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最期の一撃

『オォッ!』


「ハァッ!」


 裂帛の気合いと共に、互いの武器が衝突する。

 打ち合いを制したのは、筋力に劣るはずのゴルド。

 衝突の直前に打ち負けると確信していたスクナは、衝撃を殺すためにあえて身体を浮かせて勢いのままに吹き飛ばされた。

 ふわりと音もなく着地するスクナに追撃を仕掛けんと距離を詰めたゴルドは、兜のバイザーを貫かんと迫る物体にその突進を阻まれる。

 その正体は、スクナが着地の直前に放った投げナイフ。

 スクナの本領は、何も近接戦闘だけではない。

 百発百中の超絶技巧。

 神業の投擲を織り交ぜてこそ、彼女の真価は発揮されるのだから。


 投げナイフを弾き飛ばそうとするも、想像を遥かに超える重さでゴルドは剣を弾かれかけた。

 それは当然の事。何故なら今スクナが投擲したのは、影縫の後にはるるがオーバーヘビーメタルで作り上げた、5本しかないとっておきの投げナイフ。

 細かな造形を捨て、斬撃を捨てて、貫通のみに特化させた。もはや棒手裏剣に近いこの武器は、クリーンヒットさせれば鋼鉄の鎧さえも穿ち抜く。

 

 何とか剣を取り落とすことはなかったものの、スクナはすっかり迎撃態勢を整えている。

 せっかく作ったチャンスだったが、仕切り直しせざるをえなかった。


 互いに互いを最大限に警戒している。

 だからといって、2人は共に臆して動けなくなるような軟弱さは持ち合わせていない。


『フッ』


「あはっ」


 互いに吐き捨てるように笑うと、再び彼らは衝突する。

 明確な殺意を持って、己の敵を打ち倒すために。

 既に10分を超える時間を戦いに費やし、しかしスクナが蹴りを決めてから先、互いにダメージは負っていてもクリーンヒットは受けていない。

 そんな、薄氷の上を渡るような均衡が続いていた。


(だが、不利なのは俺の方だ)


 ゴルドは内心でそう呟いた。

 彼が発動した黄金のオーラは、紛れもなく切り札と呼べる一手。

 そのスキル名を《金糸雀(カナリア)の歌声》。

 その効果は『HP、MP、SPを除く自身のステータスの中で最も高い数値を持つステータスと同値になるように、任意のステータスを引き上げる』というものだ。


 ゴルドは、敏捷にステータスの大部分を割いており、その最大値はスクナの素の敏捷を倍近く上回る。

 赤狼装束による敏捷の上乗せを考慮してもなお、ゴルドの敏捷はスクナを置き去りにしている。

 彼が敏捷に特化したステータスを持っている理由は単純なもの。

 敏捷というステータスが行動の全ての「速さ」に直結する以上、速度を操るという彼の剣技に敏捷は不可欠だからだ。


 今回、ゴルドが《金糸雀の歌声》で敏捷と数値を同一にしたのは筋力。その判断に間違いはなかったと、ゴルドは確信を持って言える。

 それはスクナが発動した《四式・鬼哭の舞》を、ゴルドが知っているからこその確信だった。



 ゴルドが使用した《金糸雀の歌声》は自己のステータス依存で強化を行う反面、平均的なステータス構成では何の役にも立たないスキルでもある。

 本来のバフが持っているような、限界を超える効果はない。所詮はステータスをひとつ、限界に合わせるだけの効果でしかない。


 しかし、それを考慮しても《金糸雀の歌声》には相応の利点がある。

 ひとつは当然、特化型のステータスを持っていればその分効果が高まるという純粋な利点。

 もうひとつは、スキルの持続時間だ。


 バフというものは元々それほど長続きするものではなく、特に強力な効果を持つもの、あるいはスキルによる自己バフの2種類に関しては精々が10分持てば上出来だ。

 スクナの持つ餓狼や鬼の舞も、強力故に基本的には5分前後という決して長くはない時間が設定されている。


 それに対し、《金糸雀の歌声》は長期戦を見据えて30分という長大なスキル時間を設定されている。

 その破格のスキル発動時間はゴルドの本来の()()故に与えられたものだが、今この場においてはなくてはならない時間であると言えた。

 そう。なぜ長時間のバフが必要なのか。

 その答えは、目の前で嗤う鬼人の発動したスキルにある。


(一体どんだけのモンスターを殺した(チャージした)ってんだ)


