留置所なう
リザルト確認回。やっとWLOに戻ってきました。
「どうしてこうなった、とは言えないんだけどね……」
冷たい石畳の上で、ひとり寂しく呟く。
私が悪い。それは分かってる。
でもなんかこう……もう少し有情な感じにできなかったんでしょうか。
これはそう……いわゆる……。
「ろうやのなかにいる」
『草』
『草』
『草』
『草』
「笑わないで!」
そう、私は今、始まりの街の留置所の中にいた。
☆
「やっとログイン制限が解けたよ」
朝食がてら菓子パンを食べながら、抑えきれない嬉しさをリンちゃんに報告する。
昨日は昨日で久しぶりにゼロウォーズを楽しんだけど、やっぱり自分で体を動かさないから力が有り余ってしまう。
まあVRゲームも現実の体が動かないことに変わりはないけどね。こういうのは体感が大事なのだ。
「ええ、知ってる。早く潜りたくてしょうがないんでしょ?」
「うん!」
「今日は夜に来客があるから、6時くらいには切り上げてね」
「おっけー」
「私はもうちょっとのんびりしてから潜るわ」
少し眠そうにそう言って、リンちゃんはソファに背を預けて目を瞑った。
なんせまだ朝の6時だ。鬼周回をしていた時ならさておき基本的に在宅ゲーマーのリンちゃんの朝はゆっくりめなので、普通に眠たいのだろう。
私はそんなリンちゃんを起こすことなく、早足でVRマシンに寝転がって手早く起動した。
と、そんな経緯で起きてからだいたい20分くらいでサクッとWLOにログインしたんだけど。
石畳の上で割と雑に転がされていた私は、冷たい石とキスをするというなんとも言えない体験をする羽目になったのだった。
「罪状はNPCへの一方的な攻撃だって」
『あー』
『言い逃れできねぇ』
『ほんま草』
『有耶無耶にならんかったか』
『名前のアイコンオレンジ色だー』
『やーい犯罪者ー』
「くそー、言い訳できないんだけど」
要はあの幼女……もとい変装したメルティへの攻撃がそのまま犯罪扱いになったのだろう。
あるいは琥珀との戦いの余波でNPCを傷つけたかだ。
琥珀との戦いは一応同意ありの戦闘だったから、多分それはカウントされてない気がする。
「これも経験かなぁ」
『囚人服似合ってるよ』
『プリズナナ』
『↑ちょっと笑った』
『ぺったんこ……』
『虚しい』
「人で遊ぶのはやめなさい」
私だって胸がないわけじゃないやい!
「暇だしレイドバトルのリザルト確認でもする?」
『やったぁ』
『はよはよ』
『そう言えばMVPだったなw』
『ラストアタックも取ってたよね』
『そりゃスクナ1人でどんだけ削ったのって話ですよ』
『5分の2なんだよなぁ』
『暴走系配信者』
『暴走の意味が違うんだよなぁ』
「あははは……」
《波動の巨竜・アルスノヴァ》。今まで戦った中で一番の強敵……と言うには琥珀と真竜アポカリプスの壁が高すぎるものの、少なくとも《憤怒の暴走》がなければ討伐は不可能だったと感じるほどの強敵だった。
とはいえ、今となっては忘れていた記憶と感情を取り戻させてくれた、という感謝の感情が強い。
何せあの時抱いていた途方もない怒りは全てぶつけてしまったし、アルスノヴァを倒したことで正直満足しているのだから。
何より、素手格闘スキルの最強アーツである《絶拳・結》。アレを叩き込むことができたという興奮が、今になって実感できた。
恐らく《憤怒の暴走》状態で打ったあの一撃は、HPがマックスの状態であったとしても一撃で巨竜を吹き飛ばせたはずだ。
《絶拳》の威力は完全連結状態の《十重桜》と等しい。
攻撃系のバフを一切乗せずに放った《十重桜》でゲージの8割を削れたのだ。
デッドスキルによる筋力バフは10倍だった訳だから、単純に見てもその10倍のダメージであればゲージ8本分に相当する。
細かな計算処理をしても、一撃必殺の威力があったのは明らかだった。
またあの暴威を振るってみたいという気持ちもある。ただ、もう二度とそんな日は来ないという確信もあった。
「ま、今の私はまともなステータスでもないけどねぇ」
『いきなりどした?』
『そうなん?』
『今更だけどアバターあの時のまんまだね』
『闇落ちスクナの残滓ががが』
『これはこれでアリ』
「んーん、あの時の暴走の対価で呪われちゃってるの」
そう、あの時ほどではないものの、相も変わらず私のアバターの全身には黒いヒビが入ったままだ。
――
ステータス異常:鬼神の侵食
災禍に身を落とした者を罰する呪いにして、その身が鬼神の力に染められている証。魔法技能の全ステータス値が0になり、HPの最大値が半減する。また、全てのアーツは使用できず、スキル効果も全て無効となる。鬼神の縁が強い地に解呪の法が眠ると言われている。
