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グゥエンはマリエッタの方を見て話しかける。
「マリエッタ殿、どうもリエの使う魔法が我々のものと異なるような気がしているのですが、そこのところはどうなのでしょうか?」
「騎士様、基本は全く違ってませんよ。あの子が普段使っているのは四属性の生活魔法と身体強化の魔法ですから」
「基本は違っていないということは応用の仕方ということでしょうか?」
ミカエラが首をひねりながらマリエッタに問う。
「ええ、あの子は使いたい魔法をより明確に頭のなかで思い描いて、適切な量の魔力を練って現象化しているだけなのよ」
「たしかに、最初に生活魔法を学ぶときに教わる話ですけれど…」
子どもたちがこの世界で最初に学ぶ魔法は水の出し方である。初めて魔法を使う際、多くの子供は魔力の調節が利かず、多くの魔力を消費して少しの水しか出せなかったり、持っている魔力をそのまま水に変えてしまったりとなかなか上手に魔力と出す水の量を調節できないのだ。
「上達って何かって言われたら、より技を洗練させるってことよね?魔力量が少なくて済む生活魔法をさらにあのこは自分なりに洗練させてきているの」
「生活魔法をですか?」
「ええ、普通の魔法士や回復士なら攻撃魔法や回復魔法、主に使う魔法を洗練させるだろうけど、Sクラスの名前持ちの魔女は生活魔法も洗練しているわね。生活魔法はいくらでも洗練させることが出来る魔法なのよ。単純な属性に少量の魔力を使うだけだから。そう考えると訓練としてはこれほど最適な魔法はないのよね。逆に攻撃魔法は攻撃意志の強さとより多くの魔力で高い威力の有る攻撃をって考えがちだから、なかなか洗練されないのよ。少ない魔力で威力の高いものをってところにまず観点がいかないと、魔力量に限界があるんだから、最大の攻撃魔法はその魔法士が持つ魔力にそのままになっちゃうのよ。無駄でしょう?実際、魔力の量に比例して攻撃力が上がるのは当たり前のことだけれど、少ない魔力で威力の高い魔法が使える方が、長く戦えるんだし、最大攻撃魔法の威力も練度の低い魔力よりも練度の高い魔力のほうがさらに威力は上がるわ」
「なるほど」
「後、この子の変なところは…そうね、リエ、騎士様達に浄化の魔法使ってみて」
マリエッタはアマーリエに普段使っている浄化の魔法を使わせる。
「!」
「…え、何ですこれ?」
「変です!変です!変です!」
ミカエラの形相に、マリエッタが苦笑を浮かべる。
「ん、まぁ、変に思えるんでしょうねぇ」
「なんでこんなに属性混ぜられるんですか!」
「はぁ?属性を混ぜるのは魔法陣でしか出来ないんじゃなかったのか?」
ミカエラの言葉にグゥエンがおもいっきり顔をしかめてアマーリエを見つめる。
「混ぜてはないのよねぇ、リエ?」
「混ぜてません。いったん水を出して留めて、火を使って水の温度を上げて、その水を洗いたい物にまとわりつかせてた後、また水をまとめてさらに火で蒸発させて、風でまとまりきらなかった水を飛ばしただけです」
「だけですって、リエさん、それをこの一瞬で?」
ミカエラがカパーンと口を開ける。
「要するにそのやることの速さを上げるとリエの浄化の魔法になっちゃうのよ。私達が子供の頃に教わるのは水だけを出して、洗いたいものにまとわせて、そのまま水を消すってことなんだけど、その最後の水を消すのにものすごく魔力を使うでしょ?でもリエはその部分を火と風を使うことによって使う魔力を減らしてるってわけね」
「どれだけ洗練させてるんですか…」
がっくりと項垂れるミカエラ。
「器用でしょう。私も何とか出来るようになったけど。東の魔女あたりが知ったら喜んでリエを弟子にとろうとするでしょうね。あの人は魔力は大きいけれど、如何に少ない魔力で魔法を成すかっていうのが好きだから」
陽気に笑うマリエッタにグゥエンはさらに眉間にしわを深めて言う。
「勘弁して下さい、リエはうちの大事な領民なんです」
「そんなわけだから、なるべく事情を知らない人の前では生活魔法も使わないほうがいいと言っておいたのよ。特に下級の魔法士の前ではね。嫉妬でねじ切れると思うのよ」
「…たしかに。あそこまで生活魔法であっても洗練させてる魔法士なんていませんよね。魔法の等級なんて如何に洗練させられているかが基本なんですから」
そう言ったミカエラは、最後に深々と息を吐いた。
「ふむ、そうならリエのやり方を真似れば魔法士系の騎士の魔法は洗練されていくのだな?」
グゥエンの発言にミカエラがゴクリとつばを飲み込み一応頷く。
「騎士様。かなり無茶ぶりかと」
頬に片手を当てて首を傾げるマリエッタ。
