赤狼戦の報酬
『プレイヤー:スクナの死亡を確認しました』
『リスポーン地点を確認――始まりの街へ転送します』
『現在レベル21――デスペナルティは6時間です』
『ペナルティについての詳しい内容はヘルプをご覧下さい』
気がつけば初期設定の時に居た草原に立っていて、アナウンスが連続で鳴り響く。
それを全て聞き届けた瞬間、初期設定の時と同じような感覚で私は《始まりの街》の噴水広場へと送られていた。
「あああぁぁぁ……完全勝利とはいかなかったなぁ……。ふぅ……」
静寂から喧噪へ。立っている気力もなかった私は、噴水のヘリに腰を下ろして息を吐いた。
身体中を満足感と充足感が満たしている。
人生で五指に数えてもいいくらいに心地よい体験だった。
この世界は最高だ。
リンちゃんの言っていたことがよくわかった。
この世界なら、私は自由に生きていける。
沸騰する程に分泌されたアドレナリンの効果が切れて興奮が冷めていくのを感じながら、私はゆっくりと息を吐いて立ち上がった。
「あ、放送中だったんだ……」
リスポーン中は離れていたのか、いつの間にかふよふよと近くを漂っていた録画水晶を見て思い出した。
これまたいつの間にか閉じていたコメント掲示板を開いてみると、とても追い切れないほどのコメントが雪崩のように流れている。
流れ続けるコメントをぼーっと見ていると、ふと、別の数字に目がいった。
同時接続者数12307人。
「12000人!?」
『草』
『草』
『いい反応や』
『最初100人くらいだったからな』
『スクナちゃんの勇姿、見てたぞ〜』
『さっきまでの凛々しさはどこへ?』
『別人のようだ』
『スクナちゃん二重人格説あるな』
『戦闘用AI搭載型プレイヤー』
『殲滅されそう』
驚いて呆ける私を見て、コメント掲示板では好き放題に書き込みがされている。
だって12000人だよ。ありえない。
コメントにもあったけど、最初は100人もいなかったのに。
まあ、今現在ものすごい勢いで減ってるけども。
「って1時間半も経ってるじゃん!」
メニューに表示された時間を見ると、戦い始めたのが7時過ぎだったのに、既に8時半を過ぎていた。
休日だからって朝からこんな生放送見てていいのかみんな。
嬉しいけど。
あ、そう言えば一応デスする前に赤狼は倒せたんだった。
アナウンス流れてたしね。ちゃんと確認しておきたい。
「ちょっと申し訳ないんだけど、リザルト確認するから少し黙ります」
『ええんやで』
『後で教えて(ボソッ)』
『ダメです』
『今の狼はネームドボスモンスターって言うらしいで』
『報酬確認は至福の時間じゃけんね』
ネームドボスモンスター?
よく分からないけど、始まりの街の周りにいるモンスターとして明らかにおかしな強さだったのは間違いない。
さしずめ南の平原の主と言ったところか。
というか、耐久度を説明してくれたリスナーさんがボスモンスターって言ってたね。直ぐに戦闘に入ったから忘れてたけど。
ともかく、たくさん羅列されているリザルトをひとつずつ確認していこう。
――
称号《赤狼の誇り》
孤高の赤狼・アリアを討伐した者に与えられる称号。《始まりの街》及び周辺領域のNPC、他領域の一部NPCの好感度が上昇する。
称号 《ネームドボスハンター》
ネームドボスモンスターを討伐した者に与えられる称号。一部NPCの好感度が上昇する。
称号《強者に挑みし者》
自分よりもLvが10以上高いモンスターとパーティを組まずに戦い、勝利した者に送られる称号。
――
まずは称号。どれも習得した理由に納得のいく内容だった。
最初に《赤狼の誇り》。NPCの好感度という極めて不明瞭な値が上がるらしい。
そして、それについては《ネームドボスハンター》も同じだ。
恐らく、NPCを介したクエストか何かで利点があるのだとは思う。ちょっとレアなクエストとか受けられそうな雰囲気がある。
《強者に挑みし者》に関してはフレーバーテキスト以上の意味はないみたい。まあレベル差10あれば通常モンスターでもいいみたいだし順当かな。
