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死闘を繰り広げる魔物と犯人を横目に、アマーリエは取りあえず出来るかもしれないという仮定だけで念話を行ってみた。
「イメージイメージ。まずは相手を思い浮かべる。マリエッタさんが一番魔力感応度が高そうだな。ということでマリエッタさん受信先決定。んで、言葉に魔力を乗せて、マリエッタさんに直接話しかけるようなイメージで魔力を送ると…」
『マリエッタさーん聞こえますか?』
「お、スキル生えた〜。念話だ!これはいける!」
スキルが生まれると何のスキルが生まれたのか何となく分かるようになっているのだ。より具体的なスキルがわかるようにするためには、神殿のスキル確認水晶で確認するのがいいというのがこの世界の常識だ。
『マリエッタさん!聞こえたら、私の言うとおりにやってみてください。私の顔を思い浮かべて、言葉に魔力をまとわせるというか載せるような感じで、わたしに直接話しかけるようなイメージでその魔力をわたしに送ってみてください』
しばらく間が空いて、マリエッタの思念が飛んでくるのを感じる。
『リエ!やってみたわよ!念話。スキル生えてたわ。聞こえる?それで今どこでどういう状態か話せるの?』
『聞こえてます!やったー。やっぱり魔法ってイメージが大事なんですねぇ』
『聞こえてるなら、現状を話す!魔法のことは後でいいから』
マリエッタのリアリストぶりに苦笑を浮かべながら、アマーリエは現状を端的に説明する。
『えっとですね、依頼を受けてた砦跡の魔力溜まりのところにいます。1階で天井が崩れて空が見えてます。狼系の魔物が一匹生まれてまして、現在、わたしを拐った農民の風体の男が交戦中です。他に居ないので魔物は一匹だと思います。ちなみにわたしは子供の頃に誘拐された時のように、おとなしく防御に徹してますので、その詳細はノールさんにでも聞いてください。後、ここでどうも落ち合うようだったらしく、また犯人側の戦力が増える可能性があります。今のところはそんな感じです』
その後、マリエッタから念話が飛んでこないのでとりあえずこっちに向かっているのだろうとあたりをつけ、大人しく魔物と男の戦闘観察に専念した。
男のほうが劣勢になっており、そろそろ助けてやるかと男が倒れたところでシールドを張ってやる。シールドに噛み付いた魔物はその感触に驚いて飛び退る。
そのタイミングでアマーリエは男の頭だけ外に出して後を石で覆ってしまう。全部覆うと男の状態がわからなくなるというのもあったが、魔物を使って拷問するつもりなのだ。
どこまで、男の精神が保つかは救出部隊の到着次第である。運が良ければ男は助かるだろう。まあ、最も騎士に拷問されるだけの話ではあるが。
魔物は恐る恐る男に近づき、男の頭に鼻を近づけ匂いを嗅いでいる。次いで、前足を置いてぷにぷにとアマーリエの構築したシールドを触っている。
男の顔は真っ青だ。
「話す気になったらいつでも言ってねー」
そう言って、アマーリエはリュックから塩揚げ鶏を取り出すと、石の隙間から魔物に向けて放り投げる。
目の前に落ちてきたものを慌てて避けてあたりを見回す魔物。そろそろと塩揚げ鶏に近づくと匂いを嗅いだ後、パクリと食べてしまう。美味しかったのか、尻尾を揺らしながらそわそわと歩き始める。
この世界にはテイマーという職業もあり、魔物をテイムして使役することを生業にしている。先天性のみのスキルというわけでもなく、後天的に生えてくるスキルでもある。
救援が来るまで、やりたいようにやると決めたアマーリエは、テイマーのスキルが生える機会は今しか無いと、餌付け戦法を試みているのだ。もう一個塩揚げ鶏を取り出して、魔物の前にほり投げる。今度は匂いもかがずにパクリと食べてしまう。そして、塩揚げ鶏が飛んできた方向を見て尻尾を振りながら座り込む。
「狼ちゃん、もう一個欲しいか?ほれ」
そう言ってアマーリエが放り投げた塩揚げ鶏を魔物は空中キャッチして咀嚼する。食べ終えると魔物はトテトテと壁の前に座り込みしっぽをふる。男はその様子を見ながら、とりあえず魔物が自分から離れてホッとする。なんだかんだ言いながらもアマーリエが男を助ける気があるのだと安心したのだ。
次にアマーリエはシールド状態の手を壁から出して、魔物の鼻面に塩揚げ鶏を見せる。食べようとした瞬間にアマーリエは念話で待てのイメージを魔物に送りながらストップを掛ける。
「待て!」
食べようとしたのをやめて待つ魔物に、ゆっくりと次の命令をかける。
