予期せぬ出会い
どうしてもツキイチリグマがしたくて遅れました。
第5の街グリフィスへと続く巨大ダンジョン、焔の古代遺跡。
古代遺跡とは言うものの、実際のダンジョン部分はほとんどが地面の中。つまり星屑の迷宮と同じような地下迷宮となっている。
「確かにこれは剣士には優しくないかも」
襲い来る《プロトゴーレム》の頭蓋を上段の回し蹴りで砕きながら、私はこのダンジョンが今ひとつ人気がない理由を実感していた。
焔の古代遺跡に出てくるモンスターの体は、その大半が岩石や金属でできている。
まあ、それ自体は古代遺跡からほど近い永久焦土の《焦熱岩窟》とそう変わらない。どちらかと言うとこの地域全体としての特徴と言った方がいいのかもしれない。
岩石、金属製のモンスターの何が剣士にとって厄介なのか。
これは別に岩のような硬いものは剣で切りづらいなどというリアル寄りの理由ではなく、この手のモンスターは大抵の場合《斬撃耐性》を持っているのだ。
かつて私がデュアリスの近くの湿地帯で《打撃耐性》持ちのカエルたちに苦戦したように、耐性持ちのモンスターはその武器の使い手としてはとにかく厄介だ。
もちろん倒せないわけではないけど、手数が増える分クリティカルを出さなければ武器の耐久はどんどん減っていく。
要は消耗に対するリターンが少ないのだ。だから、大抵の剣士プレイヤーは世界樹洞の方を選ぶのだろう。
「全体的に焔の古代遺跡を選ぶ人がいない理由がよくわかるね」
少し大きな広間に出た私は、3体ほどたむろっていたプロトゴーレムをテキパキと砕きながらそんな感想を呟いた。
プロトゴーレムは、星屑の迷宮で腐るほど倒したプチゴーレムよりは強い気がする。
普通の人間並のサイズ感はあるし、試しに受けてみた攻撃は案外に重たかった。
ただとにかく動きが鈍重で、頭の中にコアがあるのか思い切り叩くだけで簡単に壊れてしまう。
ただ、これについては私のステータスが上がりすぎたせいでもある。素手だけで全て潰せてしまうから、背負った宵闇が文字通りお荷物だった。
『雑に倒すなぁ』
『強くなりすぎたんだ』
『ゴーレムばっかで遺跡感あるな』
『焔要素は?』
「気温的には暑い……んだと思うけどね。私ももっと炎が燃えてるものなのかなぁとは思ってた」
永久焦土の近くにあるから「焔の」と呼ばれているのか、もっと別の理由でそう呼ばれているのか。
どちらが先にあったのかはわからないからなんとも言えないけど、今のところ焔と言うには炎の要素は薄い。
耐熱アイテムがなければダメージを食らうので、全くないという訳でもないんだけどね。
とはいえ攻略を始めて30分くらいしか経ってないし、フィーアスで買った地図どおりに進んでいたとしてもまだ一割程度しか進めてない。
このペースだと5時間くらいかかっちゃうな。のんびりやってるから仕方ないけど、今日は来客があるとかで6時くらいに配信をやめなきゃいけないから、早めに突破するに越したことはないんだよね。
「んー、とりあえず出てくるモンスターの感じは分かったし一気に潜っちゃおう。ゆっくり攻略する理由もあまりないしね」
『鬼人の里も遠いからなー』
『第5の街早く見たい』
『そうじゃそうじゃはよ来ておくれ』
『↑ひみちゃんもう朝の8時だよ?』
『↑さっきホブゴブリンにやられてデスペナ受けてまた暇になったんじゃ』
『だから他の人が起きてくるまで待てとあれほど……』
「波乱万丈だねぇ」
☆
それから早足で1時間ほど古代遺跡を延々と降り続けて、ついに地図上の中間あたりまでやってきた。
これまではかろうじて整備されていた薄暗い坑道のような通路だったんだけど、ようやく辿り着いた最深部は眩しいほどに煌々と照らされた大空洞だった。
「マグマだ」
『マグマだね』
『グラがすごい綺麗』
『熱そう』
『落ちたら死ぬ?』
『↑全身で落ちたら即死だよ』
『↑部位欠損とかあるよ』
「へぇ、結構殺意高いんだねマグマ」
恐ろしいことに、ぱっと見た感じこの空洞の直線距離は1キロほどあるらしい。
そんな空洞の壁や地面の所々に穴が空いていて、そこからマグマが流れ出しているようだ。
そのせいか、端っこの方はほとんどがマグマの流れ道になっている。
空洞の中央の辺りは完全に崩落していて、できた割れ目をマグマが通り抜けている。マグマの川が流れる谷みたいな感じだ。
こうして見ると、今立っている足場もあんまり安定はしてないのかも。
そして、あとから付け足したんだろうけど、その谷を越えられるように簡易な橋も渡されている。
見た目はかなり心もとない感じだけど、少なくとも私が来るまでの間にグリフィスにたどり着いたプレイヤーたちはあれを乗り越えたか、谷を飛び越えたかしたんだろうから、さすがに壊れるとは思いたくない。
「ん、誰かいるよ?」
マグマの流ればかり気にしていたけど、よく見ると橋の向こう側に人影が見える。
濃紺の軽鎧に鉢金と、オーソドックスな装備をした……んん? 角?
