使徒討滅戦:激戦
「冗談でしょ……」
リンネの呟きが、轟音によって掻き消える。
スクナはそんなリンネの言葉に同意する余裕さえなく、今にも暴れだしそうな心を抑えるので必死だった。
スクナは視界の先で今まさに巨竜によって切り裂かれようとしているリュゥリを助けに行きたい気持ちをぐっと抑えて、現実ならば血が出そうな程に思い切り歯を食いしばり、手を握りしめて耐える。
想像を絶する痛みがスクナの胸を突き刺す。それでも、もう間に合わない。助けに行くには距離が遠すぎる。
そして、リュゥリは為す術なく巨竜の一撃でポリゴン片へと還された。
壊滅。その言葉がふさわしいほどに、レイドパーティは致命的な大打撃を受けていた。
巨竜がノーモーションで放ったあの波動は、一度目に放ったソレよりは多少威力が落ちるものだった。
それは単純に溜め時間の短さからくるものだったのだろう。
どの道10数秒のチャージから放たれた最初の波動に比べれば弱かったと言うだけで、少なくとも近距離で直撃を受けたえるみは即死だったのだから、弱まったと言えどもその威力が絶大だったのは確かだ。
それでも、あの波動そのもので死んだプレイヤーはえるみだけだった。先程の4人が消し飛ばされた時に比べれば被害は小さいと言えた。
そもそも、あの波動は距離減衰が大きい。フィールドの端にいれば最悪の場合防御魔法がなくとも耐えきれるし、防御魔法を張ればなおのことダメージはない。
逆に近距離であれば多少のガードやバリアなどは粉砕した上で殺すだけの威力がある。わかりやすいと言えばわかりやすい攻撃だった。
リンネが無傷で助かったのは、退避してくるスクナの為に早めにバリアを張っていたからだ。
スクナも滑り込むようにギリギリのタイミングでバリアの内部に入れたことで特段ダメージは負っていない。
そして皮肉なことに、リュゥリが掛けてくれた回復魔法のおかげで、スクナのHPは満タンまで回復していた。
リンネとスクナの他に、無傷で波動を突破できたのはシューヤのみ。彼は《片手用盾》スキルの範囲ガード系アーツで波動をしのいでいた。
テツヤはガード用のアーツを発動していたものの至近距離だったために正面から突破されていた。
ただ、少なくないダメージを負ったものの、ガードを張れたおかげでなんとか五体満足ではあった。
ソラ丸は野良の魔法使いプレイヤーを庇った結果退避が間に合わず、死にはしなかったものの足を一本持っていかれた上に瓦礫に埋もれてしまっていた。
魔法使いプレイヤーも同様に吹き飛ばされたものの、ソラ丸の献身によりダメージは少ない。
《社畜》のリュゥリと《竜の牙》のネクロという2人組は、ダメージこそ受けたもののフィールド端にいたおかげで致命傷は負わなかった。
これについては《竜の牙》のヒーラーである……スクナが名を知らない黒衣の男性も2人と同様のようだった。
と、なんだかんだで破壊の波動が放たれた直後は、まだ立て直しようのある状態だったのだ。
問題は、あの波動の直後に巨竜が動き出したことだった。
先程は一分近く動かずにいたというのに、今回は数秒しか猶予がなかった。
まず最初に、目前でのえるみの死に動揺していたドラゴが殺られた。先程は波動の後に巨竜が動きを止めていたということもあり、ほんの僅かに気の緩みがあったのだろうが、それにしてもあっけない最期だった。
事実としてドラゴが殺られた。それは、レイドパーティ全体にさらなる動揺を伝播させた。
次に狙われたのはソラ丸だった。
この時点でリンネは、巨竜の行動パターンが完全に変化したことを悟った。
最初にドラゴが狙われた理由は、直前の大技でどデカいヘイトを買ったからだと言えば説明はつく。