「伏せ」
動作をイメージで同じように送ると、理解したのか魔物がその場で伏せを取る。
「よし、いい子。はいご褒美」
そう言って、魔物の前に塩揚げ鶏を落とす。魔物はいそいそと塩揚げ鶏を食べる。そこでアマーリエはスキルの生える感覚を覚える。
「やった?やったか?よっしゃー!名前つけよう名前〜。シルヴァン!お前はシルヴァンだよ。さて、ちょっとあそこのおっちゃんが、おしゃべりしたくなるように手伝ってちょうだいな」
アマーリエはシルヴァンに男の顔にかる~く噛み付くイメージを与える。
シルヴァンは素直にそのイメージ通りに男の側に近づき、カパッと口を開けて甘咬みする。シルヴァンとしてはこの変な感触のする物が気になってしょうがないので、カジカジとかじってみる。
「!!!!!!!」
男の目には魔物の牙の並ぶ真っ赤な口内が見えている。そして、アマーリエがこの防御を解いてしまえばぱくりとやられるのは時間の問題に男は感じたのだ。
「おっちゃん、大人しく喋れば、とりなすぐらいはしてやってもいいぞー。私の拷問より騎士の方がえげつないかもしれんぞ?どうするよ?」
騎士たちがそこに居たらそれは絶対にないと否定したであろう。
「話す!話すからこいつをどけろ!」
なまじ魔物が離れてホッとしていたところに、この扱われようだ。あっけなくしゃべろうと口を開いた。
そこに、火魔法の攻撃が入る。シルヴァンは攻撃を躱してアマーリエのいる方の壁で迎撃体制に入っている。
もちろん、男は無事である。アマーリエのシールドはマリエッタのお墨付きである。
「なんて様だ!ちっ、あの魔物か?ファイア!」
シルバヴァンは突然現れた魔法士の攻撃をステップで避ける。
「くっ、おい!お前、そこから出れんのか?」
「無理だ!そこの…」
しゃべろうとした男の口に、アマーリエが生活魔法をアレンジして空気のボールを口に突っ込む要領でフタをする。ここであんまり奥まで詰めるとえづいて、胃のものが気管に逆流して危ないので、そうならないだけの調整はする。状態異常の沈黙魔法でも持っていれば使ったかもしれないが、耐性があったら弾かれる可能性もあるので、アマーリエが出来る最善をとったのだ。ただそれが男にとっては最悪の状態になっただけなのだ。
そして、アマーリエは念話で状況の変化をマリエッタに伝える。
「おい!どうした?」
大きな口を開けてアガアガなっている男に、魔法士は焦るが、シルヴァンがターゲティングしているため身動きがとれない。
また、詠唱をしようとする魔法師の口にアマーリエは同じ要領でフタをする。
「!」
そして、魔法師の足元を石で固めはじめ動けないようにする。何とかしようとして暴れる魔法師が体勢を崩してコケる。すかさずアマーリエはまた頭だけ残して魔法師を石の壁に閉じ込める。ただし防御魔法はなしだ。その後、しばらくしても他に犯人が駆けつける様子もないので、男の防御魔法も解除する。
『シルヴァン、こっちおいで』
念話でシルヴァンを呼び、壁に近寄ってきたシルヴァンを中に取り込む。シルヴァンは驚いていたようだったが、すぐにアマーリエの匂いと塩揚げ鶏に大人しく側に座り込んだ。
『マリエッタさーん、とりあえず犯人二人を無力化して確保しました。他に犯人は居ないようです。今どのあたりですか?』
『あんた何やってんのよ!今丁度砦が見える辺りよ、もうすぐ着くわ!』
『色々ですー。魔物はテイム出来たので安心してください』
『はぁ!?』
頭を突き抜けるマリエッタの絶叫にアマーリエは頭を抱え込む。シルヴァンが心配そうにアマーリエの方に鼻面を寄せる。
「うう、大丈夫。マリエッタさん念話に慣れるの早すぎ」
『ダフネさんに、夕飯早く食べたきゃ急げとお伝え下さい』
『伝えなくっても過去最高速度で走ってるわよ!』
『ありゃ?なにか通じるものがあったのかな』
『着いたわよ!どっち?』
『月がこちらから見えてます』
『わかった!』
外から騎馬の足音が聞こえてきた。
「はぁっ!?」
突然声を上げたマリエッタにダリウスがビクリとする。
「マ、マリエッタ?」
「急いで、共犯者が増えたわ!」
「リエは?」
「無事!冗談言えるほど余裕かましてるわよ!ダフネ!犯人二人はなんか無力化して確保したって言ってるから、そのまま突入しても大丈夫そうよ!」
「着いたぞ!リエの匂いと他の匂いが色々する!」
「あっちの月の見える側よ!」
ダフネが勢いを落とさずそのまま、アマーリエのいる場所へ外から向かう。ベルンたちも馬を降りダフネを追いかける。騎士たちは馬を降り、砦の内側へと向かう。
