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アマーリエが気がつくとそこは、崩れかけた石造りの建物の内部で、崩れかけている天井からは星が見えた。運よくなのか面倒だったのか、手足を縛られることも、猿轡を噛まされることもなく、石の床に転がされているだけだった。たとえ縛られていてもアマーリエは生活魔法を使って、縄を切るぐらいはしたであろう。
じっとしたまま、まわりに意識を配るが人の気配はない。生活魔法で明かりを出そうかとも思ったが、魔力を感知されて、意識が戻ったのを気づかれるのも不味いと思い、目が慣れるまで待ってまわりを観察する。
「ここって、昔の砦跡かな?魔力溜まりができてるから処理しに行くはずになってた?もう星も出てるし時間はかなり経ってるのかな」
人の気配の無さに、大丈夫だろうと起き上がり、魔力感知のスキルを働かせて、アマーリエは周囲を観察する。石の壁が一際大きく崩れたあたりでアマーリエにもや~っと見える部分があった。
「ラッキー!あれ使おうあれ。みんなが探しに来てくれるまで引きこもり決定!」
そそくさと、魔力溜まりのそばにいき自分に防御魔法でシールドを展開し、さらに錬金術で自分の周りを石の壁で覆い、外から見て、ただの石壁に見えるようにした。どこぞの太陽神のごとく完璧な天岩戸状態だ。
マリエッタからあんたも手伝えと空の魔石を何個か預かっていたので、魔力溜まりの中心に石をおいて、魔力を取り込み始める。3個ほど取り込んだあたりで魔力の気配がなくなった。
「これだけあったら、3日は籠城できる!アイテムリュックもあるから食べるものも飲むものも問題なし!上級の魔法使いが来ない限りは誰もこの壁は壊せないはず。たとえ、きれいなねーちゃんが前で踊たって、出ねーからな!」
アマーリエは、中で魔法の明かりを灯し、石の壁に隙間を開けて外を見る。
「うっ、中が明るくて外が暗いと見難いんだった。んと、外にも魔法の明かりっと」
いくつか明かりを灯して、影が出にくくなるように配置し、もう一度まわりの確認をする。アマーリエをさらった人間の気配はなく、何となく獣臭い臭がするだけだった。
「獣臭い?まさかねぇ。すでにこの魔力溜まりで魔物生まれてたりしないよね?」
戦闘能力皆無のアマーリエができることといえば、防御に徹し迎えが来るまでひたすら待つの一択だ。出来ても、隙を見て敵の足止めぐらいが関の山だろう。
「しゃーない。魔力もったいないから外の明かりは消してと。ご飯にしよ~」
リュックから保温マグとスプーン、バターロールを取り出して夕飯を食べ始めた。
「うん、テールシチュー美味しい。ダフネさんに食べさせてあげたいわ」
フーフーと冷ましながら、アマーリエは柔らかく煮込まれた肉のかたまりを口の中に入れる。肉の繊維が口の中でほぐれ旨味がじわりと出る。
「ダフネさん、一番に見つけてくれたらテールシチュウはあなたのものです!」
さすがに誘拐2度めともなると胆も座るのか、側に犯人が居ないからなのか、軽口を叩きながら自分の作ったものを食べてのんびりするアマーリエだった。
しばらくすると、何やら獣の低く唸る声と争うような音がし始めた。
中の明かりも消して、石壁の隙間から外を窺い見る。移動してくる物音がアマーリエのいる部屋に向かってきている。
崩れかけた部屋の入口付近に、ノールが言っていた風体の男が現れる。左腕を負傷しているようだ。短剣を構えて、ジリジリと部屋の中に後退してくる。男が見る方向からは獣の低い唸り声が聞こえる。
「チッ、あの娘どこに!?」
男がアマーリエの姿がないことに気を取られた隙に獣が飛びかかってくる。
「くそっ」
星明かりに銀に輝く毛並み、赤く光る目。狼型の魔獣だった。男一人では、おそらく相打ちがせいぜいだろう。逃げようと後ろを向けば確実に魔物に仕留められるのが相対している男自身にもわかる。
「おっさん!交換条件飲むなら助けてやってもいいぞ!」
共倒れしてくれたらいいかなぐらいの勢いのアマーリエは、一応最善のための交渉を試みる。人はそれを容赦無いというけれども、そもそも人を拐かすほうが悪いのだ。