だが、その次に本来狙われるべきはスクナのはずだ。
なぜなら、ドラゴの一撃の直前まで巨竜に狙われていたのはスクナなのだから。
それが足を欠損しているソラ丸を一直線に狙いに行った。
彼は呆然とした表情でそれを見つめてから、全員に謝るように頭を下げて轢殺された。
野良の魔法使いが押し潰されて死んだ。ネクロが黒衣のヒーラーを庇って死んだ。その彼も、そのままあっさりと殺された。
そして今、リュゥリが殺された。
えるみ、ドラゴ、ソラ丸、魔法使い、ネクロ、黒衣のヒーラー、そしてリュゥリ。
7人のプレイヤーが全員殺されるまでに、30秒とかからなかった。
「フーーッ! フーーッ!」
鼻息荒く、唇を噛んで必死に感情を抑えるスクナ。
その手を優しく繋ぎながら、リンネは内心でスクナに謝罪する。
(ごめんなさい、ナナ。辛いわよね、苦しいわよね)
巨竜の猛攻から仲間を助けるべく、バリアから飛び出そうとしたスクナを抑えたのはリンネだ。
状況が分からなすぎる。こんな状態で万が一にもスクナを失ってしまえば、もはや勝機は完全に無くなってしまう。
それだけは避けなければならない。
絶対に避けなければならない事態だった。
巨竜のHPはまだ2.5ゲージ以上も残っている。リンネが奥の手を切り、そして仮にシューヤに奥の手があるのだとしても、その上で戦いを詰め切るのにスクナの存在は不可欠なのだ。
後衛のほぼ全てを殺しきった巨竜が次に標的を定めたのは、ポーションによる回復を行っていたテツヤだった。
それを見たリンネは、巨竜がなぜヘイトを受け持っていたはずのスクナを放置して他のプレイヤーを殺しに行ったのかを何となく理解した。
HPが3ゲージ目に入り、巨竜の行動パターンが変わるのはおかしな話ではない。
最初はヘイトがリセットされたのかと思ったが、違う。
あのノーモーションで放たれた波動そのものが、マーキングのような役割を果たしていたのだ。
おそらく、あの攻撃でダメージを負ったプレイヤーを優先的に殺しにかかるようなアルゴリズムなのだろう。
だから未だに多大なヘイトを持っているであろうスクナを放置して、テツヤにヘイトが向いている。
ただ、殺し回った順番に関してはリンネにも読み切れない。ドラゴに関しては殺しやすい位置にいたとはいえHPが少なかった訳でもないし、その割にそこからは殺しやすい後衛職を集中して狙っていた。
なんにせよ行動パターンが不明瞭すぎる。
ただ、ここでテツヤを殺させるのも不味い。もはやレイドは4人しか残っていないのだ。
「ぐおおっ!」
先程スクナが苦戦した見えないブレスがテツヤを襲う。
テツヤもその正体にぼんやりとは気づいているのか、大盾を前になんとか凌いではいるが、スクナに撃ち込んできた時とは違い巨竜のブレスは連続して放たれていた。
連続でのガードにより、テツヤのSPが大きく削られていく。
このままでは捲られる。テツヤがそう思った瞬間に、1人のプレイヤーがブレスを断ち斬った。
「大丈夫っすか?」
「すまん、シューヤ。助かった」
「いいんすよ。助け合いっす」
巨竜が撃ち込む連続のブレスを、シューヤは薄く発光する両手の大剣で切り払う。
マスターランクスキル《双大剣》。《大剣》スキルと《双剣》スキルをそれぞれ500まで熟練度上げすることで初めて取得できるこのスキルは、現時点ではシューヤ以外の誰ひとりとして使い手のいないスキルだった。
「あんま使いたくはなかったんすけどねぇ」
シューヤはそう嘆息しながらも、余裕のある表情を崩さない。
彼がこのゲームを始めてから現実の時間で1ヶ月半近くが経ち、そのうち1ヶ月以上の時間をこの世界で過ごしてきた。
