様々な試練
他プレイヤーの試練の様子を少しだけお届け。
「ふむ」
上下左右に加えて前後まで、どこを見てもトラップだらけの一本道。そんな迷宮の通路を、初期装備の女性が慎重に歩みを進めていく。
「武具に加えてアイテムまで没収とはな。試練と聞いたがなかなかに厄介じゃないか」
現実なら汗が垂れていてもおかしくないほどに張り詰めた表情で、彼女はそう呟いた。
彼女の名前はドラゴ。WLOプレイヤーの中でも屈指の廃人と名高い、睡眠と食事以外の全てをこのゲームに費やすほどにのめり込むひとりのゲーマーである。
ドラゴもまた《黄金の招待状》を手に入れ、ゴルドとの邂逅を経て試練へと挑む挑戦者のひとり。
試練の説明を聞きながら、「自分とゴルドとの名前が少し似ているなぁ……」なんてことをぼんやりと考えるくらいには、図太くブレないメンタルの持ち主であった。
「斥候のスキルは育てていないんだが……」
彼女の戦闘スタイルは重戦士。《剣士》というごく普通の職業を取り、それをランクアップさせて《重剣士》というやや特殊な職業へと発展させた最初のプレイヤーである。
全プレイヤーでも屈指のレベルとスキル熟練度を持ち、何より高い火力を持つ彼女だが、あくまでも彼女はフルアタッカーだ。
ダンジョン内で役に立つスキルは同じ物理系フルアタッカーのスクナ同様せいぜいが《探知》くらいであり、その探知スキルは罠の発見には使えない。
罠も目視で確認できない訳ではないが、精神力を削られるのはどうしようもなかった。
目の前に広がるのは、およそ200メートルに及ぶ一本道。
試練の名前は《トラップパニック》。その名の通り、トラップが数多に張り巡らされた試練である。
「言ってもトラップでしょ?」などと侮ることはできない。
大したことのないような試練に見えて、この一本道には即死トラップがふんだんに設置されている。
ひとつでもルートを間違えれば死。
目を凝らして慎重に進めてはいるが、集中力の消耗が凄まじいのがドラゴにとっては辛いところだった。
(リンネ女史は魔法の威力測定。スクナ女史は純粋な戦闘だったか。さて、私がこの試練を受けさせられた理由が気になるところではあるが)
難易度で言えばスクナの試練が最高だろうが、とはいえアレも「耐えきる」のが条件である以上はクリア不可能という訳ではない。
特にスクナは見切りが上手い。回避やパリィによる耐久はお手の物だろう。
リンネの受けた試練に関しては、ゴルドが完全にリンネを見誤っていたと言わざるを得ない。
簡単に言えば案山子に対して一定以上の火力の魔法をぶつければ合格と言った内容だったのだが、あまりにもリンネと相性が良すぎたのだ。
かつて共にネームドボスモンスターを討伐した際にリンネが手に入れたレアスキル。
それは、ある条件を満たせば《ジャッジメント》さえ上回る超絶火力をたたき出せるシロモノであるということをドラゴは知っていた。
相手が案山子であれば、確実にクリアできる内容だったことだろう。
(全く、羨ましいことだ)
スクナの方の難易度はさておき、どちらの試練も適性に沿った内容であったことに違いはない。
それに比べて自分の受けている試練はどうだ。
罠の察知そのものが苦手とは言わないが、本来斥候職が受けてしかるべき試練ではないのかとドラゴは悪態のひとつも吐きたかった。
(とはいえ、流石にこのチャンスを捨てるわけにはいかない。次に招待状を手に入れられる機会があるかも不明瞭であり、既に2人のクリア者がいるんだ。使徒討滅戦への参加は間違いなく「金になる」。みすみす逃す手はないな)
慎重に歩みを進めながら、ドラゴは思考を巡らせる。
「金になる」。それはゲーム内マネーであるイリスの獲得ではなく、現実で手に入る金銭のことだ。
同じプロゲーマーであり、配信者。
リンネやドラゴのようにゲームを職とする人間は今や珍しくはないが、純粋な楽しみとしてプレイするリンネと違い、ドラゴにとってのゲームとはビジネスである。
WLOを楽しんでいない訳ではない。むしろ、廃人と呼ばれるくらいにやり込むくらいには楽しんでいる自負がある。
ただゲームをやっているだけではプロゲーマーは生きていけないということを、彼女はよく知っているというだけの話だ。
「ふぅっ……先は長いな」
道は未だ半ばにさえ到っていない。
罠を避け、時に解除しながら慎重に進むドラゴは、あとどれだけの時間をかければクリアできるのやらと思いながら、軽くひとつ息を吐くのだった。
☆
ギン! と音を立てて剣が半ばから断ち切られた。
「残念っすねぇ」
片手剣にラウンドシールド、至ってシンプルな片手剣士の装いをした青年はそう言って、動揺する鎧の騎士の首を切り裂いた。
HPを全損して消滅する騎士には一瞥もくれることはなく、青年――シューヤは後ろに視線を移した。
(今度は4匹。なるほど、ダイヤモンドパーティねぇ)
