使徒討滅戦:星光
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アイテム:宵闇
レア度:ハイレア・PM
属性:重力
要求筋力値:295
攻撃力:+139
耐久値:506/506
分類:《打撃武器》《片手用メイス》《暗器》
夜の帳を下ろせし時、世界そのものが頭を垂れる。
夜闇を愛でるは人か鬼か、風に溶け込む獣の牙か。
命あるものに等しく死を、眠れる赤子に祝福を。
終わらぬ夜を奏でよう、世界に陽が昇らぬように。
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アイテム:影縫
レア度:レア・PM
要求筋力値:208
攻撃力:+82
耐久値:1870/2005
分類:《打撃武器》《片手用メイス》
仮にその一撃が躱されようとも、その衝撃は影さえ縫い止める。夜闇に溶ける重撃は、耐える者なき破壊の一撃。
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はるるが丸2日間、他の依頼をすっぽかしてまで作成した《宵闇》だが、影縫との見た目上の差異は少ない。
それこそ、ぱっと見てわかるのは見た目の色と大きさくらいだろう。
だが、その性能は凄まじい。特に要求筋力値と攻撃力に関しては、笑えるほどに高くなっている。
逆に、下がったのは耐久値。2000を超える耐久値を持っていた影縫に比べ、わずか500程度しかないのだからその差は歴然だ。
それでも普通の武器に比べればはるかに高い耐久値なのだが。
とはいえそれらのグレードアップを踏まえても、やはり宵闇の性能が影縫の延長線上にあるのは確かだ。
そのおかげで、宵闇は既にスクナの手によく馴染んでいる。ぐっと握れば初めて影縫を持った時のようなずっしりとした重みがスクナの手に伝わってきた。
ここまで来ると完全な専用装備と言っても過言ではない要求筋力値であり、はるるの仕事ぶりにスクナは小さく笑みを浮かべた。
振りかぶられる巨竜の右腕を緩やかな動作で回避する。
一本目のゲージの時よりは速い。だが、攻撃自体が大振りなせいでスクナにとっては避けやすい相手だ。
ここからは全神経を費やしてこのモンスターをここに押し止めなければならない。
先程巨竜の背から降りる時に目が合ったドラゴからのアイコンタクト。
おそらく何かを仕掛けるつもりだ。それがわかったから、スクナは集めたヘイトを維持することに専念する。
不意に、スクナの背筋に悪寒が走る。
本能に従って跳躍したスクナは、それから数瞬遅れて襲いかかってきた「見えない何か」によって、先程まで立っていた場所が破壊されるの見た。
(何が起きたんだろう?)
ひび割れた足場に着地したスクナは、巨竜が起こした現象について思案する。
ほとんど反射的に回避したせいでよく見ていなかったが、そもそも今の攻撃は巨竜のどこから放たれた?
(多分頭付近。となると目か口、あるいは角?)
