はるるへの依頼
「ごめんなさい、ちょっと30分くらい落ちたいので配信も切っちゃうね」
迷宮から脱出した私は、どうしても配信を切らなきゃいけない用事を果たすために、若干申し訳ない気持ちと共にそう言った。
『えぇー』
『しゃーない』
『おつー』
『そんなー』
『やむなし』
『乙。飯食ってくる』
『お風呂行くわ』
『おつ』
「すぐ再開するから、ちょっと待っててねー」
シュルンと消えていった撮影用の宝玉を見送った私は、メニューカードを操作して音声通話に接続する。
最近追加されたこの音声通話機能はいわゆる電話のようなもので、お互いのプレイヤーがフレンドになった上で応答すればボイスチャットができる。
メッセージよりも手っ取り早く連絡がつくので、互いにログインしているならこっちの方が便利なのだ。
逆に深夜とかに送るならメッセージがいい。ここら辺は使い分けだね。
「もしもし、はるる?」
『お待ちしておりましたぁ……お電話、かけてくると思ってましたよぉ……』
「話が早くて助かるよ」
ワンコールで通話に出たのは、最近すっかり頼み慣れてきたはるるだった。
彼女は基本的に配信で名前を出して欲しくないらしい。
はるるの性格を考えると「謎の鍛冶師」ポジションに収まりたいんだと思う。
初めて会った時に顔出しで配信に映っちゃったから今更なんじゃないかとは思うけどね。
とにかく、私が彼女に連絡したのは理由がある。
モンスターフロアで手に入れたあのアイテムを、はるるが使えるかどうかを確認したかったのだ。
「単刀直入に聞くね。グラビティジュエル、はるるなら使える?」
『えぇ……使わせていただけるなら願ってもないくらいですぅ……』
当然のように肯定の言葉を返してくれたはるるに、私は内心ほっとした。
重力属性っていうのが何なのかはわからないけど、ハイレアのアイテムってだけで現状は相当貴重なものだ。
そして、レア度というのは高ければ高いほど加工のしづらさが増すらしい。
ただでさえよく分からないグラビティジュエルの名前を聞いて、即答で返してくれるというのは素直に頼りになるというものだ。
さて、はるるがグラビティジュエルを使えるのであれば、頼みたいことはシンプルだ。
「武器が欲しいんだ。はるるが作れるとびっきりのやつ」
『ふふふふっ……そうだと思っていましたよぉ……影縫ちゃんも素敵な子ですがぁ……スクナさんにはもう「軽い」でしょうからねぇ……』
「わかっちゃう?」
『もちろんですぅ……』
楽しそうに笑いながらズバリと言い当ててくるはるるに、私も思わず笑みを浮かべる。
この武器との付き合いはまだ1週間くらいのはずなのに、これまで持った武器の中で一番手に馴染んでる。
何体屠ったかわからないほどにモンスターを屠った。その結果が、先程の戦いでの鬼哭の舞が延々と続いていた理由でもある。
だからこそ更に上へと向かうために、この子を強化してあげたいのだ。
『あぁ、そうですぅ……スクナさんには先にお礼を言わなきゃいけないんでしたぁ……』
「お礼?」
『メテオインパクト・零式ちゃん……あの子の最期、見せていただきましたぁ……』
「ああ、そっか。見ててくれたんだね」
それはつい先程のことだ。
打撃武器スキル最終アーツ《メテオインパクト》。
はるるがそれを撃つためだけに製作したと言っても過言ではないメテオインパクト・零式は、まさしくその用途通りに砕け散った。
『……ありがとうございます。きっとあの子も……幸せだったと思います』
「はるる……」
普段のわざとらしく間延びした声とは違う。
とても澄んだ、優しげな声。
想像もしていなかったほどに感情の籠ったお礼に、私は思わず言葉を失った。
そんな私を現実に引き戻すように、はるるは再びふにゃりとした声で話し始める。
『ふふ、そのお礼も兼ねましてぇ……スクナさんのご要望にお応えする準備は整えてありますぅ……最高の武器をお作りしますよぉ……』
「うん、期待してる!」
『基本的には影縫を軸にしてぇ……採算度外視で製作いたしますぅ……そこでひとつお願いをしたいのですがぁ……』
「お願い?」
『クリムゾンジュエル……お持ちでしたよねぇ……? それを精錬に使わせていただきたいのですぅ……』
クリムゾンジュエル。それは確か、永久焦土にいたネームドの……確か名前はネメアス。
じゃなくて、メネアスという名前のスライムから貰った炎属性の結晶体だ。