 寒気がするほどおぞましい、血染めのような赤黒いオーラを纏い続けるスクナを見つつ、ゴルドはそう思った。

 実の所、最初に当てたクリーンヒットも含めた上で、ゴルドの攻撃は何度かヒットしてはいた。

 スクナの反応が爆発的に良くなったとしても、それでもなおゴルドとの間には埋められないレベル差があり、平均的なステータス差があり、技術の差がある。

 跳ね上がった攻撃力も相まって、例え掠っただけでも相応のダメージをスクナに与えられるはずなのだ。

 けれど、そんな積み重ねを嘲笑うように、スクナのHPは既に満タンまで回復してしまっていた。


 そう、それこそが《四式・鬼哭の舞》の効果のひとつ。

 発動中、10秒につき1%のHPを回復するオートヒーリングである。


 ゴルドが昔戦った名も知れぬ鬼人が使用していた故に、彼はこのスキルを知識としては知っていた。

 もちろん、その持続時間の条件についても、


 鬼哭の舞の持続時間の計算は《殺した生物の数×5秒》。

 つまり2体につき1%。舞を発動していない間に殺した全ての()()の数だけ、延々とHPを回復し続ける。

 スクナがこれまでに殺してきた全てのモンスターたちの嘆きの声が、そのまま彼女の力になるのだ。


(それだけじゃねぇのが厄介なんだよな)


 そう。鬼哭の舞のオートヒーリングは、あくまでもその効果のひとつでしかない。

 鬼哭の舞にはもうひとつ、非常に厄介な効果が存在していた。


 それは、頑丈の強化。

 もっと言えば、耐久力そのものの強化である。

 鬼哭の舞を発動している時、発動者に対する全ての攻撃のダメージを10%軽減し、頑丈の値を最大1.5倍まで上昇させる。


 その頑丈の上昇幅も、殺した生物の数に比例して変化する。

 こちらは最大500体まで。100体につき0.1倍の頑丈バフが掛けられる。

 数多のモンスターハウスを壊滅させてきた今のスクナは、当然のように最大値の防御バフを受けていた。


 亡者の嘆きを身に纏い、永遠に舞い続けるための技。

 それ故に四式は《鬼哭の舞》と名付けられた。

 超長期戦を見据えた、継戦用の自己強化バフである。



「ふ、ふふふ、ふふふふふふふっ」


 何が楽しいのか、スクナは嗤う。

 その瞳をより深く濃い紅に染め上げながら。

 深く深く、より深く。鬼哭に身を浸し続ければ、その身は鬼へと近づいていく。

 ゆらりと揺れる瞳が、すぅっと薄く細められた。


(バケモンだな)


