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鬼人の里へ

「うーん、これはなかなか」


「でしょう? ゲームですから息が上がったりはしませんが、しんどさはありますよね」


 森。いや、ここまで来るともはや樹海だろうか。

 道無き道を、私とメグルさんはせっせと進んでいた。


 鬼人族の上位プレイヤーというか、第一陣の中でも熱心なプレイヤーたち。

 メグルさんを筆頭に鬼人族の種族専用掲示板でたむろっている彼らが当たり前のように鬼人の里に辿り着いていたから忘れていたけど、鬼人の里はいわゆる「隠れ里」だ。


 今私たちが歩いているのは、グリフィスの東に5キロほど移動すると辿り着ける《迷いの森》と呼ばれる大樹海。

 富士の樹海を思わせるこの森は、その名前とは真逆の「絶対に迷えない」という性質を持つ。

 というのも、一定時間滞在すると霧に包まれ、強制的に森へ入った場所に戻されるのだ。


 時間にして12時間。半日森をさまよった者は、森から弾き出されてしまう。

 おかげで迷ったまま餓死したりする旅人は居ないが、それでもこの森で死ぬ者は多い。そしてそのほとんどは、モンスターの襲撃によるものだ。


 迷いの森と言うだけあって、ここでは探知やマッピング系のスキルが全て無効化されるため、モンスターの不意打ちは目視や音でしか対処できない。

 一応アイテムとしての地図は利用できるものの、この道無き森ではほとんど役に立たないし、仮に道がわかっていたとしても戦ってるうちに進んでいた道から逸れることもある。

 先に進むことばかり考えていると警戒が疎かになり、警戒ばかりしていると道に迷ってやり直し。

 慎重に進んでいれば生き残る難易度そのものは高くないが、それでもこの森の中で目的の場所に辿り着くのは難しいのだ。



 と、ここまでの話だけだと、地図も役に立たずマップもないこの森で目的地に着くのなんて不可能のように思える。

 ただ、今私を先導してくれているメグルさんは、このマップのない森をよどみない足取りで踏破している。

 もちろん当てずっぽうで進んでいる訳ではなく、メグルさんはちゃんとした根拠に基づいて鬼人の里を目指していた。


「鬼人の里は、本来の形であればグリフィスに滞在している鬼人族NPCのクエストをこなし、その報酬として《先導石》を作成してもらうことで行ける場所です。逆に一度手に入れてしまえば、光を辿るだけで里に着くことができます」


 グリフィスを通り抜ける時に、メグルさんはこんな風に説明してくれた。

 実物は目的地の方向を常に指し示す不思議な石のようなものであり、それを持つものだけが鬼人の里に辿り着けるということらしい。

 つまり、この《先導石》というアイテムこそが迷いの森では不可欠なキーアイテム。

 迷いの森の中でどの目的地を目指すにせよ、対応した先導石を持っていなければ話にならないということなのだろう。


 この石を手に入れるためのクエストは鬼人族であればそんなに難しくないらしいんだけど……。

 それでも、1時間でぽんと完成! みたいな手軽なものじゃないんだそうだ。


 さっきメグルさんが古代遺跡の深部で私を待っていたのは、ボス討伐の協力依頼をするためだった。

 でも、グリフィスに来てから途方に暮れるであろう私を、最短最速で鬼人の里に案内するためというのも理由のひとつではあったそうで。

 むしろ、ボス攻略を断られても案内はちゃんとやってくれるつもりだったみたいで、結果としてギブアンドテイクにできてよかったなと思う。

 メグルさんはボスを倒せて嬉しいし、私はとりあえず鬼人の里に行けて嬉しい。これぞウィンウィンの関係というやつだ。



「しかし、モンスターがとにかく少ないですね。普段ならどんどん襲いかかってくるんですが」


 森に入って2時間ほど経った頃。

 ふとした拍子にメグルさんは不思議そうに呟いた。


「へぇ、なんでだろう?」


「理由はさっぱりですが……ま、早く着けるならそれに越したこともないですね」


「うーん、確かにそうだね」


 早く着けるならという意見には私も賛成だ。

 仮に襲われたからって大したタイムロスにはならないとは思うけど、今は少しのタイムロスが惜しい。

 何が惜しいって、せっかく鬼人の里に着いたのにほとんど見回れないままログアウトしなきゃ〜ってなるのが嫌なのだ。


 とはいえ、モンスターの出現に関する異常って言うと、ちょっと嫌な記憶が蘇るところだ。

 デュアリスの近くにあるローレスの湿地帯でリザードが出現しなくなった時、真竜アポカリプスによる襲撃を受けた。

 完全な敗北。酒呑に助けられたおかげで死にはしなかったけど、あの時の私はアポカリプスにかすり傷一つ負わせるので精一杯だった。

 最近何かと思い出すクーゲルシュライバーも、あの時フィニッシャーで粉砕したのだ。


 うん、負けた時の記憶を思い出すとちょっと気持ちがムカムカするからやめよう。

 メグルさんがわざわざ言葉に出すくらいにモンスターの出現率が変化しているのが確かなんだとして、だからといって私たちに何が出来る訳でもないし、とりあえず進むのが正解だろう。