次にアクセサリー《名持ち単独討伐者の証》について。
これも称号と似たようなものだった。
――
アイテム:《名持ち単独討伐者の証》
分類:アクセサリー
効果:ネームドボスモンスターを単独討伐した時、神から与えられるオリハルコン製のネックレス。所持していると一部NPCの好感度及び信頼度が大きく上昇する。
――
このアイテムも、NPCに対する印象UP効果持ち。
これだけ効果が重なると、果たしてどういった対応をされるのか気になる所である。
少なくとも下降するとは書いてないので、デメリット効果はないはずだ。
持ってて損するわけではないのなら着けておくのも悪くはないだろう。
ちなみに、オリハルコンのネックレスとのことだけど、小さなオリハルコンのプレートが金属の鎖で繋がれたような、パッと見では普通のネックレスとそう変わらない代物だった。
ところでオリハルコンってなんなんだろう。
ゲームでは定番の金属とはいえ、こうして手に取ると不思議な感じがする。
このゲームでは青白い見た目の金属のようだけど。
オリハルコンは置いておくとして、続いてスキルを確認する。
――
《餓狼》スキル
分類:レア
クールタイム:24時間
スキル発動中は3秒ごとにHPを1%消費する。
発動中、筋力と敏捷の値を50%増加。頑丈と魔防の値を50%減少。
発動中のあらゆる回復効果を無効化し、時間経過による継続ダメージ(毒、出血、炎熱など)の量を倍加させる。
発動中にデスした場合、デスペナルティ時間が2倍になる。
発動キーワード《餓え喰らえ、狼王の牙》
解除キーワード《我が餓えは満ち足りし》
※このスキルに熟練度は存在しません。
――
「なにこれ」
一言で言うなら、ピーキーだろうか。
《餓狼》スキルはあまりにも尖った強化スキルだった。
大きな補正を得る代わりに、大きなデメリットを背負わされる。
HP消費は分かる。同一のスキルではなさそうだけど、赤狼も似たスキルを最後に使っていた。
筋力と敏捷をアップする分防御が脆くなるのも、まあいいだろう。
その他のデメリットに関しては、正直盛りすぎでは? という気がしなくもなかった。
まあ要するに「使いこなしたかったら相手の攻撃を全部躱してスリップダメージの対策をしてね」ということなのだろう。発動時デスペナルティ2倍も見た目のインパクトは中々のものである。
あと地味に厨二チックなセリフ設定があるようだ。
ハイリスクハイリターン。
ただ、私の戦闘スタイルとは相性がいいのも確かだった。
個人的にはこの《餓狼》スキルひとつが手に入っただけでも大満足と言えるほどの戦利品かもしれない。
それで、残りはネームドアイテム《孤高の赤狼・アリアの魂》。
いかにも勝利特典と言わんばかりの表記に、少し心が踊る。
――
アイテム:孤高の赤狼・アリアの魂
レア度:ネームド
孤高の赤狼・アリアがごく稀に遺す、赤狼の力を秘めた魂。
武具の作成に使用することができ、このアイテムを使用して作成されたアイテムのレア度は強制的に《ネームド》になる。
※レア度:ネームドのアイテムは、所有者の変更が不可能ですが、契約により貸与することは可能です。
――
「うむむ……」
それは、非常に判断に困るシロモノだった。
レア度:ネームド。そんなものは聞いたことがない。
そもそもアイテムのレア度は、コモン、ハイコモン、レア、ハイレア、エピック、レジェンドの6段階であると公式ページに書いてある。
ただし、それに加えてPM、すなわちプレイヤーメイドという表記がある。
これはドロップと見分けるため、つまり生産品であることを証明するためのものである。
例えばプレイヤーメイド武器ならば、その強さに関係なく《PM》というような表記になるようだ。
(レア度:ネームドなんて、公式のサイトには載ってなかったはず。でも、アイテムの説明を見る限り1度しか落ちないアイテムって訳じゃないよね、これ)
呟くのもはばかられる内容を、頭の中で考える。
《孤高の赤狼・アリアの魂》は、その説明を信じるなら「ごく稀に」ドロップするものであると書いてある。