 全てを見透かされているような冷たく甘い(あか)の瞳を見て、ゴルドは内心で呟いた。

 剣を構える姿は、我が事ながら鬼に挑む勇敢な騎士の様で。

 ゴルド自身が互いの立ち位置が逆になったと錯覚してしまうほどに、今のスクナには存在感があった。


『オォォオオッ!』


「ふふっ」


 ギィィン! と鈍い音を立てて、ゴルドの剣と影縫が衝突する。

 もはや何度目かわからないほどに繰り返された光景を前に、スクナはただただ蕩けるように笑うだけだった。


 世界の全てが手のひらの上にあるような、どうしようもない全能感。

 見える。聞こえる。感じる。理解(わか)る。

 この《眼》だけじゃない。

 五感の全てが生まれ変わったように、世界が情報に溢れているのだ。


 身体中を縛り付けていた鎖が取れたような、清々しい爽快感。

 強く、より鋭く研ぎ澄まされているという確信。

 それは生まれてから一度たりとも味わった事がない、解放の喜びだ。


―― ヌシにもいずれわかる時が来る。仮想世界の自由さがな。


 いつかアーサーに言われたことが、少しだけわかった気がした。


 スクナはこのゲームを始めてからずっと、「元々できること」しかやってこなかった。

 戦いも、投擲もそうだ。

 スクナが元々できたことを、このアバターの身体能力に落とし込んだだけ。

 そこに感動はなく、喜びもない。

 好きなように暴れられるというちょっとの爽快感と、戦いという非日常を楽しいと感じられたくらいだった。


 スクナにとって「視覚情報の撹乱」という事象は、天変地異にも等しい衝撃だった。

 なまじ眼が良いせいで、彼女は戦闘時の知覚の大部分を目で見た情報に頼り、それを元に戦いを組み立てる。

 その大部分を占める情報が頼りにならなくなった時、スクナは内心で自分で思っているよりも遥かに大きく動揺し、困惑していたのだ。


 けれど。

 己より強い騎士、その技巧に翻弄された時。

 スクナが選んだのは逃走や諦観ではなく、成長だった。

 集中力を高める事でより速いものを捉えるという、アポカリプス戦で見せた「ゾーン」とは訳が違う。

 スクナは、視覚による世界の捉え方そのものを変えた。

 それは言うなれば、一人称の視点が俯瞰の視点に変わったかのような、広く大きな視野の変化。

 これまでの、サビ落としという名の成長ではない。

 それはもはや、進化に近い何かだった。


 スクナは、初めて、限界を超えるという経験を得た。

 それは生まれてからずっと枷の中に生きていた彼女にとって、どうしようもなく心地よい感覚だったから。

 嬉しそうに、楽しそうに、スクナは笑っていた。


 鬼哭の舞を使用したのも、この楽しい戦いをずっとずっと楽しめるようにという、遊園地に行った子供のような幼く純粋な感情からくるものだ。

 羅刹の舞や諸刃の舞では、どちらが勝つにせよ「すぐに終わってしまう」から。


 スクナは今、1秒1秒を経る事に濃密な成長を遂げている。

 それでもなお、ゴルドという騎士はスクナよりも強い。

 その技巧、経験。全てを飲み尽くすまで、この戦いは終わらせない。


(ああ……本当に、強いなぁ)


 それはとても、幸せな時間だった。



 それでも、終わりの時はやってくる。

 10分、20分、そして30分。

 遂にゴルドの纏っていた《金糸雀の歌声》が消失する。

 それはスクナが30分という長大な時間を耐えきったということであり、ゴルドがスクナを仕留めきれなかったということでもあった。


 スクナのHPは鬼哭の舞の効果で未だ回復し続けているとはいえ、3割ほどの空白を抱えており。

 ゴルドのHPは、2本あったHPバーが1本になり、それも5割ほど削り落とされていて。

 互いに満身創痍とは行かずとも、決して無傷とは言えない状況だった。


『ハッ、このレベル差でよく耐えきったじゃねぇか』


「……もう終わりなの?」


『試練は合格だよ。今のお前さんならアイツとも十分に渡り合えるだろ。ただまぁ……』


 寂しそうに、そして残念そうに肩を落とすスクナを前に、ゴルドは再び剣を構えた。


『続きをやるってんなら、相手してやってもいいぜ』


「あはっ、そう来なくちゃ」


 玩具を与えられた子供のように無邪気に笑うスクナを見て、ゴルドもまた兜の内側で笑みを浮かべた。

 とはいえ、戦いの前にしなければならないこともある。

 ゴルドは金色の大鍵を具現化させると、それをスクナへと投げ渡した。


『とりあえずコイツを受け取れ。ソレがさっき言った異空間に辿り着くための鍵になる』


「まんま鍵だね」


『大事なのは見た目じゃねぇさ』


 メニューカードを操作して大鍵をしまうのを見届けてから、互いに思い思いに武器を構えた。

 不意を打つような真似はしない。そんなことをしてしまえば、この戦いを汚してしまう。


『行くぜ』


「うん!」


 新たに銀色のオーラを纏うゴルドと、未だ鬼哭の舞を纏い続けているスクナと。

 最後の攻防が始まった。



(あのオーラが何のバフなのかは考えない。どの道鬼哭の舞を使ってる間は他のバフは使えないし)


 先程までゴルドが使用していた筋力に対するバフとは違うもの、それだけが分かっていればいい。

 最後まで受けの姿勢を崩さないまま、スクナは全霊をかけてゴルドの攻撃を迎え撃つ。


 ゴルドがどんな切り札を切ってこようとも、スクナにもたったひとつだけ、ここまで隠してきた切り札があるのだ。



『オォォォオオオオオオオオ!!』


 黄金の騎士が吼える。

 先に動いたのはゴルド。

 わずか一呼吸の間に、その身に纏う銀のオーラが追い付かないほどに疾く、スクナとの間を詰める。


 ここまでは想定内。

 焦るようなことではない。


 問題はここからだ。

 ゴルドがどう出てくるか、読みを外せば負ける……と。

 そこまで考えた瞬間に、スクナは気付いた。


(こいつ……読み合う気なんてサラサラないな!?)