そう、全プレイヤーの誰よりも長くこの世界に潜り続けてきたシューヤというプレイヤーのレベルは、レイドパーティの中で最も高い94。
現行のプレイヤー達の中で最も高いレベルを持つ男こそ、クラン《円卓の騎士》第3位のシューヤなのだ。
そうは言ってもシューヤには、スクナやドラゴのような莫大な火力もなければ、切り札のような武具もない。
ドラゴやリンネのようなプロゲーマーほど熱意がある訳でもなく、スクナのように特異な才能も持ち合わせてはいない。
ただ淡々とレベリングをし、クエストをこなし、ついでに街歩きなんかを楽しんで……そうしてWLOを普通にゲームとして楽しんできたのがシューヤだった。
ただ、彼らのようなプレイヤーの熱を感じるのは好きだ。
情熱に欠ける自分だからこそ、彼らの眩しさに当てられる。
彼らを支え、少しでも役に立ってあげたいと思う。
今この場でシューヤが《双大剣》を見せたのは、そういった意思の現れだと言えた。
(とはいえ、これ無理ゲーっすね)
先程も言ったように、シューヤには切り札らしい切り札はない。
この双大剣に関しても入手したのはごく最近で、熟練度の面でどうしても難がある。それはつまり、単純に強力なアーツがないということだ。
それでも《双大剣》を使う理由はひとつ。
継戦火力が凄まじく高いからだ。
はっきり言って、ドラゴがほとんど攻撃に参加することなくデスしたのはレイドパーティにおける最大の誤算だった。
彼女の《スターライト・スラッシャー》は確かに強力なアーツであったし、現にひとりで巨竜の総HPの十分の一を削り取った。
だが、ドラゴが生きて戦いを継続していれば、単純な火力としてそれだけのHPを追加で削れていたはずなのだ。
ドラゴに単体で1ゲージ以上を削れるプレイヤーとしての活躍を期待していたシューヤやリンネにとっては、その火力がなくなったのが心底痛い。
スクナが想像以上に削ってくれたおかげで辛うじて採算は取れているが、それでもドラゴの早期リタイアは痛かった。
ここから先、リンネが切り札を切れば恐らくもう1ゲージは持っていける。その上でスクナとシューヤとテツヤが全力で戦えば、最終ゲージ到達までは何とか削れる可能性はある。
だが、その間に2度、合わせて11のプレイヤーを殺したゲージ移行の行動が挟まれる。
2度もプレイヤーの虚をついたあの行動を無傷で突破?
突破した上で、最終ゲージに至った最大強化状態の巨竜に勝てるか?
どう足掻いても不可能だ。シューヤがこの戦いを無理ゲーだと判断した理由はそこにあった。
ただ、唯一突破口になりそうな要素もある。
今、リンネに引き止められているスクナの存在だ。
普段の温和で少しぼんやりとした雰囲気とはまるで違う、今にも暴れだしそうな様子。
怒り。あるいは失意か。先程も遠目で見ていたが、味方を助けに行きたくて仕方がないといった様子だった。
だが、あの時点では止めたリンネが正しい。
あの時の巨竜は、今シューヤが対面している状態よりも俊敏かつ狡猾で、おそらく攻撃の威力も増していただろう。
シューヤが行こうが、テツヤが行こうが、スクナが行こうが変わらない。
所詮スクナはフルアタッカーだ。タンクのように仲間を守る者ではない。だからきっと、いずれは守りきれずに死んでいた。
ノエルクラスのタンクでもなければ、行かせないのが正解だった。
だが、もしかしたら今のスクナなら何とかなっていたかもしれない。
それほどまでに、ゾッとするほど恐ろしい雰囲気をスクナは纏っていた。
「おっと、《ツイン・ストライク》!」
爪による切り裂きではなく、押し潰すようなプレスアタック。
