2
「そのあとは、時間が出来ましたので試したいことを試しました」
「試したいこと?」
「念話です」
「ねんわ?」
「遠くに離れている人に音声を使わずに話しかけるというスキルです」
「あ!もしかしてマリエッタに使ったのか?確かに何かと話しているような雰囲気だった」
ダリウスが昨日のマリエッタの様子を思い出してアマーリエを見る。
「はい。とりあえず一番魔力感知の高そうなマリエッタさんに使ってみたんです。使えるかどうかは全然わかりませんでしたけど」
「…どういうことかさっぱりだな」
「うーん、こういうのってやられてみないとわかんないですよね」
「ちょ、りえ?やられてみないととか物騒な発言は…」
「皆さん耳塞いでください」
リエの真面目な顔に、しぶしぶ応じるグゥエン達。戦闘装備に身を包んだ人たちが耳に指を突っ込んでる姿というのもなかなかシュールな光景である。
『試験放送、試験放送。本日は晴天なり。本日は晴天なり。ただいま念話の放送中』
全員の顔を思い浮かべて、口を引き結んで一斉送信するアマーリエ。
「え!?」
「は?」
「な、何?」
「なんか生えました…」
「スキル念話ってなに?」
「試験放送?」
ダフネは目をぱちくりして、虎耳をピコピコ動かしている。
「いっぺんに多数も出来るんだ!これはいける。かなり便利?」
「リ、リエ、今、口開いてなかったよな?」
「はい。皆さんの頭のなかに直接話しかけました。スキル生えませんでした?まず、話しかけたい人の顔をきっちり思い浮かべまして、魔法を使うときの要領で話したい言葉に魔力をまとわせて、話しかけるように送るんです」
「やってみます」
ファルが目をつぶって、アマーリエの言うとおりにやってみる。
『リエさん?聞こえますか?』
『聞こえます。ファルさんできてますよ!マリエッタさんに話しかけてみてください』
『わかりました。マリエッタさん?聞こえますか?』
『はっきり聞こえてるわよ、ファル』
「おお!これすごいですね!」
「わ、わたしもやります!」
そう言ってミカエラが、口を手で抑えてリエを見つめる。
『リエさん!聞こえますか?』
『聞こえていますよ!ミカエラ様。ファルさんやマリエッタさんに試してみてください』
『はい!マリエッタ殿?聞こえていますでしょうか?』
『ええ、聞こえるわ。手を口から外していいんじゃないかしら?』
「あわわわ」
突っ込まれて、手を離し、ミカエラはファルの方を向く。
『ファル殿、聞こえますでしょうか?』
『聞こえます!これすごく便利じゃありません?』
『ええ!遠くに離れていても連絡できるなら任務がすごく楽になります!』
『あ!でも悪党に渡ったらまずいスキルになりますよね?』
『確かに!』
見つめ合う女四人にグゥエンが話しかける。
「申し訳ない、今リエの声が頭にしたんだが、わかるように説明していただけないだろうか」
「グゥエン様はスキルに念話が生えませんでしたか?」
「生えたが…」
「では、リエさんが言ったように、私に話しかけてみてくださいませ」
「…わかった」
『ミカエラ?これでいいのか?』
『はい!聞こえています。こちらの声も聞こえますよね?』
『!ああ、聞こえている。ミカエラの声だ』
『そういうスキルです。これ以上の説明は無理です』
「…」
ミカエラのあっけらかんとした返事にグゥエンは絶句する。
「わかるように説明と言われても、あくまで魔力を使って、音声を送るっていうだけですからね。想像できたら出来るスキルなんじゃないでしょうか」
「まぁ、魔法はどれだけ正確に想像し現象化できるかってことだからねぇ」
「連絡手段としてとてもいいものだと思います。ただ悪党には生えてほしくないスキルですね」
ファルが真面目な顔で言う。
「たしかにねぇ。見えない場所で連絡が取りやすいなんて、味方ならありがたいけど敵ならありがたくないわよね」
マリエッタの言葉で、騎士たちは集まって念話スキルについて今度どうすべきか話を始める。ベルン達はお互い無言で見つめ合っている。どうやら念話の練習中らしい。