 大剣を振りかぶるゴルドの様子に、躊躇いなんてものは微塵も見られない。

 思い切り振りかぶり、回避もカウンターも不可能な最速の一撃で仕留めるつもりだ。

 それはある意味で、アリアとの戦いの再現のようだった。


 交錯の直前に読み合うつもりでいたスクナは、その時点でほんの僅かに出遅れている。

 カウンターは間に合わない。ならば回避するしかない。

 集中が極限に至った時の、笑えるほどに全てが遅い世界の中で、スクナは超速の思考と反射を駆使してこの窮地を脱する手段を手繰り寄せる。


 しかし、幻惑の騎士の本領はここからだった。

 刃の軌道から逸れるように何とかスクナが半身を引いた瞬間、ゴルドの剣が静止する。

 それはさながらビデオの映像のように。高速で振り下ろされていた刃が減速の気配さえなくピタリと止まった。


(ほんっとに……!)


 止まった刃が宙を跳ねるようにスクナの首を狩りに来る。

 気迫も態度も、全てがスクナを誘う罠。

 ここに来てこんな技を隠していたのか。

 兜の下で絶対に笑っているであろうゴルドの表情を想像して、スクナは内心歯噛みする。


 ギリギリで回避することはできるかもしれない。

 けれど、既にスクナは体勢を崩されている。

 もし2度目の追撃があった時、絶望的な状況になるのは変わりない。


 なら!

 首のひとつやふたつ、くれてやっても構わない!


(絶対吠え面かかせてやる!!)


 スクナは迫る刃を完全に無視して、己の切り札を切った。



 スクナが今その手に握るのは、《影縫》ではない。

 純ヘビメタ製の両手用メイス《メテオインパクト・零式》。

 より強く扱いやすい影縫の登場で、すっかり倉庫番になったと思われていたこの武器は、今ここで本来の役目を果たすべくスクナの鉾となる。


 スクナが『切り札』と称するのは、とあるアーツだった。

 それは《打撃武器》スキルを極めたことで与えられた最強アーツ。

 間違いなく言えるのは、それは文字通り必殺となるだけの威力を秘めた一撃であるということ。


 その名を《メテオインパクト》。

 《打撃武器》スキルの熟練度を500まで上げきった者に授けられる、最後にして最強の一撃である。


 その性能は、《フィニッシャー》の完全上位互換。

 すなわち、武器を捨てて放つ最大最強のラストアタック。

 メリットからデメリットまで、その全てが《フィニッシャー》を上回る、極限のハイリスクハイリターンだった。


 このアーツは紛れもなく、はるるが製作した《メテオインパクト・零式》の名前の由来となった技。

 いや、はるるはこの技を撃つためだけに、《メテオインパクト・零式》を鍛造したのだ。

 故に、スクナは影縫を持ち替えた。攻撃力も耐久も、要求筋力値も全てが影縫に劣るメテオインパクト・零式へと武器を持ち替えたのには、当然ながら理由がある。


 スクナがはるるからメテオインパクト・零式を購入したあの日。

 持つことさえままならない武器を必死に持ち上げるスクナに、はるるはこっそりと耳打ちをした。


――その武器には、あるギミックをひとつだけ仕込んでありますぅ……。それを使う時は、華々しく散らせてあげてくださいねぇ……。


 ずっと使うことができなかった、最期のギミック。

 使うべき時はここしかない。


(見てて、はるる)


 君の造った武器の勇姿を。



「《メテオインパクト》ォォォォォォォォオオオ!!!」


 スクナが咆哮と共にアーツを振るった瞬間。

 耳をつんざく轟音と共に、世界が爆ぜた。

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― 新着の感想 ―
ゴルド氏ほかの「中の人」は、誰なんですかねぇ(笑)
[気になる点] 四式・鬼哭の舞の説明について。 二つ目の効果に、最大500体で100体毎に0.1倍となっていますが、その場合最大0.5倍となり逆にデバフになってしまっています。こちらの勘違いであればよ…
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