使徒討滅戦:豹変
「不気味だな」
レイドバトルの趨勢を見守りながら、ドラゴはそう呟いた。
『あまり盛り上がりませんね』
『正直見応えががが』
『ドラゴ氏、今日はソレを抜くんですかな?』
『たまには見せていただきたいですぞ』
「抜くべき時が来たら抜くさ」
彼女の配信特有の独特な口調のリスナーに返事をしつつ、ドラゴは大剣を振るう。
公式で生放送を行っているとはいえ、個人としての配信ができないわけではない。
最初は垂れ流し配信にする予定だったドラゴだが、彼女に限らずアタッカー全員が手持ち無沙汰に近い状態なのだ。
戦いながらでもコメントを拾うくらいの余裕はある。
逆に言えば、それだけ余裕な状況そのものが不気味なのだが。
『ドラゴ氏的には暇な相手ですな』
『何せドラゴ氏のスタイルではデカブツとの相性が抜群ですぞ』
『見ている私たちですら暇ですからな』
『おおっと、眼前注意ですぞ』
「大丈夫、見えている」
背負った大剣とは別に、ドラゴは構えた大剣で飛んでくる瓦礫を払い落とす。
スクナほど特化したステータスではなくとも、ドラゴもまた重剣士を名乗るだけあって高い筋力値を持つ剣士だ。
手に持つのが本来の獲物ではなくとも、瓦礫のひとつやふたつ捌く程度は訳ないことだった。
配信のコメントでも期待されていたように、ドラゴはその代名詞とも呼べるネームドウェポンを滅多なことでは使わない。
それは、ひとえにその厄介すぎる性能のせいだった。
ドラゴが背負うネームドウェポンの名は《天空剣・蒼穹》。
フィーアス周辺フィールドの主であり、初の飛行型ネームドボスモンスター《蒼穹の鷲獅子・アロゥズ》の素材を使って作成された、リンネの《蒼玉杖》の兄弟武器でもある。
スクナが身に着ける《月椿の独奏》やロウが弄ぶ《誘惑の細剣》と同様に、ドラゴの持つネームドウェポンにもネームドスキルは存在する。
《天空剣・蒼穹》に与えられた能力、つまりネームドスキルは《蒼穹射抜く眼光》。スキルとしては珍しく、このスキルの効果は2つある。
ひとつは《装備者よりレベルが格下のモンスター全てに対する絶対的な威圧》。
これは威圧に対する完全耐性を持つモンスター以外は、格下であればドラゴが剣を抜いた時点で強制的に逃走を選択するようになるというものだ。
このスキルの関係で、ドラゴが格下のモンスターと戦うためには常に別の武器を持つ必要がある。
基本的にフィールドにいる雑魚モンスターの中で、ドラゴより強いモンスターというのは稀だからだ。
これが、ドラゴが普段ネームドウェポンを抜かずにいる最たる理由だったが、格上を相手にしているはずの今の彼女がソレをしないのは、もうひとつのスキル効果のせいだった。
この武器の持つ2つ目のスキル効果は《装備者より格上のモンスターと戦う際、モンスターの注目を2倍集める代わりにこの武器の攻撃力が2倍に上がる》というもの。
つまり、ヘイトを2倍稼ぐ代わりに、武器攻撃力を2倍に跳ね上げるという飛び抜けた効果だった。
単純にして絶対的な、誰が聞いても弱いはずのない圧倒的なスキル効果。
そして、《天空剣・蒼穹》の武器攻撃力は《158》というずば抜けた高さを誇る。
スクナの持つ影縫ですらその攻撃力は80を超えた程度だと言えば、そのぶっ飛んだ攻撃力の高さは理解できるだろう。
代償として耐久の低さが挙げられるが、ネームドウェポンは壊れてもロストしないため最悪の場合作り直せばいいし、そもそもいくら耐久が低いと言っても数時間の戦闘で折れるほどやわではない。
その元々がずば抜けて高い武器攻撃力が、ドラゴが死ぬか武器が壊れない限りは永続して倍になる。
更にいえば、彼女自身にかかるバフの全てがその上に乗せられる。
これこそが、ドラゴが全プレイヤー中で最大の継戦火力を持つと言われる所以だった。
ただし、2つ目のスキル効果にはレイドバトルにおいては致命的な欠点もある。
それは、ヘイトを2倍稼いでしまう効果。これに加えて馬鹿げた攻撃力を有するドラゴは、《天空剣・蒼穹》を使用した状態だと笑ってしまうほど早くヘイトを稼いでしまうのだ。
故にドラゴはネームドウェポンを抜かないのではなく、抜けないというのが正しい。
タンクが崩壊するか、あるいは終盤のヘイトを買い切ってしまってもいい場面で使用する。ドラゴはそのつもりだからこそ、無銘の大剣で戦っていた。
「そろそろ、だな」
ルシファーを除いて、全てのプレイヤーが警戒を強める。
ゲージが1本削れるまで残り僅か。
こうなると、誰の攻撃でゲージを落とすかが重要になってくる。
(本音を言えばリンネ女史に遠距離で叩いて欲しいが……アルスノヴァの弱点が雷のまま続くのであれば、彼女にはまだヘイトを買わせたくはないな)
継戦火力において最強なのがドラゴなのだとすれば、リンネの持つ切り札は当たりさえすればネームドボスモンスターさえ一撃で葬りかねない極地の火力を秘めている。
これまでのHPの削り具合を見るに、レイドボスである巨竜相手でも少なくとも一本はゲージを持っていけるだろう。
だが、リンネの切り札は発動するのに途方もない時間がかかる。その上、その間全く動けない上にヘイトを稼ぎ続けるという致命的な弱点もある。
