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市場のテントが途切れたあたりまでやって来た二人は、しばし陽光が反射して青く瞬く湾に見とれていた。
そこに通りがかった漁師の持つ、桶の中の魚に気がついてアマーリエは声をかける。
「あ、鰹だ。おじさーん、それどうするんですか?」
「売れねーから、もって帰って家でたべんだわ」
「え!?売れないの?なんで、もったいない」
かつお節になるんじゃないのかと内心で叫ぶアマーリエであったが、未だ米を見たことがなかったと思い至り、かつお節の必要性の無さにがっくり気落ちする。
「ん?嬢ちゃん食うのか?」
「なんだなんだ、こいつか。これはあんまり人気がないんだが」
もったいないの声に近くにいた漁師が寄ってくる。
「美味しい食べ方教えるから安くで分けて!」
だがここで、鰹はかつお節になるためだけに生まれてきたんじゃないと思い直し、アマーリエは自分の欲望に忠実に動き出す。
「応ともよ」
「口で説明するより、食べてもらったほうがわかりやすいので実演します!」
「そりゃまぁ、そうだわなぁ。食べてみなきゃうまいかまずいかはわからん」
ウンウンと周りの漁師たちが頷く。リュックから自前のまな板と三徳包丁を取り出すアマーリエ。
「すみません、金串みたいなのあります?あったら貸して欲しいんですが。それからレモンと生姜と魚醤とネギかエシャロットも欲しいです」
「よっしゃ、ちょっと待ってろ。ひとっ走りして集めてくる」
気のいい漁師が二人、市場の方へ走って行く。
「ここで簡易かまど使っても怒られません?」
「ああ、問題ない。魚さばくんなら、アラを入れるボールはいるか?後、この木箱を台替わりに使え」
「要ります要ります。ボールはあったら、2個貸してください。どうもありがとう、助かります」
漁師は自分の仕事袋から、ボールを取り出してアマーリエに手渡し、近くにあった木箱を運んできた。
「では、始めます。まず鱗を落としてまして、水か浄化で綺麗にして、腹を上にします」
それから早かった。スパッと頭を落として腹をさばいてワタを抜き、背びれ落としたら三枚におろし、合間合間に浄化魔法で魚から出た血の汚れを始末し、小骨を抜きながら腹の骨を薄くそぐという小技を効かせて四節に仕上げた。その間わずか3分。
「「「嬢ちゃん嫁に来ないか!」」」
「すいませんまだ釣り上げられてはダメだと言われてますので」
「「「残念だ〜」」」
「では、竈を用意して」
リュックに両手を突っ込んで簡易かまどを取り出す。
「リエさんあなたという方は…」
止める間もなく始まった港でのお料理教室と簡易かまどにファルは頭痛をこらえるように首を振る。
「いや、野営したことなくてあったら便利かなと、アハハハハ。もう一個のボールに氷水を用意と」
生活魔法でボールの中に水を出し、ついでに一部凍らせ氷水にする。
「はぁ、なんていう小器用さかしら」
氷魔法などマリエッタの攻撃魔法しか見たことがないファルはその繊細な力の扱いに様々な意味を込めて溜息を吐く。
「おーい、母ちゃんから金串借りてきたぞ」
「あ、どうも。ではこの節に扇状に射します。こうするとこっち側がつかめます。ただ熱くなるので濡れ布巾なんかで掴みます。本当は、わらで焼くといい香りが付くんですが、ないので今回は竈に火をおこして表面を炙っていきます」
魚の焼けるいい匂いがあたりに漂い始め、匂いに釣られた人が集まってくる。
「あれ、リエ?ファルあれはどういうことだ?」
「ああ、ダリウスさん、魚を分けてもらおうとしたらああなったとしか」
「…なぜそうなるんだ」
「おーい嬢ちゃん、ゆってたもん買ってきたぞ。皿もいるだろうと思ってうちから持ってきたぞ。かかぁもついてきちまったが」
「面白い事してるって聞いたから。はい器。どんなのがいいかわからなかったからちょっと色々持ってきたの」
「おお!ありがとうございます。じゃ、チャチャッとタレを作ります。ただし魚に火が通り過ぎないように気をつけます」