振り向いた先にいたのは、鎧の騎士が4人。
先程倒した3人の騎士におひとり様追加の敵を見て、シューヤは苦笑いと共に状況を理解した。
《ダイヤモンドパーティ》とは、シューヤが《黄金の試練》においてゴルドから課されたこの試練の名前だ。
最初はどれほど煌びやかなパーティなのかと少し期待していたシューヤも、いざ来てみれば闘技場で鎧の騎士と自分だけ。
果たして何が……という答えは、ここに来てようやく理解できた。
最初はひとり、次が2人、その次が3人と、同じ鎧騎士が倒す度に増えて戻ってくる。
「何がダイヤモンドなのかと思えばトランプのダイヤっすか」
さながら逆向きのピラミッドだ。上に行くほど広がっていく横幅のようにモンスターの数が増えていく。
そして、ダイヤのマークはピラミッドがふたつ重なったような見た目をしているわけで。
どこかのタイミングで増加が止まり、モンスターの数は収束していくはず。シューヤはそう予想を立てた。
これまで出てきていた鎧の騎士は、一体一体がそれほど強いわけではない。
このダンジョンに出てくるモンスターに比べればそこそこ強く、グリフィス周辺くらいの強さはあるが、言ってしまえばその程度だ。
束になって掛かられたとしても、距離さえ取っていれば十分捌ける範囲だった。
「シッ!」
先頭の騎士とすれ違いざまに胴を切り裂く。
2人目が斬り掛かってくるのをパリィでいなしてから足払いして転ばせ、3人目の攻撃は純粋に回避する。
4人目の攻撃は盾で受けて足を止めさせると、後ろから斬り掛かって来ていた1人目の剣を横に躱した。
すると、ゴシャッと音を立てて騎士の剣が4人目の騎士に突き刺さる。同士討ちの誘発だ。
その隙を逃すことなく、シューヤはアーツ《ダブルバイト》を使って1人目の騎士の首を切り落とした。
《ダブルバイト》は猛獣の噛みつきのように、対象を左右から高速で切り裂くアーツ。
首や腕など細い部位に対して正確に攻撃を通した際、部位破壊値に大幅な補正が入る技だ。
今回は正確に首を切り裂いたため、急所への攻撃も相まって半ば即死のような判定が出たのだった。
硬直から抜け出したシューヤは味方からの攻撃で怯む4人目の騎士を蹴り飛ばすと、背後から迫っていた3人目の騎士の攻撃を再び回避してから、盾を構えて懐に飛び込んだ。
いわゆるシールドバッシュ。アーツではなく純粋な打撃技だが、盾を構えての突進故に敵の攻撃を防ぎやすく、いざ当たれば広く衝撃が与えられる。
思い切り押されたことでふらつく騎士を更にシールドバッシュで押し込んでから、倒れようとする騎士の兜のバイザーを剣で突き刺した。
ガシュッと音を立てて突き刺さった剣を、そのまま横に振り切る。頭蓋を貫き、頭部を切り裂いた。
大きなダメージを負った騎士に袈裟斬りを入れ、HPを削り取った。
残るは1度転ばせた2人目の騎士と、先ほど蹴り飛ばした4人目の騎士。
2人とも既に体勢は立て直したようで、先に4人目の騎士の方が突進してくるのを確認する。
先ほどの同士討ちでダメージを負っている。故に、シューヤはHPを一気に削り取りに行く。
シューヤが選んだのは《ヒート・トライアングル》。炎属性を持つ3連撃アーツだ。
斜めの袈裟斬りから入り、横薙ぎ、切り上げによって正三角形を描く。
炎を纏った剣戟の音が、リズムよく鳴り響いた。
「終わりっすね」
クリーンヒットにより4人目の騎士のHPを削り切ったシューヤは、残る2人目の騎士を相手に緊張を解いた。
盾を使って攻撃をいなし、特にアーツを使うこともなく削りきる。複数体が相手でなければ怖いことなどありはしなかった。
「これで4戦目っと」
4人全てをノーダメージで切り抜けると、シューヤは次の戦いのポップを待った。
《ダイヤモンドパーティ》。この試練のモンスターは5戦目までは純粋に数が増加し、6戦目からは数が減るかわりに強さが増していく。
(あと何戦残ってるんすかねぇ……)
次の戦いは第5戦目。未だに余裕はあるものの、シューヤの戦いはようやく折り返し地点に立ったばかりであった。
ドラゴの方は慎重に進めればクリアはできる内容。ただし間違えれば即死です。
シューヤの方はサクサク狩るためにリスクを取ってますが、逃げ回って一体ずつ処理すればいいので実はそんなに難しくもありません。最後の一体を除けば。
ちなみに仮にトーカのようなバッファー試練を受けた場合は、襲い来る色付きの案山子に支援魔法を正確に打ち分けるような試練になります。赤なら筋力強化、青なら頑丈強化、みたいな感じですね。
ヒーラーも同様に、戦闘とは関係のない試練を受けさせられます。
魔法使いは基本的に火力測定か、殲滅系の試練になります。
基本的にプレイヤーの得意分野を確認するような試練になっています。
が、ドラゴに関してはとある理由で特殊なフラグが立っているため、苦手な試練を受けさせられていたりします。