その性質上最序盤には撃てず、最終盤もまた撃つ機会がない諸刃の剣。
ドラゴの武器とはまた別の方向で扱いに困る、しかし必殺の魔法だった。
ここに来て生まれた一瞬の読み合いと停滞。
それを、あるプレイヤーが一切の躊躇なく断ち切った。
「ふははははははは! チキってんじゃねーぞお前らぁ!」
良くも悪くも。空気を読まない堕天使ルシファーが、高笑いと共に巨竜のHPゲージを削り取る。
こういう時、ひとりくらいは空気を読まず突っ走るプレイヤーがいるのはいいことだと、ドラゴは心底そう思った。
そのルシファーの行動が、英断であったのか失策であったのかは分からない。
だが、ここでようやく5分の1のHPが削り切られた。
その瞬間、巨竜に異変が起こった。
タンクのノエルとテツヤを攻め立てていた巨竜は急にその手を止めると、その四肢を順番に大地へと突き刺していく。
その脚が地面に埋まる度に大地が揺れ、プレイヤーの足場が奪われる。
何が起こるのか、どよめくプレイヤー達は気付かない。
ピシッ、ピシピシッ。
巻き起こる轟音と砂埃の中、そんな極々小さな音を耳で拾えていたのはスクナただひとりだった。
「ーーーー!」
スクナが何かを叫んでいる。
ドラゴの位置はスクナからは巨竜を挟んでほぼ正反対だ。
それでも、僅かに見えたスクナの姿とリンネの焦る表情に、ドラゴは咄嗟に無銘の大剣を自身の盾として突き出した。
空気が震えた。
そうドラゴが思った瞬間、世界に破壊の風が吹いた。
☆
「……何が、起こった」
正面に突き立てた大剣は跡形もなく消し飛び、ドラゴ自身のHPも半減させられている。
なんとか吹き飛ばされはしなかったものの、とてつもないダメージを負ってしまった。
状況を確認する前に、ほとんど反射的に手持ちの中で最も回復量が多いポーションを飲み干したドラゴは周囲を眺めた。
元より更地であったフィールドは巨竜が脚を埋めた位置まで削り取られ、数十センチほど低くなっている。
今の攻撃と呼ぶのさえ躊躇われる破壊行為の反動か、巨竜は完全に沈黙していた。
咄嗟にガードを行ったドラゴ、そしてシューヤは無事だ。
ドラゴの大剣は元よりガードができるとはいえ専用の盾ではなく、シューヤも片手用の円盾ではダメージを殺しきれなかったのか、大ダメージを負いながらも既に回復に移っている。
スクナとリンネはみんなに注意を呼びかけながらも最初にその場を離脱していたからか、フィールドのギリギリ端で逃げ延びていた。
リンネのそばにいたヒーラー組、それからドラゴのパーティのバッファーも同様に無事だった。
(チッ、まさか4枚も落とされるとは)
戦況を確認して、ドラゴは舌打ちをした。
あのタイミングで巨竜に最も近い位置にいたプレイヤーは、堕天使ルシファー、レオ、えるみ、ノエル、テツヤ、ドラゴ、そして名も知らぬ野良のプレイヤー2人だ。
ゲージを削り落とし、誰よりも楽しそうに巨竜に挑んでいた堕天使ルシファーは、誰よりも近くに居た為に即死。
(まさかレオがこんな序盤で落とされるとは)
そう、衝撃だったのはレオが死んだことだ。呆然と座り込む無傷のえるみを見るに、恐らくえるみを庇ってのデスと思われる。
円卓1位にして攻略組としてのドラゴの良き好敵手でもあるレオのデスに、流石の彼女も動揺を隠せなかった。
そしてノエルと、野良プレイヤーもひとり居ない。
ノエルの周囲を見るに、彼女も恐らく他プレイヤーを庇って死んだのだろう。
テツヤと、野良の魔法使い。それからドラゴのパーティのタンクである《ソラ丸》の3人が、死してなお続くノエルの防壁の内側で呆然と立っていた。
ルシファー、レオ、ノエル、野良。実に4人ものプレイヤーを容赦なく消し去った破壊の奔流が生み出した光景を前に、ドラゴは歯噛みする。
「見ていた者、居たら何があったか教えてくれ」
『あれは正しく波動でしたな』
『然り。巨竜の身体にほんの小さなヒビが入ったと思った瞬間、外殻が弾け飛ぶように炸裂したのですぞ』
『青い波動のようになって飛び散る様はまるで花火のようでしたぞ』
「なるほど、《波動の巨竜》か……」
リスナーへの質問と、間を置かず返ってきた答えにドラゴは納得したように頷いた。
炸裂したと言っても、巨竜の体が小さくなった気配はない。
やはり波動と言うだけあって、凄まじいエネルギー波のようなものなのだろうか。
実際の攻撃を、ドラゴは目の前を塞ぐようにして構えた大剣のせいで見逃してしまった。
それ自体は悔やまれるが、しかし巨竜のほど近くにいて生き残っただけでも御の字だ。
幸いにして巨竜は、未だに攻撃の反動からか動かない。
無銘の大剣が壊れてしまった以上は抜くしかない。
ゲージを割る度にこのような攻撃が飛んでくるのであれば、タンクもほとんど機能しない。やむなく《天空剣・蒼穹》を引き抜いて眼前に構えようとした……その瞬間。
「スクナ女史……?」
ドラゴは、遠目だと言うのにはっきりと分かるほどに体を震わせる、弱々しい少女の姿を見た。
ルシファーは悪くない。
むしろ誰もやりたがらないゲージ割りをやってくれたのです。
これだけははっきりと真実を伝えたかった。