それを、シューヤは真正面から打ち返す。
「ぐっ……デブドラゴンっすねぇ」
ギリギリと悲鳴を上げる2本の大剣に激を入れつつ、シューヤはプレスを無理やり押し返す。
「《クロススパーク》!」
押し返され隙を生んだ巨竜に、だいぶHPを回復してきたテツヤが追撃を差し込む。
相変わらず雷属性が弱点であるのは変わらないようで、目に見えて巨竜が怯むのがわかった。
それを見たシューヤは今しかないと判断し、リンネへと合図を送った。
「リンネ!」
「やれるの!?」
「何とかするっす! どの道次のゲージじゃチャンスはないし、何よりそろそろスクナちゃんがいないとキツいっす!」
本音は最後の一言か。
信じるしかない。彼らを、そしてスクナを。
「了解! ナナ、もう大丈夫ね?」
「っ……だい、じょうぶ!」
「その気持ちはそのままぶつけてきなさい!」
「うん!」
飛び出していったスクナを見送り、リンネは遂に自身の持ちうる切り札を切る事を決心した。
☆
「我が求めるは重の理。願うは10の連星なり」
スクナが参戦し、3人のプレイヤーが巨竜と真正面からぶつかり合うのを見ながら、詠唱を開始する。
レアスキル《連星術》。これはかつてリンネがとあるモンスターを討伐した際に手に入れたレアスキルであり、彼女が持つ最大の切り札だ。
スキル効果は非常に複雑だが、簡単に言うと《同じ魔法を最大10まで、何重にも重ねて放つことができる》という効果である。
同じ魔法を何度も放つのと何が違うのか?
それは《魔法を重ねる毎に個々の魔法の威力倍率が上がっていく》という、いうなれば《十重桜》のような威力増強効果がある点だ。
例えば、重ねた数が2つなら威力倍率は1.5倍。1+1に1.5を掛けるような計算になる。同じMP量で、本来は単純に2倍のところを3倍の威力で魔法を放てる訳だ。
3つで2倍。そんな感じに威力倍率を0.5ずつ加算していって、10重ねれば5.5倍。元々の魔法自体が10個ある訳だから、その魔法を一発単体で当てた時の55倍という桁違いの威力になる。
最終的に55倍の威力が出るという点では《十重桜》に近いが、あちらは反動ダメージという枷を抱えていた。
当然、こちらはこちらで厄介なデメリットを抱えている。
ひとつ目はMPの問題だ。連星術は「一度に」魔法を放つ都合上、重ねた回数分のMPを纏めて消費してしまう。
故に、重ねたい回数分同時に放てる魔法でしか連星術は発動できない。10回重ねるのであれば、10回以上使える魔法でなければ駄目なわけだ。
2つ目。それは発動に尋常ではない時間がかかることだ。
《十重桜》は反動ダメージと引き換えに、わずか数秒で打ち切ることができるという最大の利点がある。
対して《連星術》は早さの全てを犠牲にしている。
具体的には《重ねる魔法の数》✕《威力倍率》✕《5秒》。
つまり重ねる魔法の数が2個なら《2》✕《1.5》✕《5秒》で15秒。
10個なら《10》✕《5.5》✕《5秒》で275秒、つまり4分半ちょっとかかる計算になる。
そして3つ目。このスキルを発動している間、リンネは一切動けない。つまり完全な固定砲台にならなければならないのだ。
全方位への攻撃やら、ブレスやらを持つ巨竜を前に、一切動けない状態で4分半。
リンネが巨竜の攻撃を直撃で貰えば、おそらく耐えられて一撃が限度。あるいは一撃で死ぬかもしれない。
「頼んだわよ、3人共」
もはやお祈りの如く呟いてから、リンネは魔法を重ねる準備を始める。
「天裂く焔を呼び寄せし杖よ、地に在りて導と化せ」
《蒼玉杖》を地面に突き立て、詠唱を開始する。
