使徒討滅戦:序盤
振るわれる巨竜の剛腕を、ノエルは正面から受け止める。
受け止めた感触はそう、ダンプカーでも受け止めているような感じだろうか。
そんなえげつない威力の攻撃を前にして、ノエルは涼しい顔でその攻撃を抑えきった。
「ふうっ。流石になかなかの威力だね」
再度振るわれる剛腕。しかし、今度は受け止めるのではなく真芯で受け止めて弾き返す。
アーツ《ノックバック》。敵の物理攻撃を盾の芯で受け止めた時、その衝撃の一部を反射させる大盾の基本アーツだ。
極端な話、上手なタンクプレイヤーはこのノックバックとパリィだけを極めれば物理攻撃の全てを抑え込める。
基本中の基本ながら、最も重要な動作だった。
(うん、まだいける)
現時点でなら十分にひとりで受け止められる。それが、ノエルの下した判断だ。
今回タンクはノエル、テツヤ、それから竜の牙のメンバーを合わせて3人存在するが、間違いなくその中ではノエルが最も硬いプレイヤーだ。
故に、彼女がひとりで受け止められない攻撃というのは、この場にいる全てのプレイヤーが受け止められない攻撃ということになる。
現時点という言葉を使用したのは、目の前のモンスターがレイドモンスターであることを加味した結果である。
目の前の巨竜はHPゲージを5つも持っている。それはつまり、最低4回は何かしらの切り替わりアクションを持っているということに他ならない。
ステータスが上がるタイプ、大技を仕掛けてくるタイプ、形態変化をするタイプ。
巨竜のゲージ切り替わり時のアクションがどれに該当するかは現状では未知数だが、それも切り替わりまでダメージを与えられてからの話だ。
そもそも攻撃パターンも多分一割くらいしか割り出せていない。
せめて3ゲージ目までは何とか持たせたい。
それが、ノエルの内心だった。
「おりゃああああああああぁぁぁ」
絶妙に気合いの入った声と共に振り下ろされた刃が、巨竜の前足に傷を残す。
ノエルが巨竜のヘイトを買っている間に、アタッカー組が到着したのだろう。
HPは見た目上1ドットたりとも減っていないが、ダメージは入っている。
続けざまに振り下ろされた怒涛の剣戟が10を超えた瞬間、ようやく巨竜のHPが削れ始めた。
「よっし、効いてる効いてる!」
あからさまに嬉しそうに攻撃を続けるのは、3人しかいなかった野良プレイヤーのひとり。
全身を真っ黒な装備で包み、黒のロングコートを羽織り、漆黒の刃が印象的な剣を持つ少年。
ノエルはその姿を見て、ふと彼のアバターネームを見る。
《堕天使ルシファー》。その名前を見た瞬間、ノエルは黙って彼から目線を外した。
中学2年生くらいから誰もが罹患する病気にかかった、微笑ましい少年なのだと思うことにしたのだ。
と、半ば冗談のようなやり取りはさておき、ノエルが攻撃を受けている間に、アタッカーはそれぞれ配置についたらしい。
テツヤは早い段階で追いついて、いつでもヘイトをスイッチできるようにヘイト稼ぎに専念していたが、それ以外はきちんと持ち場を決めてから来たのだろう。
遠目で見て少しだけ不機嫌そうなリンネの顔を見るに、ルシファーは恐らく少し先走ったようだった。
とはいえダメージ量が少ないから、しばらくの間アタッカーにヘイトを取り返されることは無いはずだ。
ノエルは挑発スキルのアーツ《タウント》を巨竜に向けて放つと、「OK」のハンドシグナルをテツヤとリンネに送る。
2人は頷くと、それぞれ担当していると思われる指揮下のアタッカーに攻撃命令を出した。
「グォォォ!」
それぞれのプレイヤーによる攻撃で、巨竜が嫌がるように身じろぎをする。
