第9話 神様は理不尽
その後言われた通りに屋敷の外で待っていると初老の男性が屋敷から出てくる。白衣を着た格好は、見るからに医者という感じだ。ただし、髪の毛はぼさぼさで、さらに、白衣はしわくちゃになっている。
「お待たせしました。さぁ、急ぎましょう」
背中に大きなカバンを背負った医者は、衛兵が連れてきた馬にまたがろうと鐙に足をかける。
しかし、荷物が重いせいなのか、鞍にうまくまたがることができず、衛兵に補助されてやっと乗ることができている。
服装も乗馬もだが、この人にジェーンを任せても大丈夫なのだろうか?
「夜分遅くにありがとうございます」
俺は、とりあえず大きく頭を下げる。
「いえ、いえ。病気の人がいるところにいつでも行くのが私の仕事です。それよりも早く向かいましょう。妹さんが待っていますよ」
だらしないが、医者としての矜持は、持ち合わせているようだ。人間としては、だらしがなくとも医者としては、問題ないようだ。
「分かりました。行きましょう」
俺は、行きと同じように魔導を自分自身にかける。これで、馬と同じぐらいの速度で走ることができる。
俺は、医者を誘導するように先行して走り出した。
グリーメル辺境伯の屋敷を走りだして90分、我が家に到着だ。
走りながら聞いたところによると、この医者の名前は、アイスクラー・マクレーンと言うらしい。代々、辺境伯家のお抱え医者として仕えているみたいだ。
話を聞くと、どうやら、アイスクラー医師は、いい人のようだ。
辺境伯の家の人間は、全員性悪だと思っていたけども、意外や意外、結構いい人なのだ。
「ただいま帰りました」
俺は、玄関の扉を押し開く。
「大丈夫だったか、ジャック?」
「はい、何とか辺境伯からかりることができました」
リビングで座っていた師匠が出迎えてくれる。
「よく、あのグリメール辺境伯が貸してくれたな。何か要求されたんじゃないのか?」
「400ユニオンを30日後までに用意しろと。用意できなければ、俺とジェーンを奴隷にするという条件でかりました」
「おい! そんな大金払えないじゃろ!」
「何とかします」
「何とかするってどうするんだ?」
「臓器を売ります。黒魔導の材料として闇のマーケットに売ればそれなりの金額になるはずです」
見たことはないけども結構な高値で取引されているらしい。
「おい、おい! それは、やめとけ。何なら貸してやってもいいぞ」
師匠は、こんな山奥に住んでいるがそれでも元黄金獅子魔導騎士団の団長で現売れっ子刀鍛冶なのだ。俗に言う金持ちなのである。
「かりません! 師匠にかりを作るなんて死んでもいやです」
「それなら、短期で稼げる仕事を紹介してやるから、臓器は売るな!」
「分かりました」
俺は、仕方なくそれで妥協することにする。
「というか、傷だらけじゃないか」
師匠は、俺の全身を嘗め回す見てそう言った。
行きと帰り、真っ暗な山道を全力疾走した代償に、体中がすりむけてしまっている。
正直に言えば、結構痛い。うん。だいぶ痛い。
「あとで回復魔導お願いします」
「ああ、仕方ないのう」
「そんなことより、ジェーンの容体はどうなんですか?」
俺の怪我よりもジェーンの容体の方が重要だ。
「今のところ落ち着いとるよ。まだ高熱なのには変わりないが」
「良かった」
俺がいない間にあっちの世界に旅立ってしまっていたら、今すぐに会いに行こうと思っていたのだ。
「お邪魔します」
アイスクラー医師が我が家の敷居をくぐって入ってくる
「師匠、こちらが辺境伯家のお抱え医師のアイスクラー医師です」
「お初にお目にかかります。アイスクラー・マクレーンと申します。よろしくお願いいたします」
「儂は、ガウェイン・エムリスだ。遠路はるばるよく来てくださった。こちらこそよろしくお願いします」
師匠とアイスクラー医師がしっかりと握手を交わしながら挨拶をする。
「それでは、さっそくですが、患者は、どちらにいらっしゃいますか?」
「こっちです」
俺は、アイスクラー医師をジェーンの部屋へと案内する。
部屋に入れば、5時間ぶりのジェーンがベッドで静かに眠っている。俺が家を飛び出した時よりもだいぶ落ち着いているようだ。
