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ベルンは自分の前にアマーリエを乗せるとハルを走らせる。シルヴァンはリルとハルが怯えるためにマリエッタの魔法馬の側を並走している。
「ダフネ、近くに水の有りそうなところはないか?リルとハルに水をやりたい」
ベルンがハルの様子を見て歩みをゆるめ、ダフネに確認する。ダフネは立ち止まって周りを見、音を聞く。
「こちらの方に沢があるが少し距離がある。この月夜で道を外れると足元が危ない気はするが」
「馬を降りて、足元を魔法光で照らそう。馬は闇夜でも見えてるから、余り明かりを上げすぎるなよ」
「こっちだ」
ベルンはアマーリエに手を貸して馬からおろし、ハルを連れてダフネの後を追う。グレゴールとファルもリルから降りてその後を追う。マリエッタとダリウスは魔法馬に騎乗したまま続き、その後ろをシルヴァンが続く。
ダフネが草を払いながら道を開く。しばらくするとせせらぎの音が聞こえ、沢に着いた。
馬二頭を川のそばに寄せ、水を飲むように促す。
「ここで、とりあえずご飯にしませんか?ダフネさんが空腹で倒れそうな?」
「「「「「ないない」」」」」
「むっ、お腹は空いているぞ!」
「まあ、特に警戒するような気配もないし、どうせなら食べちゃわないか?」
「それもそうだな。村についてもどのみち携帯食くって寝るだけだしなぁ」
「では、では」
アマーリエは、ハヤシライスの素のマグとおにぎりを配る。
「ここにおにぎりいれて、食べると美味しいですよ」
「はい、ダフネさんはテールシチュウもつけましょう」
「おお〜」
「クゥ」
しっぽを振って待つシルヴァンに、干し肉を与える。
「ん?魔物って食べるのか?」
「いえ、他の魔力を奪って生きてるんじゃなかったでしたっけ?」
「…ようわからん?今度知り合いのテイマーに詳しい話を聞くか」
「そうですね。勝手に魔力奪われたなんて騒動になったらいけませんし」
「普通に漂ってる魔力で足りるんじゃないんですか?」
「いやー、魔力溜まりの魔力を溜めてるわけだから、その分が無くなったらやっぱり足りない分だけ補充するんじゃないの?」
「んじゃあ、魔石もたせたほうがいいですよね」
「魔石を飾りにして首輪でもつけるか。そのほうが使役獣だってわかりやすいしな」
「そうね。ところでリエ、あんたは食べないの?」
「ああ、気がついてすぐ壁の中で食べました」
「…しっかりしてるね」
「腹が減っては戦は出来ません!」
「…いや、そうなんだけどね」
「気にするだけ無駄よ、グレゴール」
「うん」
見た目は17歳の普通の女の子だ。それがどうしてこうまで歴戦の戦士並みの胆力になったのか…。グレゴールはアマーリエの将来をこっそり胸の中で心配したのだった。
「ふぅ、うまかった。満足」
無言で食べることに専念していたダフネは、すでに食べ終わってしまった。物足りなさそうなダフネに塩揚げ鶏をアマーリエは渡す。それをジーっと見るシルヴァン。根負けしてアマーリエはシルヴァンに塩揚げ鶏を食べさせる。
「やっぱり米は味がある方が食べやすいな」
「これも美味しいですね」
「…あれ?」
川面に魔法光を灯したアマーリエが何かに気を取られてそこに行こうとするが、すぐさまベルンに首根っこを押さえられる。
「はい、待った」
「あう」
「どうした?」
「あそこに湯気みたいなの上がってません?」
「ああ、見えるな。温泉か?」
二人の会話にマリエッタとダリウスは湯気の上がる方へ視線を向ける。
「みたいね。行ってみましょうか」
マリエッタとダリウスが湯気の上がる辺りに行く。湯気の上がる川面に手をかざし、指を入れる。
「結構熱いわね」
「ああ、あそこから湧いてて、川の水と混じってこの温度なんだろう」
こんこんと湧き出る熱湯らしきものを指さしてダリウスが言う。
「私も見ますー」
「あ、こら!リエ、足元気をつけろ」
「はい〜」
シルヴァンはちょこちょことアマーリエの後ろをついていく。
「うーん、とても誘拐されてた人間に見えない」
「…無理して…そうにはみえませんね」
「うん、いつものリエだ」
良い事のはずなのに、どこかもやっとするグレゴールとファルにダフネが気にするなと肩を叩く。
「オー、温泉ですね。源泉の温度は結構高いみたい。泉質は…無臭、手を入れると気泡がつくな。炭酸泉かな?なら、これ使って炭酸せんべいや蒸し饅頭作れるじゃないか!温泉まんじゅうもいけそうだー。でもあんこ?」
「なに?また食い気?」
「ムッ。この場所をちゃんと整備して、風呂場に改造すれば美肌の温泉としてお客が呼べます!」
キリッというアマーリエにマリエッタが掴みかかる。
「美肌ですって!?」
「はい、お肌をつるつるにしてくれますし、薄毛も緩和されます。血行が良くなり、お通じも良くなります」
「持って帰るわよ!」
