4
港湾管理局を過ぎて少し入った角に穀物屋があった。普段バルシュの穀物屋しか利用しないアマーリエはバルシュに入荷しない小麦があるか確認するためにきたのだ。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは。小麦を見せてもらっていいですか」
「どうぞどうぞ。うちはいろいろな国の小麦が集まりますよ」
「パンを焼いた時にセルガの小麦粉よりも黄色味ががるというかクリーム色っぽくなる小麦粉を探してるんですがありますか?セルガのよりもあまり膨らまないけれど伸びの良い生地ができるのがいいんですが」
「そうですねぇ、それでしたらアルバンの近郊で作られてる小麦が近いですよ」
「あれ?なんだ、そんな近くにあったんだ。もう父さんたらどこの小麦屋と話をしてたのかしら?領都のパン屋で仕入れてるところはないんですか?」
「あそこの小麦はおっしゃったように膨らみ具合が足りないらしくて、安いんですが買う方が個人のお客さんになってしまうんですよ。なのでうちでもあまり量は取り扱っていないんです」
「あら、そうなんですか。どこの村のか教えて頂いてもいいですか?」
「えーっと、マチェット村とホーゲル村ですね」
「ありがとうございます。マチェット村とホーゲル村ね」
何やら嬉しそうにメモをとる娘に店員は首を傾げる。
「おい!誰だこんなの仕入れた奴は!」
「わわ、何ごと?」
奥から聞こえる怒鳴り声に思わず、3人はその方を見てしまう。対応していた店員が慌てて奥に駆け戻っていく。
「すみません、旦那様、品番を間違えたみたいです〜」
「なんだってー!こんな見たこともないのどうするんだ!」
「だ、旦那様。落ち着いてください。外まで声が漏れてますよ」
「は、あ、お客様失礼しました」
慌てて出てきて謝る主人に、ダリウスとファルは気にしないと手を振る。ただ一人気になったアマーリエが遠慮なく主人に話しかける。
「ごめんなさい、聞こえちゃったからものすごく気になるんですが、麦じゃないんですか?」
「ええ、見たことのない麦よりつぶの小さな穀物ですよ。たまたま、試しにと思ってた麦の予定でしたからさほど数は頼んでなかったのですが、それでも10袋はありますから。ついでにご覧になりますか?」
「いいですか?」
「どうぞどうぞ、おい一袋持ってきなさい」
うっかり買ってくれればラッキーとばかりに謎の穀物を見せようとする店の主人。奥から涙目の店員が一抱えはある袋を持ってきた。そして主人が袋を開けてアマーリエに見せる。
「こ、これは!」
「ちょ、おい、またなのか!」
アマーリエの反応にまたやらかすのかとダリウスがどん引く。
「ご主人これ買い占めます!」
「お客さんいいんですか?」
「あ、でも食堂で調理したいんで1升分は今すぐ欲しいです。さすがにリュックには入らないので残りは馬車預けどころにある『銀の鷹』の馬車に運んで欲しいんですが」
「よござんす。出発はいつに?」
「鐘4つにお昼を食べ終わったらすぐなんですが」
「大丈夫です。間に合います。こちらの割符をお預けしますので馬車預けどころで商品を受け取ってください。40万シリングになりますが…大丈夫ですか?」
値段を思い出し、目の前のまだ成人して間もなさそうな娘を見て、主人はとたんに気弱になる。
「大丈夫です。はい金貨4枚ぴったり。貯めた小遣いもってけ泥棒!」
機嫌よく叫ぶアマーリエにダリウスとファルは首を横に振るばかり。
「ありがとうございます!おい、一升分すぐにご用意して上げなさい」
「はい旦那様。お嬢様ありがとうございます。おかげで首がつながりました」
「ずっと食べたかったの、これ。むしろ間違えてくれてありがとう。で、これどこから買ったんですか?」
「あ、ちょっとお待ちください。これ、説明書があったろ。持ってきなさい。」
「はい、旦那様。お嬢様すぐおもちしますね」
涙目店員が、近くにあった升で袋から小さな穀物を掬って、奥に戻る。先ほど対応していた店員が代わりに説明書を持ってきた。
「今、説明見ます。…何でもアルバンのダンジョンから出る穀物みたいですよ?少しばかり魔力をまとっているみたいですが、それぐらいですね」
「まじかー!」
アルバンのダンジョンで出るということにかぶっていた猫も剥がれ落ちるほど小躍りするアマーリエにダリウスとファルが落ち着かそうと後ろから抑えにかかる。
「落ち着け」
「落ち着いてください、リエさん」
アマーリエは思いもよらぬところからいつでも短粒種を手に入れることができると思って大喜びだった。
「はっ、私としたことが」
「いや、もう色々遅いからな、な?」
「ゴホンゴホン。お嬢さん、ところでこれはどうされるんです?」
その場の空気を変えるべく空咳をして、あそこまで喜ぶことに違和感を持った主人が声をかける。
「もちろん食べますよ。すごく美味しいんです」
とても幸せそうな顔で言い切るアマーリエに、今朝からのことでその美味しいが嘘じゃないとわかっているダリウスとファルは目を輝かせて、半信半疑の主人は首を傾げて言う。
「「「美味しいんですか!?」」」
「魔力をまとっているから、もしかしたら食べると何らかの効果もつきそうですよね」
「ホントか?」
「まぁ、作って鑑定してみないことにははっきりしたことは言えませんけど。そこの食堂で調理してもらうつもりですから、何でしたらご主人も一応確認されますか?」
「ええ、このうまい話を逃しちゃ駄目な感じは久しぶりです」
「お待たせしました〜」
