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第8話 走れ、ジャック

 馬車が通れるようにある程度慣らされた山道を俺は風のように駆け下りていく。もちろん魔導を併用しての全力疾走だ。



 ズザアアアアァァァァ


 月の光も入りにくい木々の間の小道を全力で走っているために、俺は既に幾度となく道端の小石やくぼみにつまずいてこけている。

 手のひらや膝の皮は既にズル剥けになり、黒ずんだ血が皮膚の代わりに両面を覆っている。

 俺は、怪我をした部分に砂が付くのもためらわずに両手を地面につけて立ち上がった。

 このぐらいの痛みなど、今、ジェーンを襲っている苦しみに比べたら何のこともない。ジェーンは生まれつき、こんな痛みなど屁でもないような苦しみを幾度となく味わっているのだ。

 俺は、ジェーンの痛みの一部でも感じられているようで、少しうれしいぐらいだ。


 俺は、立ち上がると、もう一度、魔導をかけなおして同じように走り出す。

 グリーメル辺境伯の屋敷は、この森を抜けたところにある。そこまでこのままの調子で行けば、あと30分もあればたどり着くことができるはずだ。


 アオオォォォォォンンン


 オオカミの遠吠えが聞こえてくる。この森一帯を縄張りとする群れなのだろうか。その遠吠えは、段々と俺に近づいてきている。遠吠えだったものが、今は、低いうなり声になっている。

 そして気が付けば、道の脇に幾つもの目が闇夜に光っている。相当な数の群れに囲まれてしまったみたいだ。

 昼間は、帝都から地方に、地方から帝都に向かう商人や旅人、巡礼者、兵士たちが行き来し、それなりに人通りのある道だが、夜はオオカミなどの獣たちでにぎわう道のようだ。

 俺は、一段と速度を上げる。魔導で加速した人間にはたとえオオカミであろうとそう簡単に追いつけるものではない。

 しかし、俺は自分の考えが甘かったことをすぐさま実感することになる。

 なんと、先回りしていたオオカミの群れの一部が俺の行く手を阻むかのように道の中央に陣取っているのだ。


「くそっ!」


 俺は、やむなく足を止める。

 すぐさまオオカミの群れは、俺が逃げられないように俺の周囲を隙間なく囲む。


 ガァルルルル


 牙をむきだした血走った目でじりじりと互いに連携をとりながらオオカミたちは、俺との間合いを詰めてくる。

 俺は、家を飛び出してきてしまったために護衛の剣どころか、光の魔導石しか持ち合わせていない。しかも、光の魔導には攻撃魔導が基本的に存在しない。正確には、高位魔導にはあるのだが、俺は、まだ光の高位魔導を使うことができないのだ。

 しかし、ジェーンのためにここで死ぬわけにはいかない。

 俺は、最終手段を使うことにする。


「どけ!」


 殺気を持った声を放つ。オオカミたちは、一瞬、ひるんで動きを止める。数秒間、俺とオオカミの間に膠着が生まれる。オオカミが俺の言葉に含まれた殺気が本物なのか見極めているのだ。