破壊跡を眺め、射角を計算する。既に巨竜の位置は変わっているが、恐らく今のは頭部周辺から放たれた攻撃であろうとスクナはアタリをつけた。
なるほど、確かに主に両腕を叩きつけたり薙ぎ払ったりという動作ばかりを挟まれていたせいで、スクナの注意力は両の腕に集中していた。
視線誘導とは少し違うが、間違いなく意識を誘導されていた。
システムの鎖から逸脱している訳では無いが、それでもこの巨竜は戦いを組み立てるだけの頭の良さがある。
これからはそう思って戦おう。
そう考えたスクナは、巨竜の口元が僅かにゆらりと揺れるのを見た。
「なるほど」
巨竜の口から正面方向に立たないよう移動すると、やはり見えない何かがスクナの居た場所を貫いていく。
先程と同様の破壊跡を残すその攻撃を見て、スクナは確信した。
あの謎の攻撃はおそらくブレスの類だ。
目に見えない理由はいくつか考えられるが、一番単純なものを挙げてみるなら空気そのものをブレスとして放っている。
風が目に映らないのと同じように、当然目で捕えることは出来ない。
あるいは謎エネルギーを放出しているというのも可能性としてはある。
ただ純粋な魔力的なものであったり、それこそ巨竜の名の通り「波動」とでも呼ぶべきものであるかもしれない。
なんにせよ、厄介な技だ。
おそらく攻撃の予備動作なんかはあるはずなのだが、今のところそれが分からない。
大気中に舞う塵が揺らぐのが見えたからこそ辛うじて躱すことができたが、そう何度も上手くは行かないだろう。
「さてさて……おっ?」
まずは巨竜の攻撃動作を改めて覚え直そう。
そう思って回避に徹していたスクナは、自身の後ろ側でドラゴが合図を出しているのに気がついた。
「《射抜け、貫け、蒼天を駆ける鷲獅子の爪》」
《天空剣・蒼穹》を構えたドラゴは、バフスキルを起動する。
レアスキル《鷲獅子の爪》。スクナが赤狼戦で得た《餓狼》と同様に、起動式のバフスキルだった。
その効果は《発動直後の攻撃ダメージを、計3回まで2倍にする》だ。
故に、今から3発まで。ドラゴの振るう剣戟は破壊の権化へと変化する。
スクナが54の超連撃で巨竜のHPバーをほぼ1本削り落とすのを見て、ドラゴは素直に感嘆した。
《素手格闘》スキルは対ボスモンスター用というのは前々から言われていたことだが、まさか《十重桜》までであそこまで火力が出るものとは思わなかった。
レイドボスの総HPから見ても1/6程の数値を1人で削りきったのだ。純粋に化け物じみた火力と言わざるを得ない。
そして、それを見たドラゴは思ったのだ。
(私も持てる全てを尽くした最大火力を出してみたい)
ゲーマーとしての性か、それとも単純な好奇心か。
代名詞と言われながらも使う機会に恵まれなかった最強の剣を、ここで活躍させてやりたいという欲求か。
ともかく、スクナにヘイトが向いている今が最大のチャンスだ。
自身のパーティメンバーであるバッファーの《ネクロ》に火力系のバフを全て掛けてもらい、ドラゴは今ここに立っている。
「私らしくもない……が」
ドラゴはそう呟くと、蒼い大剣を大きく振りかぶり、MPのチャージを始める。
構えるは《大剣》スキル、熟練度800を超えて手に入れることが出来る、今のドラゴが使える中では最強のアーツ。
その発動には自身のMPを使用する必要があり、かつ発動までに数秒の時間がかかってしまう。
蒼光がドラゴの全身を包み、フィールドを照らす。
巨竜でさえ一瞬怯むほどの極光だ。
その中心で、ドラゴは大剣を振り下ろす。全MPをつぎ込んだ、最大威力のアーツが放たれた。
「《スターライト・スラッシャー》!!」
破壊のエネルギーを纏った極大の剣圧が大地を走る。
そう、このアーツは近接アーツではない。
振り下ろした大剣の射線上にある全てを切り裂く、遠距離攻撃用アーツである。
迫り来る斬撃を前に、巨竜は一瞬逡巡する。
だが、自身の背丈を遥かに超える斬撃を前に、スクナへと意識を割いていた巨竜は回避することさえままならない。
