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アマーリエを要に、騎士と銀の鷹のメンバーが扇状に砦跡の荒れた庭に座っている。
村の中で外聞を気にすることなく話ができる場所はなく、現場検証も兼ねて砦跡に向かうことになったのだ。シルヴァンはアマーリエの側に座ろうとしたところ、マリエッタの側で座るように言われ、大人しくその指示に従っている。
「えっと…」
全員の視線が集中する位置に座るアマーリエは自分が昨夜やらかしたことの不味さを認識した。実際、明るくなって見た温泉の岩屋は、ありえないほど堂々とその存在を主張していたのだ。朝早くにそれを見た騎士たちはどう思ったであろうかと、珍しく胃がすこしばかり痛くなった。
ふぅとため息を吐いてグゥエンが話し始めた。
「自分がやらかしたことを認識したようだな?」
「はい、申し訳ありません。グゥエン様」
「とりあえず、まずは昨日の拐かしの件からだ。転移の場にいたのは?」
「私とグレゴールさんにございます」
「何が起こった?」
「グレゴールさんが飼い葉桶を取りに向かおうとした瞬間、背後から羽交い締めされ、農民風の男が魔法紙と魔石を取り出して転移魔法を展開したところまでは記憶にございます。ものすごく気持ちが悪くなって意識が途絶えました」
「魔力酔いか?グレゴール殿?」
「はい、リエの言うとおりです。ダンジョンで見るような転移陣が発動し、二人の姿が掻き消えました」
「まだ、簡易な転移陣の完成は聞こえてこないが、これは報告事案だな。リエ続きを」
グゥエンの言葉に書記を務めているミカエラが頷いてメモをとっている。
「はい。気がついたのは、助けだされた場所の石床でした。崩れた天井から空が見え、すでに闇が降り、星が見える状態でした。私自身は一切、縄をかけられておらず、魔法による拘束もありませんでした」
「つまり目覚めれば自由に動ける状態だったと?」
「はい。犯人が一人ならば身動きを取れぬ状態にするはずだと思ったので、近くに見張りが居るのかと思いまして、身動きせず最初は星明かりだけで辺りの気配を探りました。何の気配もしませんでしたので、魔力感知を使ったところ、石壁が崩れたあたりに魔力溜まりを発見し、これ幸いと引きこもることに決めました」
「…他に仲間がいるはずだったのか?それとも何かが原因で縛る暇がなかったか?」
「可能性としては、シルヴァンと遭遇してしまって、そのまま戦闘に入った可能性があるかと思います。一端は引き離すことに成功したのかもしれません。その辺りは犯人本人に確認して下さい」
「わかった。それで?」
「引きこもりまして、魔力溜まりを消滅させ…」
「ちょっと待て。魔力溜まりの消滅?リエに出来たのか?」
「え、あ、今度マリエッタさんと一緒にやてみることになっていたのです。空の魔石は忘れないうちにと手渡されていたので、それを使いました。消滅の仕方は、マリエッタさんがやっているのを魔力感知もしながらみていたので一応理解していました」
「…わかった。危急の際ということで見逃す。見逃しはするが、報告はするからな」
「あう」
常々、なにかやる際には周りに確認と言われてきて、旅に出るまでは言われたとおりにやってきていた(あとでガミガミ言われるのが面倒だった)アマーリエだったが、地獄の獄卒から物理的に距離が出ることで油断していたらしい。後は、何よりもまず守りに重点を置いたため、危険に対する重要度が下がり実行に至ってしまったのだろうとグゥエンは判断する。
「リエ、お前は3年もすればほとぼりが冷めるだろうと思っているのかもしれないが、あの父に限ってそれはないと断言しておくぞ?3年後にきっちり取り立てられるか、アルバンにいる間に取り立てられるかは父次第だからな」
「ぐはっ」
グゥエンのダール評にアマーリエはがっくりと頭を落とす。
「ところで、マリエッタ殿、魔力溜まり消滅は誰にもできることなのでしょうか?」
「誰にでもとはいかないわねぇ。基本的に繊細な魔力の調節が必要だもの。リエは普段から繊細かつ器用に自分の魔力を調節できているし、魔石から魔力を取り出すときも同じように器用に扱っているわね。出来ると判断したから、やらせようと思ったの」
難しい顔をして聞いてくるグェンに、肩をすくめてマリエッタは答える。
「なるほど。魔力の扱いについての質問を後でするからな、リエ」
「はい。グゥエン様。続きですが、引きこもった後は、魔法光を使ってあたりを確認しました。獣の臭がしましたが、何もなかったので魔法光は消して、お腹が空いていましたので夕飯にしました」
「…その状況でごはんを食べる余裕があるんですか…」
ミカエラがポツリとこぼす。グレゴールがそれに同意するかのように頷いている。
「お腹が減っては戦が出来ないのです。騎士様」
「お前は、戦わんだろうが!」
「逃げるときにおなかすいてたら逃げられません」
「…わかった。それで?」
眉間をさすりながら、グゥエンが続きを促す。