 このまま、去ってくれ。

 俺の願いは、残念ながらオオカミには、通じなかったようだ。

 オオカミ達は、俺の言葉がはったりだと判断したのか、一番近くにいた一匹が俺の右手を噛み切ろうと唸り声をあげてとびかかってくる。

 俺は、オオカミに向かって無造作に右手を振り下ろす。


 グシャッァァァァア


 肉が切り裂かれ骨がつぶれた音が闇夜の森にこだまする。

 俺に向かって飛びかかってきたオオカミの脳天を右腕が肉を切り裂き骨を押しつぶしながら真っ二つにした。

 頭部が二つに避けたオオカミが地面に横たわる。まだ、ぴくぴくと足を動いている。

 俺は、頭が避けたオオカミを跨いでゆっくりとグリーメル辺境伯の屋敷に向けて歩み始める。それに合わせるように囲んでいたオオカミ達が一歩、また一歩と下がっていく。

 群れのリーダーと思われる隻眼の大きなオオカミが吠えるとオオカミの群れは森の中に消えっていった。


黄金羽の駿靴タラリア


 俺は、邪魔者が立ち去ったことを確認して、光の魔導石に魔力を流し込む。

 突発的な邪魔が入ったことで予定よりも遅くなってしまっている。急がなくてはならない。

 ジェーンの苦しむ姿は、もう、一秒たりとも見たくない。

 その想いが俺の足を前に進めてくれる。


 オオカミ達が去った後は、特に何の問題もなく山道を下ることができていた。ただし、小石につまずいたこと14回。くぼみに足をとられたこと8回。木にぶつかったこと2回。

 手と膝だけでなく、来ていた服もボロボロ。その他、体のいたるところから血が出てしまっている。

 これは、後でジェーンを心配させてしまう。

 その前に師匠に回復魔導をしてもらわなくてはならない。

 師匠に頼るのは、なんだか癪だが、それでジェーンが心配しなくても済むなら仕方ない。

 そんな満身創痍になりながらも俺は、夜中の森を抜けることに成功した。


 森を抜ければ月と星が煌々と照らす草原の一本道を走れば、グリーメル辺境伯屋敷だ。

 グリーメル辺境伯は、つつましく言って性悪だ。そのままいえば、くそ人間だ。高貴なる者の義務オブレスノブリージュなんてものはこれっぽちも持ち合わせていない貴族として、いや人間としてもカスなゲス野郎である。


 草原の一本道を素早く駆け抜け辺境伯屋敷の門にたどり着けば、不寝番の衛兵に事情を説明して、辺境伯に取り次いでもらえるように交渉する。


「……というわけでグリーメル辺境伯爵様に取り次いでもらえないでしょうか?」


 妹が高熱で倒れて苦しんでいること、お抱えの医者を貸してほしいことを簡潔に説明する。


「いや。それはできない。今、グリーメル辺境伯爵閣下はご就寝中である。陽が昇ってから出直されよ」


 しかし、衛兵は取り付く島もない様な定型文を言うと、これ以上話すことは、ないと言わんばかりに詰め所の中に入っていこうとしている。


「私は、黄金獅子魔導騎士団の団長と知合いです。辺境伯爵様に取り次いでいただければ、あなたが入団できるように交渉しましょう」


 黄金獅子魔導騎士団は、すべての騎士の憧れの騎士団だ。衛兵も騎士の端くれならこの話に乗ってくるかもしれない。誰もこんな辺境の地で門番などしていたくはないのだから。

 どうやら、効果があったようだ。

 衛兵は、詰め所に戻る足を止めてこちらに振り向いてくれる。


「それは、本当か?」

「もちろんです」



 この魅力的な提案に興味を示さない騎士などいないのだ。

「しかし、お前が本当に騎士団長の知り合いだという証拠がない。証拠を見せてくれれば辺境伯爵閣下に取り次いでやるのもやぶさかではない」


 はい、予想通りの返答をいただきました。

 予想通り「証拠を見せろ」とのお言葉、しっかりと準備させていただいております。


「これがその証です」


 俺は、肌身離さず持ち歩いている魔導刀の注文票を懐から取り出す。2カ月前のページを開いて見せる。そこには、はっきりと「サー・ランスロット・レイク」と騎士団長の名前が刻まれている。

 いつどこで魔導刀の注文を受けるか分からないから、いつ、どこに、何をするときにでも持ち歩いているのが功を奏した。

 俺の商人魂に感謝だ。


「分かった。今取り次いでやるから、中に入って待っていろ。先ほどの約束忘れるなよ!」

「ありがとうございます。もちろんです。よろしくお願いします」


 まぁ、騎士団入団できるかは、騎士団長次第だが、言ってみるだけ言ってみよう。これでウソには、ならない。

 俺は、衛兵に案内されるがままに門をくぐり屋敷の中に入っていく。

 屋敷の中は、思いのほか特に特徴もなく、普通に帝国貴族の屋敷と言った感じだ。観音開きの扉の玄関から真っ赤な絨毯が伸びる廊下兼広間には、甲冑が合計十体両脇に飾られている。どれも実用には程遠い代物だが、来訪者に威圧感を与えるのには、もってこいの過度な装飾具合だ。

