釈放と次なる目標
「まあ、端的に言えば釈放だね」
「わーい。……って、いいんですかそんなあっさりと」
一応手錠をされながらも牢屋の外に連れ出してもらった私は、長い石廊下を歩きながらカイルさんからそう説明された。
「いいんだ、元々拘留するのが目的ではないからね。万が一君が再び暴れ出した時に備えて御しやすい場所にいてもらっただけさ」
「なるほど……」
確かにこの場所なら、あの状態の私相手でも少なくとも数分は時間が稼げそうだ。
《憤怒の暴走》はそもそもが私では5分しか使えないスキルだった。再発動したとしても、数分稼げればそれだけで値千金の価値があるかもしれない。
「君は確かに暴走し、始まりの街に混乱をもたらした。あの2人の英雄がいなければ、酷く無惨な結末を迎えていた可能性もあっただろうね」
「うっ……」
この街で生きているNPCに直にそう言われると、自分を抑えきれなかった私としては中々きついものがある。
暴走していた時の私のことは、正直未だに夢を見ていたような感覚が拭えない。
思い出して、混ざり合って……私の感情を全て呑み込んで、破壊衝動として消化してくれた。
幼い頃からずっと眠らせていた彼女の枷を解き放ったことに後悔はない。おかげで私は生まれて初めて、絶好調という感覚を知った。
けれど、反省はしっかりとしなければ。
私は確かにあの時、この街の人々を脅かす鬼になるところだったのだから。
「だが君は、それでも始まりの街の人々を害してはいない。そして君の活躍がなければ、きっと使徒はこの世界のどこかに降臨していただろう。あるいはそれが始まりの街だったかもしれない」
そっか。イベントの詳細を知っていた私たちと違って、NPCの彼らは使徒がどの街を襲うのかを知らなかったんだ。
カイルさんの話を聞いて、私はふとそんなことを思った。
目の前にいるカイルさんも身のこなしを見るに相当な実力者のようだけど、彼ひとりで使徒を倒せたかと言われれば無理だろう。
そういう意味で、私は確かに成すべきことは成していたのかもしれない。
噴水壊しちゃったけどね。
「結果として犠牲者はなく、多少の混乱があった程度で済んだ。ならば、命懸けで使徒を倒した英雄をこれ以上こんな所に留めておく理由はないさ」
ガチャリと音を立てて、手錠が外される。
カイルさんは終始穏やかな調子のまま、私を留置所の外へ導いてくれた。
「この世界を守ってくれてありがとう。次に会う時は留置所ではないことを祈っているよ」
眩しい朝日に照らされた始まりの街。
カイルさんは爽やかな笑顔を浮かべてそう言ってから、留置所の中へと戻って行った。
☆
「祝! 脱犯罪者!」
『ちぇっ』
『ちぇっ』
『ワーワー』
『ちぇっ』
「もう少し喜んでよ」
赤狼装束に着替えて宵闇を背負った私は、久しぶりの始まりの街を観光していた。
犯罪者プレイヤーを表すオレンジ色のネームは、無事に正常を表すグリーンへと戻っている。
真面目な話をすると、どうも琥珀たちがちょっと手を回してくれていたっぽい。拘留してたのも深い意味はなくて、万が一再び暴れだした時のためだったみたいだし。
なんだかんだで配信的に美味しいネタだったと思うことにする。実際割と美味しい状況だったしね。
しかしせっかく脱犯罪者したというのに、たまにNPCやらプレイヤーからギョッとした目で見られるのはなぜだろう?
『暴れすぎたんや』
『というより顔かな』
『呪いの痣みたいなの結構やばいよ』
『顔までヒビ入ってんもんね』
『正直痛そう』
「えっ、顔もなの? 自分の顔は見えないもんなぁ」
思わず顔を手で撫でると、確かにちょっと溝がある気がする。
そうだ、こういう時に使えるネタがあったよ。
「くっ、封じられし私の力が……」
『リアルなのやめろ』
『ほんとに呪われてるんだから』
『自分を大事にして』
『おじいちゃん、封じられし力はもうとっくに解放したでしょ』
「急に優しくなるのなんで?」
まあアバターの見た目に関しては仕方ないね。
諦めなきゃいけないことは素直に諦めよう。
「呪いの解き方は鬼神に縁のある地に眠ってるらしいんだけど、分かる人いる?」
『うーん』
『未プレイだからわからんちん』
『鬼人の里は?』
『結構前に話してたなんちゃらの祠とか』
『↑果ての祠じゃない? 琥珀様と話してた』
『鬼人の里くらいしか思いつかないなぁ』
「うーん、やっぱりそうだよねぇ。鬼人の里と果ての祠かぁ。鬼人の里は確かグリフィスの先にあるんだっけ」
グリフィスは第5の街。つまり、私の今の最高到達点であるフィーアスよりも更に先の街だ。
その間には2つの巨大迷宮《世界樹洞》と《焔の古代遺跡》があって、半日くらいはかけるつもりで少し本腰を入れて取り組む必要がある。
フィーアス自体が始まりの街から結構距離があることもあって、本気でやってもグリフィスまで今日丸1日かけていく必要があるだろう。
逆に、果ての祠は始まりの街の南門の先にある現状最大規模のダンジョン《果ての森》の中にある……らしい。
私が酒呑から直接聞いたお告げの中に出てきた場所で、すっかり忘れかけていたエクストラクエスト《果ての祠・鬼神の幽世》を進めるためにはそこに辿り着く必要がある。
酒呑曰く強敵がひしめく魔境への入り口らしいから、もし挑むなら気を引き締めなきゃ行けないだろう。
これは琥珀から受けたエクストラクエスト《鬼姫・憧憬鬼譚》とも繋がりがあるっぽくて、最終的な目標はどちらも鬼神・酒呑童子に終着する。