「クソ、娘っ。どこだ!」
「私の場所の心配より、自分の命の心配が先だと思うぞー」
のんびりしたアマーリエの声に、男は目の前の敵と相まってさらに苛立ちが募る。
「ふざけるな!くっ、シッ」
隙を見て襲ってくる魔物を相手しながら、男はアマーリエの姿を探す。
「余裕だな、おっさん。転移の魔法陣は使わないのか?そうすりゃ逃げられるだろ」
自分が、転移でここに飛んできたと推測したアマーリエは男をからかうように話しかける。
「チッ、うるさい!あれはここに飛ぶだけの一度きりのものだ。くっそう、ここで落ち合うはずなのに!」
どうやら、ここで依頼の品を引き渡す手はずだったようだ。
「ハハハーその狼のお腹の中じゃない?残念だったねぇ」
遅れている可能性もあるだろうが、先に来ていたならば目の前の魔物にやられた可能性もある。嫌がらせも兼ねてアマーリエは意地の悪いことを言う。
「黙れ!ぐぅっ」
男は魔物に首を狙われるが、左手でかばう。だがその左腕も魔物にもっていかれてしまう。
「おっさん、誘拐しろって言った奴が誰か証言するなら助けるぞ。どうする?」
「クソ!誰が、しゃべるか!」
「あっそ。私としては相打ちしてくれると嬉しい。ま、がんばれ」
いつの間にか悪役的な立ち位置になってるアマーリエだったが、とりあえずどちらか、またはどちらもが戦意喪失するまで待つことに決めて沈黙することに決めた。あとは、試してみたいことが出来たのでそれを試すだけだった。
一方村では、突然溢れだした魔力と展開した転移陣に気づいた騎士たちが集まってくる。
「リエ!」
グレゴールは消滅しようとする転移陣に駆け寄るが、間に合わず転移陣が収束した。
「畜生!」
「グレゴール!今のは!?」
ベルン達が駆け寄ってくる。
「リエが拐われた。さらったのは農民の風体の男だ。懐から魔石と紙を取り出して転移の魔法陣を召喚しやがった」
「な!?あれはまだ未完成のはずです!」
簡易の転移魔法を作る動きは昔からあったが、魔力が安定せず今のところ成功したという話は出回っていなかった。
「だが、転移の魔法陣はちゃんと展開していたぞ!」
ダンジョンで見る転移の魔法陣と似たような魔力の流れを感じたグレゴールだった。
「マリエッタ、魔力の痕跡を辿れるか?」
「今探ってる!」
「何が起こったんですか?」
「グゥエン殿、リエが拐われた。あんたたちのお仲間が取り逃した男だ。敵は転移陣を展開して逃げた」
「くそっ」
「ダメ、やはり転移の魔法は辿れない!」
指定された場所から指定された場所へ直接空間を結びつける転移魔法は魔力の痕跡が点と点になり転送陣と違って線で追えなくなるのだ。
「マリエッタさん、魔力の残滓から転移陣の規模は予測できますか?」
ファルは転移陣の規模からつなげることの出来る距離を弾き出そうとマリエッタに詳細を聞く。
「魔石を取り出してやっているならかなりの魔力が消費されてるはずだけど、未完成な転移陣だったなら変なところに飛ばされてる可能性もあるのよ」
未だ完成された簡易転移陣の話を聞かないマリエッタはファルの想定しようとすることを踏まえた上で最悪の場合を話す。
「それは、拐ったやつごとリエを抹殺するつもりだったってことか?」
「待ってください。その可能性はありえません。相手はリエを確実に手に入れたかったはずですから」
グゥエンは主犯の動きを領主から聞いているのだ。
「では、あの紙の簡易転移魔法陣は完成してるってことですか?」
「そうとしか思えません。おそらく犯人たちの切り札なのではないかと」
「…魔法が得意でない人間があの規模の魔力の魔石を使って飛ぶのだとしたら、ここから余り離れた場所じゃないはずだわ」
「この近辺だとするなら…人目を避けて目印に使えそうな場所ということでしょうか?」
マリエッタの言葉にファルが必死で推論を構築する。
「そんな場所は、ここじゃあ一つしかないんじゃないか?」
「依頼を受けた魔力溜まりの場所!」
「昔、魔物が溢れでて使えなくなった砦跡か!」
「すぐに用意を!途中までは騎馬でいけるが、敵の数や状態がわからないから、途中で徒歩になる。急げ!」
グゥエンの声で騎士たちが走りだす。
