影響を与えることもないみたいで安心した。
鬼灯の腕輪はしっかりと呪いを抑えてくれているみたいだ。貸してくれた白曜には感謝しなきゃいけない。
「さてと」
ひょいとレールホースに跨り、土台をしっかり安定させる。
安定したところで軽く弓を張って、矢を飛ばしてみる。
次に、思い切り弓を張って撃つ。
うん、この弓の癖はわかった。
なんの特徴もない、本当に癖のない弓矢だ。
「それじゃ、始めるぜ」
「いいよー」
「よーい……始め!」
☆
「弓を持つのは初めて見るのう」
メニューカードでスクナの配信を映しつつ、てっぺんヒミコは今まさに馬上で弓の調節をしているスクナを見る。
とても慣れた手つきで弓を調節する姿は、「もしかして本職の人かなにかですか?」と問いかけたくなるほどに様になっている。
ただのミニゲームということで、気負っている様子もない。いつも通りのほほんとした表情だ。
「難しいんじゃよなぁ、これ」
あの流鏑馬は、最低得点が10ポイントだ。
だから、とりあえず全部当てれば200ポイントにはなる。200ポイントも出せれば参加料の元は十分以上に取れるから、それができれば十分立派な記録だろう。
ただし、矢を多く使うと1本につき2ポイントのペナルティをつけられる。
ヒミコは2つの的にかろうじて当てて、4本多く使ってしまった。それで彼女のスコアは12ポイントだった訳だ。
「……始め!」
「にょわっ!?」
自分の不甲斐ない結果に気を取られていたからか、受付の鬼人族が出す合図に思わずヒミコは変な声を出した。
軽快に走り出す馬に揺られながら、スクナは緩やかに弓を構える。
お手本のような美しい射型から放たれた矢は、トンッと軽快な音を立ててひとつ目の的の中心に突き刺さった。
最初の5つの的は流れのままに等間隔で設置されている。
スクナはリズミカルに矢を放ち、5本で5つの的の中心を貫いた。これでもう250ポイント、ヒミコの20倍のポイントである。
「ほぇ〜……」
本来の流鏑馬に比べれば的の間の距離は長く、代わりに走る馬の速度も緩い。
本来は5メートル程度のはずの的との距離が15メートルほどあるから、純粋な難易度はこちらの方が上だろう。
ただし、ここはゲームの世界だ。ステータスという名の理外の身体能力まで加味すれば、このくらいの距離でちょうどいいのかもしれない。
まあ、ヒミコからすればまともに弓を撃つことさえ困難だったので、できれば5メートルくらいの距離にして欲しいところだったが。
既にスクナの姿は目視が困難な距離になり、ここからは空中に投影されたスクリーンが観客の目の代わりになる。
イベント最終日、使徒討滅戦を映し出していたソレをサイズダウンさせたようなスクリーンだ。
一応魔道具という扱いらしいが、詳しいことはヒミコも知らない。割と色んな街にあると聞いても、ヒミコは始めてから間もなく鬼人の里までキャリーされたため、真実を確かめることはできないのだ。
6個目から10個目の的はただ並べられている訳ではない。
高い、低いの順で交互に5つ。弓の射線を交互に変えるため、狙いを短時間で定めて放たなければならない。
この辺りから急激にヒットが減るのはよく見る光景だが、スクナは先程の5連射を全てど真ん中に当てたのだ。
もはやヒミコには、スクナが動かない的を相手に矢を外すビジョンが見えなかった。
案の定、オートエイムを疑いたくなるほど精密に、スクナは的に矢を当てていく。
的は等間隔で、馬は一定の速度で動く。全く同じ間隔で放たれる矢が、再び心地よい音を響かせた。
「ここからなんじゃよなぁ」
1個目に綺麗に当たった時点でこのくらいまで完璧なのはヒミコも予想していた。
だが、ここからの的は「動く」。最初の2個は上下に、次の2個は斜め。その次の2個は円を描くように回る。
この6個の的が非常に厄介で、普通に射落とすのも難しいくらいなのに、それを馬に乗って通り過ぎるまでの間に当てなければならないのだ。
しかも的の動きも結構速い。正直当てさせる気があるのか疑うレベルだ。
とはいえ、ここから先に関しては元々当てさせる気がないのではないかという予想は、案外的外れでもないのではないかとヒミコは思っている。
