揺るぎない確信
「おお……」
隠し通路を下った先。
正しく焔の古代遺跡の最深部にたどり着いた私は、想像以上の光景に思わず声を漏らした。
広さは他のダンジョンのボス部屋とそう変わらないが、そこかしこでマグマが吹き出し、部屋全体を赤く燃やし尽くしている。
「ここがボス部屋」
「ええ、ヴォルケーノ・ゴーレムの領域です」
メグルさんの言葉と同時に、私たちが通ってきた隠し通路が岩で塞がれる。
なるほど、ボスを倒すか死ぬかでしか脱出は不可能っていうのも他のボス戦と同じってことね。
部屋の奥の方のマグマ溜りに影が浮き出たのが見えた瞬間、私は緩やかな動作で1歩左へ移動する。
その瞬間、マグマ溜りからかなりの速度で溶岩塊が射出され、数瞬前まで私が立っていた場所を突き抜けていった。
「ナイス回避です」
「わかってたなら教えて欲しかったな!」
「いや、今の行動は初見ですね。如何せん私もまだ3度しか挑んでいないので、知らない行動も多いんです」
「あ、そうなんだ。なら仕方ないね」
そんなことを言っている間に、私たちの前方ではマグマ溜りが盛り上がり、マグマの中から何かが姿を現そうとしている。
マグマを吹き上げながら現れたのは、全身を灼熱のマグマで覆った人型のゴーレムだった。
見たところ、体高は10メートルくらいだろうか。ずんぐりとしてはいるけど、機動力はそれなりにありそうだ。
HPゲージは3本ある。結構な長期戦になるかもしれない。
《ヴォルケーノ・ゴーレムLv79》
「おー、レベル高いな」
「とにかく直撃は避けるように気をつけてください。火力だけならおそらくあの巨竜にも匹敵します」
「巨竜、ねぇ……」
メグルさんの言葉に、私は数日前のレイドバトルを思い出す。
あの時巨竜の攻撃を私が捌いたのって、実のところわずか数回しかない。
テツヤさんとシューヤさんの2人が前を張ってくれていたし、なんだかんだ回避で済んでしまうシーンも多かったからだ。
まあ、巨竜の攻撃力はおおよそ把握してるし、仮に目の前のゴーレムが巨竜並の火力を持っていたとしても今の私なら問題ないだろう。
「序盤は殴る蹴る叩くの物理攻撃がメイン、だよね?」
「はい。属性攻撃は稀に使用するくらいで、それもよく見ていれば回避可能です」
「おっけー。じゃあまずは叩いてみますかねっ」
彼我の距離は数十メートル。ゴーレムがマグマ溜りからちゃんとした地面まで上がってきたあたりで、私たちは共にゴーレムとの距離を詰める。
どうやら敏捷はメグルさんの方が上なのか、私よりも遥かに早くゴーレムの元にたどり着いたメグルさんがアイスメイスを振るう。
キィン! という甲高い音と共に、打撃した部分が凍りついた。これが氷属性の武器の属性ダメージ表現ってことなんだろうか?
「ほぉ〜……なるほどね」
ゴーレム自身の体熱によって氷は一瞬で溶かされたものの、氷属性が通った瞬間、ゴーレムの体表のマグマが冷えて固まるのが見えた。
あの固まっている状態で上手く合わせられれば何かしら大きなダメージを与えられそうな気がするけど、タイミングがシビアで難しいな。
続けざまに振るわれるメグルさんの攻撃の度に氷属性のエフェクトが走って、音がとても気持ちいい。
というかメグルさん、相当のステータスを敏捷に振ってるっぽい。もしかしたら武器が軽めなのかもしれないけど、攻撃の速度がとても速いのだ。
アレはアレでいいなぁと思いつつ、私は宵闇をヴォルケーノ・ゴーレムの足に叩き込む。
飛び散るマグマが頬を掠めてほんの少しHPが減るけど、マグマの下の本体にヒットさせればこちらの攻撃もダメージとして通るみたいだ。
マグマによるスリップダメージは面倒だけど、たまにポーションを飲む程度で回復はこと足りる。
振り下ろされるゴーレムの拳をバックステップで躱した私は、私の代わりに大地を抉ったその腕に3度宵闇を叩きつける。
メグルさんからヘイトを奪い取るつもりで、私はマグマを纏ったゴーレムを思い切り宵闇で殴りつけた。
それから10分ほどだろうか。
時折ポーションによる回復を挟みながらも、私はヴォルケーノ・ゴーレムと真正面から打ち合っていた。
「うりゃあ!」
まるで釣鐘を叩いたような音を鳴らして、私の宵闇とゴーレムの拳が衝突する。
真正面から打ち合えば流石に私が力負けする……という訳でもなく。
「ふっふっふ、ほんとに巨竜並の攻撃力なのかな?」
スキルが使えず純粋な筋力のみで振るう私の攻撃とゴーレムの攻撃の威力は拮抗する。
飛び散るマグマによるダメージを気にすることなく、私はゴーレムと力比べを楽しんでいた。
「《アイシクルブラスト》!」
私がゴーレムの攻撃を受け止めている間に、メグルさんの属性攻撃がゴーレムの足に突き刺さる。
氷結の4連撃は瞬時にマグマを凍らせ砕き、ゴーレムの本体に明確なダメージを刻んだ。
あれは《片手用メイス》スキルのアーツだろう。熟練度が500を超えてくれば、あのスキルにもちゃんと属性攻撃が追加される。
私が何故か《打撃武器》スキルを極めていたせいで属性攻撃を覚えられていないだけで、普通に片手用メイスとして金棒を使っていたらメグルさんのように何かしらの属性攻撃を覚えるのだ。
私のメイス系スキルの熟練度は相変わらず高くないけどね!