――
とまあ、こんな感じの呪いを受けている。
つまり今の私はMP、魔攻、魔防の3ステータスが0の状態で、かつHPも半減しているのだ。
個人的にはそれでも物理技能が封印されてないだけ有情だと思うけどね。
まあ、普段とそう変わらないと言えば変わらないけど、せっかくの宵闇の重力属性が使えないのは残念かな。アレの発動にはMP消費が必要だからね。
鬼神の縁が強い地……っていうのがどこを指すのかはわからないけど、まあ解ける時に解かないとなぁ、というのが正直な感想だった。
「そんなことよりリザルト見てこー」
『そんなこと』
『自分の外見に興味が薄すぎる』
『プリズナースタイルに馴染んでるの草』
『囚人がよく足に着けてる鉄球さえ武器にしそう』
『治るといいね』
「そうだねぇ」
とりあえずまず見ておきたいのは経験値やらイリスやらだろう。とはいえ、ログインしなくてもステータスは見られたから、レベルくらいは把握してるけどね。
「とりあえずレベルは77から86まで上がったよ」
『はぇ〜』
『クソワロタ』
『いやいやいや』
『弩級の経験値やんけ』
『これが……MVPさんですか……?』
『バランス壊れるぅ』
そう。レイドバトルのボスに対するMVP獲得ボーナスなのか、はたまた元々莫大な経験値を持っていたのか、巨竜討伐の中で2番目に大きな収穫はこれだった。
ちなみにイリスは100万ほど。少なくはないけど、ゴルドの時が凄かった分ちょっと拍子抜けだよね。
それでも、それを補ってあまりある莫大な経験値なんだけど。
「レベリングも結構大変になってきたからありがたいね。えーと次は……レイドボスの報酬の前に、イベントランキング報酬かな」
そう。私とリンちゃんは元々イベントランキングに乗るために果てしない周回作業を行っていたのだ。
「サーバーIVでは私が2位でリンちゃんが1位だね。個数的には2個差だったみたいだけど……リンちゃんはやっぱり1位が似合うね」
『惜しいのぅ』
『まあどっちが1位でもって感じ』
『知ってた』
『まあランキングは公式で2日前に出てるしな』
『十分すごい』
「まあ報酬自体は5位くらいまで一緒だからね。称号が違うくらい? ちなみに私は蘇生ポーション4つとアクセサリーが嬉しいかな」
今回のイベントにおいて、運営の不手際やら私の発動したスキルの暴走に関連する釈明やらで、実は全プレイヤーにお詫びが配布されている。
それが今回のイベントの目玉であった蘇生ポーションだ。
本来ならイベントランキングの上位にしか配られなかったはずの超レアアイテムの大配布により、ユーザーは手のひらくるっくるだったとかなんとか。
ランキングの上位プレイヤーは配布の他にランキング報酬の分の蘇生ポーションもあるので、まあ周回が無駄になったりはしていない。
ちなみに蘇生ポーションのレア度はエピック。ハイレアよりさらに上の、正真正銘のレアアイテムだった。
アクセサリーに関しては《星屑のピアス》と呼ばれるピアスを手に入れた。装備時に敏捷値を20上げる優れものだ。
こちらはランキングトップ100までに配布されており、アクセサリーの中では相当に強力な部類になる。
ワンダさんに貰ったチョーカー、酒呑から貰った簪に加えて、3個目のアクセサリーだ。
大切に使っていきたいと思う。
その他にも属性結晶引換券だとかレア鉱物引換券だとか。
星屑の欠片の交換も後1週間くらいはできるみたいだし、今回のイベントを通して私が手に入れたものは多かった。
ゴルドから大量のお金をせしめ、欠片交換でノーマルからレアくらいのアイテムを沢山手に入れ、ランキング報酬でレアアイテムをゲットし、レイドバトルで経験値を稼いだ。
そして何よりも……。
「ネームドの《魂》。ドロップしてたよ」
『ファッ!?』
『ファッ!?』
『ファッ!?』
『ファッ!?』
「あの子、レイドネームドだったんだねぇ」
MVP報酬か、はたまたラストアタックボーナスか。
報酬はまとめてドーンとインベントリに放り込まれていたから、何の契機で手に入れたのかは私にもわからない。
けれど、あの巨竜がネームドボスモンスターであったことは疑いようもない事実なのだろう。
ついでに、ネームド討伐のボーナスステータスポイントもきっちり30ゲットしていた。
ソロ、レイドとクリアしたから、残るはパーティネームドの分だけになる。
ただし、このネームドの魂に関しては、他の《魂》とは少々異なるみたいだった。
――
アイテム:使徒の魂・歌姫
レア度:ネームド
歌姫セイレーンの使徒がごく稀にドロップする、大いなる力を秘めた魂。
