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ダンジョン村のパン屋さん1〜ダンジョン村道行き編  作者: 丁 謡
第1章 城下町のパン屋さん
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客間へ入ると領主は、アマーリエに席につくように勧め、早速本題に入った。

「アマーリエはアルバンのパン屋が隠居するという話は聞いているかい?」

「はい、父からそのような話は聞いております。かなりのお歳でさすがに体力が保たなくなっていると。今はまだアイテムボックスがあるからパンの供給に影響は出ていないそうですがそれも時間の問題とか」

「そうなんだよ。あそこは村に一軒しかパン屋がないんだけど、跡継ぎが居なくてね」

「そうらしいですね。ご領地に属するパン屋の中から職人を選んで送る話になっているとも聞いておりますが…」

「うん、その件なんだけどね、城下のパン屋と各村の役場の者を呼んで話をしたんだけれど、色々先の話も出てきちゃってねぇ」

「いったいどのような?」

「端的にいうと、君の将来かな」

「私の将来にございますか?」

「うーんどこから話せばいいかな。君がまだ5歳になるかならないかっていう頃の話なんだけど。モルシェルのパン屋は君が生まれてしばらくしてかなり斬新な商品を出すようになって、色々あったの覚えてるかい?」

「ああ、ありましたね。私とご領主様の誘拐事件とか今後レシピをどうするかとかのあれですね」

「そうそう、あの事件のおかげで古いレシピや他の業種のレシピなんかの問題も噴きだしちゃってさ、大変だったよ。まぁ、モルシェルの親方が案を出してくれたからそれで上手く収まったけどね。あれには父も色々と親方に感謝してたよ」

「ありがとうございます。でも問題のきっかけが我が家にあったのは確かなのでご領主様にもご隠居様にも大変ご迷惑をかけてしまいました」

「あれは、まぁ、雨降って地固まるってやつだよ。いずれはでた問題さ。アマーリエは気にしなくていいよ」

「失礼いたします。お茶をお持ち致しました」

マルセルの持ってきたお茶とお菓子を堪能し始めた領主を横目に、アマーリエは領主の言ったレシピ問題を思い出す。

アマーリエは、生まれた時から前世の記憶が残っていた。

前世では米農家に生まれてパティシエールとなった女性だったが、今生では異世界のパン屋に生まれ、そしてギフト(天恵)スキルとして錬金術を持って生まれてきていた。

ギフト(天恵)スキルは先天的に取得しているスキルで、これは人によって与えられるものが違う。また、様々な条件が重なって後天的にスキルが発生する場合もある。これらのスキルを活かしてこの世界の人達は生活を営んでいるのだ。

錬金術に前世知識チートキタコレと考えなしに5歳の頃から自分が作ってみたいパンやお菓子を作り始めたことが領主の言うレシピ問題へと発展したのだ。

その当時はどの国も何かを作る際のレシピ(材料に作り方)は基本一子相伝、広くても同じ流派や血脈にのみ伝えるといった閉塞した環境であった。

当然、狭い範囲にのみ伝える状況ではその技術が途絶えることもしょっちゅうのことであった。技術を伝える前に技術者が死んでしまうとか伝承する者に素養がなくて完全に継承できないといった問題だ。

幻のレシピの如何に多いことであったか。

そんな中、誰にも目新しいパンやお菓子のレシピを次々と出すモルシェルの店は、他の店の嫉妬を買ったり、欲に駆られた者に無茶を言われたり、様々な思惑を持つ者に絡まれ始めていた。

そして、とうとうお忍びで買い食いに来たご領主(その頃はまだ跡継ぎの若様だった)もとばっちりを食うことになり、アマーリエと巻き込まれたのが誘拐事件である。誘拐事件では、アマーリエが錬金術で作った土の壁に二人で閉じこもることによって、傷ひとつ負うことなく助けだされ無事に解決に至った。だが、その状況を重く見たその当時の領主は、レシピに関する根本的な問題を解決するべく動くことに決める。

冒険者ギルドや商業ギルド、農協や漁業組合などなど関連する関係部署を一斉に呼び集め、会議を開き、レシピに関する法律を各ギルド、組合毎に草案を出させた。

その際に、前世の特許制度と税制度を絡めたちょっとしたアイデアを簡易な言葉で父親に耳打ちし、領主の政治へと影響させたのがアマーリエである。一応は、自分がやらかしたことの尻拭いをしただけなのではあるが。

もちろん、この法案が決まるまで紆余曲折様々な出来事があったが、この辺りは当時のアマーリエには関連してこないので割愛とする。

そして出来た法律が新・旧レシピ登録制度とレシピの公開制度及びレシピ課税制度である。

詳細はアマーリエの前世にあった特許制度や著作権などにより近いものとなっている。

こうして辺境伯領内で決まったレシピに関する法律は、このあと国、世界へと広がっていったのである。

「はぁ、幸せ、美味しかった。ウン、ほんと最高だよ、君のところのお菓子。それでね、君が成人してから、君のところのレシピに関して店のものと君自身が権利を持つ物とになっただろう?」

切なそうにシュークリームの載っていた皿を見つめるご領主に、アマーリエはダールに視線で許可を求めてから、自分の分のお茶菓子を差し出す。とたんにキラキラ輝く笑顔になる領主に、アマーリエは苦笑を浮かべる。

「なりましたねぇ。父が、私が店を継ぐにしても婿を取ることになってもどちらになっても私が困らないようにと成人してからは私が作った一部のレシピに関して私が個人で権利を持つようにと申しまして」