「…マリエッタさん、今からもう一度話しかけますが、わたしからの念話を受けとりたくないって魔力防御してみてもらえますか?」
「ああ!拒否できなきゃひっきりなしに話しかけられるってことだものねぇ。やってみるわ」
『マリエッタさーん!マリエッタさーん!便秘治りましたか!』
聞こえたら間違いなく大きなお世話とばかりに攻撃魔法を繰り出されるようなことを言ってみるアマーリエ。
「聞こえました?」
「聞こえないわね。ただあんたが、碌でも無いこと言ったのだけは何となくわかるけどね。ふん、拒否も出来るってことね」
マリエッタの座った目に、冷や汗の流れるアマーリエだった。
「アハハハハー。なら問題無いですね。こういうスキルって、なんか制約付けないと生えないようにとか出来ないんですかね?」
「スキルに制約なんて聞いたことないわねぇ」
「それにしても、今まで念話スキルとか生えた人いなかったのかなぁ?会えなくてもせめて声を届けたいとか願ったりすると思うんですが」
「そうねぇ、そこで魔力を絡めるってところに至らないんじゃないかしら。願いはしても」
「そういうもんですかね」
「それに、こうも器用に魔力を使うのって難しいって言ってるじゃない。あんたが、どうやるのかを明確に指示してるからみんな出来てるわけでしょ」
「今はこれだけ距離が近いから念話も出来てますけど、離れたらやはり難しくなりますかね?」
「まず相手の顔を明確に思い浮かべる。これが難しいわね。世の中には人の顔を覚えられない人間も居るのよ?そこで引っかかるわね。それから言葉に魔力をまとわせる。これも短い言葉なら生活魔法で慣れているから何とか出来ると思うけれど、話が長くなればそれも難しくなると思うわね。それに耳が聴こえない人は音がわからないのに送り様がないでしょ。んー、手紙みたいに文字が送れるかもしれないけど。後、遠くなればなるほど魔力が要るようになる。これは今後実験してみないことには、魔力、距離、音声の長さのバランスが判明しないでしょうね。あなたにつられてなんだかんだみんなスキルが生えちゃってるけど、多分実際に念話を受け取れなければ、このスキルは生えないんじゃないかしら。頭に直接声が聞こえるなんて普通はない状態なんだから」
「あ、そうか。聞こえたらそれってどっかがおかしいってことですもんね」
「まぁ、そんなわけだから悪党にスキルを生やそうにもこっちから念話で話しかけない限り生えない可能性が高いわね」
「なるほど」
「これ以上念話を知る人間を増やさない方向でいいんじゃないかしら?」
「実際、必要かって言われたらそんなに必要なスキルでもないですからね」
前世での携帯電話の弊害を理解しているアマーリエは普及しなくても問題ないスキルとして念話スキルを扱うことに決めた。
グゥエン達も話し合いが終わったようで、銀の鷹とアマーリエに向かって決定したことを伝える。
「この念話スキルに関してはご領主様に報告いたしますが、これ以上念話スキル所有者を増やさない方向にします。よろしいでしょうか?」
「ああ、うちはメンバーだけが使えればいい。関係各所には秘密にすることに同意する」
ベルンがグゥエンの決定にまじめに応える。
「よろしくお願いいたします。さて、リエその後だ」
「その後はですね、マリエッタさんに状況を伝えた後は、シルヴァンと犯人の戦闘を見てました。犯人が力尽きかけたあたりでシールドを張った後に首だけだして石で拘束しました。顔だけだしたのは自死させたくなかったのと、シルヴァンを使って脅すつもりだったからです」
「なるほど、それで犯人たちの顔が出てたのか」
ダフネがウンウンと頷きながら納得する。
「とりあえず、シルヴァンにこちらの意図を酌んでもらわないことには話しにならなかったので、テイムすることにしました」
「いや、お前が単にテイムしてみたかっただけだろ」
ノールがすかさず突っ込む。
「スキルを獲得できる機会があるなら活かさないでどうしますか!」