「無茶なのか?」
「生活魔法は子供の頃に練習して無意識にできる段階にあげますからねぇ。それをまた意識して使い直すっていうのはかなり面倒かと」
「時間が掛かるが出来なくはないということだな。なら、今いる騎士も騎士見習いも意識させるようにする。子どもたちにも小さな頃から意識させていけばいいのだな。リエが奇天烈にみえたが、単に自分で常に洗練させていただけだというなら、ほかの人間に出来ないわけじゃない。要はやるかやらぬかの差だろ?」
「そう言ってしまうと身も蓋もありませんけどね。できれば全体の底上げにはなりますねぇ」
多くの出来る人というのは天才ではなく己の持ったものを活かす工夫の人なのだ。
「目に見えぬ工夫をすること」つまり、より良く改善するために思考し、知識や情報を関連付けて考え、記憶し、それを生活や仕事に活かすことなのだが多くの人間は、物事を関連付けて生活に活かすという知恵にまで至っていないのだ。憶えたことを憶えたままの状態にしている人のほうが大多数なのだ。(もっとも、覚える段階でけつまずいてしまっているものが居るのは世界の仕様なのだろう。そうでなければ多様性などという言葉は生まれない)
例えば理科で水の沸騰の実験をするが、それをどこまで実生活にいかせているだろうか?ビーカーの中で水が沸騰していく状態を見るだけの実験ではあるが、それは実生活で料理に活かせるのだ。半熟卵や温泉卵を作りたいのなら水の状態を覚えていれば温度計がなくとも出来るのだ。
習い学んだことをどれだけ知恵に変換できるか。生まれた時点での個体能力差はあるだろうが、知恵を付けられるかどうかが、できる人とできない人の差をより広げているのだ。
「いいんじゃないか?実際、生活魔法で魔力の使い方を洗練させると、身体強化やそれぞれのスキルに魔力を使う時にも無駄がなくなるぞ。俺の盾系のスキルや身体強化系のスキルは前より無駄がなくなったぞ」
のんびりとダリウスがグゥエンの意見を後押しする。
「なんと、魔法士系だけではないのですか?」
「ああ。基本的にスキルは自分自身の底上げに使うわけだが、その力の源は魔力だからなぁ。自分の身体を鍛えるのは無論当然のことだが、さらに魔力を洗練させてスキルを使えるようになれば物理系が得意なものもかなりスキルの等級は上がるぞ」
道中、アマーリエと身体強化の話をしたダリウスは自分でも更に少ない魔力且つ無駄のない身体強化の仕方を修練していたのだ。
「良いことを聞かせていただいた。ダリウス殿、アルバンで時間のある時でよろしいので騎士たちに調練していただけないでしょうか?」
「ああ、俺で良ければ。こちらの騎士の実力が底上げできれば、アルバンの先の山脈から発生する20年に一度起こる魔物の大発生も楽に凌げるようになりますからな」
「…後2年。かなり厳しいかもしれんが急務だな」
「質問があります!」
とりあえずおとなしく話を聞いていたアマーリエが手を挙げる。
「何だ?」
「20年毎の魔物の大発生ってなんですか?」
「未開の地であるアルバンより北の山脈からおおよそ20年毎に目視で数えるのが難しいほどの魔物の大発生が起こっているのだ」
「えーっと、山脈に魔力溜まりがいっぱいあるのか、とてつもなく大きな魔力溜まりがあるのかはわからないってことですね」
「魔力溜まりの消滅はまず今は難しいだろう。前の発生が、リエの生まれる前の年だ。後二年もすれば魔物の大発生が起こるということは、すでに幾らかの魔物が育っているということだからな。魔力溜まりを探す余裕はない」
「となると、その大発生を抑えた後、魔力溜まりを探してなるべく消滅するのがいいってことですか?」
「できればその方向で行きたいって感じだな」
「この2年の間に騎士団の底上げと冒険者の底上げが必要になるってことですか?」
「まぁ、そういうことだな」
「…なるほど。そうすると魔力を取り出すときのイメージが大事ってことか。ポンプ式の井戸もなければ蛇口もないからなぁ。なまじ魔法が発展してる分、科学技術の発展がないんだもんなぁ」
魔力の取り出しイメージを蛇口で行っているアマーリエは、それを他の人にどう伝えるかが難しいと首をひねる。生活魔法の水で賄えないほどの大量の水を使う場所にしか井戸がないのでポンプで水を出すイメージも伝えられないのだ。
「リエ?」
「あ、いえなんでもありません。アルバン村で急ぎ作ってもらいたいものが増えたかなーってだけです」
「あまり職人に無茶をさせるなよ」
「はーい。あと、マリエッタさん一つ質問です」
「なぁに?」
「魔力の量ってやっぱりそれぞれの中にある魔力の器の大きさ次第ですよね?」
「そうねぇ。魔力の器は大きく出来ないっていうのが定説だけど。リエ、まさか?」