鬼神の幽世の方は実のところ、レベル50の時点で挑もうと思えば挑めた。
《童子》の職業習熟度30超えが酒呑から示されたラインであり、それを超えていればいつでも挑むことはできたからだ。
ただ、そのくらいのレベルの時ってイベントやらなんやらで忙しくてエクストラクエストを進めてる暇がなかった。
配信ですらまともにできてなかったくらいだしね。精神的に不安定だったのもあって、ここ2週間は余裕がなかったのだ。
じゃあ今はどうなのかと聞かれると、これはこれであまり暇がなかったりする。
というのも、職業習熟度70、つまりレベル90になることで、遂に《童子》が次の段階へと進化する……かもしれないからだ。
酒呑はあの時、レベル90になった上で世界に力を示せと言った。
これがレベル90になった時にクエストが発生するということなのか、あるいは何らかの称号を手に入れる必要があるのか、モンスターを倒せばいいのかはわからない。
ただ、レベル90になりさえすれば、何かが起こるんだと思う。進化か、試練か。どちらにせよもう少しなのは間違いない。
加えて、強敵ひしめく魔境に挑むというのに、呪いでスキルやアーツが封印されているのはさすがにしんどい。
もちろんトライアンドエラー気分で見に行くのも手だけど……それでデスペナまで貰っちゃったら私は12時間もステータス半減状態になってしまう上に経験値も貰えなくなる。
ほら、《月椿の独奏》ってデスペナ2倍になるからね。滅多に死なないから効果を感じたことがないけど、地味にいやらしいデメリットだ。
「果ての祠は気になるけど、今回は鬼人の里を目指してみようか!」
『ワーワー』
『ヒューヒュー』
『遂にか!』
『待っておったぞ!』
『↑ヒミコさん暇なの?』
『↑死ぬほど暇なんじゃよ』
「あ、ヒミコさんどうも」
この独特な口調のコメントは、同じ鬼人族プレイヤーのひとり、てっぺんヒミコさんのものだ。
鬼人族の種族専用掲示板で知り合い、たまに掲示板越しにお話ししてたんだけど、最近配信でコメントを残してくれるようになった。
WLOってゲーム中でも配信を見ながらプレイできるんだけど、プレイ中に配信にコメントを入れるとアカウントが紐付られて名前が表示されてしまう仕様になってるんだよね。
普通のリスナーなら名前を隠すも出すも自由なんだけど、プレイヤーは簡単に見分けがついてしまう。
「こんな早朝から大丈夫なの?」
『誰も里にログインしてなくて暇なんじゃ』
『ぼっちで草』
『配信まで来るって相当ぼっち力高いよ』
『実質コラボ』
『もう通話したらいいやんw』
『↑あくまで1リスナーでいたいという気持ちをわかっておくれ』
『わかる』
『わかる』
『わかる』
「まーでも多分今日中には着けないよ。遠いからね〜」
『翼は使わないの?』
『そうだよ』
『フィーアスまでは一瞬でしょ』
「ほぇ? 何それ」
リスナーたちから当然のように出てきた「翼」というアイテムの名前について詳しく聞くと、どうも今回の大型アップデートで追加された店売りアイテムのひとつ「旅人の翼」のことを言っていたらしい。
その効果は「街や村など、人の生存領域内で使用すると一度訪れたことのある街に移動できる」というもの。
フィールドやダンジョンで使えなかったり、それらに飛んでいくことはできないけれど、街と街の間の移動は全部カットできる訳だから、移動に難があったWLOの問題点を少しだけ改善した形になるのだろう。
ちなみにお値段は1個3万イリス。店売り品としてはめちゃくちゃ高価だけど、私の財力なら問題はない。
「100個くらい買っちゃう?」
『ブルジョワだー!』
『そういや今金持ちだったな』
『金塊売ってみようよ』
『1000万と金塊10本だもんね』
『つよい』
「というか、ヒミコさんも買えばいいんじゃない? どこかの街には帰れるでしょ?」
ヒミコさんは友人に土下座までして鬼人の里まで連れて行ってもらったのはいいものの、本人のレベルが低すぎて里から出られなくなったちょっと面白い人だ。
日々真剣に鬼人の里から出ようと試みては死んでデスペナルティを食らっているんだとか。
そんな彼女への提案だったんだけど……。
『鬼人の里は普通のNPCショップないんだよ』
『里限定みたいな感じらしい』
『そもそもワシの所持金5千イリスなんじゃが』
『↑草』
『モンスター一匹狩るのに試行錯誤してるもんなぁ』
「あはははっ。とりあえず10個くらい買っとこう。移動が楽になるねぇ」
相変わらず無人のNPCショップで旅人の翼を10個購入した私は、そのうちの1個を取り出してみる。
翼とはいうものの、装飾付きの白い羽根を数枚束にしたような見た目。重さはなく、行きたい街を指定してからこれを放り投げると行きたい街に行けるらしい。
ちなみに3万イリスのちょいレアアイテムとあって、旅人の翼は譲渡不可。私が鬼人の里に行ってもヒミコさんは救えなかったりする。
「果ての祠も来ようと思えば来られるってわかったし、そしたらさっさとフィーアスに行こうか!」
大型アップデートの内容を全部網羅できていなかったせいというかおかげというか、とにかくありがたいアイテムの存在を知れた。
その事実に感謝しつつ、私はフィーアスにワープするために旅人の翼を放り投げるのだった。
割とあっさり釈放。
そしておさらいを兼ねた回。
長い長いイベント編で忘れてしまった人も多いと思うので……。
旅人の翼は某合成獣の翼の劣化版だと思ってもらえれば。