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夕刻、広場に集まった男衆は、何が起こるのか先日の騎士の捕物も含め少しばかり不安そうに互いに話をしている。女衆はそんな男たちをなだめている。子供たちも大人たちの顔色を見ていつもよりずっと大人しくしている。なんせ周りに騎士も立ち、物々しい雰囲気なのだ。
村長が話を始めた。
「これ、静かに。まず、先日の騎士様方の捕物は無事に終えられたそうだ。皆も安心して大丈夫だ」
村長の声にホッとため息をつく村人たち。
「さて、集まってもらったのは他でもない。この村の発展について先々代のご領主様よりお話がある。皆心して、聞いて欲しい。先々代様、お願いします」
静まり返り緊張して、村人は村長の隣に立ったゲオルグに注目する。
「村の衆よ、忙しい中よう集まってくれたの。ご領主からの願いじゃ。この村やこの村の近隣の村々の発展ひいてはこのバルシュテイン、王国の発展を望むゆえ、皆の力を貸してもらいたい」
ゲオルグはそこで言葉を止めぐるりと注目する村人の顔をみつめる。
「このあたりは領地内でも気候が厳しく、土地が余り肥えておらずなかなか作物が実らず苦労していると思う。それを解消する方法ができた。ただ、すぐにとはゆかぬ。順に、じっくり腰を据えてそなたらの子、孫の代までかかることになる。急な発展は急な衰退につながるからの。ゆっくりじっくりと行きたい。それでもそなたらの今までに比べれば、良き暮らしになると思うゆえ、ともに頑張ってもらいたいのじゃ。そなたらの先祖が代々の領主とここまで頑張ったものをさらに伸ばしたいのじゃ。頼む、わしやまだ若き領主に力を貸してくれぬか?」
ゲオルグの言葉に村人たちは静かに頷く。
「うんうん、そなたらの力が明日を生むのであるからの。詳しいことは追って村長より話がある。まずそなたらは春の作付けの前の土おこしを頑張ってもらいたい、頼んだぞ。さて、腹が減っては動けぬゆえ、わしから些少ではあるが飯の用意をした。皆明日に備えて腹ごしらえしてくれ」
最初の緊張はなくなり村人は明るい顔でゲオルグに向かってお辞儀する。
「うん、うん。後は村長よ、まかせたぞ」
ゲオルグが村長の家に帰り、村長が村人に皿を用意して炊事場で夕食を受け取るように指示をする。
炊事場では騎士たちが列ができるように並ばせ、皆に夕食が滞り無く行き渡るよう指導していく。
「皆さん表情が少し明るくなりましたね」
ファルがポツリと漏らす。
「ああ」
「食べるものの心配が少なくなればそれだけ生きやすいからなぁ」
「さぁさぁ、銀の鷹の方々もどうぞ」
ニコニコと明るい表情の村長がベルン達に声をかける。
「これは村長殿、ありがたい。では遠慮なく」
「いえいえ、毎年村のために色々なさってくださるあなた方を無碍に扱うなど出来ませんよ」
ベルン達も村の人の列の最後に並んでいく。
広場では食べ始めた村人から歓声が上がっていく。
「リエ、これはなんだ?」
せっせと石窯から焼きあがったピザを取り出して女衆に切ってもらっているリエに、ダリウスが声をかける。
「ピザです。薄く広げたパン生地に、好きな具材を乗っけて焼いたものですよ。まだまだ焼いてますから、好きに取ってくださいね」
「リエこっちは?」
「豚肉と白菜を重ねて蒸し焼きにしたものです。今の時期酢漬け以外の野菜って少ないですから、白菜って貴重なんですよね。あ、好みで塩足して、辛子付けて食べてください」
「あ、いもサラダも作ったんですね。私これ好きです」
道中、マヨネーズの作り方を教えてもらい、いもサラダが好きになったファルが、たっぷり皿に盛っている。
「人参いれて彩りも良くしてます。この村はあちこちにパセリが生えてるので刻みパセリも乗せて食べてくださいね」
「あら、きれいな色合いになったわね」
「パセリは貧血に効果ありますよ。後美肌や風邪の予防にも効果があります。便通も良くなりますしね」
「そうなんですか!?」
「ほんと!?」
「はい。まあ、一度にあんまり量は食べられないですがスープに入れたり、刻んでこうやってサラダや肉料理に入れればそれなりに取ることが出来ます」
「パセリならどこでも育ちますね」
「ええ、お手軽なハーブです」
「刻んであれば食べやすいわね」
「はい。味のアクセントになるので濃い食べ物にあいますよ」
「ウンウン、たしかに」
「あのどこにでも生えてる草がねー」
「神殿に報告しないと」
ファルがニコニコとサラダに刻みパセリをふりかける。