今回リンネが使用する魔法は《ライトニング・バリスタ》。確実に10発撃ち込むことが可能で、かつ上級である唯一の魔法だ。
「我が腕に宿りし雷撃、今此処に弩と成りて放たれよ」
これが完全詠唱の《ライトニング・バリスタ》。WLOにおいて、言葉を用いた完全詠唱は魔法の威力を上げる手段のひとつだ。
普段なら無詠唱で放つところでも、今はどの道時間だけは有り余っている。
ならば可能な限り魔法の威力は上げておくべきだ。
それがリンネにできる唯一の仕事なのだから。
「重ね」
リンネの背後に光が浮かぶ。
これでひとつ。リンネは再び詠唱を続ける。
「天裂く焔呼び寄せし杖よ、地に在りて導と化せ。我が腕に宿りし雷撃、今此処に弩と成りて放たれよ」
ひとつひとつ。詠唱の内容は慎重に。間違えれば暴発もありうる。
「重ね」
ひとつ目の光に連なるように、2つ目の光が点った。
「あと240秒」
まだまだ先は長い。
前衛を張ってくれている3人の健闘を祈りつつ、リンネは慎重に魔法を重ねていた。
☆
「うぉぉぉぉぉぉりゃああああああああぁぁぁ!」
テツヤが雄叫びと共に放った《クロススパーク》。
そう何度も食らうものかと爪で弾いた瞬間に、スクナが巨竜の懐に潜り込む。
「《デッドリィハンマー》!」
「ゴァゥ!?」
ズンッ! という音を立てて巨竜の鳩尾にめり込んだ打撃武器スキルのアーツ《デッドリィハンマー》。
言ってしまえば《超叩きつけ》とでも言うべきただのぶん殴りなのだが、その一撃によって巨竜の体が一瞬浮き上がった。
「嘘だろ!?」
「えぇ……」
その恐ろしい程の威力に味方2人でさえ驚愕を隠せないが、その威力の秘密は《宵闇》の属性である《重力属性》にあった。
武器に付与した場合の重力属性の効果はシンプルに2つ。
それは《武器の重量を重くする》と《武器の重量を軽くする》の2つだ。
それだけだとあまり意味を感じないかもしれない。ただし、これら2つの効果には《攻撃命中時に》という枕詞がつく。
つまり、これは殴りつけた時に発動する効果であるということ。所持者はいつも通りに武器を振るえるが、いざこの武器の攻撃を食らった相手は訳が分からないほどに重たい攻撃や、あるいは羽のように軽い攻撃を食らうことになる。
基本的に攻撃時に役立つのは《重くする》効果に絞られるが、武器の重量による物理計算がダメージ計算に組み込まれているWLOにおいて、《重く》すればその分威力が上がるし、《軽く》すればその分威力を抑えられる。
つまり捕獲などのために手加減をしたい時などに《軽く》する効果を使えるため、そちらはそちらで無駄にはならない。
ちなみに《宵闇》の場合、重くする方の倍率は3倍まで。
軽くする方の倍率は0.01倍までという制限がある。
今スクナがアーツを放つ際に使用したのは、当然3倍に重くした状態だ。
つまり要求筋力値885の武器に等しい……と単純に計算はできないが、少なくとも体感にして1トンはゆうに超えている重量での殴りつけである。
アーツ倍率に元々の筋力値の高さも相まって、巨竜の体を一瞬とはいえ浮き上がらすほどの威力を秘めていたのだった。
ただ、この《重力属性》を発動するには装備者自身のMPが必要になってくる。
とてつもなく強力なこの武器をなぜスクナが温存していたのか。それはこの武器の重力属性を発揮できる回数が、鬼人族故にMPが低すぎるスクナではわずか数回しかないからであった。
「ゴォォォォ……」
3人がリンネのために巨竜のヘイトを集め続けて数分。
かなり順調に進んでいた戦いだったが、ついにその時が訪れてしまった。
巨竜がリンネの存在に気づいてしまったのだ。