「うん、親方の親心だねぇ。それと、君の技術だね。それらがね、この間のアルバンの後継問題会議で色々と他の奴らの物議を醸し出しちゃってね」

「あーつまり私がどこかよそに嫁に行くことでレシピが流出しちゃったりとか、他の人が手に入りにくくなるような状況ができたりとか私自身の安全等々ですかね?」

「そういうこと。で、最初は、君の技術が一定層に広まるまではモルシェンの店ごとアルバンに移転するってことだったんだけど、なんにも見ないで技術が身につくかって他の職人から大反対。まぁ、僕もおいしいパンやお菓子が食べられなくなるのは嫌だったんでその反対は受け入れたんだよ。次案として、君の安全を確保するために、この領地でなにげに一番安全なアルバンのパン屋を君が3年ほど一人でやりくりすることになったんだよ。で、その間にモルシェンの店で次代の職人候補を育てるのと平行してみんなで君の婿候補を探して、君の弟子候補を育てることになった」

「は?」

「大丈夫。みんなで厳選に厳選を重ねてこれなら問題無いっていうのを何人か見繕ってその上で君に選んでもらうから」

「いやいやいやいや、大丈夫って、ちょっと待って下さい!」

「ごめん待ったなしなんだ。実は君を狙う質の悪い奴の情報も入っていてね。上級者ダンジョンのあるアルバン村は、許可を持つ者しか入れないように結界が張ってあるから、君は村の中にさえいれば絶対に安全なんだよ。君の命とレシピのためにも3年!3年だけ我慢して!お願い!その間にちゃんと職人育てるから、ね?」

「アルバンに行くのは、理解りました。むしろ感謝します。職人や弟子の件もです。でも婿って何?せめてそこに恋愛要素ください。せっかく平民に生まれてるのにあんまりだ。見合い結婚?見合い結婚なのか?」

「あーそこはそれ、嫌なら断って全然いいから。興味もわかないのと一緒に暮らす意味なんてないからねぇ」

「アルバンで好きな人できたらどうするんですか!」

「今好きな人居ないんだね、あーよかった。恋人を引き裂く悪魔な領主なんてゴメンだよぉ。アルバンで好きな人ねぇ。基本あそこって究極の職人や上級冒険者が殆どで君の歳に近い人って殆ど居ないよ。職人さんは嫁持ちどころか孫持ちだし。君って枯専?」

昼行灯と思われがちなご領主だが、なにげに交渉能力はダールに鍛えられているのだ。

「基本年上好みですが枯れてるとこまでは行きません!」

「じゃぁ、きっと大丈夫だよ」

「いや、大丈夫ってあんた、そんな」

あまりのことに言葉遣いからねこが剥げ始めているアマーリエに領主は反論を与えるすきを与えないために今後の予定をノンブレスで言い切った。

「で、一応了承をもらったってことで、1週間後にアルバンに向けて出発だから。君を送り届けるのはうちの精鋭部隊と冒険者ギルドからアルバンでスキルアップする予定のA級冒険者のクランだから。色々必要な物に関しては親方とかうちの騎士団長とかギルドの人とかと相談してね。あ、明日一応随行員と顔合わせするから、またマルセルを迎えにやるね。こんなもんかな。ダール?」

「新しいレシピのパンやお菓子を作りましたら転移魔法でこちらに送ってくださいませ、若様が食べに行くと言い出しかねませんから。転送魔法陣はちゃんとこちらで用意しまして荷物にまとめますのでご安心ください。ああ、レシピの登録等はアルバン村の役場でできますからきちんと済ませてくださいね」

「(そこかっ!?そこなのか?)わかりました。ただ、本当に婿に関してはどうでもいいのでむしろ何もしない方向でお願いします!」

ダールさえ抑えれば婿話は立ち消えるはずと気合を入れてダールを見たアマーリエであったが。

「アマーリエ、3年こちらと離れてしまうんです。あなたその時お幾つです?行き遅れになってしまいますよ。私達にドーンと任せなさい。よろしいですね?それからうっかり変なのに釣り上げられないようにくれぐれも気をつけるんですよ?あなたときたら小さい頃から変なのに引っかかりやすいんですから。まぁ、アルバンは身元の怪しい者はいませんから大丈夫ですが、それでも商人や旅行者、稀に来る人物には注意してくださいね。一応あなたの護衛も依頼しておりますから身の安全は保証します。けれど貴方自身の心はあなたがしっかり盗まれないようにしてください。よろしいですね?」

「…はい」

「大丈夫ですよアマーリエ、私があなたの恋愛嗜好をきちんと把握しております。これぞというものを見繕って差し上げます。ご安心ください」

「いや、あたしの好みを把握って何?何なのさ?なんだろう…この安心できない泥船気分は?」

満面の笑みで答えるダールに、アマーリエを思わず本音をこっそり漏らしてしまった。

「なにか?」

「い、いえ何もありません。とりあえず明日のお迎えはいつ頃ですか?」

婿問題はその時になったら何とかしようと問題の先送りを決めたアマーリエだった。

「今日と同じく鐘5つかな。初めての旅になるだろうし、色々わからないことを書き出しておくといいよ。じゃぁマルセル、アマーリエを家まで送ってあげるように」

「はい、主様。さぁ、アマーリエさん、こちらに」

「あ、う、ではまた明日に。失礼致します」

知らないうちに様々なことで外堀を埋め尽くされて呆然としていたアマーリエはマルセルに慰められながら家路に着きましたとさ。

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