月狼と月光宝珠
「ふむ、まあ流石にそんなところで臆するようなタマではないか。そうでなければ赤狼を討つなど不可能じゃろうからのぅ」
「えへへ」
ワクワクしてるのが顔に出てたのか、白曜は私を見て納得したようにそう言った。
あのアリアと同種の、いや、レベル的にはもっと高いはずのネームドとの戦いだ。楽しみじゃない訳がなかった。
「とはいえ、実際に戦いになるかどうかは微妙なところじゃがな」
「えっ……」
そんな最速で水を差すなんてことある?
「……勘違いするな、お主の力が足りぬという訳ではない。月狼の性質ゆえ、戦いが発生するかどうかがわからんということじゃ」
「性質?」
「奴はな、とてつもなく穏やかな性格なんじゃ。お主が戦った赤狼とは真逆も真逆、正反対と言ってよい」
ああ、なるほど、そういうことなんだ。
なんかこう……狼一族みたいな感じでみんな好戦的な相手なんだと思っちゃってたけど、よく考えてみれば狼って動物自体がそもそも獰猛な獣じゃない。
まあ、リアルの狼を基準に考えるのも馬鹿らしいけど、ネームドクラスのモンスターは知性的なAIが積まれてるっぽいし、個性があるのはおかしなことでもないだろう。
「うーん……」
「渋い顔をするのぅ。見誤るな、お主の目的はなんじゃ?」
「呪いの解呪だけどぉ」
昼頃に戦ったゴーレムも含めて、今の私はもの凄い戦いへの欲が高まってる。それこそ飢えた獣のようにだ。
そこにドーンと出された月狼ノクターンという餌に食いついたら、実は戦えない相手ですみたいな話をされたら、ショックもでかいというものだ。
「気持ちはわかる。じゃがまず話を聞け」
「うぬぅ」
白曜に窘められ、私は渋々話を聞く体勢を取った。
「月狼ノクターン。奴は月光属性と呼ばれる、光の上位属性をその身に宿しておる。これが極めて神聖な力でな……お主の身を蝕むその呪いでさえ、奴の手にかかれば一瞬で解呪し得るほどに強力な浄化作用を秘めておる」
「月光属性……獄炎属性と同じようなものかな?」
「上位の属性という意味ではな。しかし、より強力かつレアじゃ。獄炎なぞ所詮は火じゃからの」
所詮は火ってそんな殺生な。
いやまあ、戦った私から言わせてもらってもそんなもんだったけども。
「故に、第一目標は月狼ノクターンに直接その呪いを解呪してもらうことじゃ。底抜けに優しい性格じゃから、話くらいは聞いてくれるはずじゃぞ」
「まさかの交渉ですか」
「うむ、人間まず対話から入るものじゃ」
そもそも喋れるの? という疑問から始まるんだけど……うーん、普通に喋れそうな気がする。
まあ、少なくとも話を理解するくらいの知能はあるんだろう。そう思うことにする。
「とはいえ、流石の月狼とてタダで頼みを聞いてくれるほどお人好しではない。そこで儂にとっておきの秘策があるんじゃ」
「とっておきの秘策……!」
ゴソゴソと近くの戸棚を漁った白曜は、それなりに大きなサイズの月色の宝玉をその手の上で転がした。
何となく見覚えのある見た目だなぁ……と思ったけど、《月椿の独奏》の中心に据えられている宝石とほとんど同じ色合いなんだ。
「これは《月光宝珠》という。月光石という迷いの森の奥地でしか取れない特殊な鉱石を、鬼人族秘伝の技で磨き上げた逸品じゃよ」
「うわぁ、ほんとに綺麗だね」
《月椿の独奏》に比べて、あちらは色が濃いけれどこちらは少し淡く、その分とても澄んだ色合いだ。
奥が透けて見える程に、その透明度は高い。
月光宝珠。触ろうとすると、全身の闇が少し嫌がるように薄れた気がした。
「月狼はこれに目がなくてな。年に一度、我らの里を見守ってくれている礼としてこの宝珠を捧げるんじゃ」
「ふむふむ」
なるほど、地味に新情報だけど月狼ってこの里を見守ってくれてるのね。
それっていわゆる守り神的な存在なのでは?