「まずいっすね」
連星術は発動中、じわりじわりとヘイトを稼ぎ続けてしまう。それは常時魔法を発動しているのに等しい状態だからだ。
既にヘイト管理も何もよくわからない状態の巨竜だが、これまで視線を外せていたリンネに気づいてしまった理由はそれぐらいしか思いつかなかった。
背後に9の魔法を携え、最後のひとつを詠唱せんとするリンネに向けて、巨竜は大きく息を吸い込んだ。
初めて見る行動。いや、正確には一番最初の咆哮時にも似たような行動を取っていたが、あの時と違うのは巨竜の口元に明確なエネルギーがチャージされていることだ。
猶予は残り10秒程度か。シューヤとテツヤは一瞬アイコンタクトを交わすと、示し合わせたように巨竜とリンネの射線上に立ちはだかる。
「テツヤさん、シューヤさん!?」
「いいから黙って見てな!」
「必ず防いでみせるっすから」
頼れるタンクのテツヤと、トップレベルプレイヤーであるシューヤという二重の盾。
だが、巨竜がチャージしているエネルギー量を見たスクナは、それでも防ぎ切れるとは思えなかった。
そもそも。リンネを守るという役目を、自分が負わなくてどうするのだ。
スクナが生まれつきその身に宿すのは、リンネを守るための力だ。
他のプレイヤーを守れなかった。その言葉にできない激情は、今なおスクナの中で燻っている。
スクナはテツヤとシューヤの更に後ろに立ち、瞬間換装で装備を影縫へと変更する。
そして、舞を躍るべくその両の手を打ち鳴らした。
レアスキル《鬼の舞》。
発動するは《三式・水鏡の舞》。
更に加えて《一式・羅刹の舞》と《二式・諸刃の舞》も発動させた。
リンネを守るべく立ち塞がる3人のプレイヤー目掛けて、巨竜が極大のブレスを放った。
その極光が最初に到達したのはテツヤ。
彼は武器を仕舞い、取り出した新たな大盾を両手に持ち替え、最大最強の防御アーツを発動する。
《両手用大盾》スキル、防御用アーツ《エクスレイヤード・ファランクス》。
10の防御結界を正面に展開する、貫通攻撃防御用の最強アーツだった。
衝突の瞬間、一瞬にして3枚が焼失した。
一呼吸の間に更に2枚。続く一呼吸で更に1枚。
わずか数秒で6枚を割り切られ、それでもなお残る4枚でテツヤは耐える。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
それがただの気合いだということはわかっている。
叫んだところでアーツの耐久は変わらない。
だが、それでもテツヤは叫んだ。
己を鼓舞するために。仲間を鼓舞するために。
拮抗したのは10秒足らず。
だが、確実にブレスの威力を削り取り、テツヤはブレスによって消し飛ばされた。
続くシューヤは双大剣をクロスさせるように地面に突き立て、その2つの柄を握ってアーツを発動させた。
《大剣》スキル、ガード用アーツ《ブレイズシールド》。
大盾の防御アーツに勝るとも劣らないソレが、突き立てた2つの大剣両方で発動した。
ひとつひとつは、テツヤの《エクスレイヤード・ファランクス》とは比べるべくもないほどに弱い防御用アーツだ。
だが、シューヤの持つ《双大剣》スキルは、手に持つ2つの大剣の両方で個別のアーツを発動できるパッシブ効果を持つ。
重なる2つの防御アーツ。そして、テツヤが決死の覚悟で防いでくれたお陰で弱まったブレス。
(防ぎ切ってみせるっす。スクナちゃんは防御用のアーツを持ってない。ここで防がなきゃお終いだ)
シューヤが発動した《ブレイズシールド》に、巨竜のブレスが炸裂する。
テツヤが幾らか相殺した上でなお、凄まじい威力で押されるのが分かる。
