のんびり配信
ゆるーい配信風景。
「問題は世界樹洞と焔の古代遺跡、どっちを攻略するかなんだよね」
フィーアスに降り立った私は、NPCショップでアイテムを補充しながら次の予定についてリスナーに相談していた。
「難易度的に楽なのは世界樹洞らしいんだよ。難易度低い分、内部は広いらしいけどね」
『古代遺跡見たい』
『世界樹の中ってこと?』
『世界樹ってアレ?』
「そうそう、アレの事ね」
フィーアスの北東に聳え立つ、目に見える範囲の目測でさえ樹高2000メートルはくだらなさそうな超巨大樹。
てっぺんは雲の中に完全に隠れているので、そもそもどこまで高いのかさえわからない。
ゲームならではの超パワーかなにかで立っていると思われるあの巨大樹こそ、このゲームにおける『世界樹』。
そしてフィーアスの街よりも直径が太いあの大樹の中をくぐり抜けるのが、巨大ダンジョン『世界樹洞』だ。
「古代遺跡は永久焦土の方だけど、一回配信で近くまで行ったよね。ほら、スライムがいるところだよ」
『あー……』
『メネアスだね』
『可愛かった』
『そういえばあの時の宝石どうしたの?』
「宵闇に使っちゃった。影縫も可愛かったけど、これもまたいい武器でねぇ」
そう言って背負った宵闇にそっと手を添える。
要求筋力値295、攻撃力は余裕で100を超えている上に、重力属性まで付いているとっておきの金棒だ。
さらに今回の金棒には、あるギミックが仕掛けてあるとはるるは言っていた。
「めっちゃくちゃ強力なギミックがあるらしいよ」
『そんなに?』
『それもオバヘビ使ってるの?』
「んー、多分ね」
『大剣ですら要求100越えたら重すぎるくらいなのに』
『ゴリラと化した鬼娘』
『要求300近いのほんと頭おかしい』
「大剣ってそのくらいの重さなんだ。ガントレットの辺りから重い武器しか持ってなかったから感覚狂っちゃってるね」
あ、でもトリリアで買った《金棒・穿》は結構軽かったかも。あれは確か軽鋼っていう素材を使ってたよね。
ヘビメタにオーバーヘビーメタルっていう上位金属があったし、軽鋼にも上位の素材があったりするのかも。
「まあでも今の私の筋力、ボーナス全部振ったら400近くまで上げられるけどね」
『ゴリラ』
『白熊』
『カバさん』
『象』
「力持ちの動物選手権かなにか?」
そもそもの話、レベル100までのボーナスポイントを全部ひとつのステータスに振れば、そのステータスは500まで伸びるのだ。
さらに、私の場合はネームドをソロとレイドの二区分倒してるから、普通の人よりも60ポイントも多くのボーナスポイントを貰ってる。
その上私の場合、レベル30くらいでメテオインパクトを持ち始めてからは筋力に特化してステータスを振ってきた。
鬼人族が他の種族より1.3倍物理技能ステータスが伸びやすいという特徴も加味すると、ひとつのステータスに特化すればかなりの数値になるのは必然だった。
さらに今回の使徒討滅戦で上がった9レベル分45ポイントと、ネームドボーナスの30ポイントはまだ残してあるから、これからどれかのステータスを75底上げできる。
いい加減筋力値も過剰になりつつあるし、そろそろ新しい扉を開きたいところだったりする。
「まあこの辺の敵相手だと装備の性能もちょっと過剰かなぁ……」
『自分のレベルをよく見て?』
『武器の性能とかいう話じゃないよね??』
『たどり着いた時40レベくらいで無双してたような』
『86レベ……あっ』
赤狼装束の防御力もこの辺りならまだまだ通用するし、何より宵闇は過剰火力な気がするなぁ。
うーん、それでも新ダンジョンに挑むのは楽しみだ。
「まだ見ぬ強敵が私を待っている……!」
『やめろぉ!』
『虐殺の予感』
『やべぇよやべぇよ』
『2日間のフラストレーションが……』
『撲 殺 鬼 娘』
『血みどろショータイム』
「WLOでは血は出ないよ?」
このゲームは大変に健全なゲームだから、流血表現は一切ない。
赤いポリゴンが飛び散ったりするけどね。
『血は出ないね』
『でも体飛び散るじゃん』
『四肢を砕きに行く人のセリフ?』
『打撃武器は部位欠損自体はしにくい』
『初手機動力剥奪はスクナの基本戦法だから』
『生物の急所しか狙わないもんな』
「そんなことないよ。戦ってて一番機動力を奪えるところを狙ってるだけだよ」
これはもう癖だ。体の部位をひとつ潰しておけば大抵は動けなくなるってわかってるから、初手で一番狙いやすい部分を潰すように体が勝手に動いてしまう。
急所じゃなくとも、腕は二の腕から折っておけば動きがより鈍くなるし、太ももなんかは砕いた時の効果が絶大だ。
基本的に四肢の根元を狙った方が末端の動きでより痛みが増すからオススメなんだけど、その分根元って守りやすいから難しい。