「俺達も追うぞ。マリエッタ、魔力馬を出せるな?」
「大丈夫よ、ここのところの依頼で魔力石がたまってるもの。ダリウスを載せるわよ」
「ダフネ、追えるな?」
「ああ、問題ない。むしろ先頭を任せろ」
何故かはわからないが、一番にアマーリエのもとに駆けつけなければいけない気持ちになっているダフネだった。
「よし!ファルとグレゴールはリルに乗れ、俺はハルに乗る。すぐに準備しろ!出るぞ」
グレゴールとベルンはハルとリルに鞍を置く。マリエッタは魔石を使ってダリウスが乗っても見劣りしない巨体の馬を作り出す。
「乗って、ダリウス」
マリエッタは魔力馬にまたがるとダリウスを呼ぶ。
「おう」
騎士の後を追って、ベルン達は月明かりの中、砦に向かって馬を駆ける。ダフネは騎士をも抜かし先頭を走り抜けていく。
「な、なんだ?あのダフネのやる気は」
「ダフネさん!着いてからの戦闘の分の余力を残しておいてください!」
「大丈夫だ!」
「なにか感じてらっしゃるのでしょうか?」
不安になるファルにグレゴールが笑って答える。
「大丈夫だよ、ファル。リエのあのシールド見ただろ?リエは迎えに行くまで絶対無事だ」
「あ、あーそうですね。では何があそこまでダフネさんを駆り立ててるんでしょうか?」
「…夕飯?」
「…否定できません」
「ちょっとあんた達、わたしも否定出来ないけどもうちょっと緊張しなさい」
「否定出来ないって、マリエッタ」
「ぶくく。もっと焦るんだろうが、なんかリエだけは何があっても無事に感じるよな」
「あの子は、この世界の美味しいものを食べつくすまで死にはしないわよ」
「ブハハハ」
「ちょっと、ダリウス危ない!」
「す、すまん。はぁ、無事なのは確信できるが、なんか別の何かやらかしそうでな」
「ダリウス!余計なことを…え!?リエ!?リエなの!?」
慌てて周りを見回し始めたマリエッタにダリウスが表情を引き締める。
「マリエッタ?どうした?」
「待って、黙って」
黙って、何やら頷くマリエッタを心配そうにダリウスが見つめる。
「…はぁ、やらかしてくれたわよ。ちょっと待ってね」
そう言ってマリエッタは、魔力を練り始める。
『リエ!やってみたわよ!念話。スキル生えてたわ。聞こえる?それで今どこでどういう状態か話せるの?』
『聞こえてます!やったー。やっぱり魔法ってイメージが大事なんですねぇ』
『聞こえてるなら、現状を話す!魔法のことは後でいいから』
『えっとですね、依頼を受けてた砦跡の魔力溜まりのところにいます。1階で天井が崩れて空が見えてます。狼系の魔物が一匹生まれてまして、現在、わたしを拐った農民の風体の男が交戦中です。他に居ないので魔物は一匹だと思います。ちなみにわたしは昔子供の頃に誘拐された時のように、おとなしく防御に徹してますので、その詳細はノールさんにでも聞いてください。後、ここでどうも落ち合うようだったらしく、また犯人側の戦力が増える可能性があります。今のところはそんな感じです』
「はあー?何なのよそれ!ちょっと、あんた達急ぐわよ!魔物が生まれてる!犯人は今のところ一人だからこのまま騎馬で駆けつけても問題ないわ!」
「え、ちょ、何、なんなのマリエッタ?」
いきなり馬足を上げだしたマリエッタにグレゴールが慌てて、自身も馬足を上げさせる。
「一体何がどうなっている?」
馬を駆りながら、ベルンがマリエッタに話しかける。
「リエと何とか会話できるようになったの!詳細は後で話すわ!魔力溜まりで魔物が生まれてるらしいわ。マジックウルフが一頭よ。それと農民風の犯人が交戦中みたい。今のところまだ共犯者は居ないみたい。状況が変わったらまた連絡が来るわ。ノール様、リエが誘拐された時の話をお願いします!防御に徹していたってどういうことです?」
「ああ!、リエは捕らえられてた地下で石の壁を作ってそこに立て篭もっていたんだ。だから、あの時は怪我一つなく保護することができたんだ」
「なら、新しく作った防御魔法とかね合わせて絶対安全な状態になってるってことですね」
「魔物と交戦中なら、こちらに機会が増える。敵が増えんうちに急げ!」
さらに、馬を疾駆させ砦を目指す騎士と銀の鷹のメンバーだった。