手渡された木の鉢に、半分に切ったレモンを絞り、様子を見ながら魚醤を入れる。リュックからチーズおろしを取り出ししてしょうがをすりおろして木の鉢に入れ、かき混ぜる。その間に節を裏返すのを忘れずにやる。そしてねぎをたっぷり小口に刻む。
「頃合いですかね。火が通り過ぎるとダメな料理なので氷水でこのまま一気に冷やします」
そう言っておもむろに焼いた節をボールに突っ込むアマーリエ。
「水に浸しすぎてもダメなので、表面が冷めてればあげちゃいます。水気を飛ばしてと。串を抜きまして、これぐらいの厚みで切っていきます」
「おお、まわりが焼けて中は生なのか?ルビーみたいなきれいな色だな」
「ホント綺麗ねぇ」
「こういう平らな皿に綺麗に盛りつけまして、上から葱を盛り、タレを掛けます。下に玉ねぎのスライスを敷いてもいいですよ。んでちょいとタレを指で叩き込みまして、本当は半時ほど置くと味が馴染むんですがここは私の特性スキルを活かして時間経過っと。完成です。まずは味見。ンンン、上出来。ささ、おじさん食べてみて食べてみて」
ゴクリとなまつばを飲み込むまわりを放置し、交渉相手の漁師に皿を差し出す。漁師は皿を受け取って、ネギをはさむように切り身を摘んで口に放り込む。まわりは、漁師に大注目である。
カッと見目を見開いた漁師、そのまま勢い良く切り身を掴んで口に放り込んでいく。
「かーっうめぇ。身がとろけるみたいだ」
「お、おい。俺にも食べさせてくれよ」
「ン、食いな」
使い走りをした男たちが訴えると漁師は皿をつきだす。減ってしまわないうちにと、ついてきた奥さんもまわりの漁師も手を伸ばす。
「!」
「お、うまいねぇ。辛口の酒が欲しくなるなぁ」
「こりゃぁ、いい」
「今日のおかずが決まったわ!」
アマーリエはそのまま残りの節もたたきにして皿に盛る。そして、借りた道具と自分の道具を浄化して片付ける。
「リエ、一口」
「うぉ、びっくりした。あれ、ダリウスさん用事終わったんですか?はいどうぞ。ファルさんも良かったら」
「頂きます、あら美味しい」
「ああ、おわった。自分の昼飯用の魚を買いに来たら、人だかりができてて、見てみたらお前さんが居たんだ。ファルが旨いということは外れなしだな。どれ…む、酒が欲しくなるな」
「ありゃ、まずい。はい、後でまた作るからお皿戻してくださいな、お二人さん」
ダリウスに言われて後ろを向いたアマーリエはその人垣に愕然とする。海を向いて作業をし、火加減に気を取られて、さっぱり背後を見てなかったのだ。アマーリエは慌てて、鰹を持っていた漁師と交渉を始める。
「それでおじさん、鰹なんだけど」
「おう、桶の半分持っていっていいぞ。1500でどうだ」
「ヤッター、おじさんありがと。8尾もある〜。じゃあ、この鰹のたたきの残りはおじさんに渡しときますね。あ、買い出しいってくれたおじさん、いくらでした?」
「気にすんな!うまい食べ方でチャラだ」
「おお!太っ腹。ありがとうございます」
「いやいや。こっちこそうまい食べ方教わって助かった。早速家で作ってみるぜ」
「いえ、美味しいものが食べられる機会が増える方がいいですから。道具ありがとうございました」
アマーリエは、リュックから袋を何枚か取り出して、漁師が手渡してくる鰹を袋に入れ、リュックにしまった。
「それじゃおじさん、また機会があったら鰹買いに来ますね」
「応、そうしてくれ」
「じゃあ」
そう手を振って、即座にダリウスとファルの手を掴んで人垣を抜ける。その後に漁師が周りの人に集られたのは言うまでもない。
「あはは、やばかった。あんなに人だかりができるなんて思いもしなかった」
「一応ダールさんには内緒にしとくが、ほどほどにな」
「はい、すいません」
「結構、魚を焼くいい匂いがしましたからねぇ」
「まずは匂いで誘い込めっていうのが、食べ物屋の極意ですから」
「あー、たしかにそうだな」
「気を取り直して、お昼の材料見ますか。ダリウスさんはどうするんですか?」
「食堂の漁師鍋が旨いから、適当なのをいつも買う魚屋で見繕ってもらうつもりだ」
「おお、やっぱりブイヤベース出来るんだ!私もそうします〜」
ダリウスはファルとアマーリエを連れて顔なじみの魚屋のところまで行く。
「親爺、久しぶりだな。鍋の具頼む」
