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第2話 帝国最強の騎士

 馬車に揺られること半日。進む道の前に大きな城壁と頑丈な城門が見えてきた。

 これが、帝都を守る最縁部の城壁「守護天使ラグリエルの城壁」だ。

 帝都は、王城を中心とした半径10キロメルの円を描く城壁の中に作られている。

 帝都の中に入るためには、今、目の前にある城門を合わせた八つの門をくぐるしかない。

 さらに城壁は、この内側にまだ二つも残っているのだ。

 城門の前では衛兵が通過する商人などの荷車を点検している。

 俺もその列に並んで順番を待つ。


「次!」


 ひとつ前の馬車の調べは終わったようだ。


「師匠、つきましたよ。起きてください」


 俺は、横でぐ~すか眠っていた師匠を揺さぶり起こした。


「ん? もう着いたのか? やけに早いな」


 それは、師匠がずっと寝てたからです。



「通門許可証を出せ!」


 衛兵から指示された通りに懐から通門許可証を出す。


「商いのためか。荷台の中身を見せろ」


 許可証をしっかりと見ると荷台を点検される。

 帝都内に持ち込む全ての物には、関税がかけられるのだ。


「刀剣が一本と、この木箱の中身は?」


 木箱の中身については、全く知らない。

 俺は師匠に「答えてください」と言外に視線を向けた。

 すると、師匠が衛兵の近くまで行くと、ごにょごにょと耳打ちして懐から出した何かを渡した。受け取った衛兵は、気色悪い笑みを浮かべる。

 完全にワイロだ。


「行っていいぞ。次!」


 木箱の中身は結局点検されずにあっさりと城門をくぐっていく。


「師匠、あの木箱の中身、何が入っているんですか?」

「ひ・み・つ」


 ウィンクしながら師匠がかわいくいってくる。

 吐き気しかしない。一体、誰得なんだ!?


「この後、巡回兵に聞かれたらなんて答えるんです!?」

「これで女でも買えって言いえばいい」


 金貨をちらつかせながら言ってくる。


「あーもー、分かりました。捕まっても知りませんからね」

「何とかなるでしょ」


 そんなことを話しているうちに、城壁の下に作られた長い石造りのトンネルを通り抜けた。

 そこに広がるのは、世界最大の都の情景。

 赤褐色のレンガが屋根を連ねる見目麗しい街並み。極限まで平坦にされた石畳の道。夜には、町を照らす魔導灯が一定間隔で設置されている。

 そして、真っすぐと伸びる道の先には残りの城壁と、天まで届くかというほどの尖塔がいくつもある。

 皇帝の住まう王城だ。

 いつ見ても圧倒される景色だ。


「師匠、どこ行くんですか?」


 俺が帝都の情景に圧倒されている間に師匠は馬車を降りて、テクテクと歩いていってしまう。


「これ、よろしくお願いします」


 俺は、急いで馬車を近場の停留所に留め、停留所付きの下男にいくばくかのお金を持たせる。

 帝都の道は、十分な広さなのだが出店とごった返す人で馬車での移動には不向きなのだ。


「待ってください」

「遅いぞ、ジャック」


 師匠の両手には屋台で売られている、骨付き肉とおエールが既に握られている。

 こんがりと焼けた香ばしい香りが食欲をそそる。さらにエールの炭酸がはじける音は、俺ののどの渇きを加速させる。


 グルギュルルッルル


 腹の虫が盛大な音をたてた。


「やらんぞ!」


 師匠は、子供のように両手を背中にまわして御馳走が俺に食べられないように隠した。


「師匠じゃないんですから、自分で買います」


 近くの屋台で骨付き肉と紅茶を購入する。

 この後、大事な取引があるというのに酒を飲むのにはいささか抵抗がある。

 俺は、焼き立ての骨付き肉にかぶりついた。

 口の中に熱々の肉汁が旨味と共に押し寄せてくる。いくつもの香辛料でじっくりと旨味を逃さないように焼いた骨付き肉は、贅沢の極みだ。


「うまい!」


 道中で食べた、シカ肉をただ干しただけの肉もうまいが、手間暇かけて作られた料理は、また別物だ。

 少し早めの昼食を食べていると、道路の先で人だかりができ始めていた。


「ケンカかもしれん。見に行くぞ」


 師匠が嬉々爛々とした笑みを浮かべて、野次馬根性丸出しで向かって行ってしまう。

 大抵こういう場合の師匠は、巻き込まれて当事者になってしまうことが多いのだ。


「巻き込まれないでくださいよ」

「見るだけだから☆」


 師匠は、背中越しでそう言って人だかりの中に消えていってしまった。

 師匠が消えて数分、俺の予想が的中した。


「騎士団長に対するその不敬、万死に値するわ。今すぐ、謝罪しなさい!」

「お前こそ、老人に対する尊敬が足りんぞ、小娘」


 群衆の中心から師匠と女性が言い争う声が聞こえてくる。


「すみません、ちょっと通してください」


 俺は、人をかき分けて群衆の中を進んでいく。

 そこでは、案の定、黄金の鎧に身を包んだ女性騎士と師匠が言い争っていた。

 その二人の間で同じような黄金の鎧を着た初老の騎士が、二人を諌めている。


「すみません。これ、どうしたんですか?」


 俺は、近くの野次馬に状況の説明を求める。


「ああ、最初は、あの女の騎士が酔った暴漢に絡まれていたんだよ。だけど、その後から出てきたあのじーさんが騎士団長様を呼び捨てにしたもんだからカンカンよ」


 黄金の鎧を着た初老の騎士は、帝国臣民なら誰もが知っている人だ。

 帝国の英雄、ランスロット・レイク。帝国最高の魔導騎士団、黄金獅子魔導騎士団団長であり、帝国のすべての騎士の頂点に立っている人だ。簡単に言えばめちゃくちゃ偉い人だ。


