閑話・とある配信好きプレイヤーさんの話
初配信を見ていたとあるプレイヤーさんの話。
『彼』がその配信に目をつけたのは、珍しく早起きできたからと趣味の配信巡りを始めた時だった。
『スクナの初配信』というタイトル――朝6時に予約された、もうまもなく始まる新配信。
「2日目から配信を始めるのか……」
珍しいな、と彼は呟いた。
こういう配信というのは、目新しさを求めて始まりからやって行くのが常道だからだ。
配信情報を見れば、既にレベル14のプレイヤーであることが分かる。
(新規が雪崩込んで飽和していた昨日1日で14まで上げたっていうのか……)
それは昨日新規プレイヤー達の初々しい配信を眺め、応援していた彼だからこそ感じた驚愕だった。
どんなプレイヤーの配信なんだろう、そう感じた彼は、まもなく始まるその配信のサムネイルをクリックした。
プレイ中の配信をウリにしている《WorldLive-ONLINE》ではあるが、その実、現時点での配信者は全プレイヤーの1割に満たない。
それは、WLOの最大のセールスポイントと、最初の購入者層の目的がズレていたことに起因するものだ。
VRMMOの最大の欠点は何か。それは、体感型であるが故に、ゲーム中にゲーム以外の動作を一切行えないという点だ。
タダでさえ作業感が強くなりがちで、時間泥棒なMMOである。
それでもPCやコンシューマー機で出来るMMOと違って、VRMMOは多くの内から「ひとつしか出来ない」という弱点を抱えていた。
ひとつしか出来ないのなら、質の高いものを求める。他にない魅力を求める。そんな中、彗星の如く現れたのがWLOだったのだ。
圧倒的なグラフィック。最高峰のAI。五感を最大限に生かせる現実感。
ベータテストにより話題が爆発した結果、品質を求める層がこぞって買い求めたというのが真相である。
故に、配信機能を目当てに購入を決めた層というのは、実のところそれほど多くはなかったのだ。
とはいえ公式が用意した有名実況者やプロゲーマーなどの配信により、配信機能もしっかりと機能した。
とりわけ、大会以外で名を売れるようになったVR専門プロゲーマーたちの活躍は目覚しい。
《HEROESのリンネ》《フリーダム・ボマーズのファイマ》《ファン・クリエイションのマサヨシ》などはネームバリューに加えて圧倒的なプレイ時間で最前線配信プレイヤーとして名を馳せている。
彼らのフォロワーも徐々に増え、一般配信プレイヤーも増えてきた。
そして同時に、プレイヤー外の視聴者も確実に増えてきている。
WLOの配信機能は、今になってようやく熱を帯びてきたジャンルだったのだ。
『あー、あー、テステス』
少しばかりもの思いに耽っていた彼は、そんなふわりとした声で現実に引き戻された。
画面を見れば、放送が始まっていた。
映っているのは、黒髪赤目の鬼人族の少女。ピーキー故にあまり選ばれはしないものの、見た目の人気が高い種族のひとつだ。
初めてだからだろう、カメラに手を振ったりマイクテストをしている姿は、アバターの愛らしさと相まって微笑ましく映った。
《初見》
それはもはやライフワークに近いコメント入力だった。
配信とは、配信者とリスナーの両方がいて初めて成り立つエンターテイメント。
それはつまり、コメントがあってこそ楽しくなるものであるという事だ。
だから彼は、配信を見る時は必ずコメントを入れる。自分に出来る最大の支援であると信じているから。
案の定、彼以外にも数人の視聴者がコメントを書き込んだことで、配信主の少女の顔が明るくなった。
『あ、初見さんいらっしゃいです。初配信なんで上手くできてるかわからないんですけど、声とかちゃんと聞こえてますか?』
素直な反応に惹かれたのか、まだ十数人しか見ていないにも拘らず、コメントがそれなりの速度で書き込まれていく。
彼もまた、差し障りのないコメントを書き込んだ。
『よかったー。あ、初見さんはどうもです。それじゃあ配信始めていきますね。私はスクナって言います。昨日のリンちゃん……リンネの放送を見てた人なら知ってるかな?』
「ん?」
努めて穏やかな口調をしているのであろう配信者――スクナの口から出た言葉を噛み砕くのに、いくらか時間が必要だった。
リンちゃん? から始まり、リンネという言葉から『HEROES』を連想し、そして流れていくコメントで、目の前の少女がプロゲーマー成り立てのプレイヤーである事を知った。
『HEROES』に新人が入るという情報は知っていた。
ただ、彼はeスポーツ自体にはそれほど興味がなく、配信者としてのリンネのファンである程度。
その上、スクナが出ていた昨日のリンネの配信は、他の新人を漁るのに夢中で全く見ていなかったのだ。
(く、悔やまれる……そうか、実質昨日から配信してたんだな)
まだ少ないリスナーの中には既にスクナのファンもいるようで、彼は見逃した自分の失態を悔やんだ。
(それにしても……レベル14相応の装備はしてるな。金棒ってことは打撃武器スキル持ち? 女の子としては珍しい)
気を取り直した彼は、改めてスクナの装備を眺める。
鉄板装備に鎖帷子、ベルト付きの革ズボンを装備してるということは投擲スキルを持っている可能性もある。アレは投擲アイテムを装備できる以外は革ズボンと性能が変わらないからだ。
武器も金棒。鬼人族に大人気とはいえ女性には珍しいもので、よくも悪くも装備の見た目は無骨で堅実と言えるだろう。
(アンバランスというかなんというか……イイな)
勢いよくフィールドに飛び出していき、ウルフの群れを瞬殺する。
的確に弱点や柔らかい部位を叩くことで全てをワンパンで沈めたスクナは、事もなげにコメントとの交流を再開した。
(戦闘が上手すぎる。なんだ今の、器用に大きくステ振りしてるのか? あの速さで動く狼の脳天を叩き割るって……)
何よりも敵を見つけた瞬間野獣の如き眼光に切り替わり、瞬時に倒したと思ったら見た目相応のぱっちりとした目に戻る切り替えの早さ。
何かが乗り移ってるんじゃないかと錯覚する程であった。
(これは伸びる。間違いない)
彼の長年のリスナー歴が、スクナの可能性をビンビンと感じ取っていた。
その後、突然の人体破壊発言に笑い、まさかのボス戦で燃え上がり。
最後にはすっかり虜になってしまったのは、ある意味では至極当然のことであった。
☆
「さてと、再開は1時だったね」
最前線攻略クラン《竜の牙》。
そのクランを支える生産職の1人である彼は、装備を整えて移動を開始する。
それは未討伐のネームドボスモンスターの素材を手に入れた新規プレイヤーに会いに来た……という体裁を保てる今のうちに接触して、あわよくばスクナとフレンドになるためである。
幸いなことに、彼の得意とする生産は、今のスクナにとって極めて有用な物のはず。
上手いこと行けば、ネームド素材での生産だってできるかもしれない。
「皮算用はしない主義なんだけどね」
いつだってチャンスを掴むのは行動をしたものだけだ。
いくつかの邪な思いを抱えつつ、彼は拠点である第4の街 《フィーアス》から始まりの街へと駆け抜ける。
彼こそは1日のほとんどを配信視聴と装備生産で終える、ゲーム内屈指の高等遊民。
そんな最前線を陰から支えるトッププレイヤーも、今この場では1人のファンでしかなかった。
始まりの街から第4の街までは徒歩で8時間ほどかかります。
4時間ちょっとで駆け抜けるRTA、スタート。