ドラゴの合図に気がついたスクナの誘導により正面を向かされていた巨竜は、その斬撃を真正面から受けざるを得なかった。
「ゴァアアアアアアアアアアアアッ!?」
ドラゴの最大威力のアーツの直撃により、巨竜が明確な悲鳴を上げる。
その頭に生えていた2本の角が、今の一撃によってへし折れたからだ。
HPゲージはたったの一撃でゲージ1本の5割ほども消し飛び、巨竜のHPもようやく半分弱削れたという所まで来た。
スクナの攻撃ほどではなくとも、とてつもない威力の攻撃を放つことができたドラゴは、ある種の達成感を感じていた。
それでも、ドラゴは、そしてレイドパーティのメンバーは全員、決して油断などしてはいなかった。
HPゲージの2本目を割った。ならば、再び先程の「波動」が来ると誰もが警戒していた。
スクナはドラゴの攻撃に巨竜を誘導した段階で全力でフィールドの枠ギリギリまで退避していたし、テツヤは防御手段を持たないアタッカーを守りに行っていた。
ソラ丸もまた、自身のクランリーダーが放つであろう最大火力を見越して、野良の魔法使いプレイヤーを退避させようと予め声をかけて回っていた。
スクナとドラゴの猛攻により一瞬で2本目のゲージが割れてしまったのは予想外であったかもしれないが、それでも全員が次なる攻撃に備えようとしていた。
だが、その全員の警戒を嘲笑うように。
巨竜は「一切の予備動作なく」全身から破壊の波動を撒き散らした。
「なっ……!?」
それは一体、レイドパーティ内の誰が発した驚愕の言葉だったのか。
(まずい、ガードが間に合わな……)
ドラゴは大剣でのガードが間に合わないのを悟り、思わず目を瞑る。
破壊の嵐は、全てを破壊すべくフィールド中を蹂躙した。
☆
死んでいない。
目を開いたドラゴが最初に思ったのは、そんな当たり前の感想だった。
HPは多少減っているが、近距離で波動を受けたにしてはダメージが少なすぎた。
「っ……世話が焼ける人ですね~」
「えるみっ!?」
ドラゴを庇うように巨竜との間に立ち塞がるのは、円卓の剣士であるえるみ。
急速に減っていくHPを見るに、もはやデスは免れないであろう。それは、ドラゴにもはっきりと分かった。
「いや、それは私の方ですかね〜……慣れないことはするものじゃないですね~……」
自虐するように言うえるみに、ドラゴは言葉を返せない。
なんてしょうもない。こんな場で、何もできずに終わるなんて。えるみは自身の不甲斐なさを笑った。
レオが死んだ。その事実は、えるみにとてつもない衝撃を与えていた。
円卓の1位。その称号は一時のものかもしれないが、それでもあの瞬間、アーサーを除いて円卓で最強なのはレオだった。
えるみがいつだってレオと組んでいたのは、彼が奔放な彼女をカバーしてくれると信じていたからに他ならない。
ある意味で、あの時のえるみはスクナ以上に動揺していたのだ。そしてえるみには、その動揺を鎮めてくれるリンネのような存在がいなかった。
何より、普段その役割を担ってくれるレオは既にデスしていたのだから。
ずっと夢の中にいるようだった。
スクナが連撃を打ち込んでいる間も、ドラゴが必殺の一撃を叩き込んだ時も。
ただ、巨竜が破壊の波動を撒き散らす直前に、フィールドをフラフラと動き回っていたえるみはたまたまドラゴのそばにいて。
嫌な予感がしたから、一番近くにいたドラゴを守るために動いたのだ。
「すいません、何もできなくて。あとは任せますよ~」
「……ああ、分かった」
力なく笑ってから、パシャンと泡が割れたように消えたえるみに、ドラゴは力強く頷いた。
だが、運命はあまりにも無情に少女の願いを踏みにじる。
剣を握り、立ち上がろうとしたドラゴの耳に、スクナの悲鳴のような声が届く。
「ドラゴさんっ!?」
「な……!?」
驚きの声は短く。
あまりにも呆気なく、わずか数秒しかなかった硬直から抜け出した巨竜の凶爪に、ドラゴの体が引き裂かれる。
爪の数だけアバターを等分されたドラゴは、言葉を残すことさえなく消滅した。
ガラン……と音を立てて地面に倒れた天空剣だけが、ドラゴの死を雄弁に語っていた。
猛攻の代償は大きく……。