 天井からはガラス製のシャンデリアが垂れ下がっている。どうやら、ろうそくではなく、最新式の魔導灯式の物ようだ。


「そこで待っていろ!」


 俺は玄関の右隣にある部屋に案内される。

 三人掛けのソファーが机を挟んで向かい合っている部屋だ。見たところ応接室なのかもしれない。部屋の隅には大きな暖炉が温かい空気を生み出している。

 既に時期的には春だが、この辺の夜は結構冷え込む。そのために、火がくべられているのだろう。


 俺は、下座のソファーの横で立ったまま、グリーメル辺境伯が来るのを待つ。

 辺境伯を待つ時間がゆっくりと過ぎていく。

 早くしてほしい気持ちが逆に時間の流れを遅くしている。

 俺は、気を紛らわせるためにコケまくったせいでかなり乱れている服装をとりあえず整えることにする。しかし、ズタボロになった服装を整えたところであまり効果はないが、気持ち的には幾分かましだ。

 そうこうして待つこと10分。やっと応接室の扉が開かれた。


「何の用だ!」


 扉を開けていきなり不機嫌な声を発した人こそがグリーメル・ビシャウス辺境伯だ。大柄でふくよかな体に短く切りそろえられた金色の髪。鋭い目つきは、いつも通りだ。

 辺境伯は、ずかずかと部屋に入ると三人掛けのソファーの中央にズシンと腰を下ろした。


「夜分遅くに申し訳ありません。うちの妹が高熱で倒れてしまいましたのでグリーメル辺境伯様のお抱えのお医者様に診ていただきたくお願いに参りました」

「いやだ」


 それだけ言うと、辺境伯はソファーを立ち上がってしまう。


「そこを何とかお願いします」

「いやだ。領民ですらない貴様に医者を貸す必要などない!」

「お願いします。妹が苦しんでいるんです」


 俺は、膝を床につけ、頭を地面にこすりつけて嘆願する。


「貴様の妹のことなど、知らん! それ以上、この屋敷に居座るな! 絨毯が汚れるだろうが!」


 俺は、部屋を出て行こうとする辺境伯のズボンの裾にしがみつく。


「お願いします。なんでも致しますから、どうか、どうか、お願いします」

「私に触るな!! このウジムシが!!」


 俺は、無造作に振り払われ、さらに、思いっきり腹を蹴飛ばされる。晩御飯を食べずに飛び出してきたため吐き出されるようなものはなかったが、酸っぱい胃液がのどまで込みあがってくる。


「このパジャマは、貴様の命よりも高いのだぞ! 汚れたらどうしてくれるのだ!」

「申し訳ございません。ですが、ですが、どうかお願いします」


 俺は、ひたすら地面に額をこすり続ける。


「フン! そこまで言うのなら考えてやってもいい。私の出す条件が飲めるのならな!」

「どのようなじょうけんでしょうか?」

「30日後までに400ユニオン用意できるならば考えなくもない。どうだ?」


 400ユニオンなど一般人が一カ月で用意できるような金額ではない。これは、飲めないような条件を突き付けているのだ。

 しかし、ここでこの条件をのまなければジェーンは、今夜一晩、高熱にうなされなくてはならない。最悪、全世界の宝であるその命を落としてしまうかもしれない。


「分かりました。必ず30日後に400ユニオンお支払いします」


 辺境伯がゆがんだ笑顔を浮かべる。


「必ずだ。1シーリングでも足らなかったら、貴様は私の奴隷だ。それだけでは、足らないな。その貴様の妹も私の奴隷になってもらおうか」


 俺が辺境伯の奴隷になるのは、まだ我慢できるが、ジェーンがこんなクソ野郎の奴隷にされるなどあってはならない。


「構いません。必ず用意して見せます」


 辺境伯は、俺にそんな支払い能力がないとみているのだろう。

 絶対に払って見せる。絶対にだ。


「それなら、この契約書にサインしてもらおうか。言い逃れができないようにな」


 辺境伯は、衛兵に紙とペンを持ってこさせると、契約内容を立ったまますらすらと書いていく。

 書き終わった辺境伯は、紙を俺に投げ渡してくる。


「早く書け!」

 俺は同じく投げ渡されたペンを拾い上げるとサラサラとサインを書く。


「確認お願いします」


 サインをまじまじと見た辺境伯は、衛兵に一言二言声をかける。衛兵は、辺境伯の言葉を聞き終わると帝国式敬礼をして、そそくさと部屋を後にしていく。


「今、医者を呼びに行かせた。屋敷の外で待っていろ!」


 どうやら、本当にお抱えの医者を貸してもらえるようだ。

 これで、ジェーンを苦痛から解放することができる。


「ありがとうございます」


 俺は、丁寧にお辞儀をして部屋を後にした。

呼んでいただきありがとうございます。

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