ラガーポート Scramble 1
沿岸都市であるラガーポート。貿易と漁業で成り立っているこの街の朝はとても早い。
漁師たちはまだ魔物たちの活動が活発でない明け方から沖に繰り出し漁に出る。また港で働く水夫たちは、夜のうちに来た貨物船から荷物を降ろし始める。
そう言った港から始まった活気は、大通りを行きかう馬車の音だったり市場の掛け声だったりと形を変え。ここウェルナンの裏手にまで届いていた。
「銃の整備をしてから行くって……ホントと未来から来た殺人マシンだよなぁ」
結局昨日は一睡もしていない俺は、眠気覚ましに顔でも洗うためそこに居た。
魔法で冷たい水を出して顔をふくと少しは眠気も貼れた気がする。
「にゃ?誰かと思ったらお兄さんにゃ?」
「ん?マリオンか、おはよう」
そのまま近場に座って冷たい空気を感じていると、背中から声をかけられた。
振り返ると、寝起きなのか薄着をしたマリオンが居る。マリオンはいたずらっぽい笑みをすると、猫のような足取りで近寄ってくる。
「おはよう、思ってたより早いにゃ……にゃ?まさか一晩中にゃ?」
「何をだよ」
「ナニって……言わせたいにゃ?」
そのまま、あっという間に間合いに入ると首筋で鼻を鳴らす。
「すんすん……あれ?いたしたようにゃ匂いがしないにゃ。でもヤミちゃんとは一晩中居たようにゃ?」
「匂いでわかるとか、犬かよお前は……」
「猫にゃ!まあ半分は犬だけどにゃ」
ピタリと肩に顔を乗せてくる。止める間もない、絶妙に間合いの取り入り方が上手かった。
俺も敵意の無い相手を無理に振り払う気にもなれず。上着を肩にかけてやると顔を乗せたままの彼女と話を続ける。
「もし私に気を使ってるにゃら、別に良かったにゃ?」
「別にそういう関係じゃないし……と言うかマリオン、お前ともそう言う関係じゃないだろ。何時からここは連れ込み宿になったんだ?」
「知りたいにゃら、今から教えてあげても良いにゃ?」
そう言うと首筋をチロリとなめられる。
「なんで俺なんだ……?」
「言ってなかったにゃ?一目ぼれにゃ」
「一目ぼれって……なんというか刹那的すぎないか」
「花の命は短いにゃ、もっとクレナイは正直になっても良いと思うにゃ」
誘うように耳元にささやきかけるその声に、流石にうっとおしくなってマリオンの顔面に濡れた布を当てる。
彼女はキャッと小さく悲鳴を上げて離れると隣に腰かけた。どうやら離れる気は無いらしい。
「ひどいにゃ」
「酷いも何も、真面目に仕事をしろよ?」
「ちゃんともてなす仕事は、今してるにゃ」
「お前は客をえり好みするのか?」
「そこは人間だからしょうがないにゃ」
ああ言えばこういう、とはこの事だろうか。だがこの軽口の応酬もだんだん慣れてきた。
そのまま、この辺りの海では出ないが遠くだと海賊が出るとか、今夜に使う魚を仕入れに行くとかの話を聞いていると。上階から声をかけられた。
「クレナイさん?何やってるんですか?」
「おはよう」
見れば2階の窓からレルカが覗いている。もうそんな時間か。話もそこそこに中に入ることにする。
俺は少し不満そうな顔をしてるマリオンの顔は見えないことにしておいた。
彼女の気持ちにこたえる気は今のところは無かった。
厨房に向かったマリオンと別れ。ウェルナンの食堂で偶然空いていた昨日と同じ席に座る。
活気が出つつある酒場を見ていると、しばらくしてレルカがやってきた。
「おはようございます、朝から何やってたんです?」
「おはよう、眠気覚まし兼情報収集ってとこだな」
「そうですか?ずいぶん仲よさそうに見えましたけど?」
「そうか?」
レルカが正面に座る、どこか機嫌が悪そうだが……まあそういう日も有るだろう。
彼女がジト目で見てくるのを横目に上階の階段の方を気にしつつ話を切り出した。
「昨日ラガーポートに来て早速だが、良いニュースと悪いニュースが有る」
「何ですかその言い方」
「知らないのか?有名な言い回しなんだが……まあいい、どっちから聞きたい?」
「……良いニュースから」
「良いニュースだな?っとちょうど良いな、こっちだこっち」
この言い回しは常套句じゃないのだろうか?