「うちの妹のジェーンです。今日の夕方に帰ってきたら倒れていて、高熱なんです!」
「見させていただきます」
アイスクラー医師は、大きなカバンを床に下ろす。
「失礼します」
そう言って、聴診器をジェーンの体に当てた。
本当なら俺以外の男がジェーンの体に触れるなど言語道断、不届き千万だが、緊急事態として俺は、ぐっと我慢する。
いつもなら、師匠ですらジェーンに触れることなど許せないのだ。
静かにジェーンの体の音に耳を傾けていたアイスクラー医師が聴診器をジェーンの体からゆっくりと離す。
次に、ジェーンの右手首に手を当てて、脈拍を計り始める。
静かに時が流れること1分。アイスクラー医師が口を開いた。
「今回は、ただの風邪でしょう。妹さんの場合は、元々体が弱いために重度になってしまったみたいです。とりあえず今回は、こちらの薬を飲んでください」
アイスクラー医師は、持ってきたカバンをごそごそと漁って数種類の薬を取り出した。
「この青い粉薬が解熱作用のある薬です。熱が無くなるまで飲んでください。次にこちらの赤い錠剤ですが、こちらは、風邪そのものを駆逐する薬です。朝昼晩食後に20日間飲み続けてください。それと最後にこちらの液体ですが、私が調合した心の臓の病に効く薬です。毎日寝る前に飲めば、病状がよくなるはずです」
「ありがとうございます」
俺は、薬を慎重に受け取る。ただの風邪と聞いて俺は、心底安堵する。
「最後に落ち着いて聞いてください」
アイスクラー医師の声色がいっそう低くなる。顔も神妙そのものだ。
「なんですか?」
俺は、薬をベッド脇の机にやさしく置く。
お茶を準備していた師匠が部屋に入ってくるのがドアの動く音で分かった。
「言いにくいことなのですが……妹さんは、もう長くないと思います」
……ジェーンが長くない……?
「これから、先、長くても1年。早ければ、半年ほどだと思います」
俺の頭が真っ白になる。
「心の臓の音が一般的な人に比べてだいぶ弱くなっています」
この人は、何を言っているのだろうか?
「これからは、ただの風邪などの軽い病気で高熱を出すことが多くなっていくはずです」
ジェーンは、ただの風邪なんでしょ!
「先ほどの液体の薬は、妹さんの残りの人生を少しでも長くするための薬です」
あり得ない! ジェーンに限ってそんなことが起きるなんてありえない!
「残念ですが、今の医術では、完全に治すことは、できません。あと半年、もしくは一年で妹さんの病を完全に治すことができるようになる可能性も限りなくゼロに近いと思います」
なんで!? なんで!? なんで!? なんで!?
「あと5回、高熱が出てしまったら妹さんは、助からないと覚悟してください」
神様は、なんで、俺じゃなくてジェーンにばかりこんなひどいことをするのだろう。
「それまでは、普通の生活はできるのですか?」
俺の背中越しに師匠がアイスクラー医師に聞く。
「とりあえずは、問題ないと思います。しかし、段々と体が動かなくなっていくはずです」
「そうですか……」
師匠の声がしぼんでいく。それと入れ替わるよに俺の口が声を発した。
「……何とかしてください。何とかしてくださいっ!」
もはや、声というよりも叫び声に近い。
「医者でしょう!? 病気を治すのが仕事でしょ! できないなんて言ってないで早く何とかしてくださいよ!」
俺は、アイスクラー医師の胸ぐらをつかんで至近距離で叫び散らす。
「黙ってないで、「何とかして見せる」って言ってくださいよ!」
アイスクラー医師は、俺の目を真っすぐ見たまま何も言わない。
「言えよ! 言ってくださいよ……」
それでもアイスクラー医師は、黙ったままだ。
「なんで言わないんですか! ねぇ……なんで……どうして……」
「……すみません」
アイスクラー医師は、ぽつりとつぶやく。
俺は、アイスクラー医師の胸ぐらから手を離すと、ジェーンの眠るベッドに近づいていく。
「お兄ちゃんが何とかして見せるから。絶対に何とかして見せるから」
俺は、静かに眠るジェーンの手を握って心に誓った。
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