「おまえ、これが、蟻の魔物だったら絶対テイムなんかしなかったろ?」
シルヴァンを指さしてノールはジトッとアマーリエを見る。
「…」
「ノール、それぐらいにしてやれ。それで、どうやってテイムしたんだ?米を与えたのか?魔力のこもった食べ物はそれぐらいしか持っていなかっただろう?」
「?」
「?」
意思の疎通が図れずお互いに首を傾げるアマーリエとグゥエン。
「グゥエン様、テイムするにはテイム相手よりも強いか、餌付けをすればいいんですよね?餌って魔力のこもったものじゃないとダメだったったんですか?」
「魔物はそもそも魔力を食って存在する。餌は魔力のこもったものじゃないと意味が無いと聞いているぞ?」
「あれー?わたしがシルヴァンにあげたのってただの鶏の揚げ物ですよ」
「…」
「…おかしいだろ?」
「ゴホン。そのマジックウルフが個体として変なのか、リエの作った食べ物がおかしいのかはこの際どうでもいいんじゃないか?」
「そうですね、ベルン殿。これ以上リエが何かをテイムすることはおそらくないでしょうし…」
「私、シルヴァンより強かったんでしょうか?」
あえて皆が濁そうとした部分をアマーリエは聞く。
「それはないぞ。明らかにその子のほうが強い。リエの作る料理が美味しかったんだ」
ダフネが胸を張ってはっきり言う。
「…テイマーが聞いたら泣きそうだな」
「ここだけの話にしておきましょう」
グレゴールとファルがこそこそと話しあう。
「リエ続きを」
「なんか納得いきませんが、とりあえずテイム出来ましたので、名前をつけてシルヴァンに犯人の口が滑らかになるように手伝ってもらいました」
「ちなみにどうやって?」
「顔のあたりを甘咬みしておいでと念話でイメージ送ってみました。シールドで防御してあるので、犯人には傷ひとつ付けられませんが、精神的ダメージはあったと思います。実際しゃべる気になってましたから。そこにちょうど受け取り側の犯人が来てしまいまして、シルヴァンと交戦し始めちゃったんです」
「…目の前に迫る魔物の大きな口ですか」
想像したミカエラがうつろな目をして、メモだけはしっかり取る。
「誘拐犯が、仲間に現状をしゃべろうとしたので、生活魔法で空気の玉を作って口に突っ込んどきました。受け取り側の犯人は魔法士だったたので、こっちも呪文が唱えられないように空気の玉を突っ込みました」
「リエ、あなた沈黙の魔法は使えなかったの?」
マリエッタが首を傾げて聞く。
「あるのは知ってますが、使われているのを見たこともないし呪文を知らないので使えませんでした。それに使えたとしても相手に耐性があったら効かない可能性があったと思うので猿轡のほうが確実だと思ったんです」
「…あんたって思考も柔軟よね。私も今度からその手を使うわ。そのほうが魔力の消費も少なくて済むし、確実に相手を黙らせられるからね」
「あ~その方法なら俺達でも魔法士を黙らせることが出来るのか。いいこと聞いた」
ダリウスが面白そうにニヤリと笑う。
「それで相手を黙らせて後どうしたんだ?」
「相手の足元を石で固めて転ばせて、石で閉じ込めました。その後しばらくして誰も来ませんでしたので、皆さんにシルヴァンを排除されたらまずいと思って自分の側に確保して、またマリエッタさんに状況を伝えて待機してました。後は皆さんが来て犯人確保となりました」
「自分の安全を確保したうえで、敵を無傷で無力化か。こちらも被害を出さずに済んだしな。これが無茶をしたならお説教だが、おまえさんの場合絶対無茶はしないからな。良くやった」
「魔力溜まりの魔力がなかったら、出来なかったと思います。そんなに魔力量ないので。ほんと運が良かったと思います」
「その運を活かせるだけの努力をしていたということだろう。とりあえず犯人はアルバンからバルシュに転移させて背後関係を検める。さて、リエ。後はお前のその魔法の才についてマリエッタ殿と共に詳しく話を聞きたい」
グゥエンが表情を改めて、アマーリエ自身の魔法の使い方について聴き始めた。