数秒の拮抗の後、金属が割れるような嫌な音が響き渡った。
シューヤが視線を向ければ、大剣にヒビが走るのが見えた。
(まずい。まずいっす。耐え切れ……)
せめてブレスの方向を変えて……。
シューヤがそこまで考えた瞬間に、双大剣による防御が崩壊する。
後ろで構えるスクナとリンネに謝る暇もなく、シューヤは極光に飲み込まれた。
(2人共命懸けでリンちゃんを守ってくれた。無駄な抵抗なんかじゃない。私が絶対に止めてみせる)
「飢え喰らえ、狼王の牙」
スクナは自身が発動できる全ての攻撃力アップ系バフスキルを発動し、迫り来る極光のブレスに正面から対峙する。
本来であれば。ブレスや魔法と言った放出系の攻撃は、普通の攻撃でかき消すことは出来ない。
だが、それを可能とする方法は幾つかある。
ひとつは、ガード性能を持つ武器で防ぐこと。
あるいは、そうではない武器でも防御系アーツ・スキルを使って防ぐこと。
そしてもうひとつが、同属性を纏ったアーツで攻撃を打ち消すことだ。
例えば先程シューヤは風属性を纏った大剣で巨竜のブレスを切り払っていた。
無属性の放出系攻撃は、あらゆる属性攻撃で打ち消せる。
あるいは巨竜のブレスは風属性だったのかもしれないが、それならそれで問題なく切り払える。
シューヤはそういった判断をもって、風属性攻撃でブレスに対応していたのだろう。
だが、スクナの持つ武器スキルは、その全てが属性持ちのアーツを覚えられない。
また、覚えられたにしても、目の前のブレスの属性はパッと見では判断しきれない。
だからこそ、テツヤもシューヤも攻撃ではなく防御を以てブレスを防ごうとしたのだ。
だが、スクナは今ここに立っている。
それは、ブレスを相殺しうる手段を用意しているからに他ならない。
それこそが、《三式・水鏡の舞》だった。
その効果は《発動から30秒間、使用者の攻撃威力に相当する攻撃を、物理魔法問わず打ち消せる状態を付与する》というものだ。
かつて、トリリアで琥珀と戦った時、彼女がスクナへ語った「三式は魔法の対策になる」という言葉。
これは正確には魔法を相殺できる状態の付与が可能だという意味だったのだ。
(ごめん。そしてありがとう)
手に持つ影縫に内心で感謝の言葉を贈る。
この10日間、スクナを支えてきてくれた最高の武器だった。
だからこそ、最期の時は今ここで。
全てを破壊する星の一撃に代えて。
《打撃武器》スキル、最強アーツ。
《メテオインパクト》。
鼓膜が破れるのではないかと思えるほどの轟音を響かせ、スクナの持てる最大火力を以て放たれた最高最大の一撃は、数瞬の拮抗を越えて極光のブレスを掻き消した。
☆
(ありがとう、みんな)
その命を散らしたテツヤとシューヤ。
武器を捨て、自身が完全に動けなくなることを覚悟で《メテオインパクト》を放ったスクナ。
その全てに感謝して、リンネは連星術を完成させる。
「連なる10の星々の輝きよ、今ここに救いの一撃と成れ!」
ギギギギギギギ……と軋むような音を奏で、リンネの右腕が巨竜へと構えられる。
バチバチと弾ける雷撃さえも心地よい。
全ての魔法は既に装填されている。
その手はまっすぐに巨竜に向けられた。そして、巨竜はそれを見て動くことさえままならない。
あれほど強力なブレスを放ったのだ。巨竜とて反動で動けなくなるのは必然だった。
「さあ、行くわよ!」
躊躇いは必要ない。
右腕を引き絞り、突き出す。
さながら正拳突きのような動作を持って、破滅の光は音も無く放たれた。
リンネもこれまで1度たりとも放ったことがない、10連星の一撃。
それはまさしく流星の如く。
一条の光となって、巨竜の体を貫いた。
さらば影縫。