馬に乗って弓で的を撃つやつ
「さて……観光の時間だぞ!」
『うぉおおおおおおおお!』
『待ってた』
『最短で里長の家に連れていかれる女』
『警戒されまくってて笑った』
『妖気撒き散らしてて草』
『妖怪系配信者乙』
「完全に危険物扱いだったよね」
別に感染したりしないのに……と思ったけど、さっき白曜の肌を焼いてたから害があるのも事実なんだよね。
とりあえず右腕に着けてみた腕輪のおかげで、さっきまで晒されていたようなやべーやつを見るような視線はなくなった。だから、妖気とやらは抑え込めたに違いない。
それでもたまにぎょっとされるのは、もう仕方ないことだと思う。全身ヒビだらけなのは変わらないしね。
「という訳でお使いをこなしていく必要がある訳だけど……今日はもうあんま時間ないね」
何やかんやと時間を使って、既に時間は夕方に差し掛かっている。
今日は6時までに配信を切り上げなきゃだから、少し里を見て回るのが限界かなぁ。
『なんで?』
『夜にお客さん来るって朝言ってたわ』
『ずっと配信してるから定期的に言ってくれなきゃわからんて』
『1日平均10時間くらいは潜ってるもんな』
「基本的にここにいる以外にやることもないしねぇ」
配信も一応仕事を兼ねてるしね。まあ、ノルマは週5回2時間ずつだから、それに関しては大幅にオーバーしちゃってるんだけど。
今は楽しいからやってるけど、最初の頃はリスナーとの距離感とかもわからなかったしなぁ。
「そういえば初配信からそろそろ一ヶ月経つね。長かったような一瞬だったような」
『初配信でアリア戦だったんだっけ』
『明日か明後日でだいたい4週間だなぁ』
『あの頃は撲殺鬼娘になるなんて誰も想像……』
『↑できてたんだよなぁ』
『↑隠しきれてなかった定期』
『前日のリンネの配信の時点でバレバレやった』
「ダイレクトマーケティングにより撲殺鬼娘で定着させられたのほんと悔しい」
『草』
『やったぜ』
『草』
『日頃の行い、なんだよなぁ』
「なにおう。常日頃から清楚に穏やかにやってるでしょ」
『清楚……?』
『せいそ()』
『清楚の定義壊れる』
『穏やか(殺意満点)』
『目に付いたモンスター片っ端から倒してるんだよなぁ』
『清楚に謝って』
「清楚に謝ってとかパワーワードがすぎる」
下品なこととか暴言とか全然してないつもりなんだけどなぁ……清楚って難しい。
「なんていうのかな……清楚じゃなくてもいいんだけどさ、撲殺鬼娘以外にも私らしさみたいなのが欲しくない?」
『金棒がトレードマークの配信者とか中々いないよ』
『そうだよ』
『レアキャラレアキャラ』
『珍獣』
「まあ確かにレアっちゃレア……珍獣!?」
『反応で草』
『割と的確』
『珍獣スクナ』
『↑普通に居そう』
『シモヘイへ』
『投擲お化け』
『撲殺鬼娘がしっくり来すぎてる』
「響きと言いやすさがしっくり来てるのはわかるけど……そしてシモヘイヘって何?」
『昔の戦争で活躍したスナイパーみたいな人』
『ごく一部で有名やぞ』
『リアルでチートみたいな人』
『↑実在したんだよな』
『300メートルまでならノースコープでヘッショ確定とか言われてる』
「へぇー。みんな物知りだねぇ」
今戦争をやったらミサイルがあるからスナイパーってあんまり役に立たなさそうだけど、昔は歩兵と戦車と戦闘機くらいだもんね。
300メートルノースコープヘッドショットなら私もできるかなぁ。武器の有効射程範囲内なら一発で当てられるし。
「話戻すけどさ、あれだ、1ヶ月記念でなんかやって欲しいこととかあったら教えてね。できる範囲でやるからさ」
『ゼロウォまた見たい』
『ワルクラとかやってるの見たいなぁ』
『クロクロ100%クリアまで寝れまてんとか』
『↑死ぬぅ!』
『↑鬼畜スギィ!』
『↑これをリアルでやった化け物がいるでしょ』
『↑リンネさぁ……』
『スクナってワルクラ知ってるの?』
「いや、知らないなぁ。なんかの略称?」
『ワールドクラフターズ』
『家作ったり冒険したりするゲーム』
『昔から配信者御用達で最近VRのが出たんじゃ』
『見たことくらいはありそう』
『死ぬほど有名ゾ』
「あー……もしかしたらリンちゃんがやってるの見た事あるかも。なんか昔リンちゃんとんでもないお城の大規模建築とかやってなかった?」
リスナーから教えて貰った情報で、薄らとだけど記憶が蘇る。いわゆるサンドボックスゲーム、箱庭なんて呼ばれる類のゲームだろう。