ネームドボスモンスターについてよく理解出来ていない私には確証が持てないけれど、それは「周回」すればゲット出来るということだろう。
なら、他にも「レア度:ネームド」のアイテムを入手したプレイヤーがいる可能性は十分にある。
あの強さのモンスターと何度も何度も戦いたいかと聞かれると言葉に詰まるけど、この手のアイテムが1プレイヤーにしか手に入れられないって言うのは考えにくい。
ゲーム内イベントの上位入賞報酬とかならまだしも、たかだかボスモンスターのドロップ品が「一品物」なんて許されるわけがないのだから。
アナウンスを今思い返せば「初討伐ボーナス」とかなんとか言っていた気がする。
それがゲーム内での「赤狼アリアの」初討伐ボーナスなのか、私個人としての「ネームドボスモンスター」初討伐ボーナスなのかは分からない。
けれど、ごく稀にドロップするというアイテムが1回で入手出来たのは、幸運とはまた別の可能性が高そうに思えた。
(ま、リンちゃんに聞くか、プレイヤーの攻略情報を探れば何かしらの情報は出るでしょ)
公式から出ている略式の攻略情報しか見ていなかったことを少し悔やみつつ、私は困った時のリンちゃん頼みをすることにした。
「わ、純粋な赤狼素材も沢山あるな……よく見たらレベルも7つも上がってるし。うわぁ、レベルアップのとは別にステータスポイントが30ポイントくらい増えてる……」
ここから先は別に呟いたからと言って損するような内容でもなかったので、無言でいるのに疲れた私は独り言を漏らした。
増えたステータスポイントはアナウンスでボーナスとか言ってた分だろう。ユニークボスモンスターは倒すとステータスポイントが貰えるのかもしれない。
30と言えば6レベル分だから結構なものになるね。
赤狼アリアの素材に関しては、今は保留にしておく。
《孤高の赤狼・アリアの魂》も含めて、装備を作るのに使いたいという思いはあるけれど、一応リンちゃんに確認を取っておきたい。
「そうだ、デスペナルティも確認しなくちゃ」
『デスペナあるん?』
『あるよ』
『初心者は少なめ』
『はぇー』
『このゲームはデスペナ緩いけどね』
ほとんど独り言のような呟きを拾ってくれたコメントを見つつ、メニュー画面を操作してヘルプを開く。
調べて分かったデスペナルティに関する情報は、それほど難しい内容ではなかった。
デスペナルティは基本的に6時間。
その内容はシンプルで、デスペナルティ中全ステータス半減と、経験値獲得不可状態の付与。
たったこれだけである。
死んだからと言ってお金を半分失ったりはしないし、アイテムも経験値も奪われない。
実質的な被害はフィールドの外に出る旨みがなくなるくらいである。
ゲームによっては、死んだらアイテムを奪われレベルは下がりお金もなくなるなんてザラなのだという。
そういう意味では、コメントの通り緩いデスペナルティだと言えるだろう。
しかも、レベル20以下の初心者はデスペナルティが1時間に軽減されるのだ!
私は21になったから6時間だけどね!
まあ、図らずもレベリング目標は余裕で達成したし、6時間くらいは休んでもいいと思う。
一通りのリザルトを確認した私は、デスペナルティのこともあって1度ログアウトしてリンちゃんとお話することにした。
今日は午後から放送すると言っていたので、まだ9時も回ってない今は私の放送を見守ってくれているはずだ。
「デスペナルティが6時間付いちゃったので、色々調べ物をするのを兼ねて一旦落ちようと思います。アイテムも買いたいので、放送の再開は早めの午後1時くらいにしますね」
『まあ仕方ないな』
『突然のボス戦だったし』
『映画みたいだったな』
『早起きしてよかった』
『後でリザルト報告会期待しとる』
『待ち遠しいなぁ』
「それじゃあ早朝からありがとうございましたー。おつかれさまー」
『おつ』
『おつ』
『おつ』
『乙』
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