無差別 1
ご覧いただきありがとうございます。
この物語は二人の主人公が存在しますが、一章終了後までは一人の視点で進んでいきます。
どうかお付き合いいただけたら幸いです。
ここであえて書くまでも無いかもしれないが、往々にして現実と言うものは曖昧なものだ。君にとっては君の五感の情報から得る感覚だけが現実だし、物語の登場人物たちは彼らの知りうる物語の世界だけが現実だろう。
しかし彼らや、そして君が、感じ取った情報が真実だと言う保証などは誰にも持てはしないのだ。
だからあえて忠言する必要も無い筈だが、それでも私はこの物語が現実にならないように祈りを込めて。この物語を読む全ての人に向けてこの言葉を書かざるを得ない。
この物語はフィクションであり虚構である。この物語は、実在する人物、団体、事件、歴史、宗教、個人的思想、偶然、自然現象などとは、一切関係が有るはずが無い、と。
「――読み終わったか……」
近くの本屋で相棒に勧められて買ってきた本を閉じる。
主人公が異世界へ行く話で、どうやら今青少年を中心に人気なジャンルの本らしい。
まあその国の若者の趣味嗜好を知っておくのは悪い事じゃないだろうと、暇つぶしに読んでいたが。
「いきなり、何でもない高校生を違う世界から拉致って来て魔王を倒せ」とか。
「神様からもらった特別な力を"チート"、ズルってネーミングは無いんじゃないか」とか。
「こいつやけにモテるな、初めの平凡な高校生とは何だったんだ?」とか。
読んでいて、そんなツッコミを抱かずにはいられなかった。
まあ色々と、心の中でツッコミつつも、最後まで読んでしまったあたり。俺も楽しんでいたのだろう。
視点を少しずらして腕時計を確認する。
12時……7分前、まだ相棒であり一緒にこの国に来たヤミとの待ち合わせには少し時間があるか。
少し遅れたが俺はクレナイ、残念ながら先ほどの主人公の高校生のように若くはない。
歳?歳は……あれ、いくつになったんだったか?25くらいまでは数えていた気がする、見た目もその時からほとんど変わっていない。どうも歳を食うと、自分の歳に頓着がなくなってしまうな。
職業は……まあ休暇中にわざわざ思い出すようなモノじゃないだろう。
兵士、傭兵……今の言葉ではPMC、そう言った類の仕事だ。
数多くの国を相棒と共に訪れ数多くの戦場を歩いた。世界中を飛び回る仕事だったが、幸いにも平和なこの国にはほとんど来なかった。
見上げると正面のビルに描かれている少女。恐らく新たなジャパニメーションの宣伝なのだろう。
外に行っている間に、自分の生まれた国がこんな見知らぬ国になってしまうだなんて、皮肉もいいところだが。
「生まれた国か……っと」
呟いたところで空港でもらった携帯が震える。俺はそれを画面も見ずに出る。
誰がかけて来たかは判っている。この番号を知っているのは、俺とは違い絶賛この街を楽しんでいるであろう相棒だけだ。
俺は電話を取ると、いつもの様に特に前置きも言わずに会話に入った。
「どうだ、メイド喫茶とやらは楽しめたか?」
「……いえ、想像していたものと全然違いましたよ」
電話の先からため息交じりの声がする、どうやら期待外れだったようだな。
通りで客引きするコスプレなるミニスカートのメイド服を見て、彼女の趣味には合わないだろうと。何となくそう思っていたが、当たっていたようだ。
「そいつは残念だったな」
「クレナイ様は?読まれました?」
「ああ、面白かったぞ?あまり趣味には合わなかったがな」
「そうですか……ジャパニメーションは好きそうでしたので、趣味に合うかと思ったのですが」
「そうか……?」
そんなに俺は見ていたか?確かに飛行機の中でどうも暇で見ていたような覚えはあるが。
どうだろう、常に自分を客観的にみられるかと言ったらあまり自信は無い。
そんなことを考えていると電話の向こうでシャッターの音と少しもめる声が聞こえてきた。もめ事か?