9人のアタッカー……いや、より正確にはスクナが完全に攻撃へと参加していないのと、リンネが威力を抑えてはいるが、8人のアタッカーによる総攻撃が巨竜のHPを目に見えて削り取る。
それでもなお、巨竜のHPは未だ一割も減らせていない。総攻撃は継続しており、じわじわとHPは減っているものの、強力なアーツを使っている訳では無いためHPの減りは比較的穏やかだった。
ヘイトは依然としてノエルに向いたままだ。
しかしノエルには、想像以上にアタッカーへのヘイトの蓄積が早いように思えた。
タンクにはモンスターのヘイトを色で見分けるスキルが存在する。
スキルの熟練度を上げれば上げるほど正確なヘイト量が目に映るものなのだが、挑発に対する反応に比べて攻撃に対する反応の方が強いように思えたのだ。
ノエルは硬く、安定したタンクである反面、ヘイトを集める手段を挑発系のスキルしか持っていない。
要するに彼女はテツヤのような「攻撃手段」を持っていないのだ。
目の前の巨竜に対する挑発スキルのヘイト蓄積が薄いというのが確かであれば、非常に厄介だとノエルは思う。
挑発スキルのアーツはヘイトを集めるのと同時に相手の怒り状態を誘発するため、若干とはいえ敵の攻撃力も上げてしまうデメリットがあるからだ。
「ノエル、どうした!」
「このままボクがヘイト集めるとまずいかも!」
「理由は!」
「こいつ、挑発の効果が薄い!」
「了解! 少し粘れ、ヘイトを奪う!」
ノエルと同様にヘイトを確認するスキルを持つテツヤは、彼女の様子がおかしいことに気づいてカバーに入る。
ノエルがタンクとして抱える弱点に関しては、テツヤも当然把握している。
もちろん挑発というスキルの副次効果もだ。
「いくぞオラァ!」
彼が選択したのは、挑発用のアーツである《ハウル》に加えて強力なアーツの発動。
剣が紅の焔を纏い、加速する。
巨竜の顔面を切り裂く高速の10連撃。
一呼吸の間に巨竜を切り裂いたのは、《片手剣》スキルの上位アーツ《ブレイブスラッシャー》だった。
炎属性を纏う強力なアーツを思い切り顔面に突き刺され、巨竜は悲鳴を上げて後ずさる。
もちろん、たったこれだけで足りるはずもない。より大きくヘイトを稼ぐために、テツヤは更なるアーツの発動を試みる。
《片手剣》スキル4連撃、《ディープフォース》。
こちらは水属性を纏う重たい斬撃だ。
「喰らいやがれ!」
荒々しく吠えるテツヤの片手剣に雷が走る。
《クロススパーク》。剣を思い切り振りかぶりX字に切り裂く雷属性を纏った2連の斬撃は、単発の攻撃としては初めて巨竜のHPをわかりやすく削り取った。
「雷が弱点か!」
「そうっぽいね!」
雷属性の攻撃だったからなのか、3度のアーツが原因なのかはわからない。
ただ、《クロススパーク》のヒットでようやくノエルからヘイトを奪い取ったのか、巨竜はゆったりとその視線をテツヤへと向けた。
ルシファーを除き、他のプレイヤーはタンクがヘイトを稼ぎ切るまでは決して無茶な攻めはしていない。
そうなると、注意すべきはリンネだ。彼女は雷属性に特化した魔法使いであるが故に、巨竜に対する最大火力になりうる反面、誰よりもヘイトを稼ぎやすい。
もちろん雷属性が巨竜の弱点であるとは言いきれないが、少なくとも他の属性に比べてヘイトを多く稼げている以上、その可能性は高い。
「リンネ!」
「わかってるわ!」
戦いの中で細かな指示出しをしているほど余裕はない。
とはいえ、リンネの位置からはテツヤの行動が見えていたのだろう。
悩むことのない即答に安心しつつ、テツヤは更にヘイトを稼ぐべく挑発系スキルを発動した。
