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笑顔

ブロック崩し。

 最強だから。


 スクナがその言葉をどういった意図を持って放ったのか、それはメグルには分からない。

 ただ、スクナについてお世辞にも詳しいとは言えないメグルでも、理解できたことがある。


「……これが、本来のスクナさんなんですね」


 目がいいだとか。

 耳がいいだとか。

 運動神経だとか、反射速度だとか。

 投擲の精度だとか、容赦のなさだとか。


 スクナの長所を聞けば、十人十色の答えが返ってくる。

 それほどまでにスクナという配信者は様々な特技を持ち、その神業の如き圧倒的なプレイヤースキルで多くのリスナーを魅了してきた。


 だが、これまで欠かさずスクナの配信に目を通してきたメグルをして、今目の前で戦うスクナの姿は衝撃的だった。


 笑っている。戦いの中で思わず零れ落ちる笑みではなく、巨竜戦の時の狂ったような哄笑でもない、何もかもが楽しくて仕方がないと言わんばかりの純粋な笑顔を浮かべている。

 どんな時でも超然とした雰囲気を漂わせ、世間ズレしたプレイヤースクナではない。

 どこまでも等身大の彼女がそこにいると、メグルはそんな感想を抱いた。

 

 先程スクナが自身を最強だと嘯いた時に浮かべていたのも、まるで子供のように無邪気な笑顔だった。

 思わず息を飲むほどに、魅力的な笑顔で笑う少女がそこにいた。


「あの時、何かがあったということなんでしょうね」


 この2日間の配信を見ていて、スクナの雰囲気が柔らかくなったのにはメグルも気づいていた。

 これまでは比較的淡々とした配信だったのに、喜怒哀楽をはっきりと表現するようになった。

 幸いにして怒ったり悲しんだりすることはなく、昨日や一昨日はそんな姿を見ることはなかったが。

 純粋によく笑うようになったな、とは思っていた。


 きっとあの暴走の時、スクナの中で何かが変わったのだとメグルは思っている。

 きっかけはリンネのデスであり、そのきっかけ自体はお世辞にもいいものとは言えなかったとは思う。

 実際、暴走中のスクナの涙は、今見てもゾッとするほどに冷たく悲しいものだった。

 それでも、これまで配信中も戦闘中以外はほとんど笑わなかったスクナが、あれ以来頻繁に笑顔を見せるようになってくれた。


 そして今、誰よりも楽しそうにスクナはゴーレムと戯れている。


「笑顔でモンスターを蹂躙する、という意味では前より凶悪になったかもしれませんね」


 無言で淡々と雑魚を処理するのと、笑顔でボスをタコ殴りにするのと。

 言葉にすればどちらもそれほど変わらないような気がして、メグルは苦笑する。


 スクナの言葉の真意は見えない。最強という言葉が何を指しているのかもわからず、ある意味ではいつも通り、ボス相手に無双しているだけのようにも見えなくはない。


 ただ、彼女の中で明確に何かが変わったのは間違いない。

 そしてそれはきっと、とてもいいことだ。


「あの笑顔を直接見られたのは、ちょっとした宝物ですね」


 自分視点のプレイアーカイブを残せないのが悔やまれる。

 だが、アレは直接見たからこその衝撃と感動なのだと思うことで、メグルは自分を納得させた。


「メグルさーん! そろそろいいよー!」


「えっ!? 早くないですか!?」


 呆然としているうちに戦闘に参加するタイミングを失い、スクナに言われたとおりゴーレムから距離の離れたやや安全な場所で物思いに耽っていたメグルは、気付けば炸裂装甲をほとんど引っペがされたゴーレムを見て驚愕する。

 嬉しそうに手招きをするスクナは当然のように無傷であり、それもまたメグルに衝撃を与えた。


 ヴォルケーノ・ゴーレムの第二形態は、少しでも衝撃を与えると炸裂する赤熱した溶岩の鎧を纏っている。

 第一形態で纏っていたマグマの鎧は流体であるが故に飛び散ってスリップダメージを与える効果があったが、第二形態の溶岩は少し冷えて固まったおかげで装甲としての役割を果たしている。

