ハジメマシテ for the first time 1
「遠くから見てもそうですけど近づくと大きい壁ですねぇ」
「ああ、やっと着いたな」
エルフの森を離れて乗合馬車と徒歩で移動し数週間、俺達はこの大陸最大の港町ラガーポートにやってきていた。
エルフの方から続く大きな川、その河口に巨大な街がつくられており。魔物たちを追い返すために作られた堅牢な壁が頼もしい。
波の静かな内側には大規模な港が作られ。そこから入った物や人を町中に走る運河が運んでいく。
まさにこの大陸の人、物そして金すべてが集まる一大商業都市だ。異世界版ヴェネチアと言っても過言ではないだろう。
「あれ、お城ですか?」
「確かここら一帯を治めているなんとかって言う王族の城だな」
海に突き出るように出た崖と城壁、その上に西洋風の巨大な城が見える。
海を背にしてそびえたつさまは、まさに中世ヨーロッパと言った雰囲気だ。
――ほんとに異世界だったんだな
魔法も使えるのに今更遅いと思うが、街と城を見て改めてそんな感想が浮かんできた。
「きれいな街ですね」
「そうだな」
「フェリエラさんたちも来ればよかったのに」
途中まで、正確にはエルフの森を抜けるまで、一緒に移動していたフェリエラさんたちを思い出す。
彼女たちは俺達が出ると俺達の後を追って合流してくれた。
新米冒険者の面倒を見るのも仕事の内だと言って。旅の時に必要な事を教えてくれたのだった。
彼女たちは別の事をしなければならないと森から出たところで分かれたが、その時までにいろいろと便利な事を聞いていた。
ここラガーポートにはそんな彼女たちから、ここならギルドの登録ができると言われた場所なのだった。
「さて、見とれてないで行こうか」
「どうするんです?」
「まず宿探しかな、彼女らが言ってた宿があっただろう」
「ウェルナンでしたっけ?」
宿が取れたら、本登録とかは後にして観光でもしようか。
レルカとそう話し合いながら俺達はラガーポートの中に入っていった。
その日の夕方、宿屋ウェルナンの1階部分の酒場で俺はユックリと飲んでいた。
レルカは昼間の移動と観光に疲れたのかもうすでに部屋で寝てしまっている。
俺はまだ寝る気もなく、眠気が来るまで明日以降の予定を考えながら一人で飲んでいた。
と言っても盛りにいた時のようなしんみりとした空気にはならない。大きな都市特有の喧騒がそんな空気をどこかに吹き飛ばしていた。
テーブルの正面、空いていた椅子にこの店の看板娘だと言っていた娘が座ってきた。
「お連れの子はどうしたにゃ」
「もう寝たよ」
猫のような喋り方で猫のような耳をした彼女は、確かマリオンだと名乗っていたはずだ。
彼女は咎めるような顔になる。良く表情の変わる娘のようだ。
「一人にするなんて悪い男にゃ、つきあってるんじゃないのにゃ?」
「付き添ってるんだよ」
彼女はまだ16だ、一人で旅させるわけにはいかないだろう。
そう言い返すと、どこが面白かったのかマリオンは小さく笑った。
「じゃあ、お兄さんひとり者にゃ?」
「ありていに言えばな」
「ふふっ、それじゃーお兄さん、暇なら少し話さにゃいかにゃ?」
俺は木製ジョッキを傾けながら、そんなことを言ってきた彼女を見回す。
この世界では珍しくない桃色の髪、顔は宿屋の看板娘らしく可愛らしい顔をしている。
容姿は良いし愛嬌もよさそうだ、だが――。
「誰彼構わず言って回っているのか?」
「そんなことないにゃ、お兄さんみたいにゃ良い人だけにゃ」
「それはどうだか」
そう言って俺は軽く笑う。
「お兄さんは、心配をしてくれたにゃ?だから良い人にゃ」
「おいおいさっきは俺を悪い男って言ってなかったか?」
「良い人でも悪い男はいるにゃーね」
マリオンはカラカラと笑う。まあ一人で悶々と考えごとしているよりもよっぽど健全だろう。
そこから今夜が長くなるかは……彼女との話の盛り上がり次第だ。
「そうかい、なら――」
「あっお兄さん後でにゃ、いらっしゃいませにゃ!」
はじめようとした時、ウェルナンに客が入ってきた。実にタイミングが悪い。
俺は誰が入ってきたのか確認しようとして、息をのんだ。
入ってきた彼女の容姿としては、一言で言うとすれば『完璧』、と言う容姿を説明するには少し不適切なような言葉が、実に合っている様に思えた。
女にしては頭身の高い、スラリとした体によく合った少し堀の薄い顔、踝まで伸びた長い銀髪が全体を引き締め。独り立ちした女性だという雰囲気をまとわせていた。
酒を飲んで騒いでいた男どもも、曲を奏でていた詩人すら彼女に見入り酒場に静寂が訪れる。
恰好は黒く丈の長いワンピースに白いエプロンと言う、貴族達が侍女たちにさせるような服で。しかも汚れひとつない高級品のように思える。
彼女の着ている従者服は見事できっと王族達ですら入手するのが困難な逸品だろう。しかし従者の服だが彼女の着こなし身のこなしからおおよそ誰かの従者には見えない、そんな彼女がこの町の一角の酒場に居ることにも疑問が浮かんだ。
そして背にはなぜかボロ布に包んだ身の丈ほども有る杖状の何かを背負っていた。
彼女はマリオンが空いている席に案内しようとするのを止め、店を見渡し。
そして目が合った。
彼女は薄く笑みを浮かべる。周囲の視線を集めると、それを気にした様子もなく優雅にこちらに歩いてくる。
しかし一見すると高貴そうな外見と浮かべている微笑にほだされそうだが、彼女の瞳の奥は非常に鋭い。
例えば鍛冶屋がその鍛冶屋の生命すら削って打ちあげた一本の銀の剣だ、見れば誰もが心が奪われるが触れればこちらが傷つくような、そんな剣だ。
――誰だ?
その切っ先を喉元に突き付けられ混乱しつつも。だがまったくそらされない赤い眼を見返す。
記憶にはない、こんな美女を――いやこんな雰囲気を忘れるはずがない。
しかしなぜ俺だ?心当たりは……あり過ぎる気がするな。
「ここ、いいですか?」
「あ、ああ……」
許可を求めた彼女は上品に座る。その動作一つ一つから高い教養が見える。
そして懐から一枚の上質な紙片をだし、テーブルの上に乗せた。
「初めまして……私はこういうものと申します」
「あっああ……初めまして?」
紙片を手に取る。この世界で見たこともない上質紙だが、書かれている文字は手書きの共通語だ。
『探偵社ネヴァーサンセット ヤミ』
と、それだけの情報が書かれている。どうやら名刺のようだ。
名刺なんて文化が有ったのか?とそう思って何となく裏返すと――。
――!?
「どうかされました?」
表に手書きで書いてあった内容が、共通語ではない言葉で"印刷"されていた。
すぐに表に反して机に置く。
「いや、なんでもない……それで?そのヤミさんが俺に何の用だ?」
思わず手が隠し持っている短刀に向かう手を止めると。
警戒を高めて話を進める。
「1か月ほど前の、魔人のお話をお聞きしたくて参りました」
俺はため息をついた。
やっぱり、今夜は長くなりそうだ。
お読み頂いてありがとうございます。