それに釣られた巨竜が放った空気砲の如きブレスは、テツヤの前に出たノエルが防いだ。
「結局いつも通りだね!」
「そりゃそうなるだろうよ!」
交差するように互いを支え合う2人のタンクは、変わらぬ笑みを浮かべた。
☆
「さて、えるみ。俺達はどうする」
巨竜の左後ろ足を担当する円卓のレオとえるみ。
両手剣を振るいながら問い掛けるレオに対して、えるみは両手のレイピアを躍らせながら答えた。
「レオの好きなようにしていいですよ〜」
その緩い話し方とは対照的に、えるみは苛烈な連撃の手を止めることはない。
アーツこそ使っていないものの、現状のレイド内で最も手数を重ねているのはえるみだった。
「うーん、属性以外が驚くほど通りません」
「テツヤの動きを見る限り、弱点は雷のようだ。《細剣二刀流》スキルにはない属性だな」
「正確にはまだ覚えていない、ですよ」
「それはすまん」
からかい半分のレオを咎めるように睨みつけるえるみに、レオは肩を竦めて応えた。
「ふーむ、しかしタンクを見ている限りヘイト稼ぎに苦労しているみたいですね〜」
細かなスイッチを繰り返しながらヘイトを奪い合うように稼いでいくふたりを見てえるみはそう呟いた。
「それもあるが、やけに立ち上がりが緩やかだな。この図体で機敏な動きをするとも思えないが、最初に見せた跳躍を見る限り敏捷性が低い訳でもないはずだ。こちらに見向きもしないあたり、随分と手を抜かれているな」
「ま、実際今はタンクとじゃれてるだけですから。やっぱゲージひとつ削ってみないことにはですね〜」
レオもえるみも、敵に遊ばれているこの状況をよしとはしていない。
タンクによるヘイト管理は確かに重要だが、あのペースでは2時間以内の討伐ははっきり言って困難だとレオは判断していた。
えるみもまた、特に有効でもない攻撃を延々と続けるのは性に合わない。
レオはともかく、えるみはとにかく火力に特化した剣士だ。その本領は高火力アーツの連打にある。
フラストレーションという程ではないが、下手にタンクにヘイト管理をさせるよりも火力をぶつけた方が効率がいいのではないかとえるみは思っていた。
「てか、シューヤはどうするんです? 珍しく本気でヤってるところが見られると思ったのに、期待外れですよ〜」
いつだって昼行灯で本気を出さないシューヤがやる気を出している理由が、アーサーのためであることは想像にかたくない。
シューヤがアーサーにどのような感情を抱いているのかはさておき、少なくとも頼まれ事を断ったことはないし、率先して情報収集に回っている。
今回のイベントもアーサーが理由なのは明らかなのだが、しかしシューヤに関しては同じクランメンバーですら知らないことが多すぎる。
確実に言えるのは、本気を出したシューヤの戦闘スタイルが盾持ちの片手剣士ではないということだけだった。
「奴なりに考えはあるのだろう。それこそスクナちゃんが一切攻撃に参加していないのと同じようにな」
語りたがらないシューヤに一定の理解を示すレオだったが、えるみはその発言を聞いて露骨に顔をしかめた。
それはもう嫌そうな表情をするえるみの態度を見て、レオが青筋を立てる。
「なんだえるみ、言いたいことがあるなら言え」
「初対面の女の子へのちゃん付けやめません? ぶっちゃけキツいですよ〜」
「張り倒すぞ貴様」
「きゃー怖いですー」
「棒読みだろうが!」
レオの怒声に、他の場所を担当していたプレイヤーのうち何人かの視線が突き刺さる。
ヘイトを稼ぎすぎない程度に攻撃を続けつつ、えるみは両手剣の柄に手を置いたレオから距離を取るのだった。