マリエッタの鬼気迫る顔にダリウスがため息を吐きながら止める。
「持って帰ってどうするんだよ?」
そうこの世界、専ら生活魔法の浄化できれいになるので、洗濯という概念もお風呂に入るという概念もない。天然の温泉溜まりがまれに見つかり、そこに入ることはあるが、奇特な人間だけである。
「あー、風呂場ってないですもんね。風呂桶もないわ」
「ふろってなによ?」
「お湯をいっぱいためた場所で、そこに身体を沈めて体の緊張を解いたり、一日の汗を流す場所です。お湯に浸かることで身体が温められ、血行が良くなり、水の浮遊力で内蔵も浮かぶので体の中の緊張も緩和され、体に良いことづくしなのですよ」
前世でお風呂生活が普通だったアマーリエはわざわざ父親を泣き落としてお風呂場を作った。錬金術で浴槽を生成し、生活魔法でお湯を溜め、仕事の後の疲れを取るために風呂に入っていたのだ。いつの間にか両親も風呂にはいるのに慣れ、そのリラックス効果と冬場のあったかさは必須となり毎日風呂にはいるようになっていた。ただこれに関しては、内々のことにしており(ダールには内緒に出来なかった)、外にはあまり広がっていない。たまにアマーリエのところで泊まることになるよその職人が気に入って、自分ちに作ることがあるだけだ。風呂釜いっぱいに水を出すとかそれをお湯にするとか、後でその水を消すとかなにげに魔力を食うので、そのあたりを解消できた人間しか風呂場を作れないのだ。ちょっとした隠れ贅沢品である。
「そうなんですか!?」
アマーリエの話にもう一人が食いつく。
「ええ、寝る前にお風呂に入ると更にいいんですよー」
「作りましょう!お風呂!」
「魔石ください。あったら作ってみせましょう!」
「「はい!」」
「錬成!」
マリエッタとファルに手渡された魔石を両手に握りしめて錬金術を展開するアマーリエ。あっという間に大浴場の完成である。男連中は口を挟む間もなしである。
源泉と川の水は天然簡易フィルター(要は石や砂利、砂を重ねて水を通す昔ながらの方式)を通すようにし、岩で囲い、石の床にした風呂場を作りそこに流し入れるようにしている。温度調整のため川の水が多くなるようにしてあり、あふれたお湯は川に流れこむシステムにしてある。後で、魔道具屋にフィルターの部分を常時発動する浄化魔法フィルターに取り替えてもらえば完璧だ。
そして、そこの三方と風呂自体を男湯と女湯に仕切る壁と屋根のある岩屋が出来、前面は景色が見えるようにしてある。
「「「「「「…」」」」」」
「どうせだから入って行きましょうか」
呆然としたまま、入浴方法(日本式)をレクチャーされ、温泉でゆったりと色んな物を洗い流した銀の鷹のメンバーだった。シルヴァンも別の浴槽が追加され、そこで気持ちよさそうにお湯に浸かっている。
「「「「はぁああああああ」」」」
「クゥウウウ」
「これはいいわ〜」
「今までにない感じです」
「はぁ、足が伸ばせるお風呂って素晴らしい。ああ、内臓が浮いてる浮いてる」
「ふぅ、気持ちいい」
「ワウワウ」
向かいの壁でも男連中がだれきっている。
「…はぁ心の疲れもどこかに行くなぁ」
「素っ裸で、この緊張感の無さ。いいんだろうか」
「まぁ、なんとかなるさ」
「あ〜星が綺麗だなぁ」
「ほんとだ。こんなにゆっくり夜空を見たのも久しぶりですねぇ」
「なんかこう旨い酒が欲しくなるなぁ」
「だなぁ」
しばらくしてアマーリエが出ることを促す。
「湯あたりしたらヤバイんであがりましょう。また明日、魔力溜まりの確認したら入って帰りましょうよ」
「そうねー」
「すっきり」
「あ、なんかお肌がつるつるします」
「どれ?お、ほんとだ」
「ん、尻尾の毛並みが良くなったか?」
「いや、さすがにそんな急には効果出ませんよ」
「おーい着替えたか?」
「ちょっとまってー」
「はやくしろー」
「はいはい」
さっと、生活魔法で水気を飛ばし、服に浄化をかけて着替える。シルヴァンもアマーリエたちのやり方を真似て毛の水分をとばす。
「さ、戻りましょうか」
「あ、源泉ちょっと汲んで帰ります」
「ああ、料理に使うんだっけ?」
「はい、酵母の代わりに使えるんですよね。明日ここで蒸しパンでも作ろうかな」
「ちょっと村から時間がかかるのが難点ねえ」
「どうせならこの近くに木賃宿でも作って村の人が時々管理する感じでいいんじゃないでしょうかね?後は村の近くにも温泉が出そうな場所がないか探して掘ってみるのもいいかもしれませんし」
「村興しになるな」
「いいもの見つかって良かったです」
「後はご領主様と村の人の仕事ね」
「ですねー」
「うん。身体が軽い」
「身体がぽかぽかしていいですねぇ」
「かなり、体が冷えてたってのがよくわかるわね」
「冷めちゃわないうちに、戻りましょう」
アマーリエ達は村に戻り、リルとハルの世話を済ませると、早々に納屋で寝に入った。