 そのせいで単純に防御力が上がる他、先ほど言ったとおり物理的な衝撃を与えると炸裂するため、ただ飛び散っていただけのマグマと違い明確な反撃として溶岩塊が襲いかかってくるのだ。


 これがなかなか馬鹿にできない速さと火力を秘めていて、最初から離脱する前提で軽く叩いて逃げたりでもしなければ十中八九炸裂装甲の餌食になる。

 そして炸裂装甲を食らってノックバックしているうちに、ゴーレムのバ火力パンチを食らってしまったり。

 あるいは炸裂装甲の回避に注力している隙をつかれて蹴り飛ばされたり、プレスされてしまったり。

 近接職をトコトン虐めるような設定をしているのが、このヴォルケーノ・ゴーレムというモンスターの第二形態なのだ。


 唯一炸裂装甲を無効化する方法が《氷系統の属性で殴る》こと。急速に溶岩が冷えるせいか、何故か装甲が炸裂しなくなるのだ。

 メグルが氷属性のアイスメイスを用意したのはこれが理由……だったのだが。


 スキルもなく、アーツも使えず、無属性の武器しか持っていないはずのスクナがあっさりとゴーレムの炸裂装甲を剥ぎ取ってしまった。

 よくよく見れば、HPがまだ2本目のゲージの3割程度しか削れていない。

 つまりスクナは何かしらの方法を使って、とにかく装甲を剥ぐのを優先して戦っていたのだろう。


「どうやったんですか?」


「ん? なにが?」


「装甲を剥いだ方法です。まだ5分くらいしか経ってませんよ?」


「大したことはしてないよ。投擲で誘爆させただけだもん」


 こんな風に、と言葉を続けたスクナは、腰のポーチから投げナイフを一本抜き取った。


「よっ!」


 ほとんどの装甲を失い、それでもなお戦意を失わないゴーレムに向けて、スクナは投げナイフを放り投げる。

 勢いよく飛んでいったナイフは胴体に残された装甲にぶつかって反射し、スクナを攻撃せんと振り下ろした腕の装甲にぶつかって跳ね上がり、振り下ろされた腕の風圧で軌道が逸れて背中の装甲を掠めて落ちた。


 ボボボン! と軽快な音を立てて誘爆する3箇所の装甲を見て、メグルは思わずポカンと口を開けた。


「狙った、んですよね?」


「うん。さっきまではもう少し反射しやすい鉄球でやってたんだけど、どれも転がってってマグマに落ちちゃった」


「な、なるほど……?」


 要するに投擲物を装甲に跳弾させることで、炸裂装甲を誘爆させ続けたらしい。

 わずかな物理衝撃で炸裂する訳だから、確かにそういった方法で誘爆を狙うのはメグルも少しは考えた。

 実際に3度目の挑戦では弓使いの友人に頼んで挑んだりもしている。

 だが、いくら炸裂して剥がれると言っても、10メートル級のゴーレムの装甲を全て剥ぐのは困難で、しかもそこまで細かく狙いは付けられず、早々に氷属性で攻める方向に切りかえたのだ。


