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第1話 うちの妹は、超絶かわいい

 帝都から馬車で半日の所にある人里離れたとある山のふもと。

 あたり一面見渡す限り、木、木、木、木。要するに森の中。そんな場所にひっそりと一軒の家が建っていた。

 その家の前からまだ早朝だというのに、薪を割る気持ちのいい音が響いている。

 銀色の髪を短く切り揃え、額に汗をじんわりとかいた、程よく筋肉のついた青年、ジャック・ドウがその音の発生源だ。


「そろそろ、師匠を起こさないとな」


 薪割り用の斧を切り株に食い込ませると俺は割った薪を拾い集める。両手でギリギリ抱えられる量だ。

 今日一日で使う分の薪は、十分にある。

 細かく割った薪を、俺は玄関前の棚に置いた。

 玄関を開けて短い廊下を歩いた突き当りの部屋が師匠の寝室だ。


「師匠、朝ですよ。起きてください」


 まずは、扉の外から声をかける。もちろん反応はない。いつものことだ。

 俺は、躊躇なく扉を開け放つ。

 そして、ベットの上の毛布の塊に向かって


「朝ですよ、起きてください。朝飯も準備できていますよ」


 もぞもぞと毛布の塊が動いた。


「あとちょっと、寝かせて」

「ダメです。今日は、帝都に行くんですから起きてください。起きないならアレやりますよ」


 師匠が中々起きてくれないのは、いつものことだ。だけど今日は、月に一度の帝都に行く日。さらに、大事な用事もあるのだ。今日ばかりは、起きてもらわなければならない。


「もう少しだけ。お願い。一生のお願い。ジャック」

「分かりました」


 そう言って俺は、師匠の足元に立った。アレを実行するためだ。

 毛布から覗く足におもむろに手を伸ばす。そして足首を片手でつかんで足の裏を勢いよくくすぐる。

 これまで色々な方法で師匠を起こしてきたが、これが一番効果的なのだ。

 その名も、秘儀・ジャックスペシャル・モーニングエディション。


「わ、分かった。起きる。起きるから、やめてっっっ!」

「師匠が布団から出たらやめます」


 ズッバッ! という効果音と共に勢いよく師匠が跳ね起きる。


「ほら起きた。起きたから、やめて。ね、やめて」


 俺は、師匠から布団を奪い去るとくすぐるのをやめた。


「ジャックひどいよ。老人はいたわるって習ったでしょ」

「師匠が、すぐに起きてくれれば、こんなことしませんから。いやならすぐに起きてください」


 こんな朝も起きれない残念な人だが、これでも俺たち兄妹の命の恩人なのだ。

 戦争で両親を失い、真冬の路地裏で兄妹二人で一つの小さな毛布にくるまって、凍え死ぬのを待つばかりだった俺たちを助けてくれたのだ。


「朝飯で来てますから、早いとこ来てくださいね」


 俺は、師匠の部屋を出ると廊下を少し戻ったところにある扉をやさしく叩く。


「ジェーン。入るよ」


 部屋の中から「いいよ」と静かに声が返ってくるのを確認して、俺は扉を開けた。

 長い銀髪に窓から差し込む朝日が反射してキラキラと光る少女が、ベットに座っているのが一番最初に目に入る。


「おはよう。ジェーン」


 彼女の名前は、ジェーン・ドウ。

 名前からも分かるように俺の唯一の家族にして最愛の妹だ。

 率直に言おう、世界一かわいい妹だ。


「調子はどうだ? 朝ごはんは食べれそうか?」

「おはよう。お兄ちゃん。うん。今日はとっても調子いいみたい」


 ジェーンは、生まれつき心の臓が弱い。運動はもちろんのこと、調子が悪い日は、ベットから出ることさえできない。年も一つしか変わらないのだが、小さい身長と細いからだから本来の年齢よりも幼く見える。


「それならよかった。ご飯できてるから、行こう」


 俺は、ベットの脇まで行くとベットに背を向けてしゃがむ。


「大丈夫だよ。お兄ちゃん。歩いて行けるよ」

「遠慮するなよ。そんなに苦じゃないから。毎朝担ぐ薪に比べれば、軽いものさ」

「調子のいい日ぐらい歩かないと、歩き方忘れちゃいそうだもん」


 ジェーンは、俺の隣にゆっくりと立つ。

 俺が顔を向けると、にっこりと優しい笑顔を向けてくれる。


「分かった。じゃあ、手つないでいこう」


 俺は、ジェーンの細い右手を握る。

 ゆっくりと歩き出したジェーンに合わせて俺も歩き出す。一人で歩いてきたときは、師匠を起こす時間を合わせても5分足らずで来れたが、その倍の時間をかけて、やっとリビングまで来ることができた。

 今日の朝食は、とれたて卵の目玉焼き(もちろん黄身は半熟のトロトロだ)と自家製のイチゴジャムをこれでもかというほど乗せたこれまた自家製のパン、ほくほくのジャガイモとごろっとした肉厚ベーコンの熱々のポトフだ。