「いいか、小娘! 儂とこいつには、並々ならぬ関係があるから呼び捨てでもいいんだ!」

「騎士団長を、こ、こいつですって‼ もう、我慢できません! 騎士権に基づく決闘を申し込みますよ!」

「決闘上等! 返り討ちにしてくれるわ!」


 最悪の事態に向かってしまっている。

 帝国魔導騎士には様々な特権が存在するが、その中でも特に特異なのが決闘だ。騎士が、自らもしくは騎士そのものに対して不敬を受けた場合、たとえ相手が誰であろうと一対一の決闘を申し込むことができるのだ。

 これは、相手が女だろうが子供だろうが老人であろうが申し込むことができる。さらに、身分についても指し示していないので、王侯貴族に対しても申し込むことができるのだ。

 流石に皇族に決闘を申し込んだ話は聞いたことがないが、昔、侯爵が騎士をないがしろにして決闘にて切り殺されたこともあるらしい。

 もはやなりふり構っていられない。止めなくては、大変なことになってしまう。


「すみません、騎士様。どうも、だいぶ酔っているようです。決闘だけは、御勘弁を」


 俺は、師匠と女騎士の間に入って深々と頭を下げる。


「何言っとるか! 儂は、酔ってなどおらぬぞ! ジャック、邪魔じゃい! 引っ込んでおれ!」

「あなたには、関係ありません。どいてください」


 双方とも完全に頭に血が上ってしまっている。

 野次馬は、なかなか見られない決闘が見れるとあって、どちらが勝つかで賭け事を始めている。


「レイク騎士団長様、どうかお止めください」


 実際のところ、師匠と騎士団長には少なからず、縁があるのだ。だからこそ騎士団長は、怒っていないし、先ほどから二人の仲裁に入っている。


「エレイン、決闘はやめなさい。この方……」

「騎士団長は、黙っていてください。もはやこれは、私の、いえ、騎士全体の決闘です!」


 残念ながら騎士団長にも止めることはできなさそうだ。


「小娘風情が何を偉そうに! 泣いて謝っても許してやんないからな」


 あーあー、これは、完全に止まらない。もはや、これ以上止めに入ったら、俺が二人にボコボコにされてしまいそうだ。


 騎士団長もあきれ顔だ。騎士団長もどうやら同じ思考に達したようだ。


「師匠、もう年なんですから気を付けてくださいね」

「こんな小娘に後れを取るわけがないわい」


 そう言って、俺は、二人から距離をとる。


「エレイン、怪我をするなよ」

「こんな輩、私に指一本も触れることできませんよ!」


 騎士団長もそれだけ言って、俺の隣まで来る。


「黄金獅子魔導騎士団団長付き魔導騎士、エレイン・アストラットの名において汝に決闘を申し込む。ここにいるすべての人民が証人であり立会人である」


 女騎士が正式に師匠に対して決闘を申し込んだ。これで、たとえ相手を殺してしまっても罪に問われることはない。


 女騎士が、腰に帯びた剣を抜く。

 無駄のない精錬されたその動きは、もはや美しいとも言える。

 そして、抜き放たれた剣自体も様々な、そして繊細な装飾が施されている。刀鍛冶見習いの俺でなくても名のある名工が作った名刀だろうことは予想がつく。

 太陽の光を反射する刀身には、一点の曇りもなく磨き上げられている。鏡として使うこともできそうなほどだ。


「さあ、貴様も剣を抜け!」


 師匠も一応、護身用の剣を腰に帯びている。護身用と言っても超一流の腕を持つ師匠が鍛えた剣だ。


「小娘ごときには、これで十分だわい」


 師匠は、石畳の上に落ちていた、か細い小枝を拾って、そう言い放つ。


「なっ……! どこまで騎士を愚弄すれば、気が済むというのだ! 死んでから地獄で後悔しろ!」


 女騎士が踏み切る。5メルは、あった二人の間合いを一気に詰める。その突進は、もはや人間が生み出すことのできる速度ではない。間違いなく魔導が使われている。

 風と共になった女騎士が大きく振りかぶった得物を残像を残して振り下ろす。

 袈裟斬りに振り下ろされた魔導刀は、確実に師匠の肩から脇に向けて切り裂く軌道を描いていた。小枝ごときで止められるものではない。

 しかし、師匠はよけるどころか微動だにしない。

 もはや勝負は決定したと言ってもいいだろう。


 そして、鈍い音が道に鳴り響いた。


 ここにいる誰もが、無謀にも帝国最高の魔導騎士団にケンカを吹っ掛けた老人が無残にも真っ二つに切り裂かれた音だと思ったに違いない。



 俺と騎士団長を除いては……。



「……なんで……!」



 そう声を発したのは、女騎士の方だった。


 読んでいただきありがとうございます。

 今後の更新頻度に大きく響くことが予想されますので、評価、ブクマをよろしくお願いいたします。

 誤字脱字等ご指摘がございましたら感想にてご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします。

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