「リエさん、ここらはあたしらに任せてあんたもそろそろ食べなさい」
「はい、食べたらまた戻ってきます。お願いしますね」
「ああ、あんたのお陰で調理の仕方も増えてよかったよ」
「明日の朝、そば粉を用意してもらえますか?美味しい食べ方紹介します」
「もちろんさ、任せておくれよ」
「じゃ、お願いします」
アマーリエも皿に自分の分を盛って銀の鷹のところに行く。
「お疲れ様。このピザってなかなかいいわね」
「赤いのはトマトか?」
「はい。ここらでも夏場は育つと思うんですよね。大隠居様に頼んどこ」
「うん、このトマトのソースにチーズ、ハムが美味い」
「こっちの緑のソースは?」
「バジルと松の実、オリーブオイルで作ったソースです。美味しいでしょ」
「うん、いける」
「そのソースは色んな料理に使えるから便利なんですよね。蒸した芋に和えてもいいし、パスタに和えても美味しい。魚にも肉にも合うので幅広く使えます」
「ふむふむ」
「村の反対側に松林があって、松の実も手に入りやすいですし、くるみもあったからくるみを使ってもいいと思うんですよね」
「森のめぐみが豊富ね、そう考えると」
「子供たちはそういうの集めるの得意だと思うので、周りの獣が少ないならちょっとずつでも食べるものが得られるのは大事だと思うんです」
「そうですね、食べられるものを知って、食べ方と保存の仕方さえわかっていれば飢えもしのげますね」
ファルの言葉に周りが頷く。
「甘いパンのおねーちゃん!」
アマーリエのもとに子供たちが集まってくる。
「どしたの?」
「甘いパン、また食べたい!」
「うーん、今日の蜂蜜は先々代様からの差し入れだからねぇ。特別なんだよ」
「特別なの?」
「そう、特別。お祭りみたいなもんかな」
「う〜ん?」
「今度ね、蜂を飼って、蜂蜜を採るのがお仕事の人が村に来ると思うんだ」
「蜂を飼うの?」
「蜜が採れるの?」
「その人から蜂蜜買うの?」
「買ってもいいけど、蜂の飼い方と蜂蜜のとり方を教わるんだよ。そうしたらいつでも村で蜂蜜が食べられるようになるでしょ?」
「おお!」
「前は木のウロなんかに出来てた蜂の巣から蜜を採ってたりしたと思うんだけど、それってたまに見つかればいいほうだったんじゃない?」
「うん、ムサカのじーちゃんが居る頃はじーちゃんがたまに取ってくれてて村のみんなで分けて食べてた」
「でもじーちゃんもう居ないし、どうやってたのか知らないんだ」
「そっか。んじゃ、養蜂家の人が来たらお仕事の邪魔せず、ちゃんと出来るお仕事教えてもらってしっかり手伝うといいよ。美味しい食べ方はお母さんたちに教えといたからさ」
「わかった!」
「明日の朝は、ソバで美味しいもの作るよ」
「ソバで?」
「甘いの?」
「甘くはないかな。皆、ソバはどうやって食べてるの?」
「ソバの実の殻取って、おかゆかなぁ?あんまり美味しくないけど食べるものがないとそれになる」
「そっかぁ。お姉ちゃんのはそばの実を小麦みたいに粉にして作るんだ」
「そうなの?パンになるの?」
「さぁ、どうだろ?楽しみにしててね」
「うん!」
「じゃぁ、まだ料理あるからお腹いっぱい食べといで」
「うん!」
「うぉ、なんですファルさん、泣いてます?」
「なんか、子供たちの笑顔が嬉しくて」
「はぁ、私バルシュから出たことなくて、ひもじいっていうのが実感なくて。甘いものがごちそうっていう感覚もないですし。仕事柄甘いものも遠慮なく使っちゃってますしね」
「私達が行く国の辺境や他の領地の統治が拙いところは、こどもや年寄りにしわ寄せが来ます。でもこちらは、厳しい環境ですが、一歩一歩前に進んでる感じがするんです。ここのご領主様は皆が飢えない、生きやすい世の中を目指してらっしゃる」
「あの人も、遠慮なく甘いもの食べたいってのが本音ですね。自分だけ食べてるのに罪悪感を感じるってやつです」
「はぁ、自分たちだけが飢えなきゃいいと思う貴族が多い中、珍しい方ですねぇ」
「辺境伯だからですかねぇ。開墾を領民と一緒にやってるっていう意識がそうさせるんじゃないですかね」
「ほんとにここの領地は恵まれてます」
「ああ、来るのが楽しいからなぁ、ここのご領地は」
「じゃあ、もっと楽しくなるように色々頑張らないとな」
「うんうん」
「ダフネ頷いちゃだめ!」
「いや、自重の方向で」
「ほどほどですよ、何事も」
「巻き込まれなきゃなんでもいいような気もするけど、巻き込まれるよね?」
「当たり前でしょ、グレゴール」
「お手柔らかに頼むぞー」
「はーい」
和やかに村の夜は更けていったのだった。