「流石、我が弟子、いつもうまそうな朝食だな。祈りをして食べよう」


 師匠が胸の前で両手を重ねて握る。俺もジェーンも同じように手を組んだ。


「父よ、あなたの慈しみに感謝してこの食事をいただきます。ここに用意された食事を祝福し、私たちの心と体を支える糧としてください」


 そしてしばらくの黙とうをへて、食事に手を付ける。


「ジェーン、あーん」


 俺は、隣に座ったジェーンのポトフをスプーンですくうと、「ふぅ、ふぅ」と息を吹きかけて冷ましてからジェーンの口元に運んだ。


「自分で食べられるよ。お兄ちゃん」

「だいぶ熱いから、ジェーンがやけどするかもしれないだろ」


 ジェーンがやけどをしてしまうなどあってはならないことだ。細心の注意を払うのは、兄として当然のことだ。本当は、口移しで食べさせてやりたいぐらいなのだ。


「あのね、お兄ちゃん。ジェーンは、もう子供じゃないの! 何でも一人でできるの! 今度子ども扱いしたらお話してあげないからね!」

「……でも……」

「分かった!?」

「……はい」


 俺は、渋々と木製のスプーンをポトフの中に沈める。

 ジェーンとしゃべれなくなるなんて、考えるだけでも耐えられない苦行だ。


「本当に熱いから気を付けて食べるんだよ」

「本当にお兄ちゃんは、心配性なんだから」


 俺は、ジェーンがポトフをゆっくりとすくって口の中に含むのを、ハラハラドキドキしながら見守る。


「うん。お兄ちゃん、すっんごくおいしい」


 ジェーンが満面の笑みで、食事の感想を言ってくれる。

 もはや、天上神の使いが舞い降りた顔言うほどの美しさを放っている。

 満面の笑みのジェーンを見られれば、朝、日の上る前から準備したかいがあるというものだ。


「ありがとう。ジェーン。師匠は、もう少しゆっくり食べてください」


 ゆっくりと食べるジェーンとは裏腹に、師匠は目玉焼きを一口でぺろりと食べてしまう。


「食いっぷりがいい方が料理人もうれしいだろう」

「師匠、食いっぷりはいいかもしれませんが、もっと味わってください」

「ハァ、文句の多い弟子やのう」


 師匠の食べる速度がほんの少しだけ遅くなる。

 俺としては、師匠には長生きしてほしい。

 普段の生活が病気の元となると聞いたことがある。こういうところから健康的に生活をしてもらいたいのだ。

 そんな俺の思いを師匠は知ってか知らずか、注意すれば直してくれる。

 なんだかんだで、師匠もやっぱりいい人なのだ。


「ご馳走様」


 きれいさっぱり食べ終わった師匠は、帝都に行く準備をするために仕事場に向かって先に席を立った。


「ジェーン、今日は、師匠と二人で帝都に行ってくるよ。帰りは、日が暮れてからの帰りになるから先にご飯を食べて寝といていいから」


 本当は、ジェーンを一人この小屋の中に残していきたくはないのだが、ジェーンは、帝都まで馬車に揺られていくだけの体力がないのだ。以前、一度一緒に帝都に行った時は、馬車の中で高熱を出してしまった。

 あの時は、ジェーンを連れて行った自分自身を殺そうかと思った。


「分かったよ、お兄ちゃん」

「お昼ご飯は、テーブルに置いておくから食べるんだよ。夕食も同じ場所においてあるから」


 朝ごはんと一緒に作ったサンドイッチとクロワッサンがある。


「ありがとう。師匠もお兄ちゃんも気を付けて行ってきてね。ちゃんと帰ってきてよ」

「もちろん、気を付けて行ってくるよ」


 ジェーンがこの家にいる限り、死んでも帰ってくる。


「おい、ジャック。ちょっと来てくれ」


 そこで先に食事を済ませた師匠が仕事場から俺を呼ぶ声が聞こえる。


「今、行きまーす」

 俺は、急いで残った朝飯をかきこむと、机に放置された師匠のお皿と自分の皿を、水の張った桶に入れて仕事場に向かった。

 仕事場とは、鍛冶場のことだ。

 俺の師匠、ガウェイン・エムリスは帝国でも5本の指に入るほどの凄腕の刀鍛冶だ。しかも、師匠が作るのは魔導石を埋め込んだ魔導刀だ。

 魔導石とは、体内の魔力を増幅させ、魔導石が持つ属性に応じた魔導を発現させる希少鉱石だ。

 私生活については、もはや一人で生きていけないほどにダメダメだが、刀鍛冶の腕は本物なのだ。

 今回、帝都に行く目的も注文を受けた剣の引き渡しのためだ。


「お呼びですか、師匠?」


 鍛冶場は、女人禁制。そのためジェーンは、入ることはできない。


「ああ、そこの木箱を馬車に積んどいてくれ」


 師匠が指差す方向に目を向けるといくつかの木箱が丁寧に置いてあった。


「分かりました。他は大丈夫ですか?」

「他は大丈夫だ。馬車で待っていてくれ」


 俺は、師匠に言われた木箱を数回往復して馬車に積み込んでいく。

 何が入っているかは知らないが、異様に重い。マジで重い。

 全ての木箱を積み終え、師匠の支度が終わるのを馬車で待つ。

 その間に忘れ物がないかをしっかりと確認する。

 通門許可証、財布、商品、弁当、水、着替え、護身用の剣。

 これだけあれば問題ないだろう。


「よし、行くぞ!」


 外出用の格好に着替えた師匠が俺の隣に乗り込んでくる。


「はい」


 ジェーンも見送りのために玄関先まで出て来てくれている。


「それじゃあ、行ってきます」

「師匠もお兄ちゃんも気を付けてね」

「もちろん」


 ジェーンをまだ肌寒い山の空気に長時間さらすわけにはいかない。

 短い挨拶を済ませて俺は手に持つ鞭で、つながれた馬を叩いた。馬は「ヒヒィィィイン」とないて荷車をゆっくり帝都に向け動かし始めた。

 横に座った師匠は、もう既に大きないびきをかきながら、夢の世界へと旅立ったようだ。


 読んでくださった方ありがとうございます!

 評価、ブクマをよろしくお願いします。

 誤字脱字、おかしな日本語がありましたら、感想にてお伝えください。すぐさま訂正させていただきます。

 今後とも『超絶シスコンのお兄ちゃんは、妹のためなら何でもします!?』をよろしくお願いします。

 


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