「それに、鬼人の里はもう目の前ですよ。見てください、先導石の光が強くなってるでしょ?」


「おおー、確かに光が強くなってるね」


「目的地が近いとこうなるんです。多分あと5分くらいですね」


「モンスターが少なかったとはいえ、想定より結構早いんじゃない?」


 確かモンスターの襲撃を考慮すると4時間くらいかかるって言ってたのに。

 そう思って聞いてみると、メグルさんは苦笑しながらこう言った。


「光に向けて一直線について進みましたからね。ここまでめちゃくちゃな悪路だったでしょう? 普通に案内する分にはもっと緩やかなルートを選ぶんですけど、スクナさんならこっちでも問題ないかなと」


「最短ルートだったからってこと?」


「そういうことです。難易度は高いですが、こっちからならモンスターを考慮しても普通に3時間くらいで行けちゃいますから。モンスターの襲撃がなかった以上、2時間ちょっとで着けるのも道理でしょう」


 あれ、もしかして完全に道がなかったのってメグルさんが選んだルートのせい?

 こういう道ばかりなら先導石がなきゃ死んじゃうよなぁと思ってたけど、本当は地図も無意味なアイテムではないんだろうか?

 いや、なるべく早く到着したいっていうのは私の要望だしなぁ。メグルさんは私の要望に応えてくれただけで、先導石についても私が勝手に勘違いしてただけだ。


「なるほどねぇ。でも今度からは一言でいいから、難易度が高い方に行くってことは伝えて欲しいな」


「すいません、気をつけます。でもスクナさんならこういう道の方が好きかと思いまして」


「くっ、私のことをよく理解してるから何も言えないっ」


 平坦な道をダラダラ行くよりは、こういう荒れた道を通っていく方が楽しい。

 メグルさんの心遣いにただただ感謝です。


「あ、石の光が消えてる」


「着きましたね」


「着きました、って……どこ?」


 そろそろだと言われてからすぐ、メグルさんの持つ先導石の光が消えた。

 うーん、木々で視界が良くないとはいえ、まだまだ全然鬱蒼とした森の中って感じで、開けた場所さえ見えてこない。

 鬼人の里ってもしかして地底都市?


「あはは、見えませんよね。里は認識阻害の結界で守られてるんですよ」


「認識阻害……幻術みたいな感じ?」


「ええ、そんなところです。なのでこうやって普通に進んでいれば……」


 メグルさんが3歩ほど前に進んだ瞬間、消しゴムで消されたみたいに彼の体が綺麗に消えた。

 あのあたりのラインに結界が張られてるってことなんだろうか。恐る恐る手を伸ばしてみると、見た目上は手が消えているものの、手の感覚は残っていた。

 やっぱり結界を境に見えなくなっているだけみたいだ。

 あくまで認識阻害の効果しかないのか、特に弾かれたりということも無い。色々確かめてから、私は安心して結界をくぐり抜けた。



 眩しいくらいに日が差している。

 迷いの森の中にあるとは思えないほどに広く開けた場所だ。

 そこに、鬼人族の隠れ里は存在していた。


「ここが鬼人の里……」


 とても街とは呼べない広さだけど、それでも思っていたよりはずっと大きな集落だ。

 集落全体を柵が覆っているのは当たり前として、その柵を囲むように深い堀も作られている。堀の中には凶器だけでなく虫のようなモンスターも蠢いており、下手に落ちたら助かりそうもない。

 なんというか、とてもちゃんとした集落だなと思った。


「スクナさん、こっちです」


「あ、うん。今行くよ」


 手招きしているメグルさんに言葉を返して歩き出す。

 初めてきた場所である以上、懐かしいなんてことがあるはずもないけれど。


 全身に走る呪いのヒビが、ほんの少しだけ疼いたような気がした。

やっとこさ到着、鬼人の里です。


ちなみに迷いの森には他にもいくつかの隠れ里があったりします。妖狐族なんかはそのひとつですね。

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[一言] 妖狐族!? き、狐っ娘は居るんでしょうか!
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