「食べ終わった頃に、争うような物音が聞こえてシルヴァンと犯人が私のいる場所に来ました。その時犯人は左腕を負傷しており、シルヴァンの方は特に怪我をしている様子はありませんでした。その時はそのまま共倒れしてくれたら、助かると思ったんですが、犯人が死んでしまいましたら原因究明が滞ると思われましたので、一応犯人と交渉することにしました」
「…そこで犯人が死んだらかわいそうと欠片も思わないあたりが、お前らしいね」
ノールがため息を吐きながら言う。
「誘拐の場合の罰は?」
アマーリエはむっとしながらこの世界の刑罰を問う。
「誘拐された相手にもよるが、おまえさんの場合はうちの領地の要っていうのもあるから死罪だな」
「だったら、今ここで死ぬか後で死ぬかの違いだけでしょう。むしろ後で拷問されて洗いざらい吐かされて死ぬより先に死ぬほうが優しいんじゃないですか?それとも取引で罪の軽減とかするんですか?」
「軽減はないな。生きていられる方が面倒だからな」
「でしょ?」
アマーリエの容赦の無さは、支配者階級のそれとさして変わらない。いや、支配者階級の意識を理解しているからこそ、それを利用し、自分の意志を尊重するのだ。アマーリエは自分が生まれたのがバルシュティンでよかったと思っている。3代居る、領主たちは揃いも揃って懐が深く器量がでかい。稀なことだ。運が良かったとしかいえない。ただその運にあぐらをかけば、見放される。アマーリエは、見放されないよう自分の最善を尽くしてきているだけなのだ。考え行動することを怠れば、呆気無く人は運から見放される。
「それで取引とは?」
「こちらの条件を飲むなら、シルヴァンから助けてもいいと言いました」
「おまえさんさ、それ助けるつもりじゃなくて、なるべく無傷で拘束するつもりだったろ?後で拷問しやすいように」
「当たり前じゃないですか。体力なくて、なんにも情報漏らさないまま死なれたら、拐かされ損じゃないですか」
「何でしょう、このイルガよりも騎士向きな発言は…」
「ミカエラ、こいつの容赦の無さは敵味方関係なく発揮されるからな」
「無差別なんですか…」
「失礼な!味方にはちゃんとフォローいれてますよ!」
「お前の場合は餌で釣ってるだけだろ! 」
「美味しいもので癒しているだけです」
「…モノは言いようだな。一つ賢くなった」
「「「いやいやいや、倣わなくていいですから!」」」
必死な部下の発言をまるっと無視してグゥエンはアマーリエに続きを促す。
「とりあえず、転移の魔法が気になったので戦闘中で余り考える余裕が無いだろうと思って、犯人に転送陣で逃げないのかと尋ねました」
「ふむ」
「『チッ、うるさい!あれはここに飛ぶだけの一度きりのものだ。くっそう、ここで落ち合うはずなのに!』が答えでした」
アマーリエは脚色することなく犯人に言われたままを答えた。
「つまり、あの転移魔法陣はすでに場所が指定してあったということか?」
「ああ!それで完成出来たわけね」
ポンと手を打って納得したようなマリエッタに周囲が怪訝な視線を向ける。
「マリエッタ殿?」
「今まで開発中の転移魔法陣は場所固定じゃなかったのよ。発着点は魔法展開時に指定する様式で開発が進んでいたんだけど、どれも不発に終わったわ。そりゃそうよね、そもそも転移の陣は発着点を魔力で入口と出口を重ねあわせて、人をこちらからあちらに移すものだったんですもの。転送陣は発送地点から着地点まで物を移動させる魔法だったから発着点の後書き込みで問題なく完成したんだわ。転移陣は発着点を明快に書き込んでその場所に魔力を生じさせて繋げる必要があったわけね。なら、簡易転移陣は今度こそ作ることが出来るはず。ギルドの開発局に連絡いれなきゃ」
「そうなったら、今までの流通も変わりますよね!」
「んー、魔力がどれぐらいかかるかまだ今の時点ではっきりいえないわ。昨日の魔力展開から見ても、この短い距離にかなりの大きさの魔石が消費されてるわ。まだまだ普及するっていうところまでいかないんじゃないかしら?」
「そうですか。残念です」
「リエ、マリエッタ殿その話はまた後にでも」
「あ、申し訳ありません」
「ごめんなさいねぇ」
「それでリエ、落ち合うはずだったとは?」
「犯人以外に人がいなかったので、遅れているのかシルヴァンのお腹の中の可能性がありました。嫌がらせにシルヴァンのお腹の中説を言っておきました」
「そう言われりゃ、焦っただろうな」
「ええ。誘拐の主犯の名前を言ったら助けるといったのですが、強情に喋らないと言われたので、もう少し追い詰める必要があると思い、以降変化があるまで無視することにしました」
「…どっちが犯人なのかわからなくなりました」
ポツリとファルがこぼす。
「ファル、最初にリエを拐かすほうが悪いの」
マリエッタがあっさり言う。
「そうですよね。そうなんですよね…」
被害者らしさが欠片もないアマーリエに何とも言えないもやっと感を抱いたファルだった。