「おぉ、兄さん久しぶりだなぁ!今年もダンジョンかい」
「応。爺さんもまだまだ元気そうで何よりだ。」
「鍋の具は3人前だったの。そっちの嬢ちゃん達はどうするねぇ?」
「私は、そこのいかを一杯、エビとあさりを1人前お願いします」
ファルは、新鮮な魚介を見て食べるものを決めたようだった。
「ファルさんは何にするの?」
「魚介のパスタにします。一般的な調味料や野菜、パスタなんかは食堂にあるのでメインの海産物や珍しいものを市場で仕入れるといいですよ」
「なるほど。おじいさん、鍋の具ってどの魚ですか?」
「カサゴにホウボウ、穴子、マトウダイにオコゼ、他にはセミエビとあとはこの足長ガニじゃのう」
「(なんだろうこのブイヤベース憲章的な具材達は)もしかしておじさん、そこのムール貝とかヒラメとか入れたら邪道ですか?」
「むろんじゃ。由緒正しいローレンの漁師鍋はこのブサイクな魚たちと決まっとる」
えっへんと胸を張る魚屋の爺さんにアマーリエはやっぱりかとひとりごちる。
「ダリウスさん、漁師鍋一人前ってあのマグに入れると多いですか?少ない?」
「多いな。あのマグならそうだな一個半ぐらいだ」
「んじゃ、三個で二人前だから、六個分四人前か。おじいさん、鍋の具五人前ください。あと酒蒸しやチャウダーにしたいからそのアサリとムール貝も五盛りずつ。エビはそこの大きいの二盛り!イカとタコはうーん三杯ずつにしとくか。あ、あの毛ガニも欲しい。いくらだ?ちょっと高いなぁ、あーでも今買わないでいつ買う!ここしか港町はない!おじさんその毛ガニも三杯!」
「よっしゃ売った!」
「「リ、リエ?」」
「大丈夫ですまだまだ入ります、リュックに」
「いや、そんなに買っていつ食べるんだ?」
「あっちについてからも食べられます。アイテム保存グッズばんざーい」
「りえさん、アルバンのダンジョンにはですねぇ…」
「ファル、もう何も言ってやるな」
「…そうですね」
あまりにも楽しそうにあれを作ろうこれを作ろうと独り言を漏らしているアマーリエと魚屋の爺さんの儲けに水を差すのもなんだか悪い気がした二人はアルバンのダンジョンの中には海もあるのだということを言い出しかねた。
「ほれ、鍋の方には香草の束もつけといたからの。兄さんは1200、そっちの嬢ちゃんは500で、お前さんは14000じゃ」
3人それぞれ買ったものを受け取る。
「リエはジャガイモがどうとか言ってませんでしたか?」
「あ、ちょっとほしいです」
「じゃあ、あそこの芋屋で見ましょう」
「芋屋?」
「芋の専門店だな」
「そんなお店もあるんですか」
「いろんな領地や国から様々なものが届くからなぁ、ここは。専門特化する店もある」
ダリウスの説明にアマーリエはひとしきり頷いて、店の中に入った。
「お、いらっしゃい。なんにしましょう?」
木箱に色々な芋が入れて置いてある。前世にあった男爵いもやメークインなんかもある。
「じゃがいもも色いろあるんですねぇ。揚げて美味しいお芋がいいんですが」
「んじゃこれだな、いくついるんだい?」
「その大きさなら5個あれば十分かな。おじさんあっちのお芋は甘藷ですか?」
「応、最近南から入ってくるようになった、甘い芋だ。中が黄色のと紫のとあるぞ」
店主の言葉に目をキラキラさせ始めたアマーリエを見てファルが暴走を止めようと声をかけた。
「リエ!」
「ファルさん、甘くて体にいいお菓子食べたくありませんか?」
「分かりました買いましょう」
「おい、ファル!」
あっけなく落ちたファルにダリウスが呆れたように今度はファルを止めに入る。
「美味しいお菓子は別腹なんですよ、ダリウスさん。ご主人、このアイテムポーチにその甘いという芋をそれぞれ一袋ずつ買います」
「やったー!」
「ダメだ俺じゃ、この二人を止められん」
ほくほく顔で芋屋をでた二人の後をダリウスは諦めながらついていく。
「後、穀物を扱っているところで小麦を見ときたいんですよ。こっちは、あとで送ってもらうから安心してください」
その一言に安堵の溜息を漏らすダリウスだった。
「それなら一番取り扱いの大きいのはあそこだな」
そして、安心が木っ端微塵に吹き飛ぶのも数分後のことであった。