「そっち見てる場合?」
強力な攻撃で大きなヘイトを稼いだのか、ゴーレムの標的がメグルさんに移行したらしい。
だがそれは想定内。ここまでじわじわと丁寧に積み重ねてきた蓄積を解放させるときだった。
延々と叩き続け、若干ひび割れの入ったゴーレムの足を、メグルさんの方に振り向く瞬間の一番体重が乗ったタイミングで強打する。
起こる事象は極めて単純。
バギィッ! と何かが砕ける音がして、ゴーレムの片足が砕け散った。
部位破壊の成功、とは言ってもこのゴーレムは比較的部位が破壊されやすいようにできていて、欠けた部分はすぐに周囲の岩で破損を修復してしまう。
足ひとつ砕け散ったからと言って大した時間稼ぎにもなりはしない。
ただ、それは部位破壊が無意味ということではない。
なぜなら今の部位破壊は、確実なチャンスを生み出した。
「スクナさんナイスです! 《アクアブレイク》!」
片足を喪失して体勢を崩したゴーレムの頭部へと、メグルさんのさらなる属性攻撃が突き刺さる。今度は水属性のようだ。
仰け反るゴーレムだが、足がないせいで踏ん張れないのか後ろに向かって倒れてしまう。
「ちょっ、待っ、こっち倒さないで!?」
上手く部位を破壊したことで少し気を抜いていた私は、自分の方に勢いよく倒れてくるゴーレムに一瞬焦りを覚える。
とはいえ、すんでのところでゴーレムの下から抜け出せた。
無防備に地面に倒れたゴーレムに追撃しようとしたものの、ゴーレムの全身を守るように周囲のマグマがゴーレムに引き寄せられていく。
とても触れる状況じゃない、下手をすればマグマに四肢の一本でももっていかれそうで、私は大人しく後ろに下がった。
「今の狙ってたんですか?」
「一応ね。上手くいってよかったよ」
モンスターの部位耐久に関しては、私もそんなに正確には見切れない。特に大型のモンスターとなれば余計にだ。
このゴーレムは比較的部位が脆めにできていたからこそ、上手くタイミングを調整できたのだ。
「私も今のアクアブレイクは会心でしたね。あの巨体をめくる感覚はたまりません」
「その気持ちわかるよ」
巨大なモンスターを手玉に取るような感覚の心地良さは、私もよく知っている。
メグルさんの本当に気持ちよさそうな表情を見て、私は思わず頷いた。
「さて、第二形態かな」
10数分かけて第一ゲージを削りきったからこその、目の前のゴーレムの変貌。
巨竜で言うところの波動と同じような状態だとは思うが、このモンスターに関してはゲージ移行時に攻撃は飛んでこない。
文字通りの形態変化。先程までは流動するマグマの鎧を纏っていたが、今度はその鎧が変化する。
「そうですね。あのマグマが引いたら第二形態です。爆ぜて弾ける炸裂装甲。ここからが本番です」
先程まで緩んでいた表情をきりりと引き締めたメグルさん。
これまでの3回の戦いで、メグルさんはこの第二形態を一度しか突破できていないんだとか。
ゴーレムを覆っていたマグマが引いていき、中から少し冷えて固まった溶岩の鎧を纏ったゴーレムが姿を現す。
ひび割れた体の隙間から今にも弾けそうなほど赤熱した様子が窺える。あれがメグルさんのいう炸裂装甲だろう。
「さてと」
完全にマグマが引き、ゴーレムが声なき声で吠えるのを見ながら、私はぐっと体を伸ばして体をリラックスさせる。
10数分戦って、ようやく確信できたことがある。
最初は勘違いかと思っていたけど、やっぱり勘違いなんかじゃなかった。
そう理解した私は、メグルさんに声をかけた。
「メグルさん、ちょっといいかな」
「どうかしましたか?」
「今から少しの間、手出しせずに離れて見てて。アイツの装甲を引っペがして戦いやすくしてくるよ」
「ひとりで相手をするってことですか? スクナさんの実力は重々承知してますが危険すぎます! アイツの炸裂装甲はほんとに厄介なんですよ!」
メグルさんの言うことを理解していないわけじゃない。
なるほど、確かに叩く度に炸裂する装甲はただ飛び散るマグマよりも明確な殺意に満ち溢れているのかもしれない。
実際にそれを3度経験し、私の単騎特攻を本心から無茶だと思っているから、メグルさんは私を止めてくれているのだろう。
「うーん、なんて言えばいいのかな」
あの日巨竜にリンちゃんを殺され、暴走した時から。
いや、より正確に言うなら、忘れていた記憶と感情を取り戻した時からだろうか。
私と「私」がひとつになった時から、ずっと感じていたことがある。
調子がいい。かつてないほどに体が軽く、心が軽いのだ。
思えばこれまでの人生を、私は常に何かが欠けた状態で生きてきた。
時に衝動を、あるいは記憶を、そして感情を。
歪な心を抱えたまま、溢れるほどの力を持て余してきた。
あの日、忌避していた破壊衝動を受け入れ、記憶と感情を思い出し、欠けていた全てのピースをはめ込んだ私は、ようやく満ち足りた心身を手に入れた。
ああ、そうだ。
今の私は未だかつてないほどに、自分の全てを掌握できているという感覚がある。
「大丈夫だよ、メグルさん」
「大丈夫ってそんな……」
なおも私を止めようとしてくれているメグルさんの言葉を遮るように、私は自分の唇に指を当てる。
「大丈夫。今の私、最強だから」
絶対の確信を持って笑う私を、メグルさんは驚きの感情を隠さぬまま見つめていた。