涙目店員は紙袋をアマーリエに渡す。
「ありがとう。あ、まだ籾殻付きなんだった。脱稃と精米かどうしようかな?生活魔法でなんとかなるかな」
「どうされました?」
「実はこの穀物、外の殻を外して、まず玄米という第1段階、精米というこの薄茶色の部分を落とすという作業があるんです。その後ようやく食べられるんですよね」
「なかなかに手間がかかるのですね」
「そうなんですよ。まぁ生活魔法でなんとかなるでしょ」
そう言って、アマーリエは籾の入った袋の口を閉じ、風の属性を使って袋が破れない程度の竜巻を袋の中に起こす。
「ご主人すいません、このつぶがひっかかる程度に目の粗いざるはありますか?後ゴミ箱を」
「はいはい、お待ちを」
「お手数おかけします」
持ってきてもらったざるに袋の中身を開けながらふるって籾殻を落としていく。
「お、成功した。これが玄米になります。精米は保温マグの中でやってみるか?」
リュックから空の保温マグを取り出し、そこに玄米をみっしり詰め込み、同じようにマグの中で、中の空気の温度を下げながら竜巻をおこして暫し待つ。再度ざるに開けて糠を落とす。
「うんばっちり。今度はちゃんと糠もとっておけるようにしよっと。ご主人、こんな感じになります」
できた精米を主人に見せる。
「ほうほう、こんなふうになるんですな」
「ええ。じゃ、必要なものを買ってきます。後はサフランと玉ねぎとトマト、カラーピーマンがあったら大丈夫かな。買い終わったらこちらに顔出すので、ご主人もご一緒しましょう」
「ええ、わかりました。お待ちしてます」
「では、後で。ファルさん香辛料のお店に行ったあと、八百屋さんでお願いします」
「任せて」
3人は穀物屋を出て香辛料のお店に向かう。
「ここが一番品揃えが多くて質もいいんですよ」
「ほうほう。お邪魔します〜」
「はい、いらっしゃいませ」
「サフランを少し分けて欲しいんです。あの、後、生姜に似た形で、中の色がオレンジ色に近いほど黄色くてにがみのない香辛料ってあります?黄色の染料にもなるものらしいんですが。」
ここまで来たならば、聞くだけ聞いてしまえとばかりに今まで見つけていないターメリックを店員に聞いてみる。
「サフランはございますが、お客様のおっしゃられるようなものは見たことはないですねぇ」
「あ、なければいいんです。サフランをください」
後ろでホッと溜息を吐くのはダリウスとファル。さすがにこれ以上大量に何かを買うようであったらお説教コースかもしれないと考えていた二人だった。首の皮一枚でつながったアマーリエである。
「一番少ない量で小さじ1杯からになります。後この小瓶で600シリングになりますが?」
「ではその小瓶でください。はいこれ」
「ありがとうございます」
「じゃあ、後は八百屋さん見たら、穀物屋さんのご主人を誘いますか」
その後は問題なくトマトと玉ねぎ、カラーピーマンと人参を買って、穀物屋の主人を誘って漁業組合の食堂に向かった。
食堂は開いていたが、まだ昼前の時間だったので空いている。
「なんかものすごい時間がかかったように感じましたが、まだ鐘4つ前なんですね」
ファルが空いている食堂を見て呆然と呟く。
「うむ」
ダリウスも同感だというように頷く。
「まだ他の方が来てませんが、どうしましょうか?」
「漁師鍋は少し時間が掛かるから先に始めてもらおうと思う」
「私の魚介パスタはそんなにかからないのでみなさんが来るまで待ちます。席だけ確保しましょう」
「リエ、お前さんも漁師鍋作ってもらうんだろ?」
「はーい。あ、米料理どうしよう。作り方説明したらやってもらえますかね?」
「厨房はさすがに貸してもらえませんので、料理人を一人借りて作って頂いてはどうでしょう?」
穀物屋の主人が、食堂に慣れているようで方法を提案する。
「なるほど、そういう方法もあるんですね。じゃあその方向で」
「私が交渉しましょう。すみません料理長を」
穀物屋の主人が料理長と交渉することになった。
「新しい料理ということでしたら私が、ぜひお伺いしますよ。ローレンに名物が増えればさらに賑わいますからね」
「え、料理長自らですか」
「ええ、まだ余裕がありますし、いかがです?」
「ぜひ」
「で、どなたが新しい料理を?」
「私です」
「じゃぁ、ついてきてください。他のみなさんもいつもの様に食材を渡していただければ作り始めますよ」
ダリウスとファルは給仕に食材を渡しながら何が食べたいのかといつ食べるのかを伝えて、穀物屋の主人と席についた。
アマーリエは、リュックを持って料理長の後を追う。
「それではお嬢さん、何が必要です?」
「えっとすいません先に。これでわたしも漁師鍋を作って欲しいんですが出来たのをもって帰ることて出来ますか?」
「ええ、持ち帰り用の器がありましたら問題無いですよ」
「じゃあ、この容器6個分に詰めてください。残った分はここで食べていきます」
「わかりました。変わった容器ですね?」
「一食分を食べごろで維持出来る保温容器なんです。こうやって指で3回叩くと大きく蓋が開きます。で、2回叩くと閉じます。もし気になるようでしたら、御城下でしばらくしたら売り出しますので手に入れてみてください。あとこのじゃがいもを全部揚げ芋にして欲しいんです」
「なかなかいい容器ですな。おい、使い方は見てたな?これで漁師鍋を頼む。この容器につめてくれ。芋も頼んだぞ」
そばにいた料理人が頷いて、芋と漁師鍋の具と保温マグを持っていった。料理長がこの保温マグを使ってローレンの漁師鍋を土産物にするのは後の話。