ダフネは崩れた天井に飛び上がり、中へ入り込む。
「居たぞ!犯人二人だ。リエ!どこだ!」
「後ろの壁です。皆さんが来たら魔法解きますので、犯人の確保お願いします」
「わかった」
「壁崩すから、ダフネどいてなさい!」
「ああ」
マリエッタが火の攻撃魔法を放って壁を崩す。
「…こんな派手な救出したの初めてだよ」
グレゴールがセオリーを無視した行動に呆然とする。
「あの子が居たら常識のほうが遠慮するんだからしょうがないでしょ!ほらいくわよ!」
銀の鷹のメンバーが揃った段階で、騎士たちも部屋にたどり着く。
「魔法解きますよ!」
「ああ」
犯人二人を閉じ込めていた石壁が床石に戻る。
「確保!」
騎士が犯人二人を取り押さえ、魔法士に沈黙の轡をはめる。農民風の男には治癒魔法をかける。そして、別行動騎士チームが犯人たちを連行していく。
「リエ、出てきていいぞ」
「はーい。皆さん、ありがとうございます。なんとか無事です。魔物も一緒なんですけど、攻撃しないでくださいね。テイムしたんで」
出てきたアマーリエと攻撃意志のない狼の魔物を見て騎士たちは顔をひきつらせる。銀の鷹は仕事柄テイマーと組むこともあるので攻撃意志のない魔物を見て納得する。
「…テイムした?」
「リエ殿、テイムスキルをお持ちでしたか?」
ミカエラが疑問に思ってリエに尋ねる。
「今生やした!」
「…ないわ。ほんとないわ」
ドヤ顔するリエにノールがブツブツと文句をいう。
「シルヴァンです。ホイ、ご挨拶」
アマーリエの言葉にシルヴァンが軽く頭を下げてみせる。
ダフネが思わずシルヴァンを睨みつけると、あっさりシルヴァンは腹を見せた。
「ん、わたしもスキルが生えたぞ」
「え、ちょっと~そんな簡単にテイムのスキルって生えたっけ?」
グレゴールが納得いかないとばかりにシルヴァンを指さす。
テイムの仕方として、餌付け、力差の明確化等がある。ダフネには負けるとシルヴァンは感じたのだ。
「どれ」
ダリウスが威圧すると同じようにシルヴァンは腹を見せた。
「うん、俺も生えたぞ。なんか、久々にスキルの生える感覚だ。こそばゆい」
「えー」
「シルヴァン、逆らったらダメな人はだれ」
アマーリエの言葉に、シルヴァンは起き上がってマリエッタのそばに寄って腹を見せる。その後ベルンのところに行って同じように腹を見せる。
「だそうですよ」
「…納得いかないけどわたしも生えたわね」
「俺も生えたな。しかし、マリエッタのほうが怖いわけなんだな」
ベルンの言葉にぎろりと視線を向けるマリエッタ。
「俺は?」
「わたしはどうなんでしょうか?」
グレゴールとファルには一応しっぽを振ってみせたシルヴァンだった。
「…同格ってことでしょうか?」
「…精進するよ」
「でもなんでリエはテイムできたんだ?」
ベルンはシルヴァンを撫でながら言う。
「餌付け一択です」
「…それ以外にないかやっぱり」
「まあ、テイムスキルは後から出ることもあります。弱ったところに餌付けなら、リエでも可能でしょう。ですが、ここに来る途中のマリエッタ殿との会話って一体なんですか?」
グゥエンが頭痛を堪えるようにこめかみを押さえながら言う。
「それは村に戻ってからでいいかしら。リエ、魔力溜まりは?」
「あ、ちゃんと消しました。魔石の一個は、あの犯人たち無力化するのに使っちゃいましたけど。なかったら、引きこもってるしか出来なかったなー」
「…あっそう。まっいいわ。とりあえず今日のところは村に戻って、明日、他に魔力溜まりがないのか確認しましょう」
「魔石の魔力の上乗せで、初級以上の魔法使いか。本人無傷で魔法士と剣士二人を無力化確保するなんてもう中級並みじゃないのか?」
ベルンがマリエッタを見るが、マリエッタは肩をすくめただけだ。
「お腹すいた」
ポツリとこぼしたダフネに、アマーリエがニコニコと話しかける。
「ダフネさん一番乗りなんで、テールシチュウご馳走しますよ」
「本当か!」
「これか、このせいなのか?」
「ダフネさんの野生の勘はすごすぎます」
「野生の勘じゃなくて食い気だろう」
「ん、早く帰ろう」
「とりあえず、残党が来る可能性もあるので我々は一晩こちらに残ります」
「グゥエン様、では夕食と夜食と朝食をお渡しします」
「ああ、助かる」
アマーリエは、感謝を込めて、リュックからサンドイッチとおにぎり、塩からあげを三食分ずつ取り出し、騎士たちに渡していった。
「では、我々はリエを連れて村に戻ります」
「ええ、ではまた明日詳しい話を」
銀の鷹のメンバーは騎士たちを残し、砦を出た。




