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戦いは楽しい

 戦闘が始まったことで、ゴルドのネームが解禁された。

 《幻惑の黄金騎士・ゴルドLv99》。カンストではないだろうけど、3桁という大台に乗るか乗らないかの境に、目の前の騎士は達している。

 これまで戦ってきた9人の騎士たちは、アベレージにしてLv60もない程度だった。そう考えると、ゴルドはあの騎士たちと比べてもぶっちぎりに強いと言えるだろう。


 踏み込み、そして上段からの振り下ろし。

 比較的緩やかに見える速度の剣筋に合わせるようにカウンターの一撃を構えた瞬間、いつの間にか首元に刃が届いていた。


「っ!」


 カウンターが間に合わない。私は放とうとした攻撃をそのまま剣の腹に当てて、弾かれるように距離を取る。


『へぇ、いい判断だな』


「よく言うよっ」


 一見カウンターを取りやすい緩い攻撃は、カウンターを誘うための囮だったらしい。

 まるでワープしたかのように剣の位置が変わったのだ。

 何かのスキルかと思ったけど、こういう現象には見覚えがある。多分これはただの技術だ。


『そらそら! まだまだ行くぜぇ!』


「ふっ、ほっ、よっと!」


『ははっ、いいね! よく捌くじゃねぇか!』


 続けざまに繰り出される攻撃を慎重に影縫で受けながら、私はゴルドが《幻惑》などという二つ名のようなものを与えられている理由を理解した。

 ゴルドの強みは、恐ろしい程に流麗な剣速の変化だ。

 予兆が全く見て取れないほどに、ごく自然に剣速が揺れる。

 目が攻撃を認識してからそのおおよその速度を算出している間に、ゴルドの剣は目まぐるしくその速さを変化させているのだろう。

 目で見ている情報が脳内で処理されている間に、既に違う情報を目が捉えている。

 その結果、ゴルドの動きがとにかく予測とズレるのだ。


 そうした認識のズレは思考の混乱を招き、ますますゴルドの動きがわからなくなってくる。

 まさに幻惑。大雑把でさっぱりした性格に見えて、その剣技は恐ろしく嫌らしい、そして何より技巧に満ちた物だった。


 とはいえ、いつまで経っても何も出来ないじゃ話にならない。

 冷静に、慎重にタイミングを図って、ちょうど捌いた剣戟が十を超えた瞬間に僅かな隙が生まれた。


「今っ!」


 連撃を受け続けながら徐々に誘導した大振りを前に、私はゴルドの懐へと潜り込む。

 近すぎて武器は振るえない?