「あれ鬼人族のプレイヤーかも」
『全然見えない』
『人影は見えるけど』
「とりあえず行ってみよう」
この空洞自体が結構な広さのせいか、中央の橋までですら思った以上に時間がかかる。それでも駆け足で1分くらいだったけど。
「この橋結構しっかりしてるね」
『石橋を叩いて渡る』
『壊しそう』
『筋力に耐えられず……』
『ちょっと笑った』
「そんなことしたらこれからグリフィスに向かうプレイヤーにボコボコにされちゃうよ」
試しに橋を叩いて強度を確認しただけだ。でも、なんだかんだこの手のオブジェクトって壊れないようになってるんじゃないかな。
そんなこんなで橋を渡り、先程見えたプレイヤーの元にたどり着く。
ここまで不動ってことは多分私がたどり着くのを待っていたんだろうけど……とりあえず話しかけてみよう。
「すいません」
「ふふふ、やっとここまで来ましたか。お待ちしてましたよ、スクナさん」
少しばかり芝居がかった口調でそう言ったのは、鬼人族の……男性……っぽいプレイヤー。
アバター上は完全に女性だ。なんなら私なんかよりもずっと女らしいプロポーションのアバターなんだけど、声がすごい渋い男性のソレなんだよね。
いわゆるネカマってやつか、めちゃくちゃ変声がうまい女の人か。まあ別に中のプレイヤーの性別なんてどうでもいいんだけどさ。
「私はメメメ・メメメ・メメメル。お会いするのは初めてですね」
「え、あー……もしかして専用掲示板のメグルさんですか?」
メメメ・メメメ・メメメル。種族専用掲示板のみならず、割と色んな攻略掲示板に顔を見せているらしい、鬼人族のプレイヤー。
「メ」が「9個」に「ル」で「メグル」。現時点では名前被りが許されないこのゲームで被らないようにメグルという名前を使うための苦肉の策だったらしい。
彼……彼女?
とにかくメグルさんは既に鬼人の里にたどり着いた同種族の先輩であり、私よりも早く鬼の舞を習得していたプレイヤーでもあり、そして何より私と同じ《童子》を職業とするプレイヤーでもある。
今現在私の後続に何人の童子がいるのかは分からないけれど、琥珀曰く私より前には10人もいなかったらしいから、メグルさんはその数少ないプレイヤーのひとりな訳だ。
「それで、なんでわざわざこんな所に? 確かメグルさんって里の方で何かクエストを受けてるんですよね?」
「ええ、ヒミコさんからスクナさんが遂に鬼人の里に向かい始めたと聞きまして。これはもう会いに行くしかないと!」
「なるほど?」
その為にこんな短時間で里からグリフィスを経由してここまでやってきたのか。
出会った頃の子猫丸さんを彷彿とさせる圧倒的な行動力だ。
「お会いして里までご案内できればと思ったのは違いないのですが、それとは別にスクナさんにお手伝いして欲しいボスがいるんですよ」
「ボス……ですか?」
「ええ、この焔の古代遺跡のダンジョンボスとは別に居る隠しボスです。と言っても、このボス自体の存在は割と早い段階から割れてまして、レアなモンスターという訳でもないのですが……」
メグルさんはそこまで言うと、少しだけ顔をしかめて話を続ける。
「これがとにかく強くてですね。私個人のクエストを達成するために倒さねばならないのですが、どうにも上手くいかなくて。鬼人の里にたどり着いたプレイヤーにもお手伝いして貰ったんですがこれもダメでした。となると更なるハイレベルプレイヤーにお願いするしかないと」
「あー、確かにレベルだけなら私も結構高いですからね」
このダンジョンを抜けるのに推奨されているレベルが55程度であることを考えると、今の私のレベルはあまりにもオーバーすぎる。
現にここに来るまでの間に武器を一度たりとも使っていない。まさにステータスの暴力とでも言うべき状態だった。
「レベルだけとは思っていませんが……どうでしょう? ぶっちゃけスクナさんのレベルだとこのダンジョンは退屈でしょう? 鬼人の里に行く前にひとつ派手に遊んでいきませんか?」
そしてメグルさんは、そんな私のことを見抜いていたらしい。やはりメグルさんも童子という癖のある職業を貫き通しているだけあって、似たようなところがあるのかもしれない。
そしてメグルさんの言う通り、私もそろそろレベル差のあるモンスターを叩き続けるのも飽きてきたところだった。
正直に言おう。
めちゃくちゃ戦いたい。
「ふふふ、勝つのが前提のその発想は嫌いじゃないですよ。せっかくのお誘いです。リスナーのみんなもそろそろ退屈してたと思いますし」
『行っちゃえ〜』
『最悪デスペナついても突破できるっしょ』
『スクナが一番退屈だったろ』
『配信主の好きにしたらええねん』
『ボス戦だー!』
「あはは、ありがと。じゃあメグルさん、私は大丈夫です。隠しボス退治と行きましょうか」
「貴方なら乗ってくださると思っていました。隠しボスのいる部屋はここからそう遠くないので、歩きながらボスについて説明しますね。あと、むず痒いのでスクナさんから私への丁寧語はなくて大丈夫ですよ。私のこれは癖なだけなので」
トーカちゃんみたいなものかな。
普段から敬語や丁寧語ばかり使っていると、それを使っていない方が逆に違和感になるらしい。
私はどちらかと言えば普通に喋る方が楽だから、彼の厚意に甘えさせてもらうことにした。
「それならそうさせてもらおうかな。それでメグルさん、どんなモンスターが相手なの?」
地味に一番重要な要素を聞き忘れていた。
これから戦うボス、何度も負けていると思われるメグルさんがその情報を持っていないということもないだろう。
そう思ってした質問に、メグルさんは神妙な顔つきで戦うべき相手の名前を教えてくれた。
「モンスターの名前は《ヴォルケーノ・ゴーレム》。80近いレベルとそれ相応のパワーを秘めた、獄炎属性の巨大なゴーレムです」
掲示板の方で若干レギュラー化していた鬼人族プレイヤーさんの登場です。