 鎧を纏ったゴーレムの動きがゆったりしているとは言っても、油断できるようなノロマではない。

 そんな相手の攻撃を回避しながら精密に狙いを定めて狙った形で跳弾もさせる。


「ちょっとドン引きしてもいいですか?」


「なんで!?」


 メグルの思わず零れてしまった本音にスクナは結構な衝撃を受けたようで、彼女にしては珍しく大仰な反応を示していた。


「いや、あの、はい。これが本物かぁ……」


 本来なら褒め称えるべきシーンなのかもしれないが、ちょっと現実味がなさすぎて褒めようにも褒められない。

 配信では何度も見てたし、その度に凄いなぁとは思っていたが、この投擲スキルは本当に何なんだろう。

 メグルは割と真剣に、最近激アツの「鬼っ娘スクナツール説」について考察したいと思った。


「メグルさん」


「なんでしょう?」


「ぼーっとしてると危ないよ?」


「うおっ!?」


 頭を潰されそうな軌道で襲いかかってきたゴーレムの拳を、メグルはしゃがむことで回避する。

 そうだ、なんだか変な方向に思考が誘導されかけたが、今はボス戦中だ。

 しかも三度もやられたボスとの戦いだ。気を抜いている場合じゃない。


「すいません、助かりました」


「一応ボス戦だし気をつけなきゃだよ」


「ええ、そうですね」


 呆れたようなスクナの言葉に反省させられつつ、「一応ボス戦」程度の認識なんだなぁとメグルはなんとも言えない気持ちになった。

 ただ、彼女はあの巨竜と戦った人だ。レイドバトルに比べれば楽、という意味ではこのモンスターも確かにその程度の相手なのかもしれない。


「ああ、なんだか毒されそうです」


 三度敗北したこのボスを倒すべく、スクナを頼ったのはメグル自身だ。

 だが、この鬼っ娘、恐ろしいほどに頼りになる。何度も負けているボス相手なのに、スクナと共に戦っていると負ける気がしない。

 これでスキルもアーツも使っていないという。純粋なプレイヤースキルとステータスのみで、メグルが死ぬほど苦戦した隠しボスを圧倒している訳だ。


「盗める技術は盗んでみましょうかね」


 投擲に関しては全く参考にならないが、同じ打撃武器使い、そして同じ童子としてスクナの立ち回りは参考になる。

 配信で見ているのとこうして肩を並べて戦うのでは、実際の印象も大きく変わるものだ。

 全く同じことをする必要はない。スクナの立ち回りのエッセンス程度でも盗み取れれば御の字だった。


「うぇっ!? 光りだした!?」


「ああ、第三形態への移行ですね」


 スクナが全ての装甲を剥いだタイミングで、ゴーレムの全身が赤く発光する。

 本来ならHPゲージの2本目が割れた時点で強制的に発生するゲージ移行の形態変化だが、まだ2本目のゲージは半分ほど残っている。

 となると、今回は装甲を剥ぎ切ったことで早めに発動したのだろう。


 全身が赤熱し、ヒビ割れた胴体の隙間からは脈打つような光が溢れている。


「ここからは純粋な殴り合いです!」


「そういうのは得意だよ!」


「むしろ苦手なことなんてあるんですか!」


「お勉強!」


 謎テンションでよくわからない掛け合いをしながら、急激に速度が増したゴーレムの攻撃をアイスメイスで受け止める。

 装甲の分軽くなったはずなのに、攻撃の威力は増している。

 ガードしたとはいえ真正面から攻撃を受けたメグルは、攻撃の勢いを殺しきれずに数メートル後ろに追いやられた。

 これがヴォルケーノ・ゴーレムの第三形態。

 速くて硬くて重い。シンプルに強い要素を兼ね備えた、強力な形態だ。


「やっぱこういうのが一番ワクワクするね」


 そう言って笑うスクナの瞳には、嬉しそうな感情だけが浮かんでいる。

 本当に頼もしい。メグルをかばうようにゴーレムの拳を金棒で叩き逸らしたスクナの後ろ姿に、メグルは何度目か分からない安心感を覚えた。

スクナが「最強だから」と言った理由については、前回あとがきで書いた通りかつてなく絶好調な自分の状態を(小並感)しただけです。

一般人視点では普段との違いがいまいちわからないの図。

思わせぶりな後書きと引きですいません。


ただ、リンネ以外の前でも屈託なく笑えるようになったということそのものが、スクナの成長の証かもしれません。

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― 新着の感想 ―
[一言] ≫「むしろ苦手なことなんてあるんですか!」  「お勉強!」 視聴者に弄られますねこれは……
[一言] イベントでも実質ギミックみたいな役割してたし、運営が用意したアバター(ツール)説は否定できない…? いやしかし勉強が嫌いと仰っているので学習型AIは積んでない…?なのにこれほどの挙動を…? …
[良い点] 鬼っ娘スクナTASさん説もあるよ! まぁ私の見解ではTASさんの正体は銀髪碧眼のロシア人幼女なので違うと思うけど…… [一言] 皆の前で素直な笑顔を見せるようになったナナの成長を喜びつつも…
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