私の疑問を置き去りにするように、白曜は少し嬉しそうに話を続けていく。
「恐らく、これを渡せば月狼は快く解呪に応じてくれるはずじゃ。二つ返事でな」
「二つ返事で!?」
「それほどに、月狼にとってコレが貴重な品であるということじゃ。色々と事情があって、月狼自身にはこれを手に入れる手段がないからのう」
二つ返事って、それもう即答みたいなものだよね。
確かに綺麗ではあるけど……月狼はこの宝玉の何にそれほどの価値を見出しているんだろう。
神聖な感じはあるけど、この宝玉そのものからはクリムゾンジュエルやグラビティジュエルのような強い力は感じない。
まあでも、満月の夜にしか現れないというモンスターだし……手に入れられない理由はいくらでも思いつくか。
「とりあえず、解呪の方法はわかったよ。でも、タダでそれをくれるわけじゃないんでしょ?」
世の中、何かをしてもらおうと思ったらギブアンドテイクが基本だ。私とリンちゃんくらい仲がいいとそんなこともないけどね。
むしろ、無償の奉仕とか信用できないよね。タダより高いものはないんだから。
互いに納得のいく利益があって、初めて信用が生まれる。そういうものなのだ。
「うむ、よくわかっておるな。ここでタダで寄越せなどと言ってきたら絶対やらんつもりじゃったわ」
月光宝珠を戸棚にしまい直した白曜は、代わりに豪奢な金属製の腕輪を投げてきた。
「何これ」
「黒曜がここにお主を連れてきた理由はそれじゃろ?」
「鬼灯の腕輪……ってやつ?」
「うむ。ひとまず、お主にはその腕輪を貸してやろう。正直使う奴がおらんからほぼゴミじゃしな。その妖気を抑えんことには里のみなも怯えて動けんじゃろうし、必要なことじゃ」
「うっ……」
あ、よく見ると鬼灯のレリーフがついてる。
精巧な細工だな。さっき、宝玉を磨き上げたのは鬼人族秘伝の技だとか言ってたけど、鬼人族って案外職人が多かったりするんだろうか。
「次の満月までの1週間、この里の民を助けてやってくれ。魔物と戦うもよし、子供と遊ぶもよし、頼みをこなして信頼を集めよ。さすればこの月光宝珠をお主に託すのもやぶさかではないぞ」
「アバウトだなぁ」
要するにお使いをこなして信用を集めろという、ゲームでよくあるやつをしろってことね。
まあ、どの道この里はゆっくり見て回るつもりだったし渡りに船かな。
うーん、でもやっぱり月狼とは戦いたかったなぁ。
「ハッハッハ、まあゆるりと過ごすがよい。この里はそれなりに楽しいからのぅ」
「うん、ありがとう」
明るい笑顔を浮かべる白曜に、私もまた緩めのお礼を返した。
☆
「月狼が優しい、か。我ながら抱腹絶倒モノのギャグを言ったもんじゃ」
あれから少しだけ雑談して出ていったスクナを見送った白曜は、己の発言を省みて自嘲する。
我ながら大嘘を吐いたものだと。
「おや、月光宝珠を渡せば二つ返事で解呪してくれるのは本当のことじゃないですか。そういう意味では正しいでしょう?」
スクナが去ったのを見計らって、音もなく黒曜が現れる。
からかうようなその言葉に、白曜はジトーッとした視線を向けた。
「戦う相手はより強くなければ楽しくない。そんな戦闘狂のような思考回路を持っとるだけじゃ。ま、良くも悪くもスクナとは性格の相性はいいじゃろうがな」
「ええ、まだ少ししか触れていませんが、あの名前であの性格。まるで伝説の2人がひとりの鬼に宿ったかのようです」
「その意見には同意するがな。全く、偶然ではあろうが、琥珀からあの名前を聞いた時は流石の儂もビビったわ」
「琥珀様は知らないことですからね。彼女の《名前》を知っているのは、この里でも極一部だけですし」
里においても最古参の2人は、琥珀よりも遥かに世界を識っている。まだうら若き乙女である琥珀の無知を愛でこそすれ、馬鹿にするつもりは毛頭ない。
そんな2人でも……いや、そんな2人だからこそ衝撃を隠しきれないほどに、スクナという名は鬼人族にとっては重要な名前だった。
「しかし黒曜、なぜ解呪の方法を知らんなどと嘯いた? 別に儂から説明しなければならんかった訳でもあるまい」
「鬼灯の腕輪はこの里の至宝、どの道姉上にお伺いを立てなければお借りすることはできません。私が道行きで話すより、里長の姉上から説明された方が説得力がありますよ。姉上こそ、なぜゴミだなんて大嘘を? 《鬼灯》は鬼神様の象徴ですよ?」
「いや、誰も使えんかったのは事実じゃし。むしろ彼奴があんなにあっさり腕輪を装備できるとは思っとらんかったんじゃもん」
そう。鬼灯の腕輪は鬼人族の宝のひとつ。
かつて鬼神が実際に装備していたという、神具に近い代物だ。
とはいえ、これまで誰ひとりとしてその装備に成功した者がいなかったというのも事実で。
恐らく鬼神と同じ《童子》にしか装備できないのではと予想されてきたが、この里を訪れた他の童子にそれとなく試して見ても装備することさえできなかったのだ。
それを、ただブレスレットをつけるくらいの感覚であっさりと着けていったスクナに、むしろ白曜が引いているくらいだった。
「彼女は童子であり、2種の名持ちを討滅した者。筋力値もレベルも十分ということなのでしょう」
「ま、実際着けとっても妖気を抑えるだけなのは事実じゃしな。貸しただけじゃしちゃんと返ってくるじゃろ」
「姉上、それはフラグというやつです」
「えっ」
ああ、嫌な予感がする。
黒曜はそっと手で額を押えた。
黒曜と白曜、里における最古参の2人は、今日も仲良く鬼人の里を見守っていた。
白曜は回りくどいのとドッキリが好きな性格なんです。
白曜は煙に巻くタイプで、黒曜は真意を隠すタイプ。彼女たちから本当に正しい情報を引き出すのは以外に困難だったり。