「失礼、撮らないでもらえますか?コスプレとかではないので」
「どうした?」
「いえ、ナンパや写真を撮らせてくれと言う方が多くて多くて」
「そりゃな。よし駅で落ち合うか?」
「お願いします」
「すぐ向かう」
通話を切り、座っていたガードレールから立ち上がると、時間を潰した通りを見わたす。
休日の大通り。あいつにここで別行動しようと言われた時はどう時間を潰すか悩んだものだが。
「俺みたいな奴でもなじんでしまうこの国の人間の気質……いや、他人に興味がなくなっただけかな?」
そうだとすればもうこの国の人間ではない気がしてすこし悲しいな。
まあ、いいかと重たい鞄を持ち上げる。駅は大通りを渡った先だ、五分とかかるまい。
大きな交差点を斜めに渡っていく。今日は休あ何かなのか全面が歩行者天国になっていて、人は多くてもそんなに歩きづらくはない。
所々友人たちと話したり、路上パフォーマンスをしていたりと休日を過ごしているのが見える。
この国は平和だ、歩いているとなんだか自分がここに居るのがひどく不釣り合いに思えてくる。
でも平和は良い事だとは思うし、やっぱり俺もこの国が好きだった。
「今回の休みはどこで過ごそうかね……」
そんなことを考えながら大通りの中ほどまで出た。
ふと嫌な感じがして横切っている道路を――。
加速したトラック。
その運転手と。
目が。
合った。
歩行者天国を示すバリケードを、猛烈な音を立てて吹き飛ばしながら。猛スピードで突っ込んでくる一台のトラック。
見れば進行方向に逃げ遅れた女子学生が一人。
「危ない!」
とっさに叫んだが、混乱してるのか学生がこちらを向いてしまう。動きがとろい。
――違うそうじゃない!
鞄をその場に投げ出して走ると、女子学生をトラックの進行方向から投げ飛ばす。
「きゃあ」
「ヤミ!援護を――」
叫びつつ銃を抜こうとして今は持っていない事に気がつく。トラックとの距離は30mほど、運転手のどろりと濁った瞳と目が合う。
そんな距離はスピードの乗ったトラックには一瞬で埋まる距離で……
「――ぐっ」
全身を叩きつけた痛み、逆転する天地、そして衝撃、きゃあと言うどこか作ったような遠い声。
轢かれた、と脳が認識したのは意外と早かった。
――運が無かったな……
冷静に、いつも通り冷静に。慣れ切ったように。
運がないやつの番が、今回は自分の番になっただけだ。
「そうだろう……なぁ?」
そういえばさっきの本の始まりが、こんな感じだっただろうか?
吹き飛ばされた空中で、そう思い出した。
「ううっ……」
太陽の光の温かさ、背中に当たるごつごつとした感触、そして何かに全身をひどく打ち付けたような痛みに俺は目が覚める。
長いこと油を指していない機械のように軋みを上げる体に鞭を打ち、上半身を持ちあげ目を細めて周囲を見渡す。
「ここは……?」
見えるのは、湖だ……人の手の入っていないと思われる森に囲まれた小さな湖、その湖畔。そんなところで俺は眠っていたらしい。
「どこだ……?」
見覚えは……全くない。遠くに見えるのは雲まで突き抜けた山。その裾まで見える景色全て人の手が入っていないように見える……。
「ここは……どこだ……?俺はいったい……?」
――いったいここで何をやっていたんだ……?
思い出そうとするが判らない。まるで、巻き戻したテープの初めの様にぷっつりと記憶が途絶えている。
「俺は、だれだ!?」
最後に覚えている記憶は……だめだ、それすら判らない。
不安になり湖に姿を映す。水面に移る黒い髪、黒い眼、黄色い肌、そして不安がかった表情。自分の顔だ……自分の顔だが……。
GAAAAAAAAAOOOOOOOOOOOOOOO
「っ!?」
空から響く咆哮と同時に水面にナニカが映り思わず見上げる。
大きな翼膜を携えたトカゲの様な生物、そんな"ナニカ"が空を飛んでいた。
「ははは……」
空を悠々と舞う"それ"を見て思わず乾いた笑いが出る。
「いったいここは、どこなんだよ……」
翼の生えたトカゲ、ドラゴンと言われるソレ――空想のはずの生き物が悠々とそこに飛んでいた。
お読み頂いてありがとうございます。