言ってしまえば、グラビティジュエルはこの派生に当たるものだと思う。竜結晶とか精霊結晶とは違う、属性のジュエルだ。
武具に炎属性を付与する効果を持っていたと思うんだけど、現状付与する側の属性金属がなくて使い道に困っていたものだったと思う。
正直言われるまで持ってたことを忘れてた。
「でもなんで? 炎属性の武器を作るの?」
『それは違いますねぇ……これから行う鍛造は、類を見ないほどの高熱を要求されますぅ……炉により熱く強い炎をくべる為に、ハイレアクラスの炎属性結晶がどうしても欲しいんですよぉ……』
ふむ。要するにすっごい融点が高い物質を溶かしたりするってことなんだろうか。
特に何を使うとは言われてないし、私も使って欲しい素材はグラビティジュエルしか提示してないけど、恐らくはるるは再びオーバーヘビーメタルを素材に使うはずだ。
それならこれまでと変わらない温度でも良さそうだけど……ま、いいか。取っておいても使い道ないし、はるるが使いたいというなら渡してしまおう。
私はもう、はるるの鍛冶師としての腕を信用してる。
ロマンを追求したり、はたまた実用性に特化したり。
それでもはるるの作る武器は、私の手によく馴染むのだ。
「いいよ、はるるが必要なら使っちゃって。他にも必要なものがあったら言ってよ。手に入る範囲で用意するからさ」
『……ふふ、スクナさんらしいですねぇ……それでしたらぁ……イベント交換アイテムの中に燃焼石というアイテムがあるのでぇ……できれば30個ほど用意して頂きたいですぅ……』
「りょーかい。でも30個でいいの? 多分300個くらい交換できるよ?」
『クリムゾンジュエルの補助ですからぁ……あくまで保険ですよぉ……あぁ、最後にひとつだけぇ……もしまだ持っていたらネームド素材をいただけたりしませんかぁ……?』
思い出したと言わんばかりに続いたはるるの要求に、私はまだ持ってたかなぁと思いながらメニューカードを開く。
赤狼装束は基本的に布製だから、子猫丸さんに製作を依頼した時は製作は殆ど毛や皮を使ってもらった。
その後に牙や爪などの素材は子猫丸さんに譲ったんだよね。
「あー……沢山はないけど、とりあえずある分全部預けちゃうね」
『太っ腹ですねぇ……ありがとうございますぅ……』
最初にあった量からすればほんの僅かだけど、武器に使えそうな素材はまだいくつか残っていた。
はるるの反応からして、元々たくさん必要なわけじゃなかったんだろう。これもクリムゾンジュエルと同じで私が持ってても使いようがないから、むしろはるるに渡してしまった方がいい気がした。
『契約書はこちらで作成しますのでぇ……後でアイテムを送ってくれると助かりますぅ……』
「おっけー。じゃ、よろしくねー」
『スクナさんも追い込み頑張ってくださいねぇ……』
「うん、最終結果楽しみにしててよね」
そう言って、私の方から通話を切った。
これで最終日までには武器が間に合うと思う。
いや、はるるなら間に合わせてくれるはずだ。
防具の修理は必要ないからいいとして、回復アイテムは多めに用意しておきたいかな。これに関しては星屑の欠片で交換できるのをめいっぱい用意はしよう。
使徒討滅戦が純粋な30人先着のレイドバトルになるのか、いくつものレイドバトルを並行して削っていくことになるのか、レイドパーティが壊滅する度に次のパーティが挑んでいく勝ち抜き方式になるのかはわからない。
ただ、どの方式になるにせよ、現時点で参加が決まっているのはフルアタッカーの私とリンちゃんだけ。
もし討滅戦開始時にヒーラーがいなかった場合を考えると、回復はアイテム頼みになる。
それを考えると、むしろ多すぎるくらい用意しなきゃ行けないくらいなのだから。
「後はレベル上げかな」
正直、もうイベントダンジョンでは経験値効率がしんどいレベル帯になってきた。
それでも先程のゴルドとの戦いでレベルは上がったし……というかすっかり忘れてた!
ゴルド戦のリザルト全然確認してないじゃん!
そう思ってメニューカードを操作しようとして、ふと思い直す。
いや、これはリスナーと一緒にやろうかな。
せっかくのボス戦リザルトを前にひとりで一喜一憂するのは寂しいしね。
私はまだ20分ほど残ってる配信再開までの時間を、はるるに送るアイテムの吟味に費やすのだった。
はるる的にスクナは打撃武器使いかつレアアイテムを気軽に使わせてくれるのでいいお客。レアアイテムの気配を見逃さないために、鍛造中もスクナの配信を作業用BGMにしてるとか。