このアイテムは武具の新規作成には使用できず、強化の際に使用することができる。このアイテムを利用して強化した武具のレア度は強制的にレア度:ネームドになる。
――
なんと言えばいいのか、言ってしまえば量産型の《魂》と言った感じ。巨竜アルスノヴァの性質を受け継いでいる訳でもなく、ただただ力の塊という感じだ。
ついでに言えばこれは強化素材であり、武具の正式な素材でもない。もちろん、強化に使えばネームド装備になることに変わりはないんだけどね。
ただまあ、私にとってはありがたいアイテムだ。
「赤狼装束の強化に使おうと思うんだよね」
『なるほど』
『うーん、アリだね』
『武器じゃなくていいの?』
「うん、今は宵闇があるから」
正直な話、武器はいくらでも強化する余地がある。
単純により強力な素材と金をかければ、それだけ強い武器になるからだ。
ただ、この赤狼装束に関してだけはそうもいかない理由がある。
まず、これまでひとつたりとも赤狼装束を強化できる素材を入手したことがない。
ハイレアクラスの素材でも、ひとつも赤狼装束とは適合してくれなかった。それ以下など語るまでもないし、かと言って赤狼素材の余りでは少なすぎて強化のしようもなく。
そんな中手に入れたこのアイテムを、私はどうしても赤狼装束に使いたかった。私にとっては、もう手放せないほどにお気に入りの装備なのだ。
ちなみに《月椿の独奏》は最初から強化不可の装備なので、今回の強化の対象には入っていない。
「そんな訳でまた子猫丸さんにお願いしないとね」
『子猫丸さんの名前ほんと可愛い』
『でもオジサンだよ』
『ギャップ萌え?』
「名前の由来は気になるところだね」
子猫丸さんはフィーアスか、あるいはもうグリフィスまでは行っているのかもしれない。
けれど、今ならフレンドメッセージ経由で頼めるからすぐに追いつく必要はない。
まあ、まだログインしたばかりでメッセージすら送ってないんだけどね。
「後はねー、アルスノヴァの素材は結構たくさん手に入れたよ。特にめぼしい効果はないけど称号もいくつか」
《魂》こそ若干拍子抜けだったものの、素材はちゃんとアルスノヴァの固有のものだった。
甲殻、鱗、爪や牙や角といった使い道の多い素材が数多く手に入れられて、これはこれで何か作りたいなと思う。
まあ、こっちははるるに渡して武器にするのがいいかな。せっかく昨日色々使って欲しい武器を聞いたところだしね。
称号に関しては、《星空の旅人》《使徒討伐者》《始まりの街の英雄》《鬼神の愛し子》《七大災禍》の5つを手に入れた。
《星空の旅人》はイベントランキングトップ5の報酬だ。特に効果はなく、イベント優秀賞みたいなものだった。
《使徒討伐者》《始まりの街の英雄》のふたつは、当然使徒討滅戦の報酬だ。どちらもNPCからの好感度を上げる効果を持つものの、それだけと言えばそれだけの効果だ。
《鬼神の愛し子》《七大災禍》のふたつは、《憤怒の暴走》関連の称号だ。
《鬼神の愛し子》は鬼人族NPCからの好感度をかなり底上げしてくれるらしい。入手条件はわからなかったけど、明らかに暴走関連の称号だろう。なんかそんな感じのアナウンスしてたもんね。
《七大災禍》はデッドスキルの発動者に課せられるバッド称号だ。装備しているとNPCに威圧感を与え、好感度が下がる。
ただ、装備時に全ステータスを1%上昇させるというかなり強力な効果もあって、なかなか悩ましい称号だった。
そう言えば、一昨日の戦いの後に入った大型アップデートで、称号は5つまでしか装備できなくなってしまった。
闇鍋を防げるし悪くないとは思うけど、今度は装備だけでなく称号も吟味しなきゃいけないのかと思うと少し滅入るのも確かだった。
「まあこんなところだね」
『悪くないやん』
『色々手に入ったなぁ』
『結構端折ったっしょ』
『どんどん強化されてくなこの鬼っ娘』
『レアスキルは?』
『そういやいつもあるよね』
「ああ、レアスキルもあったよ。えーっとね……」
「やあ、楽しそうなところを失礼するよ」
リスナーと他愛のない会話を交わしていると、不意に後ろから声をかけられる。
振り向いた先にいたのは、騎士姿のナイスミドルだった。
「どなた様?」
「私はカイル。この街の自警団長なんかをやらせてもらってる者だよ」
「これはこれは。スクナです」
そう言って檻越しに握手を求めると、カイルと名乗ったイケオジはしっかりと手を握り返してくれた。
豚箱に入れられた(><)
いたいけなNPC女児に危害を加えて豚箱行きになるのは当たり前なんだよなぁ……。
シリアスな展開ではないのでご安心を。
草でも生やしてあげてください。