 いいや、そんなのは関係ない。

 私は影縫を手放して、ゴルドの鎧の腹に向かって思い切り右ストレートを叩き込んだ。


「せりゃぁぁあっ!」


『ぐぉっ!?』


 ドゴォッ! と凄まじい音を立てて、ゴルドの体がくの字に曲がり、振り抜いた方向へと大きく後退する。

 私は影縫を拾い上げ、そのまま体勢を崩したゴルドへと敏捷を爆発させる。

 そのまま飛び掛かるように両手で振り下ろした影縫は、なんとか体勢を立て直したゴルドの切り上げと衝突して大きな衝撃を生み出した。


『オ、ラァ!』


 ゴルドが無理やり振り切った反動でふわりと浮かんだ私は、そのまま地面に着地した。

 無理な体勢で剣を振ったせいか、ゴルドからの追撃はない。とはいえ、緩やかに着地したせいで彼の体勢は既に整っていた。

 追撃の手は……無理か。隙がないし、自分から攻めて作り出せるほどに彼の動きを読めている訳じゃない。


『げほっ、クソッ……てめぇなんつー馬鹿力してやがるっ!?』


「ふふふふっ、私も鬼人族だからねぇ」


『チッ、馬鹿力のゴリラ共め……つかその武器もだ! 重すぎだろうが!』


「そう? 今の私にとってはそうでもないんだけど」


 影縫は200越えの、おそらく現行の武器の中でも有数の要求筋力値を誇る武器だ。

 この武器を渡された時の私の筋力値は要求ギリギリの数値で、当時は確かにずっしりとした重みが心地よいと思うくらいに重量感のある武器だった。

 とはいえ、この一週間ちょっとでレベルを20近く跳ね上げた私の筋力値は、ボーナスポイントを全てつぎ込むことで300超というとてつもない数値に至っている。

 今の私にとって、この武器はもう「軽い」部類なのだ。


「逆にゴルドは見た目によらずパワーがないね……」


『お前さんに比べりゃあ大抵のやつはパワー不足だ馬鹿野郎!』


「いやぁ……でも私、もっとパワーに愛された人を知ってるからなぁ……」


 この世界で最も筋力に愛された存在、パワーホルダーの琥珀を思い浮かべる。

 今ならわかる。彼女の筋力値は間違いなく4桁を軽々と超えているのだろう。

 300を超えてもなお、私は彼女に近づけた気がまるでしないのだから。


『ンなもんと打ち合ってたらこっちの武器が持たねぇ。ちっとばかし本気で行くぞ』


「いいよ。全部受け切ってあげるから」


 瞬間、ゴルドの姿がブレた。

 その姿を、上手く瞳で捉えられない。

 なんというか、焦点が合わせられないような感じだ。

 ゴルドの敏捷は間違いなく先程までの比じゃなく高まっているけれど、これはそれだけじゃない気がする。

 結論、分からない。なら無理に捉えようとするのはやめよう。


『だりゃ!』


「ふっ!」


 攻撃の瞬間、完全に反射のみで攻撃を回避する。

 カウンターは狙わない。しっかりと距離を取って、見に徹するしかない。

 再びゴルドの姿がブレはじめる。

 目で追うことはやめない。ただ、ある程度は諦める。


 不意にゴルドの姿が完全に消えた。

 視界から完全に消えた、という事は。


『ぜりゃ!』


「よっ、とお返しっ!」


 後方からの切り裂きをサイドステップで躱し、振り向きざまに鉄球を放る。

 飛び道具は想定してなかったのか、鉄球自体はゴルドに命中してくれた。

 しかし全身鎧は伊達ではなく、ほんの僅かにHPを削ったのみで無情にも弾かれた。


『受けきるんじゃなかったのかぁ!』


「……なるほど、何となくわかったよ」


 私が彼の姿を捉えられない理由は2つある。

 ひとつは、ゴルドが先程まで剣速で行っていた速度の変化を移動に対しても行っているということ。

 つまり今の彼は、捉えられないほど細かく、不規則な速度変化をつけたステップを踏みながら視線を撹乱するように動いている。

 更にいえば、赤狼装束を纏った私と比較しても恐らく1.5倍以上はありそうな高い敏捷値も、その原因に加担している。

 全身鎧に惑わされたけど、ゴルドはどちらかと言えばロウに近い敏捷寄りのステータスを持つ剣士なのだろう。


『せいっ!』


 左方から聞こえてきた声に反応して回避をしようとして、その手に持つ剣が振られていないことに気づく。


「しまっ……」


『はっ!』


「ぐっ!?」


 後出しで振り切られた剣が体に食い込む。

 切り裂かれる前に無理やり体勢を変えて剣筋から逃げたけれど、レベル差もあってかHPを大きく削られた。


 そう、もうひとつの理由は「音」だ。

 剣技に気を取られて全く気付けなかったけれど、あれだけ豪奢な鎧を纏っているのに、ゴルドの移動には音がない。

 しかも、最初の方に攻撃時に敢えて声を出してきていたせいで、「ゴルドは攻撃時に発声を伴う」という刷り込みをされてしまった。

 その結果が今の被弾だ。術理は分かっても、被弾してしまったという事実は変わらない。

 視覚と聴覚。五感の内とりわけ大きな2つの機能を撹乱された事で、私は完全にゴルドの術中に嵌められていた。

 

 さて、どうするかな。

 見える情報は役に立たず、聞こえる音も虚実の判断は付けられない。

 流石に嗅覚だけではこの高速の戦闘における情報確保の手段にはならないし、味覚や触覚も同様だ。


「いいね……こういう戦いを待ってたんだ」


 ペロリと唇を濡らして、私はそう呟いた。

 いい加減雑魚モンスターを狩るのも飽きていた所だ。

 ようやく楽しく遊べそうな相手が出てきたのに、楽しまないなんてもったいない。


 そうだ。悩むことなんてない。

 戦いは楽しむものだ。

 集中力を上げろ。私の限界はこんなに低くないはずだ。

 まずは視覚の方から解決する。


 見えないのなら、見えるようになればいいのだから。


 速度の変化は見ない。

 予測も役に立たないならする必要はない。

 ただあるがままの世界を見ろ。

 全てを認識の中に落とし込めば、視界は無限に広がるのだから。


「ああ、なんだ。やっぱり見えるよ」


 右斜め後ろから無音で振りかぶられた剣を「見て」。

 その出鼻を潰すように、私は最速のアーツを発動させた。


 最短距離を真っ直ぐに、最速で駆け抜けるそのアーツは。

 技と呼ぶのさえ烏滸がましいほどにシンプルで、それゆえに効果的な一手。

 それはすなわち、突きだ。


「《瞬突》!」


『がはっ!』


 振り向きざまに最短を駆け抜け、影縫がゴルドの喉元に突き刺さった。

 メキメキと音を立てて食い込む影縫の棘。

 カウンター気味に決まったおかげで威力が増し、ゴルドの体が少しだけ宙に浮く。


「まだだっ!」


 突きを放つ為に少しだけ浮いた前足を思い切り踏み込むのと同時に、伸びきった体をぎゅっと引き寄せ、右足の筋力を爆発させて押し出すように左足を蹴り抜く。

 ヤクザキックのように体にめり込むような蹴撃が、宙に浮いたゴルドの体を吹き飛ばした。

 ドゴォン! と音を立てて壁まで吹き飛んだゴルドは、それでもほとんど怯むことなく立ち上がる。

 とはいえ当然無傷ではない。喉元という急所へのクリーンヒットも含めて、大きくひしゃげた鎧がそのダメージを物語っていた。


『ご、はっ……対応が、はえぇな。もちっとくれぇ、動揺させられると思ったんだが……』


「あははっ、クリーンヒット貰ったのなんて久しぶりだったんだ。だからね、楽しくなっちゃって」


『ふっ、戦闘狂が。……ま、戦いは楽しいもんだわな。認めてやるよ、スクナ。お前さんとの戦いはもっと楽しめそうだ』


 その言葉は、先程までの少し軽薄なゴルドの語り口とは違う真摯なもので。

 ザワつくような圧力と共に、ゴルドの様子が変化する。

 鎧から立ち上る黄金のオーラ。それは私の餓狼のように、己を強化するためのバフなのだろう。


「ふぅ……」


 息を吐き、目を閉じて、開く。

 ここからが戦いだ。

 ゴルドがオーラを纏うのと同時に、私もまた型をなぞって両手を合わせる。


 鬼人族専用レアスキル《鬼の舞》。

 《四式・鬼哭きこくの舞》奉納。


『ここからは本気で行くぞ』


「うん、私も全力で行くよ」


 筋力値300で解放される、鬼の舞の四式。

 清廉で美しい黄金のオーラを纏うゴルドとは対照的な、溢れ出る赤黒いオーラを身に纏い。

 私は抑えきれない感情を笑みに変えて、黄金の騎士を見据えた。

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