そう思っていると階段からヤミさんが下りてくるのが見えた。いつも通りライフルを吊り下げた彼女を、手を上げてこちらに呼び寄せる。
彼女は気がつくと悠々とした足取りでテーブル向かってくる。場所はレルカの隣だ、軽く会釈すると席についた。
「紹介する、ヤミさんだ。しばらく旅を友をしてくれる事になった」
「この子があなたの言っていた、レルカさんですか?」
「そうだ」
「そうですか……よろしくお願いしますね」
「ちょ、ちょっと待って。ええっと一緒に旅するってことはどういう事ですか?いやそもそもエールポートに知り合いがいたんですか?クレナイさんって記憶喪失のはずですよね?」
少し放心していたレルカが状況が飲み込めたのか慌ててこちらを向く。
やっぱり説明不足か。ヤミさんは完全に説明を丸投げの姿勢だ。
「出会ったのは昨夜だな、話してみたらどうやら彼女も魔人に用が有るらしくてな誘ってみたんだ」
「そうですか?……ちょっとクレナイさん」
レルカに耳を貸すように言われ。テーブルに乗り出して耳を貸す。
「なんだ?」
「クレナイさん……そんなに私は信用できないですか?」
「えっ」
思わず耳を離してレルカの顔を見る。その顔はよく見れば目の下にくまがあるように見える。
「まさか!?聞いてたのか?」
「すみませんクレナイさんの帰りが遅くて待っていて。その内に隣から小さくクレナイさんの声が聞こえたので。話の中身までは判んなかったですけど」
「そうなんだ話が合ってな」
「それで……ひっ、一晩中ですか?」
「まあな」
その答えに赤い顔をしながらも咎めるような視線を向けてくるレルカ。
?まあ実際に一晩中話していたのは事実だからな。
「クレナイさんは、こういう方が好みだったんですか?」
「……は?」
好み?いや確かにヤミさんは人とは思えないほど綺麗だ……いや実際に人じゃないらしいが。
しかし、なぜ今?いや、嫌いかと言われたら即答で違うと答えるだろうが。
「と言うかどこの貴族様ですか、彼女?」
「いや貴族と言うより従者だろ……」
どこから連れてきたのかを聞かれていると。カツカツと机をたたく音が聞こえ――。
「それでお二人さん、相談は終わりました?貴族でも従者でもないですし、後レルカさんの想像してるような関係じゃないですよ?」
一緒にそんな呆れたような声が聞こえてきた。
彼女の視線に、本人の前でする話でもないかと二人でばつが悪く離れる。
「あとで聞きます……それで?何の話でしたか?」
「ああ、そうだ良いニュースと悪いニュースが有るって話だ」
「『good news and bad news』……ですか貴方も好きですね」
ヤミさんが言い回しに気が付いて薄く笑う。
レルカは良くわからないと言った顔をしている。
しかし、判るのか。
このような、ユーモア的な言い回しに気が付かれるのは異世界に来てから初めてだ。
にしても実は俺が来た元の世界とヤミさんの世界は文化が似てるのかね?どうも科学技術では大きく差があるみたいだが。
「にゃんの話にゃ?」
「いや何故4人前持ってきて、ごく当たり前のように隣に座るんだ?」
「一つは私の分にゃ」
スクランブルエッグのような物とパンをモーニングとして持って来たマリオンが隣に座りこむ。
チップとして大銅貨3枚を握らしたが。ありがとうにゃーと言って、そのまま懐に納めただけだった。
どうやら移動する気は無いらしい。向かいのレルカと見合うが、彼女は首を振るだけだった。
「……それで?悪いニュースってのは?」
「ああ、そうだな」
諦めムードを出したレルカに促されて、小銭を入れている袋の中身を空ける。
小さくチャリッと音を立てて中身が出てきた。
「この通り、金が無いんだ」
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