というのも、先程ヒミコが言った通り、500ポイントを取ればハイレアクラスのアイテムが貰えるのだ。
そして500ポイント取ること自体は、理論上は最初の動かない的10個だけで達成できてしまう。
現に今、スクナはあっさりと500ポイントを達成してしまったのだから。
前半なるべく高得点をとり、後半の運ゲーに備える。
流鏑馬ガチ勢は案外多く、500ポイントを達成したプレイヤーは軒並み前半で400ポイントは稼いでいた。
ちなみにプレイヤーとしての最高記録は弓使いの鬼人族プレイヤーが出した610ポイント。そのプレイヤーは前半だけで450ポイントと、非常に高い精度の射撃を行っていた。
「うーん、さすがに12ポイントは不甲斐ないのぅ」
終わったらスクナに弓の使い方の教えでも請うか。
そんなことをヒミコが考えているうちに、スクナは動く的ゾーンに入った。
矢筒から矢を引き抜き、すっと構え、少しだけ溜めを作ってから放つ。
一連の所作は淀みなく、放たれた矢は吸い込まれるようにして上下移動を繰り返す的の中心に突き刺さる。
もう1本。溜めの時間が少し長かったが、同様の所作で2個目の的も中心を撃ち抜いた。
矢が的に当たると言うよりは、的が矢に当たりに行っているような。そんな錯覚さえ感じてしまうほどに、スクナの射撃はあまりにも正確だった。
動きが上下だろうが斜めだろうが円だろうが関係ない。
あまりにもあっさりと、残り4つの動く的は中心を射抜かれた。
きっと当たる確信があるからこそ、あれほど淡々とした様子で的の中心を射抜けるのだ。
ここまでで800ポイント。
あまりの正確さに観戦している他の挑戦者たちも呆然と見守っている中、最難関の4つの的がスクナの前に立ちはだかった。
ここまでの射撃は想定していなかった訳ではない。
普段の投擲技術を見ているのだ。ヒミコとて、スクナが化け物なのは承知している。
「これはどうなんじゃろうなぁ」
だが、最後の4個の的は強風の只中にあった。
風の魔道具によって吹きつける風は矢の軌道を容易く変える。さらに、一方向から同じ強さで吹きつけている訳ではないらしく、乱気流のように複雑な気流が的の周囲を取り囲んでいた。
正確に言うと的周辺は台風の目のように風がなく、10メートルほど離れたところに気流の壁があるらしい。
ヒミコは手前の壁に矢を弾かれ、的の周囲に送り込むことさえできなかった。
こればっかりはさしものスクナでも狙って当てるのは困難だろう。
ヒミコがそう思っていると、スクナは左手の弓を少し降ろして右手を少し持ち上げて、手のひらを広げた。
馬が的にたどり着くまでのごく短い時間の所作。
スクナは納得したように頷いて手を下ろすと、そのまま矢筒から2本の矢を取り出して弓に番えた。
先程まで変わらなかったスクナの視線が、鋭く研ぎ澄まされる。
矢を引く力は段違いに強く、しかしその狙いがブレることはない。
弓の弦が一際大きな音を立て、2本の矢が勢いよく強風の壁へと向かっていく。
それも、あまりにも的に対して見当違いな方向へ。
2本の矢は違う風に乗ったのか、射手から的までの間で全く違う軌道を描く。
1本は左に寄り、もう1本は右へ。やや高さを付けて撃ち込まれた2本の矢は風の中で踊り……それぞれが別の的の中心へと突き刺さった。
ガッ、ガッ。そんな、的に突き刺さる矢の音で、軽快な音を立てていたここまでの矢とは明確に威力が違うのが伝わってくる。
強風を突破するために、勢いが必要だったのだろう。
観客がその矢の動向に目を奪われている間に、スクナは3本目を放っていて。
それが気流の壁を乗り越えて的に突き刺さった頃には、最後の矢は放たれていた。
鋭い着弾音を立てて、矢はその全てが的の中心へと突き刺さる。
全弾命中、1000ポイント。
ミニゲームの最大得点を、スクナはあまりにもあっさりと叩き出してしまった。
「ふぅ、ただいまっ!」
馬を駆って戻ってきた笑顔のスクナを呆然と見守る観客たちを見て、ヒミコは心の中でこう思った。
(わかるよ)
訓練されたスクナリスナーのヒミコは、一周回って彼氏面スタイルで腕を組みながら静かに観客たちに同調するのだった。
彼氏面オジサンと化したてっぺんヒミコ。
気持ちはわかる。