「出来ませんでした。薄くして大きくなるのかなとか思いましたけど、なんにもいじれませんでした」
「ホッ。よかったわ。できちゃったなんて言われたらもうどうしようかと」
「器は無理だけど魔力の方はなんとかなるかなーと」
「…なにをやったの?」
「煮物を煮詰めるイメージで、器に入ってる魔力も煮詰めて濃くしたら少しだけ増えたかなと。もともと私の器ってほんとに小さいですから。無意識に取り込んでる魔力も濃くできればいいんですけどこればっかりはどうにもこうにも。魔石の分を意識して取り込む方は出来るんですけどね」
「…魔力を濃くするね。そこは思い至らなかったわ。もう!あんたってばいろいろ応用しすぎよ!」
「ただ、あんまり濃くしすぎると気分が悪くなるので、多分濃度も限界があるんだと思います」
「わかった。煮詰めて嵩が減って、魔力不足を起こしたように感じたのか、魔力の濃さに酔ったのかは実際自分でやってみないとわからないわね。リエは魔力不足を起こしたことは?」
「魔力不足は怖かったのでどこまで減ったら危ないかを一度試したぐらいです。それからは、その量を下回らないようにしてるので、濃縮で嵩が減ったせいなのか魔力の濃さで酔ったせいなのかいまいちわかんないです」
「わたしもやります!総魔力量を増やせるなら魔法の威力も上げられますし、長期戦にも対応できます!」
「ちょっとずつやるのがいいですよ。いつも魔力が器に八割の状態を保っていると思いますが、それを七〜六割ぐらいに煮詰める感じにして、また八割まで魔力が溜まったら七〜六割まで濃縮する感じです」
「やってみます」
「濃さは魔力溜まりとか魔石の魔力とかを参考にするといいかもです」
「ああ、わかりやすいですね、それ」
「わたしはかなり器が大きいほうだから、七〜六割にするってかなり魔力量に空きができるわね」
「私もかなり増えますね、これをやると。溜めるのに普段の方法だと時間がかかりますね」
「魔石で補うか回復薬を使うか?」
「魔石を試す方をおすすめします。私は回復薬って使ったことがないからどう魔力が回復していくのかがわかんないですから」
「ああ、回復薬は無意識の取り込み量が短時間に増えるって感じね。今なら、むしろ濃いまま魔石から増やすほうが無駄がない気がするわね」
「そうですね」
「…魔石の価格が高騰しちゃう?」
「あーそれは否定出来ないわね」
「回復薬で地道にやる方が安上がり?」
「魔石よりは安いですからねぇ」
「等級の低い屑魔石なら回復薬より安いぞ」
「ほうほう」
「低級の魔物狩りが増えるわねぇ」
「まぁ、初級冒険者の仕事が増えるってことだな」
「魔力溜まりの奪い合いとか起きちゃいますかね?」
「うーん。結局は器の大きさの問題だから、そこまでの奪い合いにはならないわね。それほど器の大きな人は数が多くないからねぇ」
「ええ。魔石からの魔力吸収もなんだかんだ一気には出来ませんし。ちょっとずつ様子を見ながらですからね」
「あんまり濃くしすぎて器にいっぱい入れたら、器が壊れて中からパーンてはじけちゃいますかね」
「!バカリエ!変なこと想像させるんじゃないわよ!」
「すみません」
「想像しちゃいました。いやですよぉ、そんな死に方」
ミカエラが少し涙目になっている。かなりグロい想造をしたようだ。ある意味詳細に想像できる才能こそが魔法士の利点であるが、想像力が豊かすぎるのも時と場合によっては考えものなのかもしれない。
「でも、これほんと、ちょうどいい濃さを自分で把握しないとあんまり無茶できませんね」
「つまり、愚か者は自滅するから世界にとっては安全てことよね」
「マリエッタさんも容赦ないですね」
「私、愚か者は嫌いなの。いなくなってくれたほうが清々するわね」
「利口な悪党が残るのか?それはそれでなんともいえんな」
「利口な悪党は利口な悪党なりの行動様式なり様式美なりがあるからそれさえ理解できれば対処できるのよ。何をやらかすかさっぱりわからないから愚か者は困るのよ」
「なるべく、魔力の濃縮は自分たちが教えていいと思う相手だけにとどめるようにしよう」
「まあ、あんまり自滅されても後始末が面倒だわね」
「生活魔法がまともに扱えない子供には教えない。自分の分というものをわきまえない人間には教えない。それぐらいじゃないか?」
「はぁ、結構色々やれることがでましたね。みんなできるようになるとかなり底上げになりますね」
「うん、二年後の死傷者が減るのは確実だ」
「二〇年毎の大発生が今度で最後になるように頑張りましょう」
「ノール、後二年頑張ったらお前の目指す平穏な生活だ。がんばれ」
さっきからうなだれているノールにグゥエンがとどめを刺した。