確かリンちゃんが使用人を総動員してとんでもないお城を作っていたような記憶がある。
『ソレ』
『作ってた』
『輪廻城懐かしい』
『あれのデータ持ってるわ』
『TNT爆撃で壊れない建築やめろ』
ああ、やっぱり私が考えていたのと同じゲームっぽい。
あれはワールドクラフターズってタイトルだったんだね。
あの手のゲームはハマる人はどハマりするし、ハマらない人は本当にハマらない。そんなタイプのゲームジャンルだ。
ちなみに私はハマらなかったタイプ。作るより戦ってたいタイプというか、そういう人って一定数いると思う。
「VR版が出たんだよね? じゃああとでリンちゃんにおねだりしておくよ」
『おねだり』
『自分で買いなさい』
『むしろワイが買ったるから干し芋に入れといて』
『いやワイが買ったる』
『たぶんスクナ知らないだろうけど干し芋って深海の欲しいものリストのことよ。リンネにやり方教えてもらいな』
『↑てかリンネの干し芋に送ればスクナに届くんじゃね』
『↑ああ、確かに』
『↑スクナ本人に送りたいって人もいるやろ』
「私の知らないところで話が進んでる……そもそも深海って何?」
『えっ』
『えっ』
『知らんの?』
『深海知らないってマ?』
『流通系のバイトとかしてなかったん?』
『通販の最大手サイトなのに』
「配達系は新聞しかやったことないや。倉庫で仕分けとかもやったけど基本的に小売店に送る食品類で、それも今はほとんどロボットがやってるしさ。それに私、通販ってしたことないんだよね」
そもそも私、買い物をしないし。
どうしても必要なものは量販店で十分だった。
倉庫でバイトした時も、私の仕事は荷物の仕分けじゃなくてロボットの充電管理だったから、今はあまり流通系のバイトも人力ではないんじゃないかなぁ。
便利だけど世知辛い世の中である。
「ん? なんかあっちの方から声が聞こえる」
リスナーと雑談しながら宛もなく鬼人の里を歩き回っていると、ふと私から見て左手の方から声が聞こえてきた。
ひとりじゃない。そして割と騒がしい感じの、盛り上がりを感じる声だった。
「何かやってるのかも」
『ついに鬼人の里での初イベントだ』
『そっちって……ああ、なるほど』
『イベントっていうか興行というか』
リスナーの中の何人かは心当たりがあるみたいだ。
騒ぎの中心は私が歩いている通りから家を挟んで隣の通りにあるみたいで、路地を通ってそちらに移動する。
近づくにつれて、蹄鉄の音が聞こえてくる。これは馬でもいるのかな。たくさんは聞こえてこないから競馬みたいな興行ではなさそうだけど。
路地を抜けた私が見たのは、十数人くらいのプレイヤーとNPCの姿。
そして、無数の的が配置された演習場のような場所だった。
「ああ……えっと……馬に乗って弓で的を撃つやつだ」
『語彙力ぅ』
『状況説明まんまで草』
『流鏑馬な』
『賢さが足りんかった』
「ど、ド忘れしただけですぅ!」
仕方ないじゃん!
だいたい流鏑馬なんて現代でもほとんど廃れちゃってるんだから! 私もテレビで見たことしかないし。
ちょっと大きな声でリスナーに反論したせいか、流鏑馬を見ていた観客の視線のいくつかがこちらに向けられる。
その中のひとり、鬼人族の女性プレイヤーのひとりがこちらに向けて駆け出してきた。
「スクナたそ! スクナたそじゃ! うぉおおおスクナたそぉぉぉぉ!」
「えいっ」
「ぶべっ!?」
圧力に負けて、思わず投げてしまった。
優しく下ろしたからダメージはないはずだけど、すごい声を出してたな。
『それてっぴみじゃん』
『あ、初心者装備じゃなくなってる』
「え、コレがヒミコさん?」
突然飛びかかってきたから何かと思ったら、この人が今朝からたまに配信でコメントを残してくれていた「てっぺんヒミコ」さんだったのか。
「そうじゃよ!」
「うわっ」
「飛びかかったのは謝るから、そんな変なものを見る目で見ないでおくれ」
勢いよく立ち上がった女性は、少し悲しそうな顔をしつつも、綺麗な所作で着物についた砂を払った。
着物装備。私の赤狼装束はあくまでも着物の要素を取り入れただけの戦闘着だけど、彼女のソレは琥珀同様ちゃんとした着物だった。
身長は私よりは大きいくらいで、女性としては平均的だろう。
「ワシがてっぺんヒミコ。スクナたその配信はいつも楽しく見ておるよ。よろしくな!」
「うん、よろしくね」
プレイヤーネーム:てっぺんヒミコ。
とても嬉しそうな表情で笑うヒミコさんと、私は力強く握手するのだった。