あとはまあ、ゲームだと骨折とかしても動かせないだけで痛みはないからね。
結局は武器が握れないように正面から腕を砕くのが一番手っ取り早いかも。
『スクナの人体破壊講座』
『どんな視点で生きてるのかがよくわかる』
『急所狙いもだけどスクナって割と部位を破壊しに行くよね』
「ちなみに無手で一番簡単に相手を壊すなら打撃よりは寝技とかがいいよ」
『ねわざ』
『テクニカルやね』
『寝技とかって疲れそう』
『どんな人生送ってきたの?』
「んー、まあリンちゃんって昔から結構狙われがちだったから」
仮にも大富豪の娘だ。
学校の内外で、リンちゃんはよく暴漢に狙われていた。
もちろんボディーガードの人は沢山いたけど、運良くそれを抜けてきた相手を倒すのは私の役目だったのだ。
言うなれば、一番身近なボディーガードと言ったところか。
護身術のお手本を見せてくれる人はいくらでも居たから、どうやったら相手を無力化できるのかとかは知っている。
「お金持ちってそれはそれで大変だよねぇ」
『ナナは割と庶民派だよね』
『リンネは金持ちだな』
『アレはもう金持ちとかいうレベルじゃないっしょ』
『リンネはちょっと次元が違いすぎてな』
『ただでさえ金持ちなのに日本のゲーマーで一番稼いでんだよなぁ』
『嫉妬する気も起きない』
『スクナってリンネに養われてるの?』
「んー、まあ今はそうかも。貯金も結構あるんだけどねぇ。リンちゃんと比べると霞むよね」
両親の遺産もあるけれど、私は割と貯金を持っている方の人間だ。具体的には8桁は超えてるくらい。
なんせこの6年間、食費と家賃と光熱費と最低限の生活費を除けば、一切の出費がない人生を送ってきた。
病気にかかったことは人生で一度もないし、このゲームを始めるまで趣味らしい趣味もなかったし、間違って壊すようなものも持ってなかったし。
とにかく体力が有り余っててアルバイトしかしてなかったからね。掛け持ちに掛け持ちを重ねて、これでも月に40万くらいは稼いでたり。
それだけ稼げば人一倍食事を食べる方の私でも、お金は余って仕方がなかったのだ。
『比べる対象ががが』
『リンネの個人資産って確か一兆超えてなかったっけ』
『もう草しか生えんわ』
『貯金100万ありゃだいぶ楽できるってのにな』
『世界が違いすぎる』
「でもリンちゃんあんまりお金使わないんだよね。今日の朝ご飯もコンビニの菓子パンとか栄養ゼリーだし」
私は量が食べられればいいし、リンちゃんはそもそも食事に興味がない。
リンちゃんは料理がめちゃくちゃ上手だけど、自分のためにはほとんど作らない人なのだ。
むしろゲームを長時間やるために、食事を無駄だと思うタイプと言ってもいい。
特にリンちゃんは私と違って燃費がいいから、朝に一本ゼリー飲料を飲めば半日は問題なく活動できる。
でもそれだと私が足りないから、菓子パンというカロリーの塊を買って貰ってるわけだ。
『ほーん、意外』
『毎日寿司とかじゃないの?』
『専属シェフくらいいるのかと』
『急に親近感』
「菓子パンはいいよねぇ。大味だけど量の割にカロリー多くて好きなんだー。今朝は7つ食べたよ」
『……7つ?』
『ちょっとよくきこえなかったかな』
『食べすぎぃ!』
『この子朝から3000キロカロリーくらい摂ってない?』
『ひぇぇ、腹ぺこキャラ足してきた』
『太っ……てはなかったね。昨日の配信見る限り』
キャラ足してきたとは失礼な。
普段から燃費が悪いだけだ。
『昔の高級外車みたい』
『ランボルスクナ』
『リッター3キロの女』
『昔の外車って燃費悪いの?』
『どちゃくそ悪かったよ』
『クソ燃費は高性能の代償だからしゃーない』
「車はちょっとわかんないや」
私も車の免許は持ってるけど、教習車がなんの種類かもわからないくらいには車の知識がない。
四角いの、丸いの、平たいの、大きいの。車なんてだいたいこんな感じで見分けられるもんね。
「なんかグダっちゃったけど、そろそろダンジョン行く?」
『せやな』
『それな』
『いざゆかん』
『鬼娘の出撃じゃ』
「目指せ鬼人の里! とりあえず結構前に決めてた古代遺跡の方に行こうか」
『いぇあ』
『ふぅー』
『配信のナイトモードが光る』
「おお、確かに」
そんなこんなで、私は途中のNPCショップで2週間ぶりの冷製トマットンを仕入れてから焔の古代遺跡へと向かうのだった。
前のナナの家は本当に必要最低限のもの以外存在しませんでした。お布団とリンネに買い与えられた衣類、カバンに入る程度の貴重品。たったそれだけしかありません。
そんな風に超がつくほどのミニマリストなので、貯金は結構